ーー今後。
その場だけなんとかしのげたけれども前にも後ろにも立ちいかなくなって、
にっちもさっちも行かなくなったときのことを戦術的勝利と呼ぼうーーつまり戦略的敗北だ。
あの後シラヌイと私はなんとかなった。
生きているだけ息をしているだけ五体満足なだけ食料なく水もなくこの先無事生き残り寿命を全うできるかどうかそもそも1秒後に比喩ではなく死に絶えて敵大将へ献上される御首となってしまう未来が透けて見える程の敵本拠地近くで。文字通り息を潜める羽目になるまでの段取りを語ろう。
・・・。
とにかく逃げて逃げて逃げて逃げて、突出してきたバカを仕留めること三回。
その時点でシラヌイの継戦能力は全て失われーーつまり武器弾薬が切れたことから必至で逃げた。
しかし敵もさるもの砲弾が雨あられと降り注ぎ、夏場にうっとおしくまとわりつく羽虫のように戦闘機が飛び交い。本土に逃げるルートを通れず。敵本拠地のある島のある方向へほうほうの体になって突撃する羽目に。そうやってケツに噛みつかれながら絶望的な行進曲を奏でていたら、当然のごとく前方から死の舞踏楽団を引き連れた連合艦隊。
その段に至って私はもはやこの夢から醒める以外に事が頭になく「旗艦突撃! それ以外に血路なし!」今思うとやはりこの時の私は狂欄に満ちていて。早くはやく速く行け生け逝けとばかりにシラヌイの頭をガッシとつかみガンガン揺らしながら適度に適当に敵艦隊の砲撃から逃れるために右にフラフラ左にヨロヨロと。どうにもこうにも理屈も理由も分からないところではあるのだが、その奇行が功を奏したのか気がつけば目の前に豪奢なフリルをあしらえたそれがいた。
どこぞのダンスパーティーにでも今すぐ出席できそうなほどの美貌と知性の輝く瞳。
おしむらしくは肌も瞳も髪すら病的にまでに白過ぎて。
思わずとも見とれてしまい、つねであればそれが致命的な間隙となってしまうのであろうが。
この夢はとうとうクライマックスに辿り着き、シラヌイが確たると仕事を成し遂げた結果がこの場なのだろうと得心が行ったため、ならばこの弾幕に彩られた歌劇の終幕は勝利で飾られなければならない。そういう展開がいいそういう展開が見たいものだたとえ夢であっても。
だから。
こちらの姿をその瞳に映しながらも唖然呆然とした表情で動かない麗人をどうにかしてやればよいのだと諒解する。
私は一つ頷いた後
「シラヌイ」
「は? …はっ。はい!」
「確か自決用に魚雷を1本づつ残してあったろう」
「…ありますが」
「それを一つよこしてくれ…よし、私を投げろ」
「ハッ! …は? 提督、いまなんと?」
「驚嘆の極みにあるあの大口にこいつをねじ込んでやる・・・うまく投げてくれ!」
「しかし!」
「しかしもかかしもないのだ! 今が勝機、そしてそいつは正気では手に入らない」
「それは…しかし…うぅぅ…恨まないでくださいよ…!」
「大丈夫だ、私がこれで死んだとしても次は温かいベッドの上だ。
君ともう逢うこともないだろう」
「クッ…えぇい、ままよ!」
ぐぉぉんと砲弾の如き勢いで投げ飛ばされて。
シラヌイが下から、私が上からそれぞれ麗人に迫りいく様は、自分が掘った穴に飛び込んで土で己を埋め始めるような行為と同じ。とんだ旅行だ。いや新しきものを見聞し新しき知見を得て新しき話題を得るためといえばあながち間違いとも言えないものの。これはいささか刺激的にすぎるというものではなかろうか。
だが! 雄々、みよ! そして聞け! どぉおおおんと爆音がする。
シラヌイが敵の土手っ腹にパイルバンカーよろしく魚雷を叩き込み炸裂させた音だ。なんという壊音。まるで天上の調べ。よくやったじつによくやったなにせ麗人は体よくこちらに悲鳴という大口を上げ空を見上げている。ようしようしこのっっとバキバキバキッと麗人の口腔内にある歯という歯と歯と歯を全て叩き折りながら魚雷を喉奥深くまで叩き込んでやり…どうやら不発のようだ。仕方がないので、そのままの勢いで離脱したシラヌイの方へ飛び込んでいくと見計らったように抱きかかえられ「やりました!やってやりました提督!」と興奮気味。
うんそれはよく分かるし褒めてやりたい。しかしだな。
「ーーォノレェェェェェェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!」
背後で、ターンするAの巨大人形兵器ラスボス並の威勢で声を張り上げている怨嗟の主から逃げるほうが先ではなかろうか。
悲鳴を上げた大口から血まみれの鉄の逸物をどうやら取り出せたらしく、それをまるで木の棒を振り回すかのように赤ん坊が駄々をこねて玩具を叩きつけるような仕草でーーあっ。炎上。爆発。勝利の炎に吹き上げられて、虚空の彼方へ飛ばされた白い片腕が私の胸中にまるでそのために一ヶ月前から予約してサイズピッタリのリングとなるべくして生まれたかのように。
スポリ。とハマる。
どうやら戦果は敵首魁と思われるものの片腕らしい。
シラヌイ、驚いて。
「提督!捨ててください!ーー今すぐ!」
「いやしかしこれハマった瞬間から服に張り付いて取れんのだ」
「服ごと剥がします!」
「待て待て待て、この腕どうも私の肉を掴んでいるようでッツタァ! いたいいたいいたい! まて!やめろ!契約者をいたわれ!」
「不吉です!吉兆の現れです!こんのぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「のおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! 待ててててて! はっ、話し合おう! なんだ? これを外さないと病気にでもなるのか?」
「わかりません! わかりませんが、私の本能のようなものが全力で『これは不味い!』と訴えかけています!私の存在意義にかけて提督を危機に陥れるわけにはいかないのです!」
「危機なら絶賛進行中だがよしわかった少し待ってくれこれ以上は腕がもげる! 私が親指を剥がすのを試みる、他の四指を頼む」
「ではせーのでいきますよ「せーの!」」
ーーバキャッ
「「あ」」
・・・この数時間後。
友軍の助けもなくレーダーの導きもない孤独な特攻野郎ボッチームは、無事。
無事、敵戦力本拠地へ上陸することに成功する。
不知火「提督!プランBが成功しました!」