青髭ジル・ド・レェが何故か良識を持っていたら 作:歩く好奇心
夜の8時を回る冬木市です。街中は明るく、そんな街の灯りを避けるように、冬木市の隅っこに小さな山が1つ。それは柳洞山と呼ばれていました。
そしてその山の一角にて、今までは確かになかったはずの、小さな墓石が2つほど、ひっそりと佇んでいました。
「自由ある未来を奪われし、善良なる罪無き少年少女よ、安らかに眠りなさい。……そして無力な私を許してほしい」
墓石の前にて1人の男、青髭のジル・ド・レェは沈痛な面持ちで手を合わせます。墓石の下で眠る少年少女を弔っているのです。
「君たちは、私のために不当にもその命を奪われました。にも関わらず、私は君たちのために何一つ報いてやることができないのです。
無力で愚か者の私です。罪無き君たちは死しているのに、どうして……どうして私はここに立っているのでしょうか」
調子の変わらない静かな声で、彼はそう独白しました。平静な声音にありながらも、そこには多分のやりきれなさが滲んでいました。
そして何かを悟ったように呟きます。
「………そろそろですかね」
彼は自身の手を眺めます。すると彼の手は、なんたることでしょうか……ジルのその手は青白い光の粒子へとなりつつあるのです。そして彼はふっ、と笑い、脱力するように膝を地につけたました。
「せめてもの償い。彼らを眠りにつかせることができたのは幸いでした。………もっとも、これも所詮、単なる私の満足にしか過ぎないでしょうがね」
身体中から力の限りが吸いとられるようでした。ジルは姿勢を保つこともままならなくなり、傍の木の幹へと背中を預けます。
「全く………私という存在は何処まで許しがたいのでしょうか」
彼は内心呆れたように自嘲しました。彼は己という存在に、ほとほと呆れ、そして嫌っていたのです。
「……本当に許しがたい。善良なる未来ある少年少女を糧にして、ふてぶてしくも生を得ながら、何一つ何も成すことなく世界へと還るのですから」
視界もぼやけていき、彼の細い瞳は閉じられます。もはや瞼を開くことさえ億劫なほどに、身体から力を感じられなかったのです。
「ああ、乙女ジャンヌよ。恐怖渦巻く戦場を、旗をたずさえ先頭に立ち、常に前戦を駆け抜けた雄々しい我が戦友よ。
貴女に合わせる顔など持ち合わせませぬ私ですが、願わくば再び、貴女に逢いたかったです」
そして完全に目を瞑るその時でした。
「ちょっとっあんた!?大丈夫っ!?」
突如として甲高い少女の声です。その少女の声が、ジルの耳をうがつとともに、彼は自分が大きく揺すられたことを実感します。一体誰なのか、と、何とか瞼をあけると、
「ジャ、ジャンヌ!?」
ジルはその目を大きく見開きました。そして唖然とします。
何故、どうしてここにジャンヌが。
「ジャンヌ?」
彼を心配するジャンヌは、よくわからない、と言った様子で首を傾けます。彼女は戸惑う様子ですが、ジルには全くその様子が目が入りませんでした。彼の意識はひたすら、目の前のジャンヌに対する疑問で満ちていたのです。
「って、そんなことどうでもいいって!あんた大丈夫っ!?
めっちゃ手が、光りふわわーって感じに透けてるけど」
「い、いえ、私などよりも、何故ジャンヌがここに!?」
「何言ってんの!!私よりもあんたの方がよっぽどでしょうがっ!!」
しかしそれでも、ジルは自身の抱える疑問を優先します。
ジャンヌ、何故、何故貴女は私の前に。
………ああ、しかし、ジャンヌ………貴女はやはり、変わりませんね。
「と、とりあえず意識はあるから、大丈夫ってことでいいのよね、これ。ていうか、手が透けるとか尋常じゃないよ、あんたっ!?」
「ジャンヌ、私のことはもういいのです。それより、一つ、どうして貴女がここにいるのか、私はそれを教えて頂きたい」
「もうぉぉぉぉぉ!!ジャンヌジャンヌって、私はジャンヌさんじゃないってのっ!!
私には藤村大河っていう名前があんのっ、わかったっ?」
ジルははっとして顔を上げ、ジャンヌの顔をしかと捉えます。そして、そこでようやく、彼は自身の誤りを認識したのでした。
目の前に映るジャンヌの顔がゆっくりと消え去り、そして見知らぬ少女が彼の瞳に映ります。
「……フジムラ、タイガ?」
「そうよっ!私の名前は藤村大河っ!
………って自己紹介なんてしている場合じゃないってのっ!手が透けてる、手が透けてんのよっ?あんた早く病院に行かないとだめじゃないっ」
目の前の少女、藤村大河は焦る内心を示すように、心配しているのか怒っているのかわからないような、そんな叫び声を響かせます。
「い、いえ、私のことなら大丈夫です」
ここは暗い山の中です。そして先ほど、凶悪で残忍な殺人鬼に呼び出されたジルです。ここはまだ危険、あの殺人鬼のような危険な人物が潜んでいるかもしれない、と危ぶむのも当然のような暗がりが、この山にはありました。
ジルは辺りを見回して少女へと呼び掛けます。
「それよりここは危ない。私のことはいいですから、早くここから離れなさい。この辺りは貴女が思っているより危険なところなのです」
「何言ってんのよっ、危険なのはあんたのほうでしょっ? このまま放っといたらあんた死んじゃうかもしんないじゃんっ」
「私のことはいいのです。元々死んでいる身なのですから。ですから早くここを…」
「よくない!!」
ジルのセリフを遮るように藤村は怒鳴ります。目をつむって、頑としてそんなことは許さない、とでもいうように、彼女は彼を怒鳴り付けます。
「よくないよっ!あんた死んじゃいそうなのに、それを見捨てろなんてっ!
あんたまだ生きてるじゃんっ!病院に行ったらまだ助かるかもしんないじゃんっ!あんたまだ生きてんだから、そんな簡単に諦めるようなこと言わないでよ!!」
怒鳴り終えるとともに、彼女の気勢は鳴りを潜ませ、目の前の少女、藤村は何かを耐えるようにして、瞳を潤ませました。
「………………………」
ジルは何を言えばいいのかわからなくなりました。そしてしばらく。彼女は拳をにぎり、肩を震えさせながらも、彼を睨み続けました。
それは無言の主張でもあるようでした。
「………………も、申し訳ありません」
彼女の瞳、そこには微かな涙に隠れるも、その奥にはテコでも動かない、確固たる意志が燃えていました。
「……………」
「……………ぐす」
こらえきれずに、藤村が鼻をすすります。
「……………ふふ」
「……?」
「………………ふ、ふふ、ははは」
ジルは笑いを漏らします。何故笑ってしまったのか、それは彼自身が一番わかりませんでした。
「ちょ、ちょっとあんたっ!何笑ってんのよっ!!私がどれだけ心配してんのかわかってんのあんたっ!」
当然、藤村は怒ります。もはや怒り心頭でした。
こんなときに何を笑ってるのよっ、こいつ。
「手が透け透けなのよ!?どんどん消えてんのよ!?あんた自分の状況わかってる!?」
ただそれでも、こんな自分を、何処の誰とも見知らない自分を懸命に心配してくれる彼女が、ジルにはとても嬉しく感じたのでした。
ジルは心配げにこちらを見る彼女に視線を向けます。
「………いえ、これは失礼しました」
「ほんとあんた失礼よっ。訴えるわよっあんたっ!」
「いえ、ただ、可笑しかったものでして」
「何が可笑しいのよっ。あんた恐くないのっ?手が消えてんのよ!?こんなの普通じゃないよっ!
もうっ、ほらっ、大丈夫そうなら立ってよっ、一緒に病院行ってあげるから」
そう言うや否や、藤村はジルの肩に手を回します。怒鳴りつつも 何処までも優しさに溢れる彼女の姿に、ジルは内心くつくつと笑いを堪えました。
全く、これも因果なのでしょうかね、ジャンヌよ。
ジルは藤村の横顔を嬉しげに見つめます。
「もうっ、あんた助かる気あるのっ!?何よ私の顔見てニヤニヤしてっ。私の顔がそんなに面白いの!?」
「いえ、滅相もありません。これまた失礼しました」
「ほんと失礼だからねあんたっ。訴えるわよっ」
「ご勘弁下さい。英霊である私がセクハラで訴えられるなど、あってはなりませんから」
「もうっ、冗談言える余裕あんなら、ほらっ歩いて歩いてっ」
「……ただ嬉しく思いましてね。私のような愚か者めに、こんな今際の際になって、このような幸運が訪れようとは。
そのような純真な目で私を心配してくれる者がいることに、私は嬉しくてならないのですよ」
ジルは穏やかな面持ちでそう告げます。しかしその反面、何かを予感したのか、藤村はその顔に焦りを見せ始めます。
「な、なに諦めムードになってんのよっ。私言ったじゃんっ。まだ諦めるなってっ」
藤村は不安げな顔ながらも、そう必死に説得しますが、ジルはゆっくりと首を振りました。そして彼は、彼女に見せるように、前腕が消えた腕を持ち上げます。
「見てわかりますように、これは普通の理ではあり得ないこと。貴女のいう『病院』なる場所では、どうにもできないものなのですよ」
「そ、そんなのやってみなくちゃわからないじゃない」
「それに、貴女は魔道というものついて恐らく明るくないのではないかと存じ上げます。
ご理解が難しいかもしれませんが、私は既に死人なのです。故に、私はこの世界にいるべきでない存在なのですよ。」
「な、何言ってるのよ」
藤村はジルが何を言っているのかはわかりません。ただしかし、何かしらの意図は察したのでした。彼女は瞳を震わせて焦燥を顕にします。
「だめよ。だめ。諦めるなんて許さないかんね」
「藤村殿、私は諦めたのではありませんよ」
「も、もうしゃべっちゃだめよっ、あんた。ほらしっかり立ってっ!大丈夫だから!助かるから!」
「私は今、とても満たされたのです。そう、報われたと、そう言い換えてもいいでしょう」
藤村は目を見張ります。見れば、彼は腕だけでなく、体全体、彼の全てが青白い光りに包まれ、透けていたのです。
「……最後の最後に、貴女のような素晴らしいお人にお会いできるなんて。私は自分がこんなにも幸運の星に生まれた人間だったなんて、今初めて知りましたよ」
「だめよ、それ以上しゃべっちゃだめ!」
何かが近づき、切羽詰まっている、そんな予感めいたものを藤村は感じました。心臓がばくばくと鳴り響きます。彼女の手が震えだしました。
「だ、だめよ、だめだかんね」
焦燥に顔が歪む彼女に対し、しかし、ジルはニッコリと笑いました。
「……………藤村殿」
穏やかな彼の呼び掛けに、彼女はジルと視線を交わします。
「私のような愚か者めにお会いしていただき、心から感謝します。………ありがとう」
もはや最後の言葉でした。
藤村の瞳には、彼が粒子となって消えていく姿が映しだされます。
「だめったら、だめぇぇぇぇぇぇぇぇえええ!!!!!!!」
絶叫とともに、藤村の手の甲から閃光が走りました。
え?
と、ジルが疑問を浮かべるのも束の間で、見れば、自身がはっきりと姿形を保っていることに気づきます。
「こ、これは!?」
彼は目を見張ります。
まさか、聖杯から彼女にマスター権が与えられたというのですか。
「だらっしゃぁぁぁぁぁぁあああ!!!!!!!!」
しかし、悠長に思考へとふける余裕はジルにはありません。気づけば彼は上空へと投げ出されたのです。
「は?」
突然のことに頭が真っ白。彼は落下します。
「ほぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!?」
しかし、そのまま地面へ直撃とはならず、がしりっ、と、力強いキャッチが入ります。藤村がおんぶの要領で、彼を背中で受け止めたのです。
「待ってなさい!絶対あんたを助けるから!だからそんときまで私へのお礼はとっときなさいよ!!」
そしてそのまま間髪入れず、街へと向かって煙を上げて山を下って行きます。少女………否、人間の枠に収まらない、藤村のあまりの人外ぶりに、ジルは自身を棚上げにして驚きます。
「ふ、藤村殿ぉぉお!?」
彼女の猛スピードによる発生する向かい風を顔面に受け、ジルはもはや、叫ぶ以外に何も言うことはできませんでした。
そしてこれが、ジルと藤村大河の聖杯戦争への幕開けになるとは、この時、二人は知るよしもなかったのでした。