彼の2度目の事故は思いがけない出会いをもたらす。 作:充電器
楽しんでいただけたら幸いです。
それではどうぞ。
「退院おめでとう、比企谷」
「どうも」
今は、11月24日の朝だ。
俺は、学校の職員室で平塚先生と話をしている。退院後の最初の登校日の朝に、平塚先生に会うように前もって言われていたからだ。
「入院生活はどうだったかね?」
「楽でした」
「そうか」
平塚先生は穏やかな笑みを浮かべている。
「あぁ、そういえば」
「どうかしましたか?」
「比企谷、昼休みに少し話せないか?」
「昼休みですか…」
いつもなら了承していたが、昼休みは用事があるから、このお願いは断るしかない。
「すいません、昼休みはちょっと」
「そうか。じゃあ、放課後はどうだ?」
「放課後なら大丈夫です」
「じゃあ、放課後に私の所に来てくれ」
わかりました、と言って、俺は職員室を後にした。
☆☆☆☆☆
「流石だな」
俺が約3週間ぶりに登校したのに、1人を除いて誰も反応しない。自分のぼっちっぷりを、思わず賞賛してしまう。
自席に座り、葉山のグループを見てみる。
見る限りだと、修学旅行の前と変わらない。よそよそしさは感じない。良かった。告白した甲斐があった。なんだよ、告白した甲斐があったって。我ながら意味がわからん。
彼らを見続けていたら、由比ヶ浜と目が合った。
彼女だけは、俺が教室に入って来たのことに気が付いていた。
由比ヶ浜がこちらにやって来る。それを確認して、俺は視線を前に戻す。
俺の中では、奉仕部の2人との関係は綺麗に清算されている。俺が奉仕部に入る前に戻った、と言った方が近いか。だから、あいつらが何をしようが知ったことじゃない。俺は関係ない。
「ヒ、ヒッキー…」
「なんだ」
少し怖い声が出てしまった。彼女の方を見ないで会話を続ける。
「退院…したんだね。その…おめでとう…」
「おう」
「えっと……」
なんとかして会話を続けようとしているのが丸わかりだ。
早く朝のホームルームが始まって欲しい。
☆☆☆☆☆
「寝ちまった」
4時間目の数学をほぼ全部寝てしまった。こんな風に寝てるから、数学が出来なくなっていくんだろう。大吉に教えてもらって、少し数学も出来るようになってきてるし、授業は大切にしていこう。
「さて、行くか」
そう言って席を立ち、ベストプレイスに向かう。
朝は、あの後、川なんとかさんと戸塚から声を掛けてもらった。戸塚は相変わらず可愛くて、川なんとかさんは声を掛けてくれた時、普段より優しい顔をしていた。なんか嬉しかった。
そんなことを考えていたら、ベストプレイスに着いた。
大吉には、あらかじめベストプレイスの場所は伝えてある。
まだ来てないみたいだ。本でも読んどくか。
☆☆☆☆☆
「あ〜緊張する〜」
私は比企谷くんに教えてもらった、ベストプレイスという場所に向かっている。
そこに着いたら、私は比企谷くんにお弁当を渡す。
彼の口に合わなかったらどうしよう。いつもより頑張って作ったから、美味しいって言って欲しいな。
そんなことを考えていたら、段々と目的地に近づいてきた。
比企谷くんは既に来ていて、本を読んでいる。私が来たことには気付いてないみたい。
声を掛けようとしようとしたが、今の比企谷くんの表情を見てしまった所為で、それが思わず躊躇われる。
彼は心地よい風に身を包まれながら、真剣な様子で読書をしている。一色さんの依頼について考えていた時みたいに、彼のアレな目はカッコよくなっている。ずっと見ていたいな。
けど、そういう訳にもいかない。名残惜しさを感じながら、私は彼に声を掛ける。
「比企谷くん」
「おう」
「ごめんね、待たせちゃった」
「いや、別にいい」
あ、なんかデートで待ち合わせてるカップルみたい。…………自爆した。すっごい恥ずかしい。絶対に顔が赤くなってる。なにやってんだろ、私。
「大吉、昼ご飯もらっていいか?」
「あ、うん。はい、どうぞ」
比企谷くんに話しかけられたお陰で、我に帰れた。しっかりしろ、私。
私からお弁当を受け取った彼は、蓋を開ける。
お弁当のメニューは、ご飯、タマゴ焼き、えのき茸のベーコン巻き焼き、野菜炒め、お肉などなど、男の子が喜んでくれそうなものを中心にした。
「いただきます」
まず、彼はタマゴ焼きを食べる。少し甘くしてみた。気に入ってくれるかな。
もぐもぐもぐもぐ、ごっくん。
「……」
む、無言?なにか感想無いの?
「昼ご飯食べないのか?」
「た、食べるよ」
「そうか」
ずっと君のことを見てたんだよ。だから、食べてないの。
続いて、彼はえのき茸のベーコン巻き焼きを食べる。これは私の自信作だ。美味しいと言ってもらえる自信がある。
もぐもぐもぐもぐ、ごっくん。
「……」
あれ、む、無言?また?嘘でしょ?もしかして美味しくないの?
あの後、比企谷くんは一言も喋らないで、お昼ご飯を食べ終えてしまった。
美味しくなかったのかなぁ。料理には自信あったのに、なんかヘコむなぁ。
☆☆☆☆☆
「ご馳走さん」
「あ、うん」
お昼ご飯を食べ終わった。よし、気持ちを切り替えて、数学を教えてあげよう。今日から2年生の範囲に入る。頑張るぞ。
「あー、大吉、ちょっといいか?」
「どうかした?」
なんだろう?
「あー、その、なんだ、昼ご飯、ありがとな。旨かったよ」
……………。はっ、ボーっとしてた。え、ていうか美味しかったの?急に言わないでよ。嬉しくて恥ずかしいよ。
「本当に美味しかったの?」
「あぁ、旨かったよ。タマゴ焼きとか甘くて、すげぇ俺好みだったよ」
「えのき茸のベーコン巻き焼きは?」
「丁度いい塩加減だった。あれも旨かったな」
「なんで食べた直後に言ってくれなかったのっ!?」
「急に怒り出してどうした?旨くて箸が止まらなかったからだよ」
「なんでもないよっ!」
比企谷くん、私は怒ってないよ。ただテンションが高いだけ。想い人である君に、私の作った料理を食べてもらって、美味しかったって言われたんだよ。嬉しくてテンションが上がらない訳がない。
「比企谷くん、明日も作ってきていい?」
「もちろんいいぞ。むしろ、お願いしますって感じだ」
「わかったっ!」
幸せだ。
☆☆☆☆☆
コンコン、と職員室のドアを叩く。そして、職員室に入り、平塚先生の所に行く。
「平塚先生、来ましたよ」
「あぁ、比企谷。待っていたよ」
今は放課後だ。朝に言われた通り職員室に来ている。
「ここではあまり話したくないから、奥に行こう」
「うす」
奥にある応接室のような場所に行き、高価そうなソファに腰掛ける。
「さてと、早速だが本題に入ろう」
「なんですか?」
「君は私が質問したことを覚えてるか?」
「そんなことありましたっけ?」
俺がそう答えると、平塚先生は少し大袈裟に息を吐いた。
「やはりそうか。君が事故に遭ってから、私が始めて君の所に行った時、私はこう質問したんだ。君はどうしたい、とな」
「あぁ」
確かにそんなことがあったな。
「それでもう一度訊くぞ。君はどうしたい?」
それの答えはもう出した。というより、もう出ている。俺が入院している時に雪ノ下と由比ヶ浜に伝えたことがそれだ。
それを平塚先生にも伝えればいいだけの話だ。
☆☆☆☆☆
「そうか」
これしか掛ける言葉が見つからない。
本物が欲しい、か。実に比企谷らしいな。
「奉仕部はどうする?辞めるか?」
「平塚先生はどうして欲しいんですか?」
「私としては辞めないで欲しい。だが、これは私の願いだ。君に押し付けることは出来ない。どうしたいかは、君が決めるべきだ」
そっすか、と言って、比企谷は少し考え込む。
先程彼にも言ったが、奉仕部は辞めないで欲しい。奉仕部のあの3人が揃えば、お互いに良い影響を与えられると考えているからだ。だが、それは私のエゴであって、彼に押し付けていいものではない。
もし、比企谷に奉仕部を辞めないように私が説得すれば、彼は辞めないかもしれない。けれど、そんなことをしても比企谷の為にはならない。むしろ、彼に辛い思いをさせかねない。
「平塚先生」
「答えは出たかね?」
「はい。俺、辞めます」
「そうか。約半年間、よく頑張ったな」
「ありがとうございます。この半年間で、俺は今まで体験したことのないことを、沢山経験出来ました。入部して良かったです」
「入部する前は、そんな風に思うなんて夢にも思わなかっただろう」
「そっすね。まぁ、入部さしてくれてありがとうございます」
今の比企谷の顔からは、なにか吹っ切れたような感じが見て取れる。
「比企谷、私から言いたいことがある」
こんなタイミングで言うことではないかもしれないが、今言うしかない、そう思ったから、口を開く。
「すまなかった。私の所為で君が辛い思いをしてしまった。文化祭の時だって、私がもっと上手く立ち回っていたら。頼り過ぎてしまった。本当にすまなかった」
そう言って、頭を下げる。
「平塚先生、やめてください。そんなことするのは。先生に謝罪は似合いませんよ。さっきも言ったでしょ。先生には感謝してるんだから、そんなことしないで下さい」
比企谷には穏やかな微笑みが浮かんでいる。
私は切に願う。
比企谷が選んだ『退部』という選択は、どうか間違いではありませんように。
いかがだったでしょうか。
第7話を少し変えました。感想を頂いて、反映させたからです。宜しければ見てください。
これからはどんどん反映させるつもりです。
感想をお待ちしています。
それでは、また。