IS〈インフィニット・ストラトス〉闇の少女とペンダント 作:tamatyann
「……じゃあ自己紹介をお願いします。えぇっと、じゃあ富田さんから」
黒板の前で黒縁のメガネをかけた山田先生の姿があった。
だが、山田先生は小さい体躯を震わせながら一所懸命頑張っていた。
先生も新入生の扱いに困りかねているのかもしれない。今年は世界で始めてISを動かした男性がこのクラスにいるのだから……
留宮カオルは山田先生に同情の念を送ると自分の教科書を眺めた。
自分の名前の欄には「留宮カオル」とは書かれてなく、「留宮トモカ」と書かれていた。
そうだった、今日から私は留宮トモカになるんだった。
実名で学園に入るわけにもいかなかったが、長期の任務のため苗字だけは実名のままにしておいた。
カオルもといトモカは左隣に居るその男性、一夏に視線を傾けた。
数年で男らしくなった、それが私の始めに感じた第一印象だった。
数年前より格段に伸びた背、抱かれ心地のよさそうな胸板、筋肉質のガッチリとした肩……と、私は一夏をつぶさに観察をしていた。
真ん中、最前列という一番目立つ位置にいる一夏は、クラス中からの視線を浴びてガチガチに緊張しているようだった。
その一夏の横顔が、ふと織斑千冬の様に見えてしまい嫌な過去を思い出してしまった。
トモカは衝動的に一夏をキッと睨みつけた後、慌てて殺気を押さ込み、こっそりとクラス中を見回した。
トモカが睨みつけた一夏自身はクラス全体から好奇な視線を浴びているため、トモカが殺気が篭った視線を浴びても気付かなかった。
だが、このクラスに殺気に感づいた人間が一人だけいた。
窓際に座っていた黒髪を肩下にまで伸ばしたポニーテールの女が、トモカが一夏を睨みつけた後、慌てて取り繕ったのをポカンと口を開けたまま見ていたのだ。
ついやっちゃった…… だめね、親殺しの親類者さえ憎くて自制心が緩くなるなんて……
トモカはやってしまったと後悔し、どう誤魔化そうかと悩み始めた。
その時、偶然にも一夏がクラスの大半の女子に浴びせられた視線から逃れるためにポニーテール女の方をチラリと見やった。
するとそのポニーテール女は私を凝視していたのに、急に外に視線を逸らした。無愛想なポニーテール女の顔は少しだけ上気していたことにトモカは気が付いてしまった。
ポニーテール女は織斑一夏に惚れているのかもしれない。
私の殺気を察知するほどの人間なら武芸者の可能性も高い。そんな人間が標的の周りをうろついているのは厄介でしかたなかった。
だが、今回は敵対されている風ではなく助かった。
ポニーテール女を追っ払った一夏に感謝した後、すぐに一夏観察に戻った。
「織斑君……織斑一夏君!」
「は、はい! えっと何をするんですか?」
椅子から立ち上がった一夏はそのまま自己紹介をするのかと思えば、何も聞いていなかったみたいだ。
それを聞いた数人のクラスの女子が「何を聞いてた!」と、つっこみを入れたそうにウズウズしているのを尻目にトモカは一夏に助言をしてあげることにした。
「織斑君、自己紹介の時間です……」
さっきの小さな恩を返すために一夏に小声で助け舟を出してあげた。すると、一夏は少し驚いた顔をして私の顔を凝視し、自己紹介を始めた。
「えっと、織斑一夏です。 趣味は料理と掃除で、好きなことは……」
一夏の自己紹介は何の問題も無く終わり、一夏は椅子に腰掛けた。そして、一夏はトモカにに笑いかけながら話しかけてきた。
「ありがとな、お陰で助かった。名前は?」
「留宮カオ……トモカです。 さっきのは……気にしないでください」
「トモカって呼んでいい? こっちも一夏って呼んで欲しいからさ」
フレンドリーな方ですね。 そうやってあの般若みたいなポニーテール女を落としたのでしょうか……
「いいですよ、えっと、一夏さん?」
「そういえばさ、どこかで会わなかった?」
「……いえ、無いと思います」
「そうか? でも――いっ……」
「自己紹介中に仲良くお喋りか、一夏?」
一夏は後ろから頭を叩かれ両手で頭を押さえた。トモカと一夏はその叩いた人間の顔を恐る恐る見上げた。
「げっ、張飛!」
「誰が三国志の中でも有名な乱暴者か、馬鹿者」
一夏が叫んでいる視線の先には私の宿敵、織斑千冬がいた。彼女は一夏を出席簿でまたもや叩いてた。
そこに居るだけで感じる威圧感、そして圧倒的な存在感。張飛よりも呂布と言った方が正しいのではないだろうか?
自分が考えたことにクックと笑いそうになるのを堪えていると織斑千冬がいつの間にか私の背後に立っていた。
「何を考えていた?」
「いえ、何も……」
スパンと軽快な音を立てて私の頭に出席簿が直撃した。軽そうな音とは裏腹に威力のある一撃に流石の私でも怯んだ。
「イタッ!」
「余計なことを考えるなよ、留宮」
「あっ……」
織斑千冬の異常な出席簿アタックのせいで、トモカはビクッと体を硬直させてしまっていた。
その時、トモカのポケットから親の形見のペンダントが床に落ちた。
一夏がそれを拾おうとしたが、トモカは一夏に触れられる前に慌てて回収し、大事そうにポケットの中に仕舞い込んだ。
トモカがペンダントを大事に扱っていることをポニーテール女がトモカを睨みつけながら見ていた。
だが、トモカはそんなことに気付いていなかった。
「織斑先生、会議は終わられたのですか?」
「そうだ、山田先生。 ところで自己紹介はどこまで進めれた?」
キョトンとする山田先生、だが次第に状況が飲み込めてきたのか段々と声がすぼんできた。
「八人です……」
「20分は最低でも時間ありましたよね、山田先生?」
「うぅ、すいません……」
「そもそも山田先生は……」
「……」
「……山田先生?」
「はい……」
「放課後に私のところに来てください」
「えっ……」
「いいですね? カンタンなお手伝いですから」
「――はい」
山田先生は笑顔だが顔が完全に引きつっていた。一体何をさせる気なのだろうか。
結局、一夏とトモカ以外の生徒全員が傍若無人な織斑千冬の行動に戸惑っていた。
だが、そんなこと気にしないと言っているかのような態度にトモカは驚きと共にストレスが溜まっていた。
色々と問題を引き起こしそうな人、この人が嘆き悲しむとどうなるんだろうね……
でも、楽しそうだけど我慢しなきゃ。
そう思って、敵と一緒にいるストレスを将来の計画を思い起こすことで我慢していると、ようやくチャイムが鳴り始めた。
「このクラスの担任になる織斑千冬だ、馬鹿共を鍛えるからには容赦はせんぞ、残りの自己紹介は後にしておけ。 本日のLHRは終了だ」
そう言って山田先生と織斑先生は教室から出て行った。
やっと落ち着けるとトモカが伸びをしたとき、左隣を見ると一夏が話しかけてきた。
「おい、トモカ」
「どうしたの一夏君」
「あれって俺目的なんかじゃないよな?」
一夏が指を指した先には廊下を埋め尽くすほど大量の女子がいた。一年生は元より二年生や三年生の生徒まで集まっていた。
皆、私が一夏と話しているのを見て困惑しているようだったが、一部の人は私を睨みつけてきた。
「一夏君、自分の身は大切にしてね」
「いきなりどうした?」
「今の自分の立場分かってます?」
「へっ……」
「一夏君が男で唯一ISが乗れるから。 織斑先生の弟さんじゃなかったら、もしかすると人間モルモットにされてたんですよ。 今だって全世界がデータ欲しがってるのに……」
「あれ、千冬姉と俺の関係なんか言ったっけ?」
あっ、やっちゃった。
「あれだけ気兼ねなく叩かれたり、ツッコミをしたりしてたら何となくわかるの」
「そうか……」
危ない危ない、暗殺対象に余計な情報を与えるところだった。もし、私が暗殺者なんて知れたら一発でお陀仏ですからね。
いつの間にか一夏の後ろにあのポニーテール女がいた。
タイミングが良いんだか悪いんだか、急に暗いオーラを纏った彼女は一夏に話しかけてきた。
「……ちょっといいか?」
「箒か?」
「あ、あぁ。 そ、それよりも早く廊下に来い」
箒と呼ばれたポニーテール女は一夏の手を掴み、一夏を廊下へと連れて行った。
仕方ないので大事なことをトモカは、すれ違いざまに一夏の耳元で囁いた。
「私、一夏君が心配なの。 あの愚か者と一緒だったら、心と身体……いただいちゃうからね」
それを聞いて一夏の顔は少しだけ朱に染まった。
それに気付いていない箒はチラリと私の方を見ると、なぜか勝ち誇ったように私を一瞥して一夏と一緒に廊下の人ごみの中へと消えて言った。
一夏がいなくなった事を確認すると盛大に溜息を吐いた。
「はぁ……疲れた」
やはり演技は凄く精神的なものを消費する。
敵の親類者とは言っても、暗殺対象者なのだ。それなりに気を使ったり、日本政府の依頼を遂行しているように見せなくてはならない。
さっき囁いたのだって、言葉を返せば命貰うからねという暗殺予告だ。
今なら一夏を楽に暗殺できる。なのに暗殺しないのは仲介役の静間に出来る限り織斑一夏の精神、肉体的データを収集して欲しいと言われたからだ。
学園生活も楽しんで仕事をするのも気が楽かもしれない……
だけど、箒さんに一瞥された後から妙に心の奥底がチクッと痛み、トモカに少しだけ何かへの不安感を味わった。
いかがでしたでしょうか。
まだまだ未熟ですが、お気に入り登録ありがとうございます!
書いているうちに箒が黒くなっていることに気付き始めた昨今です。
これからもよろしくおねがいします。
たぶん次は有名なシーンとその前ですね。
8:36 指摘されたミスや指摘を直しました。 葵さん、ありがとうございます。