重雷装高速輸送________工作巡洋艦 北上   作:わりばし殺し

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本作品は砲雷撃戦28にて頒布した小説同人誌の本文です。
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「感明良好、無線、艤装ともに異常なし。信号灯確認、PBYの準備完了。宜候(ヨーソロ)

《『お客様方』も定位置に着きました。あとは台本通りに》

「……大淀、ちょっと私語いい?」

《はい?》

「自分が軍艦(フネ)なのか飛行船なのかわかんなくなってきたよ」

鳥之石楠船神(とりのいわくすふねのかみ)、雷神様が乗ってらっしゃる空飛ぶ船ですよ》

「あたしゃ神か何かか」

《空の神兵ですから》

「ああ、そういやそうねえ。さ、そろそろ頃合いじゃない?」

《はい。……では、北上一士(いっし)降下しなさい(ジャンプオフ)

 

 

 索が風を切って小さく唸り声を上げた。開いた傘がはためいて安全帯を軋ませる。つかの間の自由落下の後、高く乾いた秋空から蜘蛛の糸をたぐり寄せられたように減速し、天よりの使いは空に浮かんだ。

 腰のワイヤを引き、折りたたまれた滑空翼を広げると、そのまま着水地点に向けて旋回しながら舵を取る。眼下に広がるは大海原、それと小島に寄り添う幾隻かの艦艇。脇に昇った陽を、凪いだ海面が照り返して虹彩に突き刺さってくる。風も波も、そして対空砲火や迎撃機も、目の前には障害の一つもない。空挺にはもってこいの状況であった。

 しかしながら優雅な空の旅とはいかない。なにしろ急ごしらえの装備一式。そのほとんどは自ら手がけたのだから己の命を賭けるに値する程度の信頼性はあるものの、操縦に関してはほぼ手探りである。

 遠目に見た渡り鳥を髣髴とさせるのらりくらりとした機動と比べ、空中真っ只中にいる本人視点でのその実は、黒潮の濃紺と高い秋空の蒼よりもかけ離れているのであった。

「降下用艤装正常に作動中。なれど、降下速度やや苛烈」

《予備傘の使用を許可。危険を感じた場合は直ちに開きなさい》

「いいや、前後の振りはさほどでもない。フラップ一杯まで下ろして持ちこたえてみる」

《無茶は禁物ですよ》

 足元に水の壁が迫り来る。両の手で肩の操縦索を強く引き、両の足を前へと突き出して、滑空翼と落下傘に脚部フロート、そして自身の身体で風を受けて精一杯の揚力を産みだす。垂直の位置エネルギーは水平への速度として改められ、工作巡洋艦 北上は、その艦らしからぬ艤装とともに一迅の潮風となった。

「なにが無茶っていうのさ、この程度なら――」

 流れ行く足元にフロートをほんの少しだけ触れさせ引っ掻くと、白い水飛沫の尾を二つあげてシュプールが描かれる。

 あとは徐々に空気と水の抵抗を受けながら減速するだけである。容易く聞こえるが、片方の足に荷重をかけ過ぎると左右の均衡が崩れて横転だ。

 そもそも速すぎる。目測五〇ノットほどはあるだろうか。おおよそ艦の出す速度ではない。そんな中での不慣れな着水である。常人であれば多少なりとも怖気づくだろう。

 しかし北上は一寸足りとも竦んではいなかった。本質的に艤装での飛行に関して彼女は全くの無知であるから、目前の難題が危険であるかどうかの判別すらついていなかったのである。

 だがそれは単なる無謀ではなかった。飛ぶことに関してはズブの素人でも、海上での身のこなしなら老艦の意地がある。むしろこの速度が巡洋艦としての誇りを刺激して、肉体がさらなるスリルを求めている。

 艦としての本能が囁く快感への誘いが、未体験の恐怖を大きく上回っていた。

「――問題ないってば! 分離!」

 胸元の金具を強く引き抜くと、連続する小さな破裂音とともに飛ぶための艤装が剥がれ落ちていく。落下傘から解き放たれ自由になった身体は、一度膝のあたりまで水面下に浸かる。その瞬間に広がった海水のベールは、足元から白く大きな翼を開いたのであった。 

 のけ反って慣性を殺しながら急激に速度を下げる。それから三度ほど横滑りし小さくターンして、何事もなかったかのように巡航速度に至った。

 終わってみれば、本人にとって無茶なことなど何一つ無かったのである。

「フロート分離。降下完了、脱落艤装なし。全て正常」

《……こっちは気が気じゃないですよ。次、制圧砲撃用意。全兵装での発砲を許可》

「ご要望通り出来るだけ派手に、ね。ろ弾使うよ」

《海岸だけにしてくださいね。後々面倒ですから》

 舞台に降り立った破壊神は上陸目標たる小島を正面に捉え軸を合わせた。脛部と大腿部に据え付けられた四連装噴進迫撃砲はその機構のほとんどを魚雷発射管と共通としている。機械を介さず思念のみで計一六門の砲口を天に向け、「艦娘の勘」で諸元を入力。

 攻撃目標まで約二四〇〇。着弾点が勝手に散ってくれるので特に正確な照準を意識する必要はない。海岸線には瞬時に爆風が広がり、地上のありとあらゆる物をなぎ倒し吹き飛ばすことだろう。水際防衛を行う部隊には逃げ場など存在しないに等しい。

「さあて、どうだろね。どこに飛ぶかは運次第だから」

 それはある種の災禍であった。破滅的なまでの能力を前にして、ただ人間は裁かれるか過ぎ去るのを待つかの存在となる。それは悪魔と恐れられ、時には神として畏れられた。最近になってようやく人間も「深海棲艦」と「艦娘」という恣意的な区分を設けたが、単に刃がどちらを向いているかの違いである。

 すなわち、北上は今悪魔の側面を持った。筒を抜け上空へと飛び去っていく轟音とともに全てを焼き尽くす暴力となった。発射炎とわだかまる風に包まれたその姿は神々しくあり、禍々しくあったのだ。

「全弾行った!」

 一六の筋が白墨を引き、TNT換算で一四トン余りの凶器が、小島の狭い海岸へと加速していく。やがて噴煙は滲みながら途絶え、生贄を探すように風切り音を立ててよろめきながら落ちていく。

 北上はその様子を、ただ自信しきって眺めていた。

 鉄も火薬も軍艦も、全ては破壊のために。道具として産まれた存在ゆえの宿命は覆せない。慈悲は人の心にのみ存在する儚いものであって、掲げた剣を振り下ろす頃にはもはや跡形も無いのだ。

 だからこそ人は鉄を鋳溶かし偶像を作った。あるいは鋤を作り供物を育てた。自らの手で災いを起こしてしまわぬように人の心は己の牙を抜こうとした。それこそが慈悲だった。

 そして幸いなことに、艦娘にはその人の心がある。

《弾着、今》

 炸裂した弾頭は木々を薙ぎ払い、爆煙を上げた。

 その傍らに極彩色の星を纏って。

「お、うまくいったんじゃない?」

《玉屋、ですね》

 大きく咲いたいくつもの半球は河川敷で打ち上げるには少々刺激が強すぎるものであったが、その分真昼でもよく目立つ鮮やかな花束であった。

 人の心を宿した一柱の工作艦は、慈悲を以って己の得物に刃落としをかけたのだ。

「あたしゃ工作艦の次は花火師にでもなろうかね」

《はいはい、冗談はおしまいです》

「あいよ」

 北上はホルスターから拳銃ほどの大きさに切り落とした一二糎七砲を取り出し、見せ付けるように蛇行しながら慣れた手つきで薬室に弾を込める。

 弾頭は通常に非ず。はち切れるほど沢山の星が入った榴散弾。

空挺降下演習(エアボーンデモンストレーション)第二段階へ移行しなさい(シフトトゥセカンドシークエンス)

了解(ウィルコ)!」

 再び大海原に爆発音がこだまする。藍より蒼き大空に、忽ち開くは大輪の火。

 

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