重雷装高速輸送________工作巡洋艦 北上   作:わりばし殺し

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一〇

    一〇

 

「上じゃあまだドンパチやってるね。さっきと違う音も聞こえる」

「……ああ」

 二人を閉じ込めた円筒形の密閉容器海底に鎮座し、元の水平の向きに戻っていた。海中にまで届く砲声が何度も反響するだけで、あとは互いの声だけの寂しい空間である。

 海底に到着してから、ニシナはあまり口を開かなくなった。自分の死を深く実感したのか、ただ壁にもたれて寝そべっている。

 一方北上はといえば、暇つぶしがてらにいくつか木箱を開いていた。すると出るわ出るわ、おそらくスパイが持ち出したであろう物品の数々。真空管、電子回路、アンテナらしき部品やその設計図。乱数表と暗号解読機も。他、大きくマル秘やシークレットのついた書類の数々。お偉方の会議議事録から、米軍の台所のレシピまで。

 これだけあれば、おそらく空挺艤装の設計図だって入っていることだろう。なにせ末端は駆逐艦ネットワークの情報漏洩対策力である。

 他にも様々、ありとあらゆる機密物品の百貨店のような状態であったが、中でも一際目を引いたのは、分厚い鉛で出来た、いくつもの密閉容器群。さらに中に何か、重たい金属が入っている気がする。

 さすがにひょっとするとひょっとするかもしれないので、北上は苦い顔をしながらそれを元の位置に戻す。これには触らないほうが利口だ。

「ねー、なんか面白いもんないの?」

 臨検ごっこに飽きた北上が問いかけるも、ニシナは寝たまま動かない。

「……そこにあるだろう、いくらでも」

「こういうのじゃなくてさあ、なんかもっと、土産になりそうな話とかさあ」

 寝返りを打つだけで、口を開こうとしないニシナに北上は腹を立てた。おもむろに酸素魚雷を一本抜くと、工具入れから六角レンチを取り出して、小さなバルブを少しだけ開く。気体の漏れ出す音がして、冷たい酸素が勢い良く吹き出てきた。

「お前、何を」

「いやー、酸素足りてないのかなって思ってさ」

「やめろ、耳が痛え……!」

「あーはいはい。つば飲んどきゃ治るよ」

 ニシナは起き上がり、大きくため息を吐いてから北上の方を一度強く睨むと、その目を船長帽で隠す。ポケットからくしゃくしゃになった安タバコを取り出して、一つ口に咥えた。

「おーおー、この状況で一服たぁ、ニシナのおっさんも思い切りがいい。ま、いいけどね。酸素ならいくらでもここにあるし。吸う度気圧で耳がおかしくなるけどさ」

「……やめておけ。餓死より酸欠のが楽だ」

 マッチ箱を取り出して、一本、側薬に擦り付ける。こちらもタバコに負けず劣らずの三級品、二、三度試してみるも、なかなか火が点かない。端から見てもイライラしているのがわかるくらいに、強く何度もこすってみるが、ついに、棒のほうが音を上げ、中央からポッキリ折れてしまった。

「……濡れてら。嬢ちゃんと一緒に入ってきた、水のせいでな」

 マッチとタバコを放り投げて、ニシナはまた寝転んだ。そうして何も言わないまま、ただ音を聞いていた。

 北上もまた木箱に腰掛けて、何も言わずに音を聞く。さっきより静かに聞こえるのは、敵が沈んだか、味方が沈んだかである。

「……故郷(くに)は?」

 北上が聞くと、以前よりニシナは素直に答える。

「……伊豆諸島だ」

「あー、あたしもたまに行くわ」

「……だろう。今じゃ米軍の演習場だからな」

 心なしか自嘲気味なのは、ニシナもそこが主に艦娘による演習のために使われている事を知っていての、北上に対する言葉であるからかもしれなかった。

 深海棲艦が日本近海に現れるようになった頃から、離島に住む者たちは故郷を離れざるを得なくなった。その多くが漁民であり、移住後にも定職にありつけず貧困に喘ぐものや、拠点を移して漁業を続けてもまたその近辺が危険海域と判断され、結果として一族ぐるみで莫大な借金を背負う羽目になった者も少なくはなかった。

 おそらくはこのニシナという男も、そういったのっぴきならない事情があったということであろう。北上はそう判断していた。

「……嫁さんは?」

「随分前に別れたさ。仕事柄、帰れなくてな」

「親兄弟」

「さあな。一三で口減らしに船乗りになってから、帰らず手紙も寄越さずの親不孝だもんんで、そんなこんなで行方知れずだ。大方、向こうは俺のことをカイブツにでも喰われたと思っているだろう」

「今や船だけが、おっさんの家ってことね」

「ああ。そんなわけで、何も気にせず一人静かに逝けると思ったんだがな。やけにうるさいのが、急に乗り込んできた」

「……邪魔だった?」

「いや、いい。丁度良く気が紛れた。ありがとよ」

 寝返りを打って、ニシナは北上に背を向ける。再び聞こえるのは、遠くの砲声ばかりとなった。

「……すまねえな」

 彼が微かにつぶやく声の残響も、また、すぐに砲声にかき消される。

 

 ――――――――――

 

 《こちら初霜! 大方片付きましたね! あとは我々舞鶴隊で――》

「報告は責任者にさせなさい」

 《こ、こちら酒匂! えっと、なんて言えば……あっ! はいっ! 全部やっつけます! 休んでてください!》

「了解。只今を以て横須賀隊は戦闘状態を解除。深海棲艦殲滅任務を舞鶴隊に委任し、現場海域にて救難部隊到着まで待機、警戒にあたる。以上」

「ふう……よかった、勝てた……」

「君の奮闘あってのことさ。よくやったよ」

「そんなことないよ。……それより、北上一士……」

「潮、そんなに心配?」

「はい……。もし船内に閉じ込められて無事でも、いつまで酸素が持つかわからないし……。そもそも、そんなにうまくいくものかなって……」

「……そう、その通りね。これが普通の人間なら、絶望的な状況ね」

「でも潮、私たちは艦娘だよ。そう簡単に沈みはしないさ」

「……どうして、二人は、そんなに信じられるの?」

「どうしても、よ。……響、あなたも気付いているでしょう?」

「ああ、知ってるさ。……潮、よく耳を澄ませてごらん」

「……あれ? モーター音……?」

「そういえば、そんなのもいたね。……でもそっちじゃない。もっと、真下さ」

 

 ―・― ― ― ―  ―・―・・ ―・ ・―・・ ・・―・―

 

「……嬢ちゃん、キタカミっていうのか」

「んー? なんで?」

「さっきからずっと、『ワレキタカミ』って打ってるだろう」

「ありゃ、バレたか。……まあ、そうね。北上だよ」

 壁を繰り返し、主砲の銃把でコツコツと叩く。この状況でも伝わるのは、モールスの良いところだ。

 叩く手を止めず、北上はそのまま続けた。

「上がちょっと静かになってきたからさ、勝ったかどうか知りたくてねえ」

 笑顔を見せながら言う北上に、ニシナは顔も向けなかった。

「……やめとけ。余計、未練がましくなるぞ」

「あたしゃはじめから未練まみれさ。今、お口の中が割り下を求めて騒いでるくらいだよ」

「……そうか」

 静かになって、またしばらく打ち続ける。砲声もそろそろ聞こえなくなってきた頃、ようやく、海上からのピンガーが届いた。

 《ジョウキョウオクレ》

 その知らせに、ニシナはため息を吐く。知らせたところで、潜水艦娘がハッチを開ければ水圧に潰され溺死するだけだ。わざわざ自分から苦しまなくてもいいだろう。

 しかし北上は、いたって平然とニヤニヤしていた。なにせ大淀が勝ったのである。後輩がしっかり任務を果たしたのである。

「……上は勝ったみたいだな。すこし未練は晴れたか?」

「ま、ちょっとだけ。でも腹は満たされないよ」

 北上は再びモールスを打つ。未練をたっぷりのせて。

 

 ― ― ―・― ―・―・・ ・― ― ―・―・・

 

「あの、なんか、『スキヤキ』って返ってきましたけど……」

「……その分なら元気ね。大丈夫みたい」

「あ、また来ました……ええと、『スイシンオクレ』。……このあたりは、七〇〇くらいですよね?」

「ええ、それで送って」

「は、はい……送りました」

「ありがとう。もう心配いらないわ」

「あの、ずっと、不思議に思ってたんですけど……」

「どうしたの?」

「えっと……。七〇〇フィートじゃ、伊号の人たちじゃ潜れないし……」

「バラオ級でも無理ね。太平洋にこの深度を安全に潜航できる艦娘はいないわ」

「だから、救助出来ないんじゃないかって。救助のための装備なんかも、聴いたことないし……」

「……潮、いい機会だから、北上さんの昔の話をしようか。大淀さんは知っているはずだね?」

「文献でだけ、ね……」

 

 ― ―・―・ ―・・・ ・・ ― ―・―・ ―・・― ・―・― ― 

 

「『シバシマテ』……? お前、何を……」

「言葉通りさ。ちょっと準備するもんで、待って欲しくてね」

 北上は酸素魚雷を発射管から一本ずつ抜き取り、全て信管と炸薬を抜き、木箱のあちこちに詰め始める。同様に、主砲の榴弾に装薬、機銃に至っては弾薬そのままそのまままるごと固める。爆雷も一つ残してすべて解体してしまった。

「……そうか、そうだな。これがアカの手に渡るのはまずいか」

「そうそう。だから爆破しなきゃならなくてね」

「息が詰まって死ぬより、一瞬のほうがずっと楽だ。悪くない死に方を選んだな」

 その言葉に、北上の手が止まる。あまりに大きくて、あまりにわざとらしい、聞かせる気に満ち溢れたため息をニシナに向かって吐くと、呆れ返った顰め面で睨みながら強く言った。

「あのねえ、さっきから黙ってりゃ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬってさあ。あたし沈むとは言ったけど、死ぬなんて一言も言ってないんだけど?」

 その剣幕に、ニシナの顔は強張る。

「あいつがさ、大淀がさ、この前生意気にも『スキヤキ奢りますよ』なんて言いやがってさあ、そりゃ後輩が成長してでかい口きいてきたんだ、嬉しいよ、奢ってもらうしかないでしょうよ。あんたがなんかしょぼくれてるからここまで付き合ってやってたけど、正直ね、あたしゃさっさとスキヤキ食いに行きたいの」

 まくし立てる北上とその内容に、ただ圧倒される。バケモノはバケモノである。ヒトとは常識が違う。倫理観も、その身体の構造も。

「いつでも帰れるんだよ、ここから。あたしゃなんたって神様だから」

 言い切った後、満足げな表情で、北上は機関部と推進部だけになった酸素魚雷を発射管に詰め直す。ハッチを破壊して、酸素魚雷の推力を利用し海上まで一気に浮上する算段であった。北上は最初からこれができると踏んでいた。海上の安全さえ確保できれば、丸腰だろうと問題はない。

 ニシナにとっては、あまりに無慈悲で、冷酷な宣言であった。共に死ぬであろうと気を許した相手が、今自分を見捨てて生きて帰ろうとしているのである。

 北上がハッチを開ければ、ニシナは死ぬ。その現実は酷かった。

「……そうか」

 しかし彼はすぐに落ち着き払っていた。はじめからここで死ぬと決めていたのである。未練などなかった。

「……船員が全員無事でよかった。ありがとう。お仲間によろしくな」

 遺言を尻目に、北上は着々と準備と海上との打ち合わせを進める。信管代わりの、最後の一つの爆雷のタイマーを、十分後にセットして。

 

 ―・ ・― ― ―・・― ・― ― ―・ ― ― 

 

「日本初の艦娘は私。米軍に接収された榛名さんを除外して、二番目は?」

「雪風ちゃん、だよね?」

「……実は違うのよ。北上さんなの」

「そう、その通り。あの世界(・・・・)での艦歴が長いものから先に生まれてくる規則性は既に米軍が解析していたから、政府も雪風の受け入れ準備をしていたんだ。……でも、急にね、ほとんど艤装を操れない、前例のない艦娘が現れたんだよ。それが北上さんだった」

「でも、でも、教本には」

「当時、アメリカは艦娘を武器に日本にひどい内政干渉をしていてね、巡洋艦娘の保有は、色々とまずかったのさ。……だから消された。表舞台で、私と雪風が日本共和国(あたらしいくに)の象徴として華やかに戦っている間、北上さんは米軍に身柄を拘束され、『実験艦』にされていたんだ」

「それって……」

「当時ね、艦娘の実態は十分に把握されていなかったの。深海棲艦に対抗できるのはいいとして、果たしてどれだけ頑丈で、どれだけ過酷な環境に対応できるのか……って。艤装が扱えなくて、使い物にならない艦娘なら、沈んでもかまわないから」

「……ここからは本人の談。どこまで本当かは眉に唾。水抜き飯抜き一ヶ月半。酸素無しで十日。一五五ミリ榴弾砲直撃。小火器ではもちろん歯が立たず、爆破しても少し傷付くくらいでしばらくしたら治っている。劇薬も毒ガスも無意味。魔女狩りみたいに火にくべたけど、焼け焦げた服が肌にシミを残しただけ。そのうち、だんだん、北上さんは艤装が扱えるようになってきた。他の艦娘には程遠いけど、少しずつ、確実に。実験部隊も気味が悪かっただろうさ、痛めつけても痛めつけても絶対に死なないどころか、むしろどんどん強くなる。……報復が怖くなって、ついには海底三〇〇〇フィートに重りをつけて突き落としてみた。でも、しばらくすると失神したまま浮いてくる。繰り返しても、何度も、何度も」

「響、ちゃん……それって、私たちも」

「そう、きっとね。必要がないし苦しいから、わざわざそんなことしないだけで。……艦娘はみんな、ヒトの手じゃ沈まないのさ」

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