重雷装高速輸送________工作巡洋艦 北上 作:わりばし殺し
一一
海底は静かだ。時限信管が時を刻む以外に、音はない。
その静寂を北上は切り裂く。
「あたしさあ、あんたのこと嫌いだわ」
「……そうか」
「一人よがりで、楽しくない。自分だけ損すりゃいいなんて、ただのバカでしょ」
思いの丈をぶつけながら、背を向けたまま動かないニシナのすぐ背後に立つ。直上にはハッチ。炸薬のない弱装弾の徹甲弾なら、誘爆せずに開けることができるだろう。
「自己犠牲はいいね、美談だね。でも、みんな笑って大団円じゃなきゃあ、あたしゃ痺れないのさ」
ニシナは動かない。ここからずっと動かないと決めている。貨物船即墨の船長として死ぬ男であるから、それが役目であると信じているのである。
北上にはその背中がとんでもなく腹立たしい。だから、背中を蹴ってやった。
「聞いてんのかお人好し! あたしゃねえ、『誰かのために死ぬ』ってのが大っ嫌いなんだよ! 誰か生かして、笑顔にして、手前がその笑顔見れなくてどうする!」
豹変した北上の声音に臆することもなく、ニシナは悟ったような声で、静かに返した
「……北上の嬢ちゃんは、なんでもどうでも良さそうな顔して、実のところは激情家だな」
「うるせえ馬鹿! こっち見ろ!」
北上はニシナの肩を掴んで無理やり正対させる。振り向いたその顔は実に穏やかだった。
「知ってんだよ! あんた金バラまいただろ! 貧乏な漁師を前金使って高額の報酬で集めて水夫にして、適当なとこで沈めて水夫だけ逃がすつもりだったんだろ!」
「さあな。どう使ったかなんて覚えていない」
「とぼけるなウスノロ! 勝手にセンズリ扱いていい気分になりやがって! ニシナ! あんたが死んじゃみんな胸糞悪いだろ!」
気圧で張った鼓膜に、北上の大声は刺激が強すぎるほどである。その声が密閉空間に、さらに海中に響いて、何度も何度も帰ってくる。
「帰りたいって言え! 生きたいってちゃんと口にしろ! こんな冷たい棺桶で満足すんな!」
「俺は行けんさ。嬢ちゃんみたいにはな。知ってるだろ?」
「誰があんたが死ぬって言った! あたしゃ沈むとしか言ってない! あたしゃ神だって言ったろ! 人っ子一人くらい、簡単に救えるんだよ!」
「……そうやって冗談とハッタリで本心を隠して、他人と自分を試そうとするのが、北上嬢ちゃんの悪い癖だな」
勝ち誇ったように笑うニシナの襟首を、北上は強く掴んで立たせた。クレーンのドラムから目一杯ワイヤを引き出して、怒り任せにニシナの身体と自分の身体を固く強く結びつける。絶対に離れないように。馬鹿なお人好しを、一人確実に救えるように。
「嬢ちゃん、今いい顔してるぜ。あんたの後輩が、惚れた顔だ」
「うるせえ! いけ好かないんだ! あんたがこれっぽっちで満足して死ぬのが! 命乞いする姿が見たかったんだよ! 死ぬのなんとも思っちゃいないやつが、泣きながら悔やむとこ見たかったんだよ! それなのにあんたは平気でいる! ムカつくんだ! イライラするんだ! だから、あんたの思い描いた人生台無しにしてやる!」
北上の精一杯のひねくれた宣言を聞いて、ニシナは豪快に笑った。巻かれたワイヤが腹を締め付けて痛むくらいに笑って、少しだけ息を整えたあと、北上の目をまっすぐ見て、恥ずかしがる素振りも無く言った。
「……ありがとよ。捨てる神あれば拾う神ありだ。じゃあ、俺に、もう一回、お天道様を拝ませてくれ」
北上は目を逸らし、一度「はじめからそう言え」と呟いたあと、抑えても漏れる笑顔をどうにか隠そうと顔を歪ませながら、一際大きな声を張り上げた。
「大淀! 今から浮上する! 危ないから離れとけ! ……あと聞き耳立ててるアホ! お前だお前! 派手に爆発するから! 離れとけ! ファイヤーインザホールでヤンキーゴーホーム!」
「誰と話してるんだ?」
「あんたの船を攻撃した潜水艦!」
ギリギリまで弱装した徹甲弾。爆圧で鼓膜の一枚二枚は破れるだろうが、人体の生命維持機構に支障はきたさないはずである。魚雷から少しずつ酸素を放出して、既に圧に身体を慣れさせている。あとは、浮かび上がった海面で人工呼吸がてら高濃度の酸素を吸わせれば、減圧症も問題ない。
根比べこそ負けはしたが、生きて連れて帰るという勝負では、最後の最後で、北上が勝利を収めた。
「息全部吐いて、耳からケツまで穴全部塞ぎな! 体の力抜いとけ! 行くよ!」
発射管に固定したまま、魚雷全門始動。北上は頭上のハッチに向けて、強く、引き金を引いた。