重雷装高速輸送________工作巡洋艦 北上   作:わりばし殺し

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一二

  一二

 

「……あたしゃ、自分が何なのかわかんないよ。弾丸弾いて、空飛んで、とんでもないことしてるのに、びしょ濡れになって風邪引いて、こうしてすいとん食うなんて」

 医療棟、個室の寝台。それはひどいしゃがれた鼻声で、北上は呟いた。ここ最近の無理が祟ったせいか、高熱に咳とくしゃみ、そして鼻水の三重苦に喘いでいたのである。

「馬鹿以外の何かですよ、きっと。……ともかく、スキヤキはおあずけです。この様子じゃ外に連れ出せませんから」

 その脇の丸いすに腰掛けた大淀が微笑みながら言う。海底から這い上がってきた北上が、何かにつけてすぐスキヤキスキヤキと言うものだから、断るのが少し面白く感じてきていた。

「絶対だかんね、絶対。肉食わせて肉」

「畑のお肉もですよ」

「ケチ、豆腐なんていらないって。全部肉がいい」

「はいはい」

 すいとんをすする音と鼻をすする音。病室にはそれが交互に響く。晩秋を迎えた横須賀基地の風は冷たく、窓から覗く夕暮れの中庭も松の木を残して、すっかり暖色に染まっていた。

「……響、どうなった?」

 匙を一旦止めて、北上は大淀に問う。結果は問題なかったとは言え、酷い命令違反をしたのだ。艦娘でなければ懲戒免職どころか罪にも問われるあの行為が咎められないはずがない。

 貸しがあるのだ。気になるのは当たり前だった。

「重営倉に一週間……のはずだったんですが、航空隊の方々から嘆願がありまして……」

「じゃ、すぐ解放かあ……ま、あんたもこうなること見越して重めにつけたでしょ」

「ええ」

 あまり興味なさそうな顔をしながら、北上は椀を持ち具をかきこむ。いつも通りの表情を大淀は眺めながら、一言、付け足した。

「……でも、もう一人いますよね?」

「……うん?」

 すいとんの汁をすべて飲み干して、机に空いた椀を乗せてから、北上は聞き返した。

「ニシナ船長ですよ」

 大淀が耳元で囁くように言うと、途端、北上は目を細め苦い顔をした。完全に図星の反応である。大淀も最近ようやく、北上の扱い方がわかってきていた。

「……外傷などは目立つものの、命に別状はなく無事だそうです。身柄は米軍の手の届かない松代まで移送され、警察省の護衛の下療養中です」

「ああそう……」

「水夫のみなさんも無事です。つつがなく」

「あんた、あたしとあいつの会話盗み聞きしてたろ……」

「そうそう、ニシナ船長ですが、やはりご家族にも送金されていたらしく、奥さんとお子さんたちがお見舞いにいらっしゃったそうですよ。よかったですね、人助けになって」

「……つまんないの。みんな得しちゃって、あたしだけこうして風邪引いて損してるわ」

「北上さんは厄神様かもしれないですね」

「ああ、なんにもうれしかないわ……」

 北上は椀に蓋を載せ、「ごちそうさん」と手を合わせる。それに対して大淀は面と向かって座りなおすと、「さて、」と前置きして始めた。

「お食事が済んだところで、そろそろ処分の方を伝えましょうか」

「ああ、はいはい……」

 そもそも、今回の件において最も重大な過失があるのはもちろん北上であった。命令を無視し、簡単に片付けることのできる相手を魚雷で処理せず、勝手気ままな行動で味方の足を引っ張った。挙句、勝手に危険に突っ込み、艦娘部隊を危険に追いやったことは、たとえ結果が大団円であろうと、免れることは出来ない。

「北上一士、処罰を与えます」

 大淀はまっすぐ、目をそらさずに言う。こうされると、北上はなぜだか背筋が真っすぐ伸びて、どうしても逆らえない気分になる。「あなたの行動は艦娘部隊の風紀を著しく悪化させ、またその誇りを貶めるものであり、その成果を差し引いても看過できるものではありません。よって、――」

 北上は、一つ唾を飲み込む。晴れた喉が傷む。覚悟は出来ていた。

「――一週間の病室謹慎を言い渡します」

「……はあ」

 落差に、背筋は以前よりも更に丸くなる。減俸すらなし。いったいどんな勘定をすればそうなるのか。つくづく、甘ちゃんな後輩である。

「横須賀艦娘の悪評だけでなく、風邪菌を基地内に撒き散らされては困ります。しっかりと体を休め、反省しなさい」

「はいよ……」

 北上は力の抜けた敬礼と、力の抜けた返事をする。厳罰が下るよりはいいが、なんとも締まらない、ぱっとしない気分である。今なら、何かにつけて重営倉に入っては、出てきたあとに英雄ヅラしたがる響の思考がわかる気がした。

「……さて、」

 大淀がもう一度姿勢を正して、今度は病室の入り口の方を向いた。

「なに、なんかまだあんの?」

「そこで盗み聞きしているのはだあれ?」

 大淀が扉に向かって呼びかけると、大きくガタガタと揺れ始める。これは北上には気付けない。さすがの地獄耳であった。

「雪風ね。入ってらっしゃい」

「はいっ! 丹陽一士補、入ります!」

 扉が開き、雪風は実に堂々と入室する。儀礼用の硬い表情のまま、お手本のように右手できっちりと敬礼を決める傍らには、ついさっき焼き上げたばかりであろうサツマイモの包みを抱えているのがやや滑稽であった。

「いい? 盗み聞きするならバレないようにね?」

「はいっ! 以後、盗聴の際には気付かれないよう注意を徹底します!」

「よろしい。楽にしなさい」

「よろしくないよ盗聴は。敵だけにしな」

 雪風の目があんまりにもキラキラしていたので、北上はこの時点で既に悪い予感がしていた。あの目は憧れに満ちあふれている。面倒事が起こるに違いない。

「それで、用はなにかしら?」

「はいっ! 駆逐艦みんなから、北上一士へのお見舞いです!」

「ああ、ありがとね、置いといて」

 持っていた包みを大淀が受け取る。大淀は中の芋を一つだけ取り出して、半分に割ってからその片方を雪風に返した。

 いつもの雪風なら「ありがとうございます」とでも言ってすぐにかぶりつきそうなものであるが、今日に関しては違う。その目は、まっすぐと北上を捉えていた。

「あ、あの、北上一士……」

「んん」

「潜ったって、本当ですか……!?」

 また、変に尾ヒレが付いたものだ。実際には沈んだというのが近いのに、完全に信じ切った目をされては本当のことを言うのも後ろめたい。

 北上は大淀に目をやって助け舟を請うが、苦笑するばかりで役に立たない。頼みの綱の「軍機」も、この状況では使えまい。

 観念して、北上は口を開く。

「……ああ、ホントさ。時には空飛び低空雷撃、時には潜って味方を救出。こんなことできるの、このあたしくらいしかいないね」

 それなら、いっそ英雄になってやろうと思った。不可能を成し遂げ、弱者を救う、人ならざる英雄になろうと思った。

「なんたって、あたしゃ世界で唯一の、『重雷装高速輸送空挺潜水海難救助工作巡洋艦』の北上様だからねえ」

 

 

 

重雷装高速輸送空挺潜水海難救助工作巡洋艦 北上

 

 

 

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