重雷装高速輸送________工作巡洋艦 北上   作:わりばし殺し

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 宵の相模湾に浮かぶ揚陸艦の甲板上は、さながら各国下士官たちの社交場となっていた。

 艦内で上官たちが立食会に興じている間、そのお付の者たちは、「ここは俺たちの居場所ではない」と星空の下に這い出てくる。

 夜の湿った肌寒い風に燈火がかき消されぬよう兵士たちが身を寄せ合い、一つのジッポーから二つ三つと蛍が増えていく様を眺めながら、肩身の狭い艦娘二人は壁にもたれかかって屈んでいた。

「……そいじゃあれは?」

 片割れは機嫌悪そうに半麦の握り飯を頬張りながら、顎で兵士の一群を指した。

「右からオーストラリア海軍、米陸軍(アーミー)、ブラジル海軍、米海兵隊(マリーン)、チリ海軍、ボリビア海軍」

 隣の大淀は徽章を読み取って即答する。特に驚く様子もなく、北上は感心したかのようにへぇ、と小さく呟いた。

「海だけでなく陸からもねぇ。ずいぶん色んなとこから招いたもんだよ」

「晩餐会には代議士さんもおいででしたよ。米海軍(ネイビー)も艦娘独占に予算が必要ですからね」

「だったら、ヤンキーも自分とこの艦娘にやらせりゃよかったのに」

 指について残った米粒を唇で取りながらそうぼやく。

 北上はどっと疲れていた。慣れない落下傘で降下すれば誰でもこうはなろうが、それよりなにより利権争いのダシにされていたと気付いた時から途端に気持ちが萎えてしまっていたのだ。皮肉を込めた手製の大花火も来客にはその真意が伝わらずバカ受けだったらしく、心底やるせない気分から身体にまで気だるさが毒のように回っていた。

「実際のとこさあ、コレまずいんじゃないの。海警隊(うち)がやっちゃうとさ、政治的に」

「むしろ、米軍が直接やるより都合がいいんです。『人類の生命と財産を守る』なんて大それた大義名分がありますから。もちろん、日本が保有するとなれば、『環太平洋地域の警察』も同じものを持たざるを得ませんよね?」

「あーあー、キジを鳴かせて撃たれるかどうか様子見てんのねえ。ハクトウワシはさ。いつもあいつらずるっちい」

「何だってしますよ。国益のためならどんな手段でも」

「そうやって下に無理させるから、最終的に現場が割を食うんだ。何もわかっちゃいないくせに」

 吐き捨てた棘のある言葉は、妙に含みのあるものだった。大淀は察して、目を伏せる。

「……すみません。こういった仕事、いつも北上さんに任せている気がします」

「やー違う違う、あんたを責めてるわけじゃないって。唾吐く相手はもっと上だよ。それに、これも老艦の務めなんだからさあ」

 そうは言っても腑に落ちない様子で北上は大きく深いため息を吐く。不満が胸中にぽっかり空けた袋は、麦飯ごときで満たされるほど小さくはないのだ。

 自分が吐いた言葉の余韻が機関音とともに海に溶けていく間を開けてから、彼女は大淀の袖をつまんで、「それに」と付け加えた。

「この重みは相当でしょ。大淀三正(さんせい)

 中線二条に細線一条、その上に桜の刺繍があしらわれた制服は、ありとあらゆる政治的思惑に四方へと引っ張られるにはあまりに貧相で薄すぎる生地で、イデオロギーに板挟みになった母国を象徴しているかのような脆さであった。

 その階級と艦娘を束ねる立場上、大淀もまた長いものに巻かれなければならない時がある。具体的にそれがどういったものかはともかく、北上にもぼんやりとそれがわかっていた。

 袖をつまんだ方とつままれた方、双方ともに頭が痛そうな顔をして見つめ合っていたが、相手の真意に気付いたのは大淀が先であった。

「……指、そんなとこで拭わないでくださいよ」

「ちぇ」

 舌を出しながら大げさに冗談めかして目を逸らす。対して、呆れつつもそれを受け流す様子は、二人の間ではもはや呼吸と並ぶくらいには自然な付き合いであった。

 ともかく、と、いつも通りのやり取りから一呼吸落ち着けて、北上はまた別の話題を振った。

「……で、いいの? あんた、食堂に戻ればお高い洋食がなんでもいくらでも食えるんでしょ?」

 台所事情が知れそうなあまりにもしがない質問に大淀は少し笑いながら答える。

「立食パーティーでそんな卑しい真似出来ませんよ。あれはですね、お偉方がたいそう豪華な料理と酒とを前にしてどれだけ平静を保っていられるかの我慢大会なんですから」

「あーあー、だからねえ。ヤンキーどもそのために毎日美味いもの食べちゃって、まー舌を肥えさせてんのねえ」

「そんな豪の者が相手ですから、挨拶回りを終わらせてすぐ逃げ出してきたんですよ」

 口から出任せの応酬を繰り広げつつ、大淀は北上の膝の上から笹場紋の包みを一つ取り上げて言う。

「私には好きに食べられないビステキより、こっちのほうが性に合ってます」

 得意気な顔しているくせにやっていることは痩せ我慢の後輩に、なんとなく北上は自分と似たものを覚えていた。

 硬く握られた麦飯を、まるでお偉方の前では見せられないくらいに大きく口をあけてかぶり付くのはいささかわざとらしく感じるので、北上もまた負けじとその上に冗談を重ねていく。

「しかしジョーカンドノ、自分は麦飯などとっくの昔に飽き飽きなのであります!」

 背筋を伸ばして右肘を横に張り出す陸軍式の敬礼を向けながら、芝居がかった抑揚を付けてそう唱えてみせると、その上官殿もまたきちんと口の中のものを飲み込んでから「ならば馬鈴薯でも食うがよろしい」とおどけてみせた。

「馬鈴薯食うならその芋でニクジャガを、ニクジャガ食うならその肉でスキヤキがいいであります!」

「何ぃ? お前、一士の分際で何を贅沢言っている! 覚えていろ、横須賀基地に戻り次第すいとんをたっぷり喰らわせてやるぞ!」

「え、何? 帰ったら夜食出んの?」

「ええ。だいぶ遅くなりそうだったので、糧食班に無理言って用意しておいてもらいましたよ」

「はー、三正サマサマだわ」

 褒めているのかいないのか、あんぐり口を開けて頷いている北上に、大淀は握り飯を頬張りながら子供っぽく胸を張って威張ってみせる。

 普段の彼女のカタブツさからは想像もつかないその仕草は、猫が仕留めた獲物を飼い主に自慢するのにも似ていた。大淀にとって三正の階級章は、豪華絢爛な晩餐会への参加の資格としてよりも、そして階級に付帯するあらゆる名誉よりも、ただ北上に見せびらかす事のほうが遥かに重要なのであった。

「しかしすいとんか。ひもじいねえ」

「じゃあスキヤキ、今度奢りますよ」

「調子乗っちゃって。それじゃああたしゃ肉だけつまむよ、あんたはしいたけをお食べなさい」

「鍋から直接なんてはしたない。私がよそいますよ、はいネギをお食べなさい」

「ああ、もういっそ鍋を二つにしたほうが公平かもねえ」

「同感です」

 二人は見合ってケタケタ笑う。

 彼女らのその答申は、先輩と後輩、あるいは部下と上官という関係ではなく、ただ、互いの積年の信頼が紡いだ連帯感が織り成す言葉であった。

 北上はひとしきり笑って、笑い疲れた頃にああおかしいと少し嘲ったあと、なんだか感慨深くなって、揺れる波間をしばらく見つめる。なにせついこの間までハナタレだったような新米が、今や自分と対等かそれ以上の立場で話しているのである。

 後輩の出世はその現場教育を引き受けた者として素直に喜ばしいことだ。しかしどうにも、心が毛羽立つのである。

 北上にはその正体がわかっていなかった。より正確に言えば、自分がそれに気付いていないのだと思い込んでいた。

 しかしながらどうにも胸中に居座って離れないしこりであって、たまにチクチクと痛むので、その度、物思いに耽る時間が増えていた。

 暗がりに揺らぐ波間に心を浮かべると、妙な虚脱感と陰鬱が襲ってきて、そのまま身を任せているうちに、北上は、意識しない内に妙なことを呟いていた。

「……たまにあたしゃ、自分がフネなのかヒトなのかよくわかんなくなるよ」

 口を割って出てきた言葉は、本人も驚くほど核心に迫るものであった。自分の痛覚と言語野が直接繋がったかのようなうわ言が胸に刺さる。

 大淀はしばらく黙りこくっていたが、視界の端に少し映った浮かない表情が、また冗談のぶつけ合いで塗り替えられてしまう前に、あえて、その言葉を継いだ。

「……と言うと?」

 海底まで見透かすような瞳をレンズ越しに向けられて、北上は心臓を握られたかのように怯んだ。自分にすら確認できていない思考の隅を掘り下げるよう駆られ、無意識的に逃げ回ってきた現実と向き合うことを強いられては、惨たらしさを抱くのも無理はないことである。

 北上は、自らの臆病な心情を悟られるのが恐ろしかった。普段が野放図な性格を被っているぶん、自分の本心に触れられることがこれ以上ない恐怖であった。

 故に、どうしても、彼女の中では、どうにかそれらしい弁明を述べる必要があったのだ。

「……そりゃあ、あれだよ。フネがメシなんて食う必要ないのにさ、スキヤキなんて欲しちゃって、あわよくば肉ばかり喰おうとしていることがだよ」

 苦し紛れに詰まりつつも適当な言葉で箕を被る。少しでも取り繕おうと、目をまっすぐに見返して。

 大淀は「そうですね」と一言にっこり返事をしたが、その表情が単なる笑顔ではないことは北上にもすぐにわかった。目尻が下がっていないのだ。

石炭(いわき)こそ我らが肉。石油(くそうず)こそ我らが血。それが(くろがね)の浮かぶる城。……ですが、今の私たちには大それた言葉です」

 伏せがちな目と頬杖をついたアンニュイな姿に似つかわず、彼女の口調は恐ろしく淡々としていた。

 たまに、大淀は先回りしていたかのような答えを投げつけてくる時があるが、今回は特に、その得体の知れないものが思考の中に侵入してくるような気持ち悪さというか、あるいは、自分が自分から乖離していくような寒気が、北上を蝕んだ。

「フネと呼ぶには私たちは少しヒトに寄り過ぎました。ヒトと呼ぶには私たちは少し過ぎた力を持ちすぎています。然るに、艦娘(われわれ)は何者でもない紛い物なのかもしれません」

 曇らない声音は直にまっすぐに響いてきて、それゆえ、その口気は大淀自身の本心とも取れた。

 どこか強い嫌悪感を覚えながらも、その言葉に込められた彼女の言葉を遮りたくないほどの強い興味が北上を黙らせていた。

「深海棲艦の存在があるからこそ、私たちはヒトを救う海神(わだつみ)海神として、ヒトならざる力を以って使命を果たせる。……光のない場所に影が差さないように、深海棲艦(かのじょたち)と戦うのをやめた途端、私たちはその神格を失う脆いモノなのです」

 気付けば、北上もまっすぐに大淀の目を見つめていた。意識したわけではなく意識ごと吸い寄せられるように、青みがかった二つの目を見つめて、子供のようにじっと見ていた。

 大淀はそれに気付いたところで、ようやく自分が必要以上に力の篭った言葉を垂れ流していることを悟り、一旦口を休めてわざとらしい咳払いを二つほどしてから、いつもどおりの困ったような笑顔で強引に話の風呂敷を畳んだ。

「ええと、つまりですね、……海神なら海神らしく、ヒトからの供物は麦でもすいとんでもなんでも文句言わず食べましょうってことですよ」

 北上は、ただただ眉をひそめた。

「……はぁ」

 あまりの落差に漏れ出た声は酷く冷淡なものであったが、呆気にとられながらも北上はいつも通りのやり取りに戻れたことに一種の安堵を感じるのであった。

 けれどもなにか物足りなく、目の前に吊り下げられたエサを取り上げられ焦らされたような気がして晴れなかった。

「……はぐらかすなあ。昔はもう少し素直だったのにさ」

 毒を吐くも、大淀はどこ吹く風で、「北上さんから学びましたもの」と平然と答えてみせる。

「あたしが何をはぐらかしてるっていうのさ」

 ムキになって強く投げ返してみても、大淀はそこに待ち構えてにんまりと笑っていた。

「それですよ、それ」

 出す手出す手をすべて潰され、北上は言葉を失う。苦し紛れに呟いた「ああそう」の一言は、降参とも負け惜しみとも取れる複雑な感情の混じった深い吐息とともに夜の海に消えていく。

 こうも言い包められていると、いつか大淀が本当に自分を使いこなしてしまう日が来るのではないかと思えてきて、北上は末恐ろしさと、妬みにも似たしこりが胸中で湧き上がってくるのを確かに覚えた。

 そんな気分は、携えるだけ無駄だ。

 北上は空いた笹場紋の包み紙でえぐり取った腹の中の悪い虫をクシャクシャに丸め、黒い海へと投げ入れる。

 風に飛ばされ、ゆらゆらと浮いていたそれは、水面に落ちるその前に闇の中へと消えた。さりとて心は曇ったまま、揚陸艦は旅路を行く。

 左舷に遠く、三浦半島の明かりが見えた。具の少ない、薄いすいとんが彼女たちを待っている。

 

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