重雷装高速輸送________工作巡洋艦 北上   作:わりばし殺し

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――――――――――

 

横須賀 信陽(シンヤン)級駆逐艦 華陽(ファンヤン)二士補

「やっぱり、本当だったの? 北上さんだった?」

舞鶴 飛鷹型航空母艦 隼鷹一士

「シラフの時に言われても信じるかっつーの! 飛ばすならまだしも飛ぶわけないじゃん! ……え、マジ?」

大湊 利根型重巡洋艦 利根三正

「ううむ、きな臭い話じゃ……。ああいや、興味が無いわけではない!」

呉 妙高型重巡洋艦 妙高三正

「駆逐艦の子たちが騒がしいと思えばそんなことでしたか。放っておきましょう。そのうちみんな忘れますよ」

佐世保 青葉型重巡洋艦 青葉一士

「面白そうな話題じゃないですかぁ! 次の一面はこれで決まり! さっそく聞き込みいってきます!」

横須賀 秋月型駆逐艦/工作艦 冬月一士補

「北上さん、呉の米軍基地から電報来てましたよ。読み上げます。『コウジュンカイソウイワウ カンサイキナンゾヤ ヒュウガ』……なんですか、これ?」

 

――――――――――

 

「――ってなわけで、こんな記事トバされちゃったって話」

 特殊飛行艇格納庫の一角、自分の職場に張られたハンモックに寝そべって心底気怠げに語る北上の右手には、一枚の紙切れが握られていた。一昨日佐世保で刷られた基地新聞のスクラップなのだが、その内容が内容だけに異例の速さで横須賀まで配送されてしまったのである。

 事態はすぐさま基地の幹部に知れ渡り、結局大淀は事実確認に奔走することとなったのだ。

 それゆえ、北上は久々の休暇を聴取されながら過ごすハメとなった。今日は開発研究班ごと全休であるため、関係者以外立入禁止のこの作業場もしばらくぶりに静まり返る筈だったが、想定外の来客により自分だけの城ではなくなってしまった。彼女がいつになく物憂げなのは、かような事情があってのことである。

「『未確認飛行巡洋艦ヒラヌマ、伊豆諸島利島演習場上空に現る』……。あたしもこんななるなんてびっくりだわ」

「不幸中の幸いですね。とんでもない尾ヒレが生えたお陰で一応欺瞞にはなっています。噂は末端の隊員まで知れ渡ったようですが、まともに取り合う者は一部の駆逐艦以外にはまずいないようですし」

 工具や図面が散らばった作業台の隙間でメモを取りながら大淀は頭を抱えている。時折聞こえてくるため息に、北上は罪悪感とやるせなさを同時に覚えるのであった。

 誇張を以て噂を制す北上の策略はある意味成功に至ったわけだが、本来の目的は面倒事の回避であったため、あまりにうまく行き過ぎて裏目が出る結果となった。

「あーいや、申し訳ない。座して謝るほど責任は感じてないけど、あんたにゃ余計な仕事させる事になったと思ってはいるんだよ、うん」

「私も全てが北上さんの責任だとは思ってはいませんよ。もとは流れ弾ですから」

 口ではそう言いつつも、大淀のため息は止まらない。漏洩元が割り出せるのであれば上も腑に落ちるであろうが、それが米軍では、立場上調査のしようがないのである。

 報告書上での解決を図るには誰かに責任を被せねばならず、かと言ってそれを押し付けるほどの過失のある者も、あるいは責任能力のある者もいなかった。こうなっては、出自不明の噂話としてお茶を濁すしかあるまいが、それだけで納得していただけるほどお上は艦娘に甘くない。

 最終手段として自分が罪を被るか、と脳裏に浮かんだところで、大淀のブレーカーは落ちて、唸りながら眼鏡を外し机に突っ伏してしまった。

「そうそう、だからあたしをあたられても困るのさ」

「……スキヤキ、今日にでも誘おうと思っていたんですけどね」

「いやホント、ごめんなさい。かわいい後輩にこのとっても情けない先輩を叱らせてしまいまして大変非常に謹んで誠にお詫び申し訳ございませんでした」

「延期です。これ、終わらせないと」

 指でノートの上でペンを転がしながらぼやく大淀の顔色を伺いつつ、北上はハンモックの上で膝を正す。あらゆる「面倒」の回避を至上として日々を過ごす彼女だが、スキヤキに勝るほどその信念も硬くはなかった。

「あー、えー、何かワタクシめにお手伝いできることはありませんでしょおか」

 畏まった風を装って三つ指付く情けない先輩をかわいい後輩は呆れた目で見ていた。実のところスキヤキの予定など全く考えてもいなかったのだが、思いつきで言ってみたところ見事に食らいついてきたのが滑稽にも見えていた。

「……どう取り繕おうと延期は延期ですよ。今日は無理です」

「ああ、そうなの……。じゃあ、いいや、今度で」

 失意とともに北上はもう一度足を投げ出して寝転がる。やはりか、とも言いたげな顔を大淀はしていたが、ハンモックからだらしなくぶらぶら揺らしている北上の足を見ているうちに、ふと思い立って外した眼鏡をかけ直し、肘をついて思案しながらノートに何やら書き込み始める。しばらくして北上も筆記音に気が付いた。

「お、なんかいい抜け道見つかった?」

「ええ」

 スキヤキに期待を寄せてにわかにニコニコしながら聞いてきた北上に、大淀は極めて冷静に言葉を投げた。

「……後輩に叱らせるのが後ろめたいなら、いっそ基地司令(えらいひと)にお願いしようかと」

 期待でいっぱいだった笑顔はみるみるうちに表情が抜け落ち、代わりに打ちひしがれた目を差し替えた。

 北上はなんら抵抗することなく、ただ失望とともに受け入れたのであった。

「……ああ、ああわかってたよ。いざこざの尻拭いもまた老艦の務めだからさ。背負えるのはあたしくらいのもんだよ」

「義務を果たしていただくという話ですよ。問題に対して責任感を覚えないほど至極適切な対処をしたのであれば、それを上に報告することに問題はありませんよね?」

「さすがに鬼だわ」

「それは冗談として……。事の顛末は可能な限り書面にまとめて報告しておきますから、あとは喚問があり次第、私と一緒にお説教を貰ってください。それが義務です」

 二人は見合わせて同時にため息をつく。解決の目処が経っても、目の前の仕事は重く面倒なのであった。

「あたしが言うのもなんだけど、難儀なもんだよ、あんたもさ」

「私はその分、自分がどこにいて何をしているのか把握しやすい立場ですから。気持ちは楽です」

「けど、あんたには自由がないよ。上から下から、いつだってがんじがらめだよ」

「ではそんな私の命令を受けて、言われるがまま空を飛ぶ北上さんは、私からしてみればもっと難儀に思えますよ」

 愚痴にも似た同情の寄せ合いに大淀は苦笑しながら返したが、北上の目は笑わず、明後日の方向を向いていた。

「じゃ、あれは?」

 目線の先にあったのは、ラックに展示された空挺用艤装の実物大模型と、それを視察学修している二隻(ふたり)の駆逐艦であった。英字で書かれた難解な図面をどうにかこうにか読み解きながら、時折、実際に手に取って隅まで観察しているが、もとより巡洋艦向けに設計されたそれは彼女たちの背丈に対しては手に余るものである。

「……酷、ですかね」

 目を逸らしたのは、ある種の罪悪感からであった。

響と潮、この両者の人選は大淀が取り決めたものであった。空挺用艤装も開発が終われば、より実戦に近い場での運用試験が待っている。その役目を買って出たわけでもなく、ただ、何も知らされず飛ぶよう命じられたのが彼女たちだった。

「あんたもさ。本当はこんなの、メリケンにデータ渡してさっさと手を引きたいだろうに。あんなのまで巻き込むことになっちゃってまあ」

「北上さんも、あの子たちの分まで作りたくないでしょう」

「そうねえ。駆逐艦(チビ)どもはなんでもかんでもすぐ壊すから、危なっかしくてヤなのよ」

 北上が予想外の来客によって酷く物憂げであったワケとしては、大淀の聴取よりずっと、特型二隻に対しての方が大きいのであった。正味、雪風の件からとっくに悪い予感はしていたので、お説教だろうがなんだろうがあまり関係なかったのである。

 自身だけを支えるにすら不安定な落下傘と滑空翼に、駆逐艦の命まで載せるとなれば、さすがの北上でもぞっとしない。大淀もまた然りであった。

「……万が一、怪我でもすれば、ね」

 聴かせる気もない小さなつぶやきも、大淀にはしっかりと届いていた。その言葉の意味するところが、実際には「怪我」で済むような生易しいものではないことも。

 いたたまれなくなって、大淀はただひたすらに筆を動かす。自身が背負うべき責任を直視できるほど余裕があるわけでもなく、またそれを一時的にでも回避しようとしている己の矮小さに、上に立つものとしての重圧と無力感を覚えたのである。

 一方の北上は、後輩の苦悩する姿と駆逐艦を交互に眺めながら、どうしたものかと消沈していた。

 いっそ一芝居打ち事故でも装って開発中止に追い込めば立ち消えにもなりそうなものだが、そんな事をするにはあまりに危険で余裕もない。

 そもそも、これはアメリカの息がかかった開発計画である。それが中止ともなれば、あらゆる方向から手綱が掛けられている大淀の立場が危ぶまれるのだ。

 彼女自身はいつものように困った顔で冗談交えて笑うだろうが、その裏にどれだけの心痛があるのかを、北上は察することが出来ても推し測るまではできなかった。

 そんな自分にはどうすることも出来ないスケールの大きいことを考えているうちに、その目線に気付いた特型たちがいくらかの模型を抱えてやってくる。全く勉強熱心だと、北上はため息にもならない息を吐いた。

「あの、北上一士、いま、お時間よろしいでしょうか……?」

「いくつか質問があるんだ。答えてくれるかい?」

「言っとくけど、英語はあたしてんでさっぱりパアだからね」

「それは必要があれば大淀さんの方に聞くよ」

 北上のつっけんどんな対応に被せてくるように、響は物怖じせず冷たくあしらう。相方のおどおどしい態度とは正反対である。

多くの駆逐艦たちが過剰な畏怖や無用とも言うべき畏敬のレンズ越しに北上に接する中で、響はあらゆる物を無視して北上と渡り合えるほぼ唯一の存在であった。

 本人の気質と精神面の成熟度合がその恐れ知らずぶりに弾みを付けていたが、響の場合は積み重ねてきた年功が武器であった。艦として長命であったがためか、彼女は誰より早く艦娘としての生を受けていたのである。

 それ故、響は駆逐艦の事実上の長としてだけでなく妙に発言力の強い立場にいた。階級は北上が上でも、こと現場において手に負える相手ではない。

 だからこそ、北上は響が苦手であった。他の駆逐艦のように懐柔出来ないのである。衝突することも日常茶飯事であったのだ。

「まず、この主砲。取り回しと重量軽減を考えてのことだろうけど、砲身をこれだけ切り詰めては、射程と精度、それと威力が著しく悪化しないかい?」

 落とさないように大事に抱えた模型のうちから取り出したのは、北上が演習時に使用したものとそっくり同じ形をした十二糎七砲だった。拳銃としても艦砲としても旧時代的にもとれる形状は、艦娘の持つ武装にはあまりに似つかわしくない。響が疑問に思うのももっともであった。

 しかし北上には、どことなく腹に何か隠しているように聞こえていた。響の性格を考えれば、質問をする前にまずは自分の考察を述べるはずなのだ。こうして北上に先に答えを求めるのは、何か探っているとしか思いようがない。

 重箱の隅をつつかれるのも面倒なので、北上は手早くまくし立てることにした。

「射程と精度は適正だよ。空挺降下だから着水すりゃすぐ白目が見える距離さ。貫徹力については、まあどうにもならないし榴弾で我慢だね。あくまで補助、主力は魚雷。もっと言えば、長期的な火力なんて後続に任せりゃいいよ。足がかりを作るのが任務だからね」

「……なるほど、わかったよ」

 響の言葉には間違いなく何かを出さず飲み込んだ間があって、北上は思わず苦い顔をした。つくづく、食えない相手である。

「それで、主力の魚雷だけど、これはどう使うんだい?」

 矢継早に、次の質問へと響は移る。今度は噴進迫撃砲だ。後ろで小さくなっている潮が四連装の発射管を手渡した。

「ああ、そりゃ試作もいいとこだからだからあんまり関係ないよ。お偉方が予算多く付けるからついでにやれって図面押し付けてきやがったのさ」

「スクリューのない推進機と大型の安定翼から察するに、空でも飛びそうに見えるけど。こういう魚雷、好きじゃないのかい?」

「あー、だいたいそんなとこねえ……」

 核心を突く質問に北上は内心焦りながら、バレないように大淀に目をやった。無茶な振りではあるが、振られる方もさすがの対応力で、目での合図をしっかり受け取っていた。

「北上さん、軍機ですから……」

「あ、そう? ま、あたしゃ派手すぎて嫌いなんだわそれ。はい、おしまい」

 強引に話題を終了させて、冷や汗をかきながらもなんとか逃げ切り勝ちを収めた巡洋艦二人であったが、響はそんなことはどこ吹く風で、まだまだ質問を投げつける。

「そう。じゃあこのフックは?」

「……工作艦用のもやい銃。クレーンにくくりつけてさっきの豆鉄砲で発射して使うのさ」

「この筒は?」

「砲口制退器。効果がいまいちでボツだよ」

「このねじだけ単品で展示されていたけれど」

「滑空翼の爆砕ボルトね」

「フラップの上の板」

「着水用空力制動器」

「小箱」

「応急修理用具入れ」

「管」

「油圧管」

「じゃあ次は――」

「待った、待った」

 とにかく手元にあるものを片っ端から質問に変えてぶつけてくる響に、バカ正直に応対していた北上も流石に音を上げた。このままでは細かな部品一つ一つまで材質から何から何まで説明することになりかねない。

「質問が多すぎるよ、こっちが追いつかない」

「己の身を預けるものなんだ。聞きたいこともたくさんあるさ」

「あんたばっかり聞いても不公平じゃないのさ、ほら、次は潮の番だよ」

 攻撃の機会を取り上げられた響は一瞬だけ反抗心に満ちた目を北上に向けたが、すぐにそれを懐に隠して「それもそうだね」と余裕を見せた。

 しかしながら潮の方はといえば、北上と響の妙に白熱した掛け合いの蚊帳の外にしばらくいたためか完全に上の空であった。名前を呼ばれて、丸くなった背筋が急に伸びるが、内容については理解できていないようである。

 北上にとっては都合が良かった。これで話をあらぬ方向へ持っていってくれれば、響が首を突っ込んでくる前に畳み掛けることができる。

「は、はいっ!」

「なんか質問とか、とりあえず世間話とか」

「あの、本日はお日柄も良く」

「あぁ、そうねえ。あたしにゃ曇って見えたけど。それで質問は?」

「ええと……」

 潮は腕いっぱいに抱えた模型を右脇に左脇に持ち替える。おそらくほとんどが響に持たされたものであろうという北上の読みは当たっていた。しかしながら、同時に潮本人が質問を持ち合わせているはずがないという甘い目論見は大きく外れることとなる。

「これ、なんですが……」

 引っ張り出してきたのは薄汚れた鉄帽であった。しかし北上にそんなものを艤装と一緒に並べておいた覚えはない。だが、一目見ればそれをどこから拾ってきたのかは大体の見当がついていた。きっと、すぐ側の廃品置き場であろう。

「殉職された方のものでしょうか? 表に捨ててあって……。その、できればご遺族に送ってあげたいなと」

「ああそれ、捨てちゃっていいよ」

「えっ……?」

 見当がついた理由としては、至極単純にその鉄帽が穴だらけであったためである。そしてもちろん、その鉄帽をかぶったのも廃棄したのも北上自身であった。

潮の殊勝な心がけを全く無碍にするような発言ではあったが、まるで自分が死んでしまったかのように言われるのもあまり縁起のいいものではない。

「あたしのだよ。度胸試しに機銃で全身蜂の巣にしてもらったのさ」

 眉も動かさず視線も向けず、平然と言ってのけた北上の言葉に、潮は思わずたじろいだ。

「ど、どうしてそんな」

予想通りの反応に、北上は一人でニヤニヤ笑っていた。嘘をついているわけではなかったが、その意地の悪い説明に呆れた大淀がすかさずフォローを入れる。

「艤装の耐弾試験をしたの。北上さん自身の身体も含めて、ね」

「はぁ、なるほど……」

「ヤンキーの射手ったらさあ、艦娘に撃つなんて初めてだから、手なんて震えちゃって、もう顔真っ青になってやがんの」

「実に楽しそうだ。相変わらずいい趣味してるね」

 呆れる者、安堵する者、ケタケタ笑う者、皮肉を場に残す者。四者が四通りの反応を見せる。

 その中で、潮はまた背中を小さく丸めながら、ため息とともに呟いた。

「でもよかった、誰も亡くなってなくて」

 その言葉は小さな独り言ではあったが、本来彼女たちが果たすべき「義務」を忠実に示していた。三者は、あらためて自らの使命を想起させられたのである。

「もちろん。だって、血を救うのは私たちの役割でしょう?」

 大淀はにっこりと笑ってみせる。北上もやや頬を緩ませながら自慢げにそれに続けた。

「矢面に立つのがあたしらのいちばん大事な仕事だよ。これだけはどんな時も譲っちゃなんないのさ」

 普段、なかなか見せることのない巡洋艦たちの綻んだ表情に、潮も釣られてはにかんだ。誰かのように肝が座っているわけでない彼女にとって、上官たちから心強い言葉をかけられるというのは、多少なりとも自信に繋がるのである。

 しかしながら、もう片割れである肝が座った誰かの方は、相変わらず冷めた目をしていた。とりわけ北上に対してあまり信頼を置いていない彼女であるから、その笑顔こそが猜疑心の的であるところは間違いなかった。

 だがそれに増して響が疑ってかかっていたのは、単なる個人的な好き嫌いの話ではなく、たった今直面している問題についてである。

「……たとえ現場が海ではなかったとしても、と言うことだね」

 北上の顔が引きつったのは、単に言葉のためではなく、響が、まるで表情が強張るであろうことを知っていたかのように、わかりきった目でこちらを睨みつけていたからであった。

 やはり、食えない相手なのだ。

「そうだね、響ちゃん。これからは私たち空でも――」

「潮」

 北上が食い気味に話を遮ったのは、彼女なりの思慮によるものだった。だがそれが、実際のところ潮のためになるかどうかの判別は付けることが出来ない。少なくとも、響は真逆の立場を取っていることは間違いないわけではあるが。

「その模型頑丈そうでかなーり脆いから、落とす前に戻してきな」

「えっと」

「響の分も」

「あの」

「今」

「は、はいっ!」

 背筋を伸ばして、潮は慌てながら響の持っている模型を持てるだけ持って駆け去っていく。細かい部品がいくつかこぼれ落ちたが、それにも気付いていない様子で逃げていった。

 北上は潮が十分離れたことを確認すると、猜疑心いっぱいで睨んでくる目を睨み返しながら、努めて冷淡に言う。

「あんたもさ、大概、いい趣味してるよね」

「一士のようにおちょくって遊んでるわけじゃないさ。むしろ、なぜあなた方が頑なに隠そうとするのか理解に苦しむよ」

 二人に睨みを効かせながら響は口ごもることなくハッキリと出す。大淀は目を合わせず、ただ頭を抱えていた。

「鉄帽だけじゃない。黒焦げの防火服、アレはなんだい? 石綿があんなになるにはまともな火災じゃ割に合わない。いつから深海棲艦は火炎放射を使うようになったんだい?」

「さあね。上のすることはあたしらなんにも知らないのさ」

「仮に知らされていなくともあなた方ならわかるだろう。現に私も少し見ただけですぐに気付いたよ。この計画が、深海棲艦との戦闘などちっとも考慮していないことなんて」

やはりか、と北上はため息を吐いた。初めから感づいていたことは理解していた。そうでなければ、あんな問い詰め方はしないであろう。

「条約違反だ。紛争への艦娘の投入は禁じられている」

今まで不気味なほど冷静さを保っていた響の声が、わずかに人間らしさを取り戻し震えたのを、北上には確かに聞こえていた。

「ましてや対地戦闘、それも上陸しての作戦行動など言語道断。北上一士、なぜあなたはこんなものを甘んじて受け入れたんだい?」

「……だから、あたしゃ上のすることは知らないのさ。やれって言われたら、やるんだ。それが組織なんだよ」

「これは組織や国といった枠組みの内側の問題ではないよ。人類から艦娘への信頼を著しく失墜させる不名誉極まりない行為だ。一抹でも矜持があるなら、拒絶すべきだろうに」

 手にしていた模型を、響は汚らわしいものでも扱うかのように地面に落とした。剣幕鋭く、言い放ってもなお奥歯に言葉を噛み締めたような表情は、普段の彼女からは想像もつかないものであった。おそらく、潮が近くにいれば、ここまで感情を表に出すことはなかっただろう。

「知るかそんなん。あたしら道具にすぎないってことわかってんだろ、あんたも」

「その無責任さで、よく潮に艦娘のなんたるかを説けるものだね。あの言葉が本心というのなら、どうして行動で示そうとしないんだい?」

「駄々こねて都合よく進むんならみんなやってんだって。それじゃ世の中回らないのさ」

「しかし筋は通っている。論理的にも倫理的にも、間違ったことを言っているつもりはない」

「だからなにさ。あんたはその、拒否しなかった責任をあたしに被せんの?」

「そうだ。それが上に立つ者の責任だから」

「誰が好き好んで、菊の御紋も無い、駆逐のチビの上になんて」

 煮えたぎる腸が声を震わせる。売り言葉に買い言葉、その中身こそ牙をむき出しにしているが、声音だけは荒げないように互いに自制していた。

 いつ、どちらから拳が出てもおかしくない。暴力に訴えることが最悪の下策であることは理解していても、相手と大義次第では、用いらざるを得ないこともある。

 それでも互いに、拳を振り上げようとしないのは、北上の背後には大淀が、響の背後には潮が控えているからであった。

「……デカブリスト三士」

 水を差す、静かながらも毅然とした声。北上は振り向くと同時に、思わず怒号を上げた。

「ああもう! 大淀(あんた)は――」

 北上の声が詰まったのは、また、あの海底まで見透かすような青みがかった瞳が、自分を睨み付けていたからであった。

「一士、今は口を慎みなさい」

 たった一言の威圧感に飲まれる。得体の知れぬ気味悪さが、本能に「服せよ」と語りかけているのを北上は肌で感じていた。

 ただ、歯を噛み締めながら目を逸らす以外の反抗を、北上はできなかった。

「三士。この計画を受理し、北上班への開発を命じたのは、人事に関する権限を持つ私です。あなたが主張する上に立つ者の責任とは、この場合私が引き受けることとなります」

 北上に対するものと変わらない瞳が響に向けられる。たじろぎつつも響は睨んでいたが、程なく屈して、北上と同様に目を逸らした。

「……否定しない」

「であれば、私に直訴しなさい。あなたが筋を通したいのなら」

 大淀は起立して、響の前へ立ち塞がる。子供と大人の身長差が、年功を重ねようとまだ青い信念を冷酷に見下していた。

「……本官は、力無きものを守護すべく与えられた力を悪用し、暴力装置による艤装を持たぬ人類への殺戮行為を幇助するこの計画への、一切の加担を、拒絶する」

 文句は立派であっても、その言葉には覇気がなかった。相変わらず目は逸したままで、声は先ほどとは別の理由で震えている。怖気づくことなど無いはずであるのに言葉が詰まるのは、もはや、彼女の意地以外の原動力が崩されていたからであった。

「命令違反による懲罰は、覚悟の上だ」

「あなたが拒絶しても、潮はそのままよ」

「……それなら、潮の分まで、重営倉に入る」

「あなたと潮の代わりに、今度は松型が選ばれるわね」

「いいさ、みんなの分、私が背負うから」

「でも、誰かがすることに変わりないのよ。あなたを無視して、世界が回るだけ」

 諭すような口調が余計に響を追い込んでいた。理不尽であっても誤ってはいないその正論はあまりにも強烈すぎたのだ。プライドを打ち崩すには十分すぎたのだ。

「告発する。すぐ、ブリテンに届く。監査が入って、悪事は明るみになる」

「ならないわ」

「なるさ」

「主権として条約に批准していないの。日本共和国(わがくに)は軍事力を保有していないから、軍事条約に批准する必要がないの」

「軍事力なら、ここに」

海上警備隊(わたしたち)は海難救助組織であり、艦娘の配備は深海棲艦の脅威の排除のため」

「それは、政治家の建前だ。この計画だって、明らかに、米軍の手引がある」

「表向きはどの国も国家間への紛争のために艦娘は配備していないの」

「嘘だ」

「嘘じゃないのよ。結果として抑止力になっているだけで」

「間違っている」

「正しいのよ」

 俯いた響は、小さく呻く声を抑えていた。誰よりも意地の強い彼女であるからこそ、情けない姿を晒したくは無かったのであろう。だがもがけばもがくほどに、酷く醜くなっていく。

 北上の目にも、その姿は痛々しく映っていた。曲げられぬ信念が捻じ伏せられる瞬間は、あまりに惨たらしいのだ。

「あなたの考えは受け取りました。どうするかは、今一度考え直しなさい」

 大淀は響の震える肩に手を掛けたが、それはすぐに払いのけられた。たとえそれが純粋な良心によるものであっても、情けをかけられてはむしろ癪に障るのだ。大淀は困惑を見せたが、北上には、響の気持ちがよくわかっていた。

「……わかったわね?」

 聞きただしても、響は何も答えない。

「デカブリスト、返事をしなさい」

 押し黙ったままの反抗に手を焼いた大淀は、更に声音を強く、叩きつける。

「沈黙は肯定とみなします」

 あまりにいたたまれなくなって、北上はまた声を上げる。

大淀(あんた)、もうそれくらいに――」

 北上の言葉を途中で遮ったのは、今度は大淀の瞳ではなく、甲高いブザー音であった。携帯型無線機の呼び出しである

「大淀です」

 大淀は北上を一瞥して牽制しながら、自身の腰にかけた受話器を耳元へと寄せた。それとほぼ同時に、外でもサイレンがけたたましく叫び出す。

 緊急出動の合図だった。

「おーい! もういいから、その辺置いときな!」

「は、はい!」

 離れた場所で細かい部品を一つ一つもとに戻していた潮に声をかけると、その場に置いて駆け寄ってくる。

 緊急出動に必ずしも艦娘が伴うわけではないが、大淀に連絡が来ている以上、待機中である駆逐艦二隻に命令が下るのは当然であった。

「……響、行くならそこにある銀輪使いな。あとで回収しとくから」

 いつも通りの口調で言うと、俯いたまま小さく頷く。響は顔を袖で拭うと、何事もなかったように平静を顔に縫い付けて、まっすぐに大淀を見た。

「デカブリスト三士ならびに潮一士補、甲種軽装を着用し、第一飛行艇格納庫にて待機。PBY[カタリナ]が出ます」

 背筋をしっかりと伸ばして、響と潮の両名は大淀の命令に大きく返事をする。そして息をつく暇もなく自転車に駆け寄ると、響は潮を荷台に座らせて、少し押して助走をつけてから、足の付かないサドルに飛び乗った。

 目一杯ペダルを踏み抜いて、自転車は外へ飛び出していく。北上はそれが、あまりにも難儀に見えた。

 いつだって、末端の駆逐艦は最前線に立つ。そこに彼女たちの意思などあったものではない。

「さあ、大淀(あんた)もそろそろ本部に――」

 三度目、北上の言葉を遮ったのは、再び大淀の瞳であった。おかしい、今日は全休のはずである。だが、見つめる瞳はすぐ目前にあるのだ。

「北上一士、試製空挺装備を着用しなさい。あなたもです」

 

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