重雷装高速輸送________工作巡洋艦 北上   作:わりばし殺し

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 風切りは高く鳴き、機関は鈍く震える。余すところなく機体を使って、PBYは唸りながら全速力の一五〇ノット。

 秋空の高い雲の遥か下、揺れる機上の乗り心地はお世辞にも良くない。出発より四〇分経ち、通信席に腰掛けた大淀もそろそろ尻が痛くなってくる頃合いである。一方北上はと言うと、ただ、何も考えていないような眼で、銃座の丸く大きな窓から編隊を組んだ僚機を見つめていた。その数、自機を含めて六。

「こちら一番機、対艦特警、大淀三正より各員へ。深艦対策本部からの許可が下りました。これより警備隊法二十二条の特例第四項に則り、私が指揮監督を執り行います。各機長及び本作戦に関わる部隊の長たる幹部警備官は、この決定に対する拒否権を有しています。異議、不服のある者はこの場で申し立てなさい」

 ヘッドフォンが沈黙を守っていたのは、大淀に対する肯定を表しているわけではなかった。男たちは決して彼女に服したわけではなく、ただ、この時点においてわざわざ抗う必要がなかっただけなのである。

 静まり返る通信に大淀は少しの間を置いてから、可能な限りの落ち着きを装いながら続けて発信する。

「よろしい。では、状況を説明します」

 その言葉を聞いて、北上はようやく、一段高くなっている銃座から通信席の方を覗き込む。やけに余裕ぶったその表情は、三正様のお手並み拝見、といった塩梅にも見えた。

「目標は青島船籍の貨物船『即墨(ジーモー)』。排水量七〇〇〇トン。マルセイユ行きの船団に加わるため、横浜より佐世保に回航中。当初の予定進路より外れ、遠州灘危険海域に進入し、深海棲艦からの襲撃を受く。左舷船体に被弾。現在御前崎沖南一五海里に投錨し停船中。これの乗員三五名の救助が今回の任務です」

 コックピットがざわつく。後ろに着く五機の中も同じくであろうことは大淀が最もよく知っていた。

 つまり、制海権の無い海域に強行着水し、その上で生身の人間が救助収容作業を行うということになる。たとえ救助にまわる人員が全て艦娘であったとしても、展開前に鈍足の飛行艇を狙われると手も足も出ないまま藻屑となるだろう。

 よしんば展開できたとしても、着水は言わずもがな、離水後も速度が乗るまではあまりにも大きな隙を晒すことになるのだ。飛行艇が沈もうと艦娘は最悪の場合岸まで向かえるであろうが、人間にとっては割に合わない状況なのである。

 だからこそ、身代わりが必要となったのだ。

「なお、本任務には現在試験運用中の特殊装備が投入されます。これを以って、一番機より巡洋艦娘一個を空中投下し、目標付近の脅威を無力化。しかる後、二番機が着水し駆逐艦娘二個を展開。安全を確認次第、要救助者収容担当の三番機以下を着水させます。二番機は駆逐艦娘を展開次第、海域を離脱。それ以下も、要救助者ならびに救助隊員を収容次第即座に離脱とします。艦娘は最も脅威が大きくなるとみられる離水時の周辺警戒にあたり、その後、自力航行にて現場海域を離脱します」

 大淀の通信に、各機は静まり返った。件の演習に参加した一番機を除けば、皆「特殊装備」とやらは知らないが、少なくとも、人間ならざる者の指揮の下、危険を省みない強行着水を強制させられることは回避できたのである。

 もし特殊装備がうまく作用すれば万々歳。全くの失敗に終わっても、割りを食うのは一人だけ。無為な犠牲を払わずに済むのである。

 これくらいの条件を用意しなければ、男たちは従わないであろうと、大淀は踏んでいた。

 もちろんその身代わりの方も初めからこうなる事はわかりきっていた。いつも通り、老艦の務めを果たせばいいだけなのである。背負う側も背負わせる側も、能力には十分な自信があった。

「……御国の四方を守る盾。それが我々艦娘部隊の使命です。各員は、自らも盾に守られるべき存在であるとよく自覚し、『人命』を最優先に事にあたりなさい。……質問は」

 大げさな文句ではあった。しかし誰かを納得させるには強力な建前が必要になる場合もある。

 今度の沈黙は、先ほどとは少しだけ態度が違っていた。体面や意地が根源にある以上、艦娘にそこまで言わせては、黙って頷かねば男が廃る。

《……三番機、横救第三分隊隊長タケマ三士。船員の状況について知らせられたし。送れ》

 明確に言葉にせずとも、肯定の意は電波に乗っていた。その一言を皮切りに、大淀へと言葉が飛び交う。

「六名が消火作業の際に軽症との報告あり。火災は既に鎮火しており、救助作業への影響は無いと思われる。現在全員が甲板上に待機中。脅威を排除次第、即座の退船が可能。次」

《五番機機長ヨシダ一士。要救助者の国籍についてはどうか》

「日本人、船長と機関長を含め一八名。青島人一〇名、香港人四名、他。全員日本語による意思疎通に支障なし。次」

《二番機機長、クロキ三正だ。現在までに確認されている脅威は。送れ》

「先行する哨戒機より、目標付近を徘徊する深海棲艦三隻を確認との報告あり。いずれも小型であるが艦種は不明。即墨からの通信では、うち一隻はヒト型に近い形状を有しているとのこと。軽巡ホ級とみられる。次」

 交信はつつがなく進む。信頼を勝ち取ったからには当たり前のことであるが、この当たり前をこなせてこそ、一人前の指揮官として認められるものなのだ。

 しかしながら、ただ一人、大淀がどうしても納得を得ることができなかった相手がいた。

 その声は、案の定であるが幼かった。

《……二番機、対深海棲艦特別警備隊、デカブリスト三士。質問事項は二つ。一、後援部隊の陣容は。二、現在目標付近を徘徊する脅威は燃油流出によって走化性を刺激され集合したものと考えられるが、第一撃を与えた深海棲艦がなぜ攻撃を継続しなかったのか。また、目標直近の深海棲艦はなぜ攻撃に移らないのか。三正の考察を拝聴されたい。送れ》

 男たちの声と全く真逆の意思が篭った言葉であることは、大淀だけでなく全員が感じ取っていたことであろう。半人前の指揮官を試しているのではない。響は、明らかに潰しにかかっていた。

「後援については、舞鶴より酒匂三士率いる任務部隊が出動。海域到達は我が方より三〇分後になる模様」

《酒匂といえば、つい先日三士になったばかりの新米であると認識している。失礼ながら、先任の意見として本官は彼女に現場指揮の能力が備わっているとは考えかねるが、三正はいかがか》

「抜かりなし。補佐に初霜一士補。以下、ありあけ級ありあけ・ゆうぐれ各二士補が直衛に就きます。酒匂三士は、あくまで『引率者なしでの領海外航行』を禁止されている駆逐艦娘三隻を引率するだけであり、実質的な指揮については初霜一士補に委任されるものとなります。彼女にとっては、良い現場経験となるのでは?」

《……承知した。では、もう片方の質問についてお願いしたい》

響の声が、悔しさを噛みしめるように聞こえたのは間違いなかった。向けられた敵意を意識しないよう気をつけながら、大淀は答える。

「第一撃の後、即墨は即座に機関を停止し、速やかに消火活動を行っています。これは視覚による判断力を持たない下級深海棲艦の性質を踏まえた上での適切な判断であり、この対処によって攻撃目標は即墨をロストしたと思われます。三士の考察通り、燃油に反応しています。興奮状態にある攻撃目標がいつ即墨を攻撃しても不自然でない状況であることは確かですが、現時点において深海棲艦側は即墨を船舶として認識していないと考えます」

《本官がこれまで携わってきた案件の中で、深海棲艦が一度手を付けた獲物を前に徘徊しているという経験は一度もない。この状況はやや不自然である。目標周辺の深海棲艦と、第一撃を与えた者は同一ではないと考えるべきと提言したい。情報の正確性を今一度ご精査願う。現場に降り立つ者として、未知の脅威の存在は可能な限り排除しておきたい》

「もっとも。しかしデカブリスト三士、現在までの情報はこれだけです」

《もしこれが、他国やテロリストによる攻撃であればどうであろうか。三正、貨物船乗組員と、これから降り立つ飛行艇が人質にとられるとすれば》

「あまりにも現実離れしています」

《事故ないし、人為的な攻撃である可能性は拭いきれない。予定航路を外れて危険海域に踏み込むなど、不自然な点が多すぎる》

「デカブリスト、どのような場合であれ乗組員の救助が優先です。今の状況に集中しなさい」

 大淀は語気を強める。相手にすべきではないのはわかっているが、男たちの手前、面目を潰されては指揮官としての信頼を失いかねない。

《その今の状況というものに信憑性が無い。これでは、展開後の適切な行動予定を立てることが不可能》

 それでも駄々をこね続ける響に、しびれを切らしたのは大淀ではなかった。脇から腕が伸びてきて、大淀の通信席のマイクを掴み、引き寄せる。

「あー、もしもし、あたしね、北上ね。響、探偵ごっこはもうみんなお腹いっぱいなのよ。いいからとりあえず目の前のやることやるだけやって、帰ってフロ入ってメシ食って寝るよ。はいはい次誰か質問は? ない? じゃ、大淀にかわるよ」

 ただ一方的にまくし立てて、強引に終わらせる。助け舟にしてもあまりに雑なその対応に、大淀は絶句していたが、我に返って、ただ一言、胸元に突き出されたマイクに向かって「以上です」と締めて、交信を終えた。

「……結局さ、アレはガキなんだよ。所詮駆逐、程度の低いアタマのくせに後輩がどんどん増えるもんだから、背伸びして大人ぶりたいって話。いいとこ見せたいだけ」

 バツの悪そうな表情で大淀はマイクを受け取った。助かったことは間違いなかったが、これでは面目が立たない。

「とはいえあまりにも、ですよ。救助班や乗組に徒に不安感を与えています」

「やり方良くなかったかもしれないけどさ、ああでもしないとアレ止まんないからさあ。まあ、あんたのメンツを潰したのは悪かった」

 いつも通りヘラヘラとしていて謝る気など全くないような素振りの北上に、大淀は苛立ちを覚えていた。これではまるで、北上も響と同じである。

 響が北上に噛み付くように、北上が響を馬鹿にするように、現場に長く留まっている老兵たちは一方的に見下すことしかしない。後輩に「いいとこ見せたいだけ」なのは、大淀にとっては結局北上も同じなのである。

 腹の内を明かそうとせず、いつもすぐに本心をはぐらかし、スタンドプレイに走って場をかき乱す。高度な連携が必要とされる現場において、最悪の人材が先輩であった。

「……それで、あたしは何をしろって? 『脅威を無力化』って具体的になんなのさ」

 睨む大淀の目を意にも介していないように、北上は任務を問う。その声は嘲っているようにも聞こえた。現場において最悪な人材は、三正に任官された今でも、最悪な部下でしかない。

 しかしそれでも、大淀が北上に付いて離れないのには理由があった。それはスタンドプレイが黙認されるだけの隊内での立場に拠るものでも、スタンドプレイが容認されるだけの実力に拠るものでもなかった。

 北上はたった一度だけ、普段隠している本気の表情を大淀の前で剥き出しにしたことがあった。勇ましく精悍で鬼気迫るその表情は、出会ってからのあまりにしまりがない印象を一変させるに値するものであった。

 そのたった一度きりがあったからこそ、大淀は北上を信頼していた。気力に乏しく、責任感がなく、ガサツで不真面目であっても、そんな仮面の下に隠した素顔に惹かれていたのである。

 だが最近ではそれも揺らぎつつあった。立場が強くとも実力が高くとも、あまりに人間臭く小市民的な北上を長く見すぎてきたせいか、かつて見せたあの表情が、夢かなにかに思えてしまっているのである。

「通常の酸素魚雷を装備し、雷撃にて掃討してください。いつも通りです」

「ふーん、いつも通り、ねえ」

 妙に含みのある返事に、大淀は悪寒を感じていた。肌を突き刺してくるのは、いつも通りのヘラヘラした顔の、嫌にじとじとした目線だ。

 この目をしている時は、間違いなく見下している時だ。

「……いつも通りにしちゃあんたらしくないじゃん。あんたはさあ、もっとクレバアでスマアトなやり方が好きでしょ?」

 大淀の悪寒は確信に変わった。やはり北上も、響と同じく自分の指揮を潰しにかかっている。間違いなく、嗅ぎ付けていた。

「要救助者が動けない状況。そのすぐ近くに魚雷撃ち込めって?」

「一士の腕であれば可能であると判断しました。目標から引き剥がすくらいは造作もないでしょう」

「ああ、ああ。三下相手にそこまで必要ないね。直に撃っても流れ弾はないさ。でも問題は燃料が流出中ってとこ」

「重油です。引火の可能性はありません」

「海面にあればね。けど水中で魚雷でもなんでも爆発すれば、水飛沫が舞うでしょ。そしたら重油も一緒に霧。マッチ一本じゃさすがに無理でも、ちょっと火の気があればたちまち引火。で、一回火が点けば、温度が上がって揮発して、あっという間に大火事」

「……」

「まさかあんたがそんなとこ抜けてるはずないでしょうよ。つまり、延焼を防ぐ手立てがあるか、わざと燃え上がらせたいか、現場を知らないやつに『こうやれ』って言われたからだね」

 苦し紛れの弁明も、はじめからわかっている相手には無力である。黙りこくった大淀を尻目に、いつも通りの力抜けた口調で北上は続ける。

「ま、都合よくこんな事故起こるはずないってことだよねえ。ちょうど艤装が完成して、ちょうどあたしが暇してて、ちょうど駆逐艦のうちの手練が二人待機中で……ってさ」

 まるで知ったような口を利く北上に、大淀は反抗的な目を光らせるくらいがやっとであった。しかしそれも、看過されている状況ではなんの価値も持たない。

 事実なのだ。この状況が仕組まれていることも、北上の推論も。

「で、その台本はどこから? まさかあんたが全部書いたわけじゃないでしょ?」

 だからこそ、大淀は腹が立つのである。わかりきっているのであれば、茶化さず真剣に向き合えばいい。それなのにふざけた態度で突っかかってくるものだから、大淀も上官として、強情に接する他ないのである。

 互いにあまりに不器用なのだ。

「……からかうのもいい加減になさってはどうですか」

「あたしゃからかってるつもりないんだけどね。後輩思いだからさあ、愚痴でも聞いてやろうって思ってんの」

「おっしゃる意味がわかりません。作戦行動中です。私語は慎みなさい」

 押し付けがましくありがた迷惑な提言を冷たく突っぱねる。北上もこれにはやや怯んだ様子でいたが、すぐに気を取り直して、頭を掻いてから性懲りもなく言葉を続けた。

「……あそー、じゃあ、三正サマにわかりやすいよう言ってあげましょうかね」

 一体何を言い出すのか、大淀にはある程度見当がついていた。もちろん、北上が用意した言葉もその予想にほぼ沿ったものであったが、予想だにしなかったことは、先に出たのが手であるという事であった。

 襟首を掴んだ手が、大淀の体を強く座席の背もたれに叩きつける。

「あんたを虐めてるヤツは誰だって聞いてんだよ、あたしは!」

 目前の激情は網膜に焦げるほど焼き付き、視覚情報の照合が古い記憶を呼び覚ます。

 大淀が、北上のこの表情を見たのは、これでようやく二度目だった。

「米軍か? 国防省か? 最近じゃ国民同盟なんかもうるさいって話も聞いた」

 怒りに満ちた目を真っ直ぐに向けて、北上は問い詰める。大淀にそれを見つめ返すことは、もうできなかった。

「……答えたとして、どうするつもりですか」

「焚き付けて、打ち壊してやる」

「我々が向かうのは、霞が関でも、市ヶ谷でも、有楽町でもなく、現場です」

「違う! これがあんたの意思じゃないことを確認できれば十分なんだよ! そうすりゃ、あんたのこと気にせず現場で暴れられるだろ!」

「この任務に関する決定権と責任は私にあります」

「カタブツ! 脳ミソ全部教本で出来てんのか! なんでバカ真面目に背負う! なんでバカ真面目に従う!」

「責任は上に立つ者の義務です。服従は、更に上に立つものに対する義務です」

「体裁だけ気にして、あんたは何がしたい! 何のためにここにいる!」

「……人命と財産の保護、治安の維持」

「ふざけんな! 今のあんたは誰かのお人形でしかないだろうが!」

 北上が大声を張り上げると、騒音まみれの機内が急に静かになった気がした。全てが止まって、また現実味を帯びた時の流れが戻ってくるとともに、機関がまたうるさく唸りだす。

 ひと足早く、止まった時間から抜け出した若い副操縦士が仲裁のために北上の肩を叩こうとしたが、当の北上の凄んだ剣幕に気圧される。

 その隙に、大淀は喉元にかけられた腕を掴み、北上の目をまっすぐ見つめて、冷淡に語りかけた。

「……一士、退きなさい」

 一瞬だけ気の緩んだ北上に効果は絶大であった。すぐさま手を退けて目を逸らすと、あからさまに気に食わないような表情を見せながら、そっぽを向いた。

 そしてそのままいつも通り、仮面に本心を隠しながら機銃席へと去っていく。

「……ああ、こんなん、見せもんじゃないね」

 呟く背中は、気力に乏しく、責任感がなく、ガサツで不真面目だ。

 

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