重雷装高速輸送________工作巡洋艦 北上 作:わりばし殺し
六
「高度八〇〇〇フィート、確認。異常なし。これ以上は下げらんないか」
《対空砲火の境界を縫います。高速、高高度での投下は不本意ですが、背に腹は代えられません》
「いいさ。前は一六〇〇〇で落とされたから慣れてる。その半分なんて屁でもない。朝飯前だよ、降りるのは」
《……よく、喋りますね》
「この高さじゃお口が寒くて仕方ないのさ」
《そう、ですか》
「……ま、さっきは当たってすまなかった。あんたに詰め寄ったところで、あんたが困るだけなのすっかり忘れてたよ」
《……本当ですよ》
「だからさ、あたし一人でやるよ」
《……は?》
「あんたに責任負わせないってことだよ」
《それは、どういう》
「さあ、そろそろ打ち上げて来るよ。チャンネル戻して指揮取りな。交信終わり」
――――――――――
真っ赤に尾を引いた曳光弾が目前で落ちてゆく。遥か上空で、高射砲弾が黒煙の網を張った。信号灯が赤から青に変わるとともに、投下装置にくくりつけられた北上の身は空の蒼から海の藍へと落下し始めた。
全身の艤装が風を切り、高い機銃弾と低い高射砲弾のドップラーが耳元でうっとおしいほどに泣きわめく。身体を風に乗せ舵を取り、ようやく目標の貨物船を正面に捉えたが、それでもまだ開傘には早すぎる。
上がり続けた速度は終端にまで達し、重力と抵抗が均衡する。しばらくの間の浮遊感の後、高度三〇〇〇、落下速度一四〇ノットにて、絹の白い花が大きくはためいて、咲いた。
「主傘異常なし! 滑空用艤装展開!」
減速不十分のまま翼を伸ばす。風圧に負けず強く開いたそれは、風を掴んで落下を滑空へと様変わりさせた。黒く小さな影が必死に打ち上げる弾をかわしながら、北上は大きく旋回を始めた。
この艤装の真価は、敵の迎撃下においてようやく発揮されるものであった。落下傘のみの降下では不可能な「制御可能な機動性」を確保しつつ「比較的」自由に着水地点を選択できることは、空挺強襲における戦術的優位を増幅させることが可能となる。
つまるところ、着水直前から着水後戦闘可能になるまでの、最も狙われやすく脆いタイミングを隠すことが最大の目的である。
「目視確認、駆逐イ級フタ、軽巡ホ級ヒト! 要救助者甲板上に多数!」
《着水後交戦を許可》
故に、今北上が行っているような「敵の対空砲火を避けるための機動」というのは、実際にはおまけ程度にしか考えられてはいない。
なにせ動力を持たない単なるグライダー。一〇〇ノットちょっとの速度では射撃を振り切ることは出来ない。それでも、落下傘だけでフラフラと風まかせに落ちていくよりは気休めにはなるものである。全くの無力よりはずっといい。
幸いなことに艦娘は人間程度の大きさしかない。機銃弾なら当たっても痛いだけ。高射砲など的が小さすぎて当たるものでもない。砲火に身を晒し続ける事に対する恐怖心こそが最大の敵であり、もとより対空兵器ごとき、相手にする必要すらないのである。
もちろん、それは、艦娘自身の肉体と、本質的に肉体と同義である、「軍艦として」の艤装に限った話であるが。
「ああ、もう! 撃たれてる!」
ジープのタイヤが跳ね上げた砂利を食らうように、バチバチと足が痛む。脇をかすめた弾丸は、左右の滑空翼と落下傘に小さな風穴を開けていく。
いくら人間が知識と技術を注ぎ込もうとも、新機軸の艤装が艦娘の肉体の強靭さを手に入れることはない。なぜなら、それらは艦娘が「軍艦として」手にするものではないのだから。
ましてや空を飛ぶためのものであれば尚更。艤装を鋳潰して作ったところで、薄いアルミ合金と羽布に、五〇口径の機関銃を防げるはずがない。
「右がちぎれた! 逆引っ込めてバランス……取れない! 傾く!」
《予備傘使用許可》
「もうやってる!」
翼の付け根のピンを抜き、緊急レバーを強く引くまでの間にも、多数の銃弾は翼を穿つ。そして運が悪いことに、そのうちのたった一発が、分離機構に致命的なダメージを与えていた。
「滑空翼分離!」
レバーを引くと、固定具に付けられた火薬が炸裂し艤装が分離。その後、滑空浴の接続部から予備傘が開傘し、安全な落下速度まで落ちる。そのはずであった。
一発の弾丸が右翼のボルトに食い込んだ。コネクタは歪み、金属同士が噛み合って離れることはなかった。
結果、分離したのは左翼だけ。損傷を受けた右翼はそのまま残り、北上の身体は大きく左に傾き錐揉みをはじめるのであった。
「なんで、もう!」
《空挺艤装状況知らせ》
「知るか!」
ピンと張った主傘のワイヤに、伸び始めたばかりの予備傘のワイヤがくるくると絡みはじめる。このままでは主傘まで損傷し、単なる投身自殺となってしまう。
考えるまでもなく、北上は予備傘のワイヤを左腕に手繰り寄せ、腕力をもって絡む糸を引き剥がす。あまりに不格好でも、骨まで締め付ける糸が痛くとも、無様に死ぬよりずっといい。
北上が重力と空力との死闘を繰り広げている中、無線ではあまりに緊張感のない歌声が流れはじめた。リパブリック賛歌のメロディに乗せて歌うのは、案の定の、やや幼い声であった。
《The risers swung around her neck, connectors cracked her dome, Suspension lines were tied in knots around her skinny bones; The canopy became hers shroud; she hurtled to the sea.》
「アンド! アイ! アイント! ゴナ! ジャンプ! ノー! モア!」
《なんだ、やっぱり英語わかるんじゃないか》
《二人とも今はふざけてる場合じゃない!》
「さっき言ったろ! お口が寒くて歌ってないと気が狂うって!」
《縁起でもない……!》
「落ちてる間は何にもできなくて暇なんだよ!」
身体を折り曲げ、右肘で翼の付け根を思い切り打つ。なんだっていい。右翼さえ取っ払ってしまえば均衡は取れるのである。肘が駄目なら、主砲の銃把で殴ってみる。
《Gory, gory,》
「ワットザヘルオブウェイトゥダイ! ほんとに! ――」
殴って駄目なら、今度は撃ち込む。
左胸から一発、徹甲弾を抜き取って、尾栓を歯で抜き、薬室に無理やり押し込む。
「――二度と飛ぶか!」
撃発の瞬間、北上は反動により一瞬の減速。根本から弾けてちぎれた右翼が風に乗って、相対的に上空へと舞い上がった。しかし実態は、揚力を更に失った北上が加速度を上げて落下しているだけであった。
錐揉みが止まり、左腕が自由になる。折れた接続部から、北上は両手で右側の予備傘を引き抜く。しかし伸びるのはワイヤばかりで、いくら引いても傘の部分は出てこない。
海面が近づく。減速は不十分。間に合わないと思いかけた頃、ようやく白い布が顔を出した。
急減速し伸びきるワイヤ。安全帯が軋み、落ちる北上の肉体を引っ張り上げる。ここに来てようやく本来あるべきバランスに戻ったが、海面は無情にも、減速しきるには近すぎた。
《直下、イ級》
間も悪く、眼下に深海棲艦が大きな口から主砲を覗かせて落ちてくる北上を待ち受けていた。幸い仰角が足りず撃たれることはないが、滑空翼を失った今、着水直後の隙は遥かに大きい。
「そんなこと言われたって!」
次弾装填。今度は榴弾。至近距離、一撃でやらねば手痛い反撃は免れない。一瞬でも怯めば数の差で押し切られるだろう。艦砲ともなれば痛いだけでは済まされない。ましてや、北上のような旧型であれば尚更。
駐退機を引いて排莢口から弾の装填を確認し、北上は大きく息を吐いて覚悟を決めた。落下傘のみでの降下は自由が効かないが、方向を定めるくらいは可能だろう。北上は手練で、しかも製作者である。無謀かどうかはともかく、博打に勝つ自信はいくらでもあった。
意を決した北上は、操縦索をたぐり、イ級の真上を陣取った。彼我の距離が近づく。減速はギリギリだ。
「こうするしかない!」
北上はタービンとスクリューを最大まで回し、真下の敵に向けて主砲を放つ。腹に響く低いどよめきとともに、爆圧がイ級を襲った。
落下傘が大きくはためいた。三つの傘は爆心地から離れるように前へと北上を牽引する。
水平の運動エネルギーを得たその瞬間、落下傘を分離し、北上は最大瞬間時速六〇ノットで海上に大きな白い轍を残す。
ハードランディングだが、帳尻合わせはなんとか間に合った。
「着水!」
《被害状況知らせ》
「動かないでわかるかって!」
あらぬ方向へひらひらと舞う脱ぎ捨てた純白の死に装束を傍目に、北上は速度を維持したまま、姿勢低く海面を掴むようにUターン。
辛うじて浮かんでいるといった塩梅のイ級に再び近づくと、その被甲されていない眼孔に向け、すれ違いざまに徹甲弾を撃ち込んだ。
「……一つ! 敵の位置は!」
《目標右舷に軽巡、左舷に駆逐》
イ級はその体内を爆ぜさせながら、頭部を上にしてゆっくりと沈んでいく。至近距離でなければ、おそらくは沈められなかったであろう。わかっていたが、砲はあまりにも非力だ。
北上は一瞥しただけで、すぐさま次の目標を探しはじめる。一息つく暇などない。
「被害、右舷変速機損傷! 最大速段から外せない! クラッチごとイカれた!」
《機関部に波及する前に片軸航行に移行しなさい》
「馬鹿! あたしゃ二基二軸落っことしてんだ、単軸じゃ遅すぎる重すぎる!」
《そのまま戦闘機動は無茶です。動力との切り離しが行えない以上、速度を落とせば機関ごとストールします!》
「だったらこのまま! 次、イ級、二時方向!」
最大の脅威であるホ級を避け、貨物船の陰に隠れるように北上は船首を大回りして左舷側へと向かう。速度を保ったままの四〇ノットの小刻みな乙字運動は、さすがに老体が悲鳴を上げていた。舵が滑る。
目標に近づくに連れ、甲板で固唾をのむ乗員たちの姿がはっきりと見えてきた。彼らを巻き添えには出来ない。
《哨戒機より連絡、南一〇海里沖合に複数の深海棲艦確認!》
「ドンパチやるから嗅ぎ付けやがった!」
《時間がありません! 雷撃で速やかに処理してください!》
「雷撃不可!」
《なぜ!》
「イヤだから!」
艦砲が北上を狙う。閃光の後、鉄塊が轟音とともに飛来してくるが、高速で移動する人間大の目標にそうやすやすとは当たらない。
徹甲弾を装填しながら、イ級を正面に捉える。普段の装備ならば、こんな距離まで近付かずとも砲撃の射程内だ。今の状況でも脚部の魚雷を放てば、楽に食える相手である。
それでも北上の頭に雷撃の二文字はなかった。くだらない見栄だが、プライドを捨てたくはなかったのである。
魚雷使用は大淀の本意ではない。はるか上の、大淀を良いように扱うバカどもの命令だ。
《無茶です! 砲性能、砲門数ともに不利!》
「んなことあたしが一番知ってんの!」
《ならばなぜ!》
イ級がこちらに顔を向ける。口から覗く砲は取扱不便に見えるが、互いに面と向かっている以上、撃てば当たるような状況であった。
それでも北上が進路を変えないのは、見切る自身があったからである。長く戦場に立ってきた者の勘が、砲撃直前の僅かな動きを汲み取って、咄嗟に足元の荷重をずらしていた。その刹那、激発した砲弾は、北上の頭、僅か一つとなりをすり抜ける。北上はまた一つ博打に勝利した。
腰から爆雷を一つ外して、安全装置を抜く。時限信管のセットは一〇秒後。それを左手に、逆の手には頼りない主砲を握りしめたまま、速度を落とさず、正面から突っ込んでいく。
次弾装填が間に合わないとみたか、イ級もまた速度を上げる。互いの進路が同一直線上に並んだ。
衝角攻撃は単純であるが、質量を武器にした捨て身の威力は、巡洋艦の北上であれど当たりどころによってはただではすまない。
しかし非人間型の深海棲艦の衝角攻撃にはある独特な習性があることを北上は知っていた。潮も大淀も、基地の松型たちだって、艦娘は皆そのことを知っていた。
ただ、その習性が、戦術面に致命的な弱点を晒すことまで知っていたのは、北上のほかは経験豊富な響と雪風くらいのものである。
そして唯一、北上だけがその弱点の効果的な突き方を実戦レベルで活用できた。
通常の感性であればまず思いつかない行動。あえて使用するまでもない危険すぎる行為。無駄な曲芸。
ネジが外れた者にしか辿り着けない到達点。それでもできるのであれば、遠慮する必要はない。
「なぜって、食えるから!」
衝突寸前、北上は爆雷をトスして軽く放り上げる。それと同時に、イ級はその身体を大きく跳ねさせ、宙を舞った。
艦艇の急所は喫水線下にあり、艦娘の急所は上半身に集中している。すなわち、イ級は北上の急所に確実に最大質量をぶつけるべく、食らいつきにかかったのだ。
それこそが北上の待ち望んだ結果であった。
上体を逸して倒れ、滑り込むように空を飛ぶイ級の下に潜る。見上げれば、そこにあるのは柔らかい腹部。
同一直線上で、点と点が交差するごく僅かな一瞬に、爆雷は大きな口へと吸い込まれ、砲弾は迷いなく急所を穿つ。
あまりにもバカバカしく、あまりにも完璧であった。たった一メートル上空を跳ぶ駆逐艦の竜骨に、再起不能となるヒビを確かに入れたのだ。
「二つ目!」
両肘で海面を叩くようにして反動を付けて起き上がると、それに呼応するように背後で金属片を撒き散らしながら爆発が起こる。船底に大穴を開けられ爆雷まで喰わされては、見るまでもなく轟沈は当たり前であった。
《なんて真似……》
「次で最後! 後続の展開、用意させときなよ!」
突然、目の前で繰り広げられる艦娘の大立ち回りに、即墨の甲板上は沸きに沸いていた。空から舞い降りた一人の艦娘によって、ただ怯え震える他なかった状況が一変し、今や残す敵は一隻のみとなっているのである。ある者は大きく手を振り、またある者は歓喜に拳を突き上げる。手旗を振る若い水夫は北上に敵の位置を伝えようと全身を使っていた。
皆、それぞれの故郷の言葉で声援を挙げる。それは間違いなく、海神たる北上に捧ぐ祈祷であった。
「揺れるよ! 掴まれ!」
届かぬであろうことがわかっていても、北上は喉が張り裂けんばかりの大声で返していた。一気に距離を詰め、盾にしていた即墨の船首左舷側から飛び出す。真裏には、ヒトの上半身だけを辛うじて保っている異形の生物が即墨の左舷すぐ脇で見失った敵をウロウロと探していた。
すぐさま、北上を捉えて砲撃を開始する。爆轟にうろたえた甲板上の船員がその場で屈み込み、その身を巻き上がった重油混じりの海水が濡らした。
正面切っての戦闘は無理であると北上はわかっていた。これは陽動にすぎない。
そのまま踵を返し、もう一度左舷へと隠れる。一度時計回りに大きく旋回しながら右肩のクレーンアームを引き伸ばし、その先のフックを主砲の砲口へと差し込んだ。装填は最弱装の空砲。
二つ目の爆雷を手に取り、即墨の船尾側、とにかく船体に影響を及ぼさないようひたすら遠くへ投げ込んだ。その一〇秒後巻き起こる水柱は、大波の巨大な円を大海原に広げていく。
北上は今一度即墨の左舷すぐ近くへとアプローチし、後部マストへ向けて主砲を放つ。洋酒のコルクを抜く音をひたすら巨大にしたような情けない音を立ててフックは飛んで行き、噛み付く。ラインのテンションを緩ませながら、北上は全速力で左舷の船体すぐ側を突っ切る。あとは、波に乗るだけであった。
《一士! 目標から離れなさい! 危険です!》
「重々承知! でも今あたしゃ右足が言うこと聞かなくて小回り効かないもんでねえ!」
大波が迫りくる。即墨の巨体が大きく揺れる。上がりきったタービンの回転にクレーンのドラムを直結させ、猛烈な勢いでワイヤを巻き上げた。それと同時に、北上は自らを呑み込まんとする大波を踏み台として蹴り上がる。
弾丸のように飛び出し、高くへと。空より降りた海神は、今一度舞い上がる。北上の身体はマストを起点に即墨の船体を跨ぎ、最高到達点から一路右舷へ。ブロードウェイばりのワイヤーアクションは、最大戦速のエネルギーを保持したまま、重力加速度の曲線を一気に駆け下りる。
「だからさあ! こんな右足!」
大波をもろに受けたホ級は背後から迫る北上を確認できていなかった。軋む音に反応し振り返ったときには、もはや北上に照準を合わせることもままならぬ距離にまで接近しきっていた。
振り子の最低地点、巻き上げて、やや足の付かない高さ。最も速度の乗るタイミングで北上はフックをリリースする。文字通り糸の切れたように放り出される身体は、海面上の僅かな波をバネにして、回転しながら水切りのように大きく前へと跳ねた。
「くれてやる!」
速度、質量、遠心力。軍艦そのままのエネルギーは、後ろ回し蹴りにより、そのちっぽけなヒトの体に似合わぬほどの強烈な破壊力を発生させる。
「これで三つ!」
北上の排水量五五〇〇トンの鉄塊が、ホ級の上部構造物と首をなぎ倒す。派手な水飛沫は即墨の半分を覆い隠し、右足の艤装はひしゃげ、激しく火花が散り、ぶつかり合う強大なエネルギーとエネルギーとが赤熱する。人間大のサイズ同士の音とは思えないほどに低く鈍く複雑に響くその音は、遙か上空のPBYにまで届いていた。
弾け飛んだ身体は転げながら船首側へと吹っ飛ぶ。衝突位置が理想的であったとは言え、北上の艤装も大きなダメージを受けていた。すぐには起き上がれないほど肉体も損耗していたのである。
《何をしたんです!》
「……右足、くれてやった」
《はあ!?》
だが北上は満足であった。やるだけやって、魚雷は使わず、大淀の注文は片付けた。そして図らずも空挺艤装の欠陥を露呈させることが出来たのである。
痛む右足をかばいながら、実に満足げな表情で北上は振り返る。そこに浮かんでいるのは、自分がまさについ先程仕留めた、ぐったりとうなだれる敵艦であった。実に誇らしい瞬間である。
ついでに言えば、その砲がこちらを向いていなければ、もっと誇らしかったであろう。
「……まずい! 着水中止!」
北上がマイクに向けて叫んだ直後、砲と機銃は火を吹いた。北上も既に回避行動に移っていたが、単軸となり推力を失った状態では、その全てを避けきることは不可能であった。
不幸中の幸い、主砲が命中することはなかったが、二〇ミリ級の機関砲が背中に直撃する。硬い艤装は無事であったが、間の悪いことに左肩の通信機が完璧に破壊され、交信は途絶えた。
すぐさま、北上は即墨の陰へと隠れる。息も絶え絶え、船体に背中を預け、情けないことにへたれ込んだ。
水夫が一人、甲板上から見下ろす。ちょうど北上と目が合うと、彼は怒鳴るように声をかけた。
「ねーちゃん! 生きてっか!」
北上は項垂れて、一つ息を整えると、自分自身に強く言い聞かせるように、強く返事をする。
「ああ生きてるよ! あたしゃねえ! 今まで一回も死んだことないから!」