重雷装高速輸送________工作巡洋艦 北上   作:わりばし殺し

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 閃光は一瞬。砲弾は五秒。轟音は一五秒後に届いた。そばでホ級が沈んでいく。北上は難しいことを考える前に、大きな声で叫んでいた。

「総員左舷より退船! ジスイズリパブリックオブジャパンネイバルディフェンスフォース! オールメンバーイバキュエーションポートサイドナウ!」

 号令とともに、救命いかだが続々と海へと放たれていく。乗りあぐねた者たちも、我先にと海へ飛び込む。上空を飛び回るだけだったPBYも次々に着水体勢を整えて高度を下げてくる。何があったかはわからないが、とにかく、片付いたのであった。

 しかし北上にはまだやるべきことがあった。人探しである。大淀をこんなことに巻き込んだ輩と、なぜか危険海域まで船を持ってきた船長とは、間違いなく繋がりがあると見ていたのだ。

「責任者! 責任者は!」

 船員たちをかき分けながら、北上は叫ぶ。それに気付いた四条線の袖章と白い帽子の男が自ら北上へと駆け寄った。

「私です!」

 船の重要職に着くには、少し若すぎる男であった。嫌な予感がして、北上が袖の金筋を見てみれば、その間の刺繍は紫色。機関長である。間違いなく肩書だけの囮であろう。適切な海技免状を有しているかどうかも怪しい。

「あんたじゃない! 船長はどこだって聞いてるんだよ!」

 北上が強い口調で問いただすと、男は目を泳がせながら口ごもった。

「死んだのか!?」

「……全員、無事です。甲板上が全てです」

「じゃあ船長はどこだって! まだ中か!」

「それは……」

 はっきりしない男に、余裕のない北上は食って掛かっていた。首謀者をなんとかして捕らえて、その口からすべてを割らせなければ。その思いが、北上の根の激情家の部分を刺激して、焦らせていた。

「……いいか、馬鹿野郎。こちとら親方日の丸、天下の法務執行機関、泣く子も黙る国防の盾なんだよ」

 主砲をちらつかせながら、全くもって正義の味方らしからぬ口上で北上は男の肩を揺する。破天荒な脅迫に周囲の船員も固まったが、北上に一瞥受けると、皆逃げるようにいかだに乗るなり飛び込むなりし始めた。

「迅速な避難にご協力願いたんだあたしゃ! だから教えろ! どこにいる!」

 男はその場にへたり込んで、腰が抜けたように動けなくなった。帽子は脱げ落ち、転げ落ちる。

 六機のPBYが、即墨を取り囲むように降りて来た。白波立てて速度を落とし、すぐさま中から救助隊が展開した。時間がない。この男を船に留めておく必要はないし、そもそも尋問すべき相手は別である。

 男は恐怖に顔を歪ませながら口をつぐんでいた。埒が明かないと判断した北上は、砲を鞘にしまうと、男の肩を強く叩いた。

「いいか、あんたは責任者だ。責任者として、今すべきことは何」

「……船員の避難確認」

「そうだ、それでいいんだよ。まだ敵が迫ってる。さっさと全員避難させるんだ。船長以外全員避難させたら、あんたは最後に降りるんだ」

 降り立ったPBYの一機から、最大戦速で駆逐艦娘が二隻飛び出していく。うち一隻は沖合へと周辺警戒に、もう一隻の黒髪の方が船員救助のためにこちらへ一直線に向かってくる。

「あのチビいるだろ? あとはあれに協力してやれ。いいかい?」

 北上が目を見ながら諭すと、男はただ何も言わずに小さく頷いた。

「北上一士! 無事ですかー!?」

 潮が遠くで声を張り上げる。北上は甲板の手すりに身を寄せて、大きく手を振った。

「おーよ! おかげさまで! よくやった!」

 褒められた潮は少しだけはにかんで、少し誇らしげに敬礼で返した。

「あの! 響ちゃんが、これは貸しだって伝えるようにって!」

「ああ、ああ! そりゃともかく、要救助者が一人まだ中にいるんだ! ちょっと時間かかるから、そいつだけ直接担いで帰るよ! PBYは待たせなくていい! 頼んだ!」

「は、はい!」

 潮は返事をしながら、海面を漂う重油まみれの水夫たちを片手に二人ずつ首根っこ掴んで救命いかだに載せていく。慣れた様子だ。任せておいて問題はないだろう。

「……さあ、あんたもやることやるんだよ。顔引き締めな。仕事だ」

 北上は目を見て、へたり込んでいた男の肩を持って立たせる。抜けた腰は戻らず、足も未だガクガクとしていて自立するに頼りないので、気付けにもう一度背中を叩いてやるとピンと背筋が伸びる。

「そうだ。しっかりやんなよ責任者。あたしゃ中探してくる」

 落ちた帽子を拾い上げもう一度まっすぐ被らせて北上は発破をかけると、男が正気に戻ったことを確認してすぐさま行動に移る。船内へと続くドアを思い切り叩いて蹴破ろうとした。

「引き戸です」

「先に言え!」

 男は「すみません」と一度頭を下げてから、船内へと向かう北上の背中に向かって、大声で叫んだ。

「……船尾の荷室最下層、床にハッチがあります! 船長は、きっとそこに!」

 

――――――――――

 

 即墨は回航中のため、貨物庫内は完全に空荷の状態であった。がらんどうな空間は暗かったが、攻撃によりできた大穴から差し込む光がなんとか足元を照らしていた。被害の状況から察するに、三インチクラスの砲であろうか。装甲を持たない船舶では、この程度の攻撃でも痛手となる。黒ずんだあたりの壁と焦げ臭い匂いが、必死で火を食い止めた乗組員たちの奮闘を物語っていた。

 船体は右に傾いていて、入り込んだ海水はそちら側に溜まっていた。今も少しずつ流れ込んできている。大穴から、PBYのプロペラの音が漏れてくる。その数は増え、やがて一つずつ遠くなっていく。どうやらあの責任者は、なんとか役目を果たしたらしい。

 探照灯を照らしながら床にあるハッチを探す。やがて最後尾、竜骨の中心線、一〇センチほど水の溜まった足元に、直径九〇センチほどのものを北上は探し当てた。

 取って付けたようなそれは、あまりに怪しげであった。通常であればこの下あるのは燃料タンクとバラストタンク位のもので、存在自体があまりにも不自然なのである。しかしながら、実際のところこの船が貨物船として使用されれば上に荷物を多くだけで簡単に隠すことができてしまう。回航中でなければ、確実に見逃していただろう。

 北上がハッチに手をかけたとき、最後のPBYが離れていくと同時に、遠くで砲声が響いた。一二.七、次いで、一五.五のやや低い音。すぐそこまで敵が迫っていることを知った北上は、急ぎ硬いハンドルを力強く回す。程なく、円形の分厚いドアは開き、真っ暗な中へと続く穴が現れる。流れ込む海水とともに、北上は首を突っ込んで様子を見るが、想像以上に横に細長く暗い円筒形の空間で、奥まで見渡せそうにない。ただ少なくとも、これだけ分厚い鋼鉄製ともなれば、合法的な用途に使うものではないということは明らかであった。

 探照灯で照らそうと縁から片手を離したとき、空気が鈍く震えるのを全身で感じた。まずいと思ったときには、すでに船体は荒ぶり、大きな縦揺れは北上の身体を穴の底へと放り込んでいた。

 金属音が頭の中でどよめく。そこそこの深さがあったようで、脳がまだグラグラと揺れている。視界の端で、探照灯だけが明るく真下を向いているが、先程のハッチは閉ざされてしまったようでそれ以外は真っ暗である。

 未だにはっきりとしない頭と、痛む肉体をなんとか這わせて探照灯に手を伸ばそうとした時、破裂音と鉛玉が、北上の後頭部に直撃した。一発、二発、念を押すように、更にとどめの三発目。

「……馬鹿野郎、俺は死んだと言っただろうが」

 暗闇の奥、背後から男の声が聞こえた。追い打ちで急所に食らった衝撃で、どうにも夢うつつから抜け出せず、北上はしばらくじっとしていたが、再び着弾により船体が大きく揺れたことで僅かに正気を取り戻し、手を伸ばして探照灯を手に取り、振り向いて後ろを照らした。

「くそっ」

 血走った目と無精髭の船長が、奥に積み重ねられた幾つもの小さな木箱を背にし、座してこちらにリボルバーを向けている。そのまま彼は光源に向かい、四発、五発、六発。

 しかし効くはずもなく、北上は這ったままのそのそと近寄る。ようやくはっきりと互いの顔が認識できるようになった距離で、男は北上の眉間に向けて、最後の一発を撃ち込んだ。

 しかしそれでも無意味である。あとはハンマーが何度もカチカチと音を立て、シリンダーが回転するだけ。

「七発……ナガンか。コミンテルンの手先ね」

 目の前で起こったことが信じられず硬直した男の手から、北上は凶器を奪い取る。

「最後の一発は自決用って、雇い主はおしえてくれなかったかい?」

 後ろにリボルバーを放り投げて、悪役のように不敵な笑みを浮かべる北上の姿に、男は思わず声を漏らした。

「バケモノか……」

 人ならざる力を持った正真正銘のバケモノは、思わず鼻で笑って返す。

「とんでもない、あたしゃ神様だよ」

「……艦娘」

 北上は探照灯を床に置いたまま、ホルスターから砲を取り出し男に向けて立ち上がる。さあ年貢の納め時だと叫ばんばかりに、背筋を伸ばしてキッチリと決めた。

「日本共和国海上警備隊 横須賀対深海棲艦特別警備隊 第一実験部隊! 普段こんなことやらないもんで、警備隊法の何条とかは全部抜け落ちちゃいるけど! これより不審船の臨検を開始する!」

 船長は歯をむき出しにしてうつむいたまま黙っていた。北上はそれを見て、ようやく観念したのかと思い込み少し頬と気を緩めていたが、それが男の予想だにしない行動を許すとは、この時点では想像もしていなかったのである。

「あんた以外は全員避難させたよ。話は逃げてからじっくり聞く」

「そうか。全員、か……」

 男は深く息を吐きながらつぶやくと、北上からは死角となる自身の背後で、何かを力強く引いた。密閉容器の中に、金属の擦れる音が響く。

「……あんた、今何を――」

 北上が男の肩を引き寄せて、背中の向こう側を見たときにはもはや遅かった。ハッチで閉ざされた閉鎖空間の外のあちこちから、部品同士が激しくぶつかりあう音と、絶え間ない連続した爆発音が押し寄せ、何度も何度も反響する。バランスは急激に崩れ、円筒形の鉄塊が男の側を下にして急沈下をし始めた。

 傾き始めた床を滑り、試験管の底へと落ちていく瞬間のストップモーションに北上が見たのは、厳重に施されたロックをすべて解除されている、警告色をした、あまりにも用途が限定されていそうなレバーハンドルであった。

 自沈装置である。

 底になった木箱に仰向けに打ち付けられた瞬間意識が飛んで、また戻ってくる。探照灯は衝撃による接触不良か、何度か瞬いて消えそうになっていたが、北上と同様、しばらくしてから息を吹き返した。男の方も無事なようで、身体の痛みに呻いている。

 探照灯の照らす鈍色の壁と、一〇メートルはあるであろう天井を見つめる。自分たちを載せたまま、この空間がどんどん沈んでいくように感じるのは、きっと間違いではないのだろう。

「……何やってんの馬鹿。なんでわざわざ沈めんのさ」

「……生き残った者に迷惑はかけられまい」

北上は上体を起こし、頭を抱える。もはや怒りを通り越して、とっくの間に呆れで一杯になっていた。

今日はなんとも、みっともない一日だ。

「……あんた、名前は」

「ニシナだ。貨物船即墨船長として死ぬ男だ」

「ああ、そう、ニシナ、ね。勝手に言ってな……」

 なんともくだらない自己満足に巻き込まれたものだと大きなため息を一つついたが、こうなってしまってはもはやどうすることもできない。

「ニシナのおっさんさあ、これ、助けくんの?」

「無理だ。水圧には耐えるが、じきに酸素がなくなる」

「ハッチは?」

「外側にしかハンドルはない」

「……積み荷だけ、どっかの潜水艦娘が取りに来るってことね」

「……すまないな」

 小さくつぶやくニシナに、北上はただただ面倒くさくなった。もう一度木箱に寝そべって、ただ、上を眺めることにした。

 こんな場所じゃ、肩肘張る必要などない。好きにくつろがせてもらったほうがいい。

「まー、いいや。どうせこのまま二人して沈むんだ。それよかさ、あたしゃお口とお耳が暇でね、どうだい、冥土の土産の交換会とでも洒落こんだりなんてしない?」

 

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