ソードアート・オンライン~紅葉きらめく双刃~   作:セウト

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やりました。1万文字達成です。

やっとこ1層クリアです。これからはオリジナルの展開が待っています。

今回は投稿が遅くなった分、沢山ストックが溜まったので次は早めに更新できそうです。


1.5層~ビーター~エクストラスキル~

 ラストアタックボーナス通称LA。その名が指すように、ボスモンスターのHP残量を消し飛ばす攻撃をしたものが手にすることのできるボーナスのことだ。もちろんその報酬はプレイヤーに大きなアドバンテージをもたらしてくれる。β時代、これを手にしようとしたプレイヤーは数知れず、元βテスターならばデスゲームと化したSAOで何の目的に使うにしろ狙おうとするのは当然のことなのではないだろうか。

 

不意にさっきまでLAの存在を忘れていたプレイヤーAkiがなぜ今になって思い出したのか。それはディアベルの死亡直前のあの不可解な行動だ。なぜボスのHPが少なくなった時点で一人前(ひとりまえ)に出たのか…。結論から言わせて貰うと奴は元βテスターであり、俺はβ時代のあいつに会っている。

 

根拠はLAを取りに行かんばかりの行動。そして、俺がβ時代に組んでいたパーティーメンバーに一人、LAを獲得するのに執着するプレイヤーがいた。結局、先行配信期間内で一つもLAを取れなかったそいつは(いつも同じ奴がとっていた気がする)よく

 

気持ち的に(・・・・・)にもうワンテンポ遅くにソードスキルを出せればな」

 

と呟いたものだ。≪トールバーナ≫で何か感じたのは、ディアベルの喋り方が元パーティーメンバーと被っていたから。β時代の名前は確か悪魔を意味する≪Demon≫だった気がするが、はじまりの街の石碑にその名はなかった。つまり、ディアベルは心機一転させたのかアバターネームを変え、SAOに挑んだことになる。

 

 彼は過去を隠したまま、いや抱えたまま仲間まで作り出したのだから、おそらくあの胸中には集団の先頭に立って仲間を導いていくためにLAを取ろうとする意志があったのだろう。ボスの前に立ち、仲間をこれからも守っていこうとした結果が彼の足を前に出させたのだろうか、と(半分以上は予測の域を出ないのだが)それを彼に確認をすることはもうできない。何故ならば騎士ディアベルは、その気高い意思と共にボス攻略戦の唯一にして最初の犠牲となったからだ。

 

 

 

 

「終わった~…」

 

「ええ…終わったわ」

 

 ボスと戦うことはないなと、気を緩めていられたのはわずかに数十分前。その間にボスと戦い、ボスと戦って、そしてボスと戦った(つまり疲れた)。しばらく動けそうにないH隊4人組。その後ろではトッププレイヤーたちの歓声が上がっているが、正直けだるすぎて起き上がろうとする気すらしない。

 

「あまり床に寝転ぶと汚くなるわよ?」

 

「VR世界の地面に汚いも、臭いもないよ」

 

 嘘だが。実際フィールドに出て同じことをすれば泥とかつくかもしれない。でも、今だけは起き上がりたくはない。寝てたい。

 

「―――なんでだよッ!なんでディアベルさんを見殺しにしたんだ!」

 

 突如として後ろからそんな金切り声が飛び出してきた。キリトもその言葉に反応してエギルさんと拳を合わせようとしていたその手が止まる。金切り声を上げたシミター使いはディアベルのチームの初期メンバーの一人で、言葉をこうつなげた。なぜボスの技を知っていたのか、知っていたならディアベルが死ぬことはなかったのにと。そしてその言葉は当然のように

 

「お前らH隊ッ…俺知ってる!こいつらβテスターだ!だから知らない攻撃パターンとか、うまい狩場とか知ってて隠しているんだ!」

 

同じディアベル隊のプレイヤーから声が漏れる。ディアベルがこいつらに情報を売った…とは考えにくい。同じパーティーメンバーに自分の素性がバレるようなことはできないだろうし、リスクが高すぎる。っていうか

 

「えっ、俺も!?」

 

「そうだろ!そこの女助けるときに、敵の攻撃パターンが分かったから避けれたんだろうが!」

 

 なるほど、確かに。こんなにも怒りのボルテージが上がっているのに的確に理由を言われてしまった。「あんたねぇ…」とシノンも隣で嘆息している。だって、分からなかったんだもん。

 

 「でも、あのガイドブックにだって『これはβの時によるデータです』って書いてあっただろう。つまりここにいる誰にも分からなかったってことじゃないか?」

 

 相変わらず相手の弱いところをついていくエギルさん。シミター使いも「そ、それは」と後ずさりしている。

 

「…じゃあ、あの情報屋が嘘をついたんだ!あいつも元テスターなんだし、ただで俺たちに情報を渡すつもりなんてなかったんだ!こいつらが、グルになってディアベルさんを…!」

 

 そこまでテスターを悪い奴に仕立てあげたいのか。そこまで行くと誰かに責任を押し付けたいだけの幼稚な発言に見えてくるが、集団心理とは恐ろしい。それに納得する者も少なくない。これは…

 

「元βテスターだって…?俺をあんな素人連中と一緒にしないでくれ」

 

「な…なんだと?」

 

「いいか、SAOのCBT(クローズドベータテスト)はとんでもない倍率だったんだぜ。受かった奴らの中に本物のMMOゲーマーが何人いたと思う?ほとんどが初心者だったよ。でも俺は違う」

 

キリトはそこで似合いもしない冷笑を浮かべる。

 

「俺が奴の刀スキルを知っていたのはもっと上の層で刀を使ったMobと散々戦ったからさ。他にもいろいろ知っているぜ。アルゴなんか問題にならないくらい(・・・・・・・・・・)にな」

 

 ああ、そういう事か。やけにアルゴの下りを大きな声でしゃべったなと思ったのだが、それこそがキリトの心理。今よりβテスターには「情報を独占する汚いプレイヤー」と「素人上がりのプレイヤー」に棲み分けされた。その場で騒ぎ立てるプレイヤーが大きくなったところで誰ともしれず、キリトに≪ビーター≫という汚名を着せた。

 

キリトはそこで先ほどのLAボーナスらしき黒いコートをその場で装備して第二層のアクティベートに向かった。振り向いた時に「すまない」といった表情を見せたが、何かをしゃべる訳でもなく、第二層をアクティベートするべく、その場を去った。

 

 しばらくの沈黙…

 

「で、あんたらは一体どうなんだ?」

 

 まあ、見逃してくれるわけもなく…。そもそも、シノンとアスナに関してはβテスターという視覚的証拠は少ない。ボスの攻撃をパリィし続けていたのは俺とキリトだし、指示を出し続けていたのも俺たち二人だ。この場で二人にかけられる嫌疑を振り払うには…

 

(俺もビーターであるとここで言い張るしかない…か、あまり演技めいたことは好きじゃないというか、なんというか……下手糞だからなぁ俺)

 

 おそらく、ここに残っている連中も本当に疑っているのは俺だけなのだろう。俺がビーターなのか、ただの元テスターなのか。そして俺がどちらを(かた)るのか。まあ、もっとも俺に残されている選択肢など一つしかないんだが。先のボス戦でキリトとほぼ同量の知識があることは見て分かったことだろう。ならば俺が「ただの元テスター」だと言ったところで信じてくれる者はいない。

 

もともと、このボス戦が終われば無くなる関係だった。そうだと知っていて色々と教えていたはずだ。シノンとはここでお別れだ。そう心に言い聞かせて、いざ…

 

「そうd…「ええ、そうよ。私は元テスター。でも、残念ながら彼の言った通り私はこのゲームが初めてのMMORPGで全くの初心者だから、あなたたちに伝えられるものが何もなかった、ただそれだけよ」

 

「ええ~…」

 

最後に情けない声を漏らしたのは俺、全く知らない事実…いやそのブラフを吐き出した、その当人に顔を向ける。今まさに爆弾発言をサラッと言ってのけたホシ、シノンは全く動じていない。彼女の目的が何なのかは分からないが、焦りも動揺も感じさせない物言いにその場にいる全員が固まった。

 

「ま、だからあのスキルが何なのかいまだに私には分からないし、これから出てくる敵がどう違うのかなんて全く分からないから、私の言う事に期待するのはよした方がいいと思うわ」

 

「ってシノン!おまっ…何言って」ヒソヒソ

 

「あなたはどうするの?」

 

 その言葉が俺にピシャリと響く、俺はどうしたいのか。間違いなく言えることは、この世界で生きて脱出するためには、ここにいるプレイヤーだけではまず足りない。もっとはじまりの街でくすぶっているプレイヤー達の協力が必要だ。

 

 ここでβ出身と初心者の間に大きな溝を作り出してしまうことは、間違いなく脱出を遠ざけてしまうことになる。キリトはおそらく、その溝を取り除くために己の身に初心者たちの憎しみを集めたのだ。であれば彼の身がどれだけ危険であり、また孤独であるかなんて簡単に予測がつく。彼が≪ビーター≫ならば俺もまた≪ビーター≫だ。分け合える器が二つあるのに偏らせて、背負わせてしまうのは、間違っている。

 

「俺はあいつ一人にこの世界を背負わせるほど臆病者でもないよ…シノン」

 

「…そう」

 

 そっとシノンが笑いかけてくれる。それだけで力が沸いてくる。

 

「俺も元テスターだ。刀スキルのことはよく知っている。だが、今日のボスが刀を使うなんてことは知りえなかった。なぜなら俺はこの目で間違いなく一層フロアボスモンスターが曲刀を使っていたのをこの目で見たからだ」

 

 本音を言い出し始めるときりがない、ディアベルが死んだ理由とか、デスゲームが始まって死んだプレイヤーの割合は実はβテスターの方が多いとか、ここで言っても意味がないことを言い出したくなるが、ここはぐッと我慢する。

 

「俺の言うことが信じられないのなら、それでもいい。でも、このゲームから脱出するにはここにいるだけじゃない、もっと多くの協力が必要だ。はじまりの街にいる素人同然のβ出身のプレイヤー、この世界に紛れ込んだ初心者たちの協力が不可欠なんだ。俺は人の命なんて預かることも預けようとすることもできない卑怯者だけど…でも!どうか、いつかこの世界にいる誰かがこの世界を脱出するための未来を…」

 

 奪わないでほしい、と続けたかったのだが言葉が出ない。俯いてしまった俺にはこれ以上続けることが困難だ。情けない、本当に情けない。もう、いい年して(自分ではそう思っている)泣き落とすなんて…通じるのなんてもうとっくに昔の話だろうに。

 

 俺の言葉がみんなにどのように通じたのかは分からない。だが、シノンがいつの日かしてくれたのと同様にまた俺の手をつないでくれた。

 

「…よく頑張ったわね。大丈夫、全部わかっているわ」

 

 脳の信号に過剰反応してんじゃないかと思うくらいに何もできなくなってしまった俺は、シノンに手を引っ張られる形でその場を後にした。

 

 

 

 

「ぅううぁああああ!」

 

「ふふっ、そんなに照れることもないじゃない。いいこと言ってたわよ?」

 

今は先ほどのフロアボス部屋から数分経ち、まだ階段をのぼっている最中である。というか

 

(見られてしまった…!俺が!泣いてしまったところを!ぐぁあああ‼時間巻き戻んねぇかなぁあああ!)

 

 意外と元気だった俺とシノン。階段上では頭を抱え、羞恥に震度6の震えを引き起こしている俺をシノンが慰めるような形で立っている。なによりもシノンにあのようなところを見られたのが本当に恥ずかしい。ナーヴギアには喜怒哀楽をコントロールする機能が現実よりも顕著に表れるという事実を知りながらも、先ほどは止められなかった(何がとは言わないけどっ)。

 

「あんたって…もしかして私よりも年下ってことはないわよね?なんだか大人びてる感じはしていたけど、もしかして背伸びして…」

 

「やっぱり子供っぽく見られてたぁあああ!もういい!死ぬ!死なせてくれぇ!」

 

 「それシャレになってないから」とツッコミを貰い、やっと心を落ち着かせることに成功した。そうだ、シノンには聞かなといけないことがあった。

 

「で、どうしてあんなこと言ったんだ?シノン」

 

「変わり身早すぎでしょ…あんた。…そうね、理由は簡単。気にくわなかったからよ」

 

「気にくわないって…どうしてまた。これじゃ、少なくともトップ集団のチームに入れてもらえなくなるぞ?」

 

「別にいいわよ、あんたと一緒に組むから」

 

「そうか、俺と…えっ?」

 

「正確にはアキとキリトとアスナと一緒に組むからいいわ」

 

「いやいや!今回の件で完璧に目を付けられたんだし…」

 

「それでも協力しないといけない…そう言ったのはあなたでしょ?間違いなくその通りだわ。考えたくないけど、今回みたいに一層ずつ死人が出ていたら最高でも半分の層までしかたどり着けない。それは誰もが考えることだし、“小事に(かか)わりて大事を忘るな”ってとこね」

 

「小さいことに事にこだわって、肝心なことを忘れるなってことか…。βテスターを仲間にするかこだわって、攻略がおざなりになってはいけないという心理が連中に芽生える…。そういうこと?」

 

「そういうこと、なにあんた結構勉強家だったりするの?」

 

「いや?…まあ、塾には行ってたけど」

 

「そう、とにかくアキやキリトを悪く言ったからって、攻略に入れないなんて効率の悪いことをあいつ等もしないってことよ」

 

 「効率厨多そうだったし」と付け加えて不敵に笑うシノン。全く持って大胆なことをするなと改めて感じずにはいられない。

 

「それに私、悪いことから目を背けて良いことばかり見る人とか嫌いなんだけど、逆のことする人はもっと嫌。あいつら、せっかく一層をクリアしたっていうのに、すぐに突っかかってきたでしょ?ああいうの見ると…うん、やっぱり嫌」

 

「そ、そうか。うん、以後気を付けるよ」

 

「だから、これからもよろしくね。“相棒”」

 

「う~~~ん…うん」

 

 やはりそうなるか。誤算だ。俺はついさっきまで“これが終わったらメンバー解消だな”とか嫌われる覚悟をして元テスターだと暴露しよう!とか考えていたのだが、やはりこれは誤算だ。何がどう誤算かというと、心ではちょっとうれしいと思っているあたりが誤算だ。

 

「うん、これからもよろしく“相棒”」

 

初めて口に出して彼女に“相棒”といった。なんだか思い切りが良くて、不敵でクールな相棒が出来たことに9割ほどの不安が心に残っているが、残り1割が嬉しいと言っている。全く割に合わないし、全然収支の合わないパーセンテージではあるが、俺はそれでチャラにしてやろうと、そう思う。

 

 

 

 

 階段を上がり切った先のテラスに見つけたのは先ほどのボス攻略までパーティーメンバーだったキリトである。彼はそのテラスに腰を下ろしている。

 

「……来るな、って言ったのに」

 

「いやいや、言ってなかったよ。死ぬ覚悟があるなら来い、とは言ってたけどな」

 

「…よく聞いてたな。もうさっき言ったことすら、忘れてたよ」

 

「疲れてんな~アクティベート、俺がやってこようか?」

 

「魅力的な話だけど、いいよ別に。この景色をもう少しだけ眺めていたい」

 

 そこに広がるのは絶景。たしかに今これを見ていられるのはここにいる三人だけなのだ。独り占めしたい気持ちにもなる。

 

「…キリトもβ上がりだったんだな。そういや、確かにLAをほとんど掻っ攫っていったって奴も、同じ名前だった気がするけど」

 

「ああ、それが俺だよ。情報を独占しようとする悪い元テスターが俺の本当の…」

 

「私たちにそれは通用しないわよ、キリト」

 

「…そうか、うん。お前たちみたいなのがいてくれるだけで救いがあるってもんだよ」

 

「ああ~。それなんだけどよ?キリト」

 

「?なんだ」

 

 キリトが去ってからの出来事を簡潔にかくかくしかじか説明していく。さすれば

 

「おっまえ、アキ!お前もビーター(まが)いのことやったら、俺が体張った意味が無くなっちゃうだろ!」

 

「いやいやいや!そんな筋書きがお前の中にはあったのかもしれないけど、いきなりお前はアクティベートしに行くし!?他の奴らは俺たちを問い詰めてくるし!?面倒見るなら最後まで見てけっていうんだよなぁ、シノン!?」

 

「アキは泣いちゃうしね?」

 

「シノンさぁあああん!?」

 

「なんだ、アキ。お前泣いたのか?」

 

「な、泣いてねえし!シノンがなんか、いきなり元βテスターだとかブラフかましたせいで、こっちの調子が狂っただけだし!」

 

「全く…お前ら、この先苦労するぞ?」

 

「いいんだよ…どうせ俺はソロを続けていこうとし…ッデ!」セイケンヅキ

 

「あ・い・ぼ・うよね?」

 

「…ハイ」

 

 そうでした。俺のソロ道はシノンという相棒に阻まれ、コンビ道を極めていくのでしたね、ハイ。

 

「というわけ、なんだけどキリト。まずはフレンド登録させろ」

 

「はぁ?なんで…」

 

「どうせあっても困らないもんだろ?ほれほれ」

 

「…分かったよ。でも俺は滅多には使わないからな」

 

「こっちが使うからいいんだよっと」

 

 登録完了。どうせこの先もボス攻略は4人組になりそうだし、あっても損はない。と、ここで後ろから違う足音が聞こえてくる。そろそろか…

 

「じゃあ、俺とシノンはこの層のアクティベートに行ってくるから。お前はもう少しここでのんびりしてろよ!」

 

「いや、だから俺が行くからもうちょい…」

 

 俺は指先を歩いてきた側に指す。そこには神速の細剣使いさんことアスナがこちらに向かって歩いてきている。俺とシノンにちょっとずつ築いてきた友情があるように、この二人にも二人にしか分からない“何か”があるはずだ。その何かを確かめ合うのに無粋な邪魔者は消えてやろうとする。俺ってとっても気配りさん。

 

「“俺ってとっても気配りだな”って考えてるでしょ、いま」

 

「…なんで分かるんですかねぇ…」

 

 うん。これも友情(恐)!

 

 

 

 

 フロアボス討伐から一日。主街区≪ウルバス≫は大いににぎわっていた。初めてのボス討伐という一大ニュースがはじまりの街に届いたことは、みんなの活気を見るに、間違いなく意味のあるものだったと感じた。そう、感じたのだ。過去形であることはご察しのとおり、今は≪ウルバス≫じゃない。マップ上では二層の東の端に位置するところに俺とシノンは拠点を置いている。

 

「で、なんでこのクエを受けようとしたのかしら?」

 

「だって、昨日のうちに街の中で受けられるクエは終わらせただろ?もうレベル的にもマージンはとりすぎってくらいだし…」

 

「そうね、エクストラスキルだっけ?これは役に立つわ、ええとっても……この岩が壊せさえできればね」

 

「すみませんでした!」ドゲザッ

 

「すみませんで、済むわけないでしょ!?こんな破壊不能一歩手前の岩なんてどうすれば素手で壊せるのよ!?」

 

「分からないっス」

 

「分からないっす、じゃないわよ!この顔のペイントも取れないし!」

 

 訂正:拠点を置いている、ではなく置かざるを得なくなっている。

 

 今は昔、7層にて≪体術≫スキルなるものを二層で手に入れられることを知る若人一人。その者、期間内にて受けようと試みるも時間制限にて断念するも心残りあり。あ、じゃあ今受ければいんじゃね?と軽い気持ちで受けてみたが運の尽き。若人とその連れ、受けて思うこと、「これ、無理っすわ」

 

近年ゆとり世代とか何とかが、あきらめやすい傾向にあり、会社をすぐ辞める傾向にある、などニュースで聞いたことがある。俺はその部類の人間ではないと自分に言い聞かせていたが、言わせてくれ。KHM(これ破壊無理)。

 

「間違いなく、3日はかかるな……。へへっ、腕が鳴るぜ」キリッ

 

「へへ、じゃ…ないわよ!」ビンタ

 

 まだ習得したわけではないもないのに、この時シノンさんが俺をビンタした威力は間違いなくソードスキル一歩手前だったと思う。

 

 

 

 

~二日目夕方~

 

ガッ「そろそろ割らないとマジでやばいな…」

 

ゴッ「ん~ヒビまでは入るようになったんだけど…そこからよね」

 

 前線から離れていることが二日も続くと流石に心配になってくる。イレギュラーなMobは出ていないか、キリトたちは無事か(メッセは届くけど)、心配は様々だが、なにより一番の心労は「本当にこの岩壊せんの?」っていうところだろうか。

 

もういっそのこと、この顔に塗られたペイントを背負い、生きていくことを決断するのも一つの手段だと考えていた時期もあったが、シノン曰く「今日からあなたの二つ名は“アキえもん”ね」とシャレにならないことを言うので、その考えは実行に移されたことはない。

 

「ん~~~…」

 

「なに?いきなり岩をジロジロいろんな角度から見渡すなんて…ハッキリ言って今のあなた、かなり不審者よ」

 

「いやさ、思い出したことが一つあって…とある某漫画には岩を砕く技があって、その岩の“点欠”を突くことで粉々になるっていう仕組みの土木技なんだけども」

 

「あ~知ってるわ、それ。副次的に、砕いた岩が自分にぶつかったりしたことで打たれ強くなった、頭にバンダナ巻いてる武闘家が出てくる漫画でしょ?」

 

「そう、それ。つまりだよ、この岩ももしかしたら“点欠”なるものが存在していて、それを見つける能力を身に着け、岩を粉砕することこそが、真の目的なんじゃないかと思い始めてきたんだよ、ぼかぁ」

 

「…一回、精神科に行くことをお勧めするわ」

 

「きっと、茅場もあの某有名漫画が好きだったに違いない!きっとそうだ!うおおお、発眼せよ!心・眼!」

 

「ところで、アキ。私、お腹すいたんだけど、携帯食料まだ持ってるかしら?」

 

「うへぇ…俺ももうない」

 

 ここ、体術スキル修練所まで来るのに、一番近い町から片道30分はある。しかも道中はそこそこ高レベルのMobも息をひそめているので、ソロではまず近寄らない。というか、ぶっちゃけ行って帰ってくるのが面倒くさい立地なのである。

 

「じゃあ、そこの湖からとれる魚でも焼いて食べましょうか」

 

「!?湖なんてあったのか」

 

「あんまり、言いたくはなかったけどね…」

 

「?」

 

最後シノンが何と言ったのかは分からないが、SAOではMobが食料となり得る素材を落とすことはよくあることだ。魚類系ならば、やはり塩焼きだろうか。実のところβ時代は一回も料理したことがないから、俺も初の試みに、この時はワクワクしていたのであった。

 

「あ、でも調理が…」

 

「調理は任せて、これでも家では一人でご飯作ったりしてるんだから」

 

 

 

 

「…言いたい事があるなら言いなさいよ」ウツムキ~

 

「…うん、いやそのぉ~…ず、随分と個性的な見た目と匂いだな~って…うん、味は~うん。これから食べてみようかなって」

 

 眼前に広がるは大量の炭・石炭・木炭の3コンボだった。このSAOは完全スキル性なので料理もスキルを上げないと、ただの塩焼きでも、失敗してしまうことは当たり前。まあ、ちょっとばかり、いたたまれないのは作る前にシノンが自身満々・クールに「私作れますけど?」的なことを言ってしまっていたが故だろう。

 

「いいわよ、食べなくて。流石に気を使ってまで食べるレベルの焦げ方じゃないわ…。ふ~、今度からちゃんと料理スキル上げようかしら…」

 

「いやいや、今はまだ下層なんだし、重要なスキルスロットを料理に割くなんてもったいないから」

 

 小さくつぶやいたシノンにすかさず助言する。まだ俺たちが持ち得るスキルスロット数は3つ、俺は≪片手剣≫に≪隠蔽≫、≪索敵≫だ。実に面白みのない構成だが、SAO初期から上げておくべきスキルと言えば、最早これが鉄板だ。その数少ないスキルスロットに趣味系スキルを当てはめるなんて攻略を続ける上では以ての外だ。

 

「ま、そうなるわよね」

 

「うんうん」

 

力強くうなづいて見せるが、これをもって今日の晩飯は抜きであることが決定的になった。

 

「「はぁ~~~っ」」

 

 周りは緑豊かな自然に、空は綺麗な夕焼けに、そして並び立つ二人の口から洩れるのは溜め息。二人の心は後悔に明け暮れるのであった。

 

「今日はもう寝るか」

 

「そうね、明日割れなかったら、いったん≪ウルバス≫に戻りましょう(食料を買いに)」

 

 腹が減っては戦はできぬと、よく言ったものだがまさにその通りだ。今日は一日中岩を殴ったり、蹴ったりしていたので、腕も足も何だか痛い気がする。ストレス発散には最適かもしれないこのクエスト。商売になるんじゃね?と思ったあたりで眠りに落ちるのであった。

 

 

 

 

 ゴソゴソ…モゾモゾ…ぐぅ~…。端的に言ってお腹が減った。目が覚める。戦が出来ないどころか、眠りすらできないとは。どうやらアキの中の三大欲求のチャンピオンは食欲らしい。性欲?知らんな。少なくとも隣で(岩一つ分離れてだが)女の子が寝ている所でそんな下世話な話はしないでいただきたい!紳士ですから!

 

 そんな内なる心の会話をいったん止め、自分が出したモノではない音の発生源を見やる。おそらくシノンだ。どうやら彼女も寝られないらしい。どころか一人歩きだして湖の方へ歩き出した。

 

(まさか…あいつ!)

 

 俺は想像した。空腹に耐えきれなかったシノンが…生魚を貪る姿を…。

 

(空腹がここまで人を変えてしまうなんてッ)

 

 (なか)ば、冗談にそんなことを考えながらシノンの後を追っていく。湖まではそう遠くもなく、夜アンド隠蔽スキルのおかげで気づかれることもない。シノンのことだから、もしかして経験値を稼ぎにでも行っているのかもしれないと、いろんなことを考えていると、シノンの足が湖手前で止まった。なにやらキョロキョロと周りを見回している。

 

(何か探しているのか?)

 

ならば水臭いこと言わずに俺も誘ってくれればよかったのに。一人よりも二人の方が…。

 

瞬間、俺の目の前で、あり得ない光景を目の当たりにした!何とシノンがそこで上半身の装備を解除し始めたではないか!?そうか、シノンは水浴びに来たのだ!紳士たる俺がシクっちまった!

 

昼に彼女が言った、俺には湖の存在を知られたくなかったと。頭を働かせれば、こんなの予測できたではないか!俺は半ばラッキースケベ、もとい不慮の事故を回避するために(紳士だからね!)即時シノンに背を向けて、戦略的撤退を敢行したのだが…ああ、なんということだ。

 

誰かが言ったことを思い出した。曰く、“主人公とはラキスケを起こしてこその主人公であると”。確かに…リ〇とか〇夏とか、名だたる主人公はことごとくラキスケを起こしているではないか。

 

 話が逸れたが、端的に説明しよう。こけた。盛大にこけてしまった。ここで、主人公補正とやらが起動したのか、ただの俺の純粋なるチェリー心が足の動きを狂わせたのかは、定かではない。ただ奇しくも、この時初めてSAOで“転倒”判定のダウンを取ってしまったという事は、それだけ動揺していたんだと理解してほしい。

 

「あん…っなに……そこで…っ!」

 

「あ、いやぁ~何というか…女神の誕生?的な…?」

 

「それは…ッ!笑えない冗談ね!!死んで頂戴ッ!!」

 

「いぁあああ!それSAO内じゃ、シャレになってないから!シノンさん!」

 

「問答無用!」

 

 シノンは怒りで我を忘れているようだ。まだ、上半身の下着を装備していない状態で、俺をコボルド王戦の時の数倍の眼光で睨みつけながら、追いかけてくる。

 

「訳を…わけを聞いてください!シノンさん!これは意識の高い俺の紳士魂が引き起こした偶然の事故で…」

 

「……!」

 

「ちょっとぉ!無言はやめて!マジで怖いからぁ!マジで怒ってるみたいだから!」

 

「マジで怒ってるのよ!!」

 

キィイン!

 

 そう言い放つ、シノンの拳には剣に宿るはずのソードスキルのライトエフェクトが!

 

「シノン!右手、右手!」

 

「その手が通じるのは、小学生までよ!」

 

「違うっての(泣)!」

 

 俺のAGIではいつかシノンに追いつかれる。そして、今になってようやく表れたクエストクリアの要。どちらも早急に対応しなければならない事案だ…どうすれば、シノンに怒られず(おそらく無理)にあのスキルを岩に打ち込んでもらえるだろうか?ここで単純だが一筋の光明が見えた(気がする)。この作戦ならば、少なくとも岩を壊すことができるはずだ!

 

 まずはシノンをこちらに誘導する。

 

「おいシノン!こっちd「知ってるわよ!」

 

 残り、数メートル。俺の背後は行き止まり…ではなく、クエスト主から“壊せ”と命ぜられた岩だ。シノンに岩を壊してもらう作戦に必要なのは、①に”配置”そして②に”俺の回避力”だ。

 

「こんのぉ!食らいなさい!」

 

 今のセリフからも分かるように、俺にスキルを当てる気満々のシノンさん。だが、ナメてもらっては困る。

 

「ほっ!やっ!とりゃ!」

 

「避けんな!」ゴッ ガッ ドゴッ

 

 目に自信はあるし、ただ避けるだけならば…できる!だが、まだシノンの拳の威力が足りないのか、岩がまだ割れない。ピシピシっと音はするのだが…。仕方ない、これだけは使いたくなかったが……。

 

「本当にすまなかった、シノン…。俺…実は、シノンの魅力に耐えられなくてあんなことを…」

 

「~~~~~~ッ!なっ、何言ってんのよ!こんのっ…」

 

 シノンのモーションに変化が、チャージするように拳を引く動作をした瞬間。シノンの右拳のライトエフェクトがより一層輝きを増す。

 

「バカぁあああ!!」

 

「今だ!ぶっ放せ、シノン!」

 

 シノンが放った正拳突きは、岩に完璧にめり込む形でストップした。とたん、岩がラグり始めたかと思えば、綺麗なエフェクトを爆散させて消え失せた。そして、俺の目の前に突如現れたクエスト成功のウィンドウ。

 

「やったね、シノン!クエスト最高だ!」

 

 イェーイとハイタッチを希望して手を掲げた。

 

「そこに座りなさい!!アキ!!」

 

「……はい」

 

 作戦は失敗。あそこまで絶望しきっていたクエストの成功を達成できたならば、今回のことは水に流してくれるかな~なんて思っていたのだが、シノンは俺の期待など粉々に砕くかのようにぶち壊してくれたのであった。

 




やはり、明るい話を書くのが好きだなと作業中に感じました。

見てくださった方にも同じことを思ってくれた方がいるなら嬉しいです。

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