こんなに長い文章を書くつもりはなかったのですが、時間ないけど書きたいと思ったら書かずにはいられませんでした。
今回でプログレッシブ編は終了です。次回からは完全オリジナルとなります。いろいろ考えてネタ帳を制作したのですが、SAO編長くなりそうです。ホントはOS編が書きたかっただけなのに…
では
この第二層テーマは“牛”がメインとなっている。シノンが好きな≪トレンブル・ショートケーキ≫が存在するのも、リアルともさして変わらない容姿を持つ牛型モンスターがいるゆえである。“牛”と言えばいろんな伝説・神話に登場するものだ。例えば、牛鬼。日本各地で人間に恐れられたり、奉られたり、土地になったりと忙しい伝承をもつ。
この前シノンにも言ったが、RPGのストーリー構成として伝承を取り込むことはそう珍しくない。なので、たとえVRMMORPGの知識が少なくても、このゲームには伝承・伝説をリアルに近い感覚で体験できるという、違った楽しみもある。そう、雑誌には書いてあった。βの配信が終わってから、少し神話とかに興味を持ち始め、いろいろ図書館で本を読むようになったのは、我ながら影響されすぎたと思っている。
なぜこんな話を始めたのかというと、絶賛クエスト進行中故に「この物語はオリジナルなのか、原典があるのか」と考えていたからだ。隣を歩く相棒は「このストーリーには既視感がある」と語ってくれたので、原典がある前提で考えているのだが…。
……この七人の“ヒト型”お供え物って、完全に生贄だよな?と考えずにはいられない…。
▽
「なんなのよ…これ」
「「「ブモォオオオ!!」」」
ドドドドドドッと、音を立てて目の前を通過していく≪トーラス≫型モンスター3体の群れ。俺たちは≪隠蔽≫スキルで隠れながら少しずつ奥へと入っていく。
この迷宮はとにかく道幅が狭い、そしてクネクネしていて入っていくことよりも、出ていく者を拒んでいるかのような設計をしている。おそらく、老師が入口で教えてくれたように、奥に眠るモンスターを外に逃がさないための設計なのだろうが…。
「流石に三体は同時に相手できないな…。≪ナミング・インパクト≫は範囲技だし、ここで三体同時に放たれたら、それこそ逃げることもできなくなる」
(まずったな…このクエスト自体、大規模パーティーを前提としたクエストだったのかもしれない…)
「なら、各個撃破ね」
「…まったく、冷静すぎだろシノン」
なんとも涼しい顔で提案してくる相棒殿。俺も「各個撃破」っていうフレーズ使ってみたかった。男の
「このくらいじゃ“絶望”の範疇にも入らないってことよ」
「……」
なんとも含みのある言い方だ。まるで本当の“絶望”の味を知っているかのような…。
(いや、今は考えないようにしよう。まずは各個撃破、どうするか)
考えをシフト変更させて今の状況を確認。まあ、やることは決まっているし方法も頭には浮かんでいる。どうやらこの迷宮にうろついている大型Mobはあの三体のみ。今でこそ固まって動き回っているが、歩行パターンが異なっている可能性は大いにある。先に一匹に別れたやつから
「アキ、一匹だけ違う道に入っていったわ。追いましょう」
「さすが、俺が言おうとしてたことを先に…。ふっ、こんなに立派に成長して」ホロリ
「私の親みたいに言わないでよ…まったく。付き合ってられないわ、置いていくわよ」
態度も立派になりましたね、まる
▽
一層に閉じ込められていた時間は約一か月と少し。この二層をクリアするのにかけようとしている時間は一週間と残り3時間(おそらくクリアできると思う)。死人なしでクリアするのは大前提だが、第一層フロアボスモンスター≪イルファング・ザ・コボルドロード≫はβとは違うパラメータを示してきた。であれば二層も当然β時代と何らかの変化があるものと考えられるのだが。
俺はこのゲームは良くも悪くも公平性が保たれていると思っている。なぜならば、努力した分だけレベルという形で現れるし、Mobもあり得ない程の軍隊を率いて、祭り上げられることなどは絶対無かったからだ。これはβの時も同じで、本気でこの世界に閉じ込めておきたいならば、極論100層クリアで脱出できなくすればいい。1層に高レベルMobを配置すればいい。しかし、茅場はそうはしなかった。俺たちにゲーム攻略という“餌”でこの公平にできている世界を馴染ませようとしている。
ならば…この“公平性”がみられるこの正規版SAOの世界でβ時代にはなかったボスのパラメータを急に組み入れるようなことをするのか?情報を得られる可能性くらい残しているんじゃないか?もし、このダンジョンの先に何もなかったとしたら、ボスに関する情報は偵察でしか得られなくなる。そんな理不尽が起きようものなら(そもそも閉じ込められた時点で理不尽だが)この世界に抱いていた主観が揺らいで…。
「…ほんと、分からないよな…」
「ええ、そうね。私も分からないわ。……大型Mobと戦っている最中に、そんなこと考えていられるあんたの頭がね!」
絶賛≪トーラス族≫系Mobとの戦闘中に考えていました。考え出したらキリがないことだが、ゲームクリエイターとして“世界観”を壊すことは茅場ですら避けたいことなのではないか?と考えてしまった。おそらく、答えは本人に聞くしかない。ま、聞いたところで迷惑な話に変わりないのだが。
「集中しなさい!もうフロアボス攻略戦まで3時間切ったわよ!」
「ごめんごめん。じゃあ、こっから本気出そうっかな~」ウデブンブン
「うざ」
「(^-^)」
今日もシノンの毒舌ぶりは冴えている。こうもシノンは毒を吐きながら、俺は少々ユーモアを醸しながら戦っているのだが、連携はバッチリ。証拠に三匹いた≪トーラス≫もあと残すは一匹だ(もちろん一匹ずつ狩っていった)。
「一昨日の最速記録を更新するか、≪トーラス≫狩りの」
「そうね、一日ぶりの相手だから心配だったけど、私もここからは本気を出せそうだわ」
「いや、それ俺と被ってるって」
最早、二人にとって二層の小ボス≪トーラス≫はそこらにいる牛と変わらない感覚なのだ。ただ牛が二足歩行になり筋肉ムキムキになった、ただのモブ。そんなモブ相手に二人の本気(自称)が発揮されたとあっては向こうからしたら、ひとたまりもない。今回も二人の記録更新のために付き合わされる可哀想な、お牛さんたちなのであった。
▽
「なんなのよ…これ」(本日二回目)
まあ、RPGにはよく発生するイベントだ。みんなも経験したことのある展開、それは
「まあ、行き止まりイベントって奴だな」
そう、この狭いダンジョンで俺たちの眼前に繰り広げられている光景は、大量の牛型Mobが行く手を阻んでいる光景だ。
「なに?イベントなの、これ。ってことは時間もないのに、これから何かを達成しないといけないってこと?」
「う~ん。まあ俺の知っているイベといえば、笛吹いて道塞いでる奴を起こしたり、頭痛に悩まされている奴らを秘伝の薬で解決したりって言う…」
「分かった。分かったから、もう何も言わないで。あなたの知識が有名RPGに偏っているのはよく分かったわ」
「それが分かるっていうことはシノンも結構やってますな?」
「うっ、…いいじゃない。女の子がやってても」
「悪いだなんて言ってないよ。ただシノンのことが知れて嬉し…ッデ!」ヒジッ
「バカなこと言ってないで、早く解決策を教えなさい。アキがそうやって冗談言ってる内は大抵どうすればいいのかなんて、分かってる時なんだから」
「さすが!お見通しか。…ま、冗談言うのは時間を気にしすぎて、焦ってほしくないっていう意味もあるんだけど…。それは一旦置いといて、気づいているか?シノン」
「もちろん。この先にはフィールドボス級のMobがいるわね。なんとなく、分かるわ」
「そもそも、これは難易度的に≪トーラス≫が三体同時にポップしてる当たり、中型くらいの大きいパーティー専用のクエストなんだと俺は思う。そんなクエストの先に待つボスがどんなに強いのかは、正直見当もつかない」
「確かに…二人じゃ荷が重い…かしら?」
「だから約束してくれ。俺が逃げろと言ったら迷いなく、逃げる。俺も後を追うから振り向かず、逃げ回ってくれ。いいな?」
「……分かったわ。これもチームプレイってことね」
「ありがとう。…じゃあ、行くか」
「ってだから、このMobのギュウギュウ詰めの中をどうやって向こうまで行くのよ!」
「牛だけにな」
「殺すわよ?」
「おわ(汗)!何の飾りもない純粋な殺意が一番怖い!」
「い・い・か・ら!早くしなさい!時間がないのよ!」
「分かったよぅ~…えーおほん!壁を走ります!」
「……」チャキッ
「待て待て待て待てっ!マジマジ!大マジだから!だから短剣抜かないで!スキルに≪ウォール・ラン≫ってあるんだって!」
「そんなの私取ってないわよ」
「いや、これは体術スキルに組み込まれているスキルなんだ。AGIに結構割いている俺たちなら、システム的に結構な距離を走れるはずだ」
「…まぁ、そこまで言うなら…信じてあげてもいいけど…。嘘だったら、承知しないからね!」
「ははは、大丈夫。ちゃんと実演するからさ。シノンもすぐにできるさ」
細くて狭い道に、牛どもは5メートルくらいを占領して押し寿司状態だ。天井は高い、おそらく体術スキルを使用するための布石だと思うが、これが普通のRPGだったら違う方法を試してみたいものだ。たぶん、道が広くなったり、壁が油を引いたみたいに滑りやすくなったり…でも、先ほども言ったみたいに時間もないので余計なことはしないでおこう。戦いも今は避けたいところだ。
そんなことを考えながら、俺は≪ウォール・ラン≫敢行のために助走を取る。そして、地面に足の形がめり込む程のスターダッシュを決めて…
「おおおっし!」
勢いよく走り幅跳びだ。ただし、向かう先に設定するのは牛どもの頭上側面に位置する壁。リアルならば壁に足を付けたあたりで重力が働き、そのまま垂直落下だが、俺の体は未だ落ちる気配はない。どころか、そのまま平行移動を始める。
ダダダッという騒音をダンジョン内に発生させて牛たちの上を、壁走りで追い抜いて…重力を感じ始めたあたりで華麗にジャンプを決めるのであった。距離にして7メートル弱ぐらいだろうか、シノンの目の前で失敗しなくてよかった。
「という感じだ!」
「ごめん。何も理解できなかったわ」
「大丈夫!シノンはセンスあるから絶対できるさ!」
「あんた…自分の言葉が持つ薄っぺらさが尋常じゃないわよ…」
「そんな~…難しいことじゃないのに…。心配ならちょっと後ろの方で練習してみなよ」
「そうするわ」
シノンは立っている通路の右角に入っていた。そこで練習を始めるようだ。
~10秒後~
シノンがすっと角から出てきた。速すぎやしないだろうか?
「あ、そういえばアドバイスはね。そうだな~…昔、水面の上を走るために“右足が沈む前に左足を出す”っていうのやらなかったか?イメージはそんな…」ダダダッ
「ホントだ、意外と簡単ね」
ウィンクを飛ばして、そんなことを言うのはシノンさん。何が俺を絶句させたかと言うと、走行距離が俺よりも2メートルほど多いことだ。
「…人の話は最後まで聞いてよ…(泣)」
流石シノンさん、マジパないっす。あとで俺にもコツ教えてね☆…強がってみたものの、やっぱりちょっと悔しいアキ君なのであった。
▽
「この大扉の向こうがこのダンジョンにいる魔物…フィールドボスのエリアだろうな」
「ええ、ここにいるだけでも緊張が伝わってくる感じ…、一層でも感じたわ」
「シノンさっきも言ったけど、俺が」
「『逃げろって言ったら』逃げればいいんでしょ?分かってるわ。現状、まだあんたの方が強いしね」
「うん、ありがと。まあシノンも少ししたら俺なんかあっという間に抜いていくだろうけどな」
「お世辞は要らないわよ」
「じゃあ、開けるか…。………??」
「なに?どうしたのよ」
「扉があかない…。そんな馬鹿な、この扉に関する条件なら突破してるはず…」
「そうよ…お供えの人形はちゃんと私のストレージにしまってあるんだし、ちょっとどいて?」
ここまで来てクエストのやり直しは辛すぎる。そして時間もやり直しの効かないところまで来ている。もし何かを見落としているのであれば、速攻クエストクリアは諦めてフロアボス討伐に加わるべきなのだが…
「?なによ、簡単に開くじゃない」
シノンが扉を開けることによってクエスト破棄は免れた。
「俺じゃ開かないって…なんだ?ストレージに保管している奴じゃないと開かないってことなのか?」
「さあ?でも、結局は開いたんだし、いいじゃない。さっさとフィールドボスを倒して討伐戦に参加するわよ」
そう言ってシノンは足早に扉の奥に入っていく。俺もそのあとに続いて、ボスフロアへと足を踏み入れようとした途端
物凄い速さ、ともに音を立てて扉が閉まった。その扉の衝撃に巻き込まれ、俺の体も数メートル後方に吹き飛ばされる。
「うわっ!」
「アキ!?大丈夫!?」
扉越しにに聞こえるシノンの声。声色からも読み取れる、俺を心配してくれている気持ち、だが
「シノン、気を抜くな!そっちはボス部屋なんだぞ!俺は大丈夫だ!」
「分かってるわよ!…だめ、こっちから扉は開かないわ」
「ちっ、なんだよこのクエスト!仕掛けが多すぎる。シノン、ボスは出てきたか!?」
「ええ、今ちょうど現れたわ…名前は≪レイジ・ザ・ライトニングトーラス≫、名前からして…」
「“麻痺攻撃”持ちか…っ。シノン!今どうにかして扉を開けるから無茶はせずに、見たことのない攻撃パターンが来たら下がるんだ!」
ソロで最も忌避すべきことは“麻痺”だ。おそらくダンジョン内で麻痺に陥った者の生還率は0%と言っても過言ではない。ましてやボス戦でずっとタゲを取っているのだから、麻痺=死と言っても過言ではない。
「畜生!俺が人形を持っていたなら…」
扉の向こうから戦いのSEが聞こえてくる。おそらく、≪トーラス族≫特有の≪ナミング・インパクト≫だ。俺のHPの下に表示されているシノンのHPバーは、まだ減少していない。早く…早く解決法を探さないと…っ。
▽
「ふっ!」
どうやらフィールドボスである、このデカブツも他の≪トーラス≫と変わらない攻撃パターンを持っているようだ。そこは私にアドバンテージがあると言える。でも、アキがいないことによる、戦力の低下、そして彼には遠く及ばない判断力がないのは心許ない。
距離は十分とり、≪ナミング≫に最大限気を付けている。徐々にではあるが相手のHPを削り、4段あるうちの1段目を削り切ったとたん、ボスは大きくのけ反り一瞬そこで止まる。身に覚えのない判定に足を止めてしまった。そこで自分の愚かさを呪う。
(まずった!…これは私の知らない攻撃!)
▽
「持ってる奴しか入れないなら、また集める以外にないのか?いや、でもパーティーで受けていることはシステム的に認知されているはずだし、なにより俺たち二人に6体の人形を託されたんだ。だとすれば…」
そこで、扉の向こうで戦っているシノンのHPが減少しているのが見えた。しかも
「“麻痺”!?シノン、大丈夫か!」
「ごめんなさい…しくじったわ…こいつブレス攻撃を持ってる。距離はあるけど、多分もう…。クエストと討伐戦はアンタに任せ」
「あきらめんな!まだ、終わってない!解毒ポーションをちょっとずつでいい、丁寧に焦らず取り出して飲むんだ!」
シノンの弱気な声が聞こえる。その弱さが俺に伝染しそうになるが堪えてシノンを奮起させる。しかし
「でも…ごめんなさい。怖くて…手が動かないのよ。私また弱く…」
「シノンは弱くない!お前は一層で俺が倒すのを諦めたボスを倒そうとした!お前は皆に嫌われようとも俺に味方してくれた!お前がいなかったら俺は何も…っ!」
俺の悪いところは感情が高ぶると涙が出てしまうことだ。そんなの生きてきて嫌というほど経験してきた。俺の今を形成している記憶には、何もかもを諦めたこと、何もかもから逃げたことが積み重なってできている。俺は元々無力で無気力でそしてバカだった。
それでも、そんな俺でも誇れることがたった一つだけある。俺は“後悔だけはしない”やらなきゃよかったと思ったことだけは一度だってない。どんなに立ち上がれない間違いを犯しても、誰かにバカにされて泣くことがあっても“これ”だけは譲れない。
今ここでシノンを諦めれば俺は一生後悔する。それだけはしたくない。考えろ、全神経を集中させろ。人形、七つ、クエスト破棄、そして俺たち二人。
そういえば、俺たちは以前話したことがあった。“人型”人形は6つしか手に入らないと、そして残されたカギは“俺たちというヒト型”であること。だから、シノンが部屋に入れたことで、クエスト進行には“ヒト型のオブジェクト”が7つ必要(人形6つ&シノン)であることは分かった。という事は、クエスト進行に必要なシステム的到達点は、ボス部屋に7つの“ヒト型オブジェクトがある”というのが条件なのではないか?
なら、シノンが今持っている人形を壊せば…クエスト破棄、あるいはこの扉が開いて俺を“ヒト型オブジェクト”として招き入れるのでは。
「シノン!人形だ!人形を一つ破壊してくれ!」
「…ぇ、人形を?」
「ああ、頼む。どうせ死ぬことを覚悟したのなら、最後まで足掻け!そして後悔しない道を見つけろ!」
正直、ホントは死ぬことの覚悟より生きる覚悟を持って欲しいのだが、弱気になっている相手を真正面から否定しては、ポジティブとネガティブのぶつかり合いになって行動を遅らせてしまう。ここは我慢してシノンの行動を導く。
「…わかった、から。最後まで頑張るから、まって」
無慈悲に、ボスの足音がシノンに近づいていくような音が聞こえる。内心穏やかではないどころか嵐が巻き起こっているほど焦っている心を落ち着かせて…ボスをすぐにでも迎撃する準備を整える。
ゆっくり、集中を研ぎ澄ませるように、ボスの足音が聞こえる方に体の向きを変え、剣を担ぐようにして構える。威力はないが突進系ソースキル≪レイジスパイク≫だ。
「シノン…がんばれっ」
▽
アキの目的は分からないけど、これが今までの、私たちの攻略を無にしない事であるのなら…これでアキのこれからの攻略に役立つことが出来て、何かお返しが出来るのなら
「それでいい…たったこれだけよ。動け!」
体がスムーズに動かない、でも少しずつなら動く。ボスは幸い歩いて恐怖感を煽るようにこちらに近づいてくる。それでも、私にはやらないといけないことがある。アキのためにしてあげられることがある。ただの電気信号が与えてくる音の恐怖感なんて、怖くない!
ウィンドウを開けることに成功。道具をスライドさせていく、途中解毒ポーションが目に入るが、そんなものは要らない。今は何としてもアキに…。
ストレージの最後の方に大事にとっておいた人形が見つかる。ボスは私の目の前で止まる。人形をオブジェクト化に成功する。ボスは不敵な目をこちらに向ける。私は人形に短剣を、ボスはハンマーを振り被る。そして、人形に刃を突き立てたことで、元から0に近い耐久値は消え失せ、エフェクトとなって四散する。
「やった…」
しかし、時はすでに遅く。≪トーラス≫はその長大なハンマーを振り下ろしている。私は運命に立ち向かうことが出来たかな?
▽
扉が開くのを今か今かと待ち望み、そしてその時はやってきた。どうやら考えは間違っていなかったという思考は、状況を見て頭から消え去った。シノンに死がすぐそこまで迫ってきている。≪レイジスパイク≫でも届くか分からない位置にシノンは倒れていて、その目の前には巨大な≪トーラス≫がハンマーを振り被っている。最早何かを考えている場合ではない。
「てめぇええ!!」
何も考えられない。こんなにも無計画で飛び込んでいったのは初めてだ。≪レイジスパイク≫を放つも、おそらく敵前手前で止まる。そもそも、走ったところであのハンマーは止まらない。ならば、即時、可能性のある方を選び取った結果が≪レイジスパイク≫だ。
敵への突進力が落ちていくのが感じられる。スピードも距離も威力も何もかもが足りないのが分かる。俺はホントに中途半端なやつだ。でも
『諦めんな!』さっき言った彼女への言葉を今になって思い出す。そう言っておいて、先に諦めかけているのは俺の方ではないか?俺の誇りは何だ?俺はここで諦めて良いのか?
“後悔しないのか?”
「しないわけッ…ねえだろうがッ!!」
諦めかけていた心に灯がともる。刹那、俺の消えかけていたソードスキルのライトエフェクトが一層輝きだした。かと思えば、≪レイジスパイク≫は再び威力を取り戻し。いや、それ以上の力を見せて≪トーラス≫への突進を始めた。
「届けぇええ!」
狙うのは≪トーラス≫の体ではなく、その無骨にして長大なハンマーだ。まさに渾身の一撃ともいえる突進はそのハンマーの中心を捉えた。そして
ギャリィイイン!
金属同士の不快な音が響き渡る。シノンに降りかかっていた死そのものを吹き飛ばしてやった、どころかハンマーを横殴り的にソードスキルをぶつけたことで、そのハンマーをブラストしてやった。
技後硬直は相手が怯んでいる間にとけ、≪トーラス≫の腹中心に、体を精一杯ひねり威力をブーストさせた水平切り≪ホリゾンタル≫で吹っ飛ばした。
「シノン!大丈夫か!?」
シノンの頭を抱え、後ろのポーチに用意していた解毒ポーションを飲ませる。
「シノン、シノンっ…死ななくて良かったっ」
本当にダメだ、涙が止まらない。そんな俺の顔にシノンがいまだ痺れている手を添える。
「…うそ、うそみたい。本当に来てくれたんだ…本当にアキなんだ」
「ああ、オレだよ。諦めなくて本当に良かった」
添えられた手を握り返し、シノンの体温を確かめる。心なしか力のないシノンの顔にも涙が見える。
「…信じられない。私、もう駄目だと思って、でもいつもアキに助けられて、何か最後だけでもお返しが出来たらって…」
「お返しなんていらない、役に立たなかったことなんて一回もなかったじゃないか」
「…でも」
「でもじゃない。もし何かを返したいなら生きて、もっと楽しいことで返してくれ。俺は…俺はシノンに死なれたら嫌だ!だから助けるんだ!これまでも、これからも!」
身勝手な我儘を言っている間にシノンの麻痺状態が解ける。回復ポーションを渡して、こちらに向かってくる≪レイジ・ザ・ライトニングトーラス≫に体を向けて剣を構える。
「このクエストを攻略するのは辞めよう。二人とも体力があって、動けるうちにとっとと、人形を壊して…」
「いいえ、その必要はないわ」
シノンは立ち上がりながら、そしていつもの不敵で輝くような笑みを浮かべて言う。
「私、さっきまではあんなだったけど本当は諦めたり“後悔”するのは嫌いなの。だから、あいつは…私をこんなにしたあいつを倒して、私は強くなる」
「でも…」
さっきまで死の淵に立っていた者が、心の整理もなしに戦えるわけがない、と思う。シノンの手はわずかながらに震えているようにも見える。やはりここは…
「それに、今は“相棒”のアンタもいてくれる。この世界で一番頼りになる私のパートナー。あなたがいてくれさえすれば、私は強くいられる。…だから力を貸して、アキ」
ああ、この目は…いつか見た一層ボス戦の時の目だ。あの時と変わらない決意の目。俺はあの目に当てられたからこそ、この少女と一緒に戦おうと思えたのだ。
「ああ、後れを取るなよ“相棒”!」
「そっちこそ!」
このときシノンとの絆が深まったと本気で感じられた。
▽
「スイッチ!」
「了解!はぁあああ!」
≪レイジ・ザ・ライトニングトーラス≫。名前からして今までの≪トーラス族≫と全く違うのかと思えば、そういうわけではなかった。シノンに聞いた情報“麻痺ブレス”は必ず固有モーションがあるし、範囲もそう広くない。確実に避け、確実に攻撃を当てていけば、二人でも十分にやっていける。
シノンの≪ファッド・エッジ≫が決まると数ドット残してボスが“スタン”した。
「今だ!総攻撃チャンス!」
「いくわよ!」
俺とシノンのフルアタックは全てクリティカルヒットを記録した。そしてどちらともいえない攻撃が当たった瞬間。汚いエフェクトを爆散させて≪レイジ・ザ・ライトニングトーラス≫を見事討伐したのであった。目の前にはもちろんLAボーナスウィンドウが。
「ふぅ、終わってみれば…あっけないものね」
「だな」
(……アぁああああ!またやらかした!またシノンの前で泣いてしまった!)
頭を抱えて、二層に続く階段以来の羞恥に震えるが、隣にも同じ挙動をしている者が一人。
「シノンさん?どうしt「忘れなさい!」はい?」
「さっきの私の世迷言は忘れなさい!って言ってるの!」
顔を真っ赤に抗議してくるシノンはそれはもう、可愛かった。耳まで赤くするとはまさにこのこと。この時俺はシノンの弱みを握れたこと、そしてフィールドボスを倒した安心感で若干、気が舞い上がっていた。
「ええ?でも、あれくらいの方が可愛げあるゼ?」
「…弱みを握ったのはアンタだけじゃないのよ?…残念ね、明日にはアインクラッド中にアンタが泣き虫で変態だっていう噂が浸透するわ」
「スミマセンデシタ」ダイナミック ドゲサ
「フン!」
シノンとアルゴの親密度は侮れない。いつの間にか情報のやり取りを頻繁にやっているようだが、その中には俺の秘密のあれやこれやの情報も、まさか?
「それはないから安心して、たかがあんた如きの情報なんて買う人もいないだろうしね。この10コル人間アキ」
「ぐはぁ!」
そう、俺の身辺に関わる全情報は情報屋の間で10コルで取引されているのだ!投擲武器すら買えん…。
「で?LAはなんだったの?私には表示されなかったから、どうせアンタが取っていったんでしょう?」
「あ、そうだった!シノン、ウィンドウ出してくれ」ピピッ
「?」
「実はね、さっきドロップしたのは短剣なんだ。はいこれ≪バンディット・オブ・フェイト≫意味は…」
「≪運命の盗賊≫ってところかしら」
「いや、そこは≪運命を掴み盗る者≫でいいんじゃないかな…。でも、モンスタードロップでそこそこ高難易度のクエストだから性能はお墨付きだよ。きっと、シノンを守ってくれる」
「あら、アンタは私のことを守ってくれないの?」
「もちろん、守るさ。さっき約束したしな」
「…っ。真面目に返さないでよ。恥ずかしいじゃない」
「実はそれが狙いだったり」
「だとしたら、この短剣の『低確率で麻痺状態にする』っていう効果がアンタに牙をむくわよ?」
「ナンデモナイヨ~」
「まったく……でも、まあ。ありがとう、大切にするわ」
久々にシノンのツンとデレがさく裂した。目の前が眩しすぎて目を合わせることすら困難だが…。
「そうだ!二層攻略のカギ!」
「そういうのって、どうやったら分かるのかしら?」
「まあ、だいたい壁画パターンか口伝パターンだな」
「壁画ねぇ~…あっ、あれじゃない?玉座の後ろの壁画」
そこには二層のフロアボス≪バラン・ザ・ジェネラルトーラス≫通称バラン将軍らしき巨大なMobの壁画が、おそらく取り巻きにいるMob一匹は≪ナト大佐≫で違いない。しかし、その中央には細長く、でも≪トーラス族≫特有の角を持ち、たたずむ一際大きいMobの絵が…。
「まずいな…今回もやっぱりβと違うかもしれないっ」
「本当に?どこら辺が」
「この中央にいるMob。間違いなくβ時代にはいなかった。きっと…ああそうか
「何勝手に納得してるのよ。ちゃんと分かるように説明してちょうだい」
「時間が惜しい。あと、二時間くらいだよな?ここからだとボス部屋まで少し間に合わない。移動しながら説明する」
「…分かった」
▽
「って出口見つからないじゃない!」
「ああ、本当に最悪だ。せっかく道標にと置いていた、木の枝も耐久値が切れたのか全部無くなってやがる」
絶賛迷子中。うねうね曲がっているこのダンジョンは正に迷宮。入った者は永久に出ることは叶わないのであった…。という理不尽展開はないはずなので何とかして手掛かりを探す。
「このまま、下手に動くと深みにハマるな…。ったく、中型ボスも倒したっていうのに!このままじゃ本当に間に合わなく…」
「私、思い出したわこの原典。これギリシア神話のミノタウロスのお話よ…。差し詰めここはミノタウロスが閉じ込められた
「あ~そんな話もあったな~。で、急にそんな話持ち出してどうしたんだ?何かいい案思いついたとか?」
「ええ、原典の続きは覚えてる?勇者セテウスはミノタウロスを倒すんだけど迷宮を出られなかったの。当然よね、ミノを封印するための迷宮なんだから。簡単に出口が見つかるはずなんかなかったんだわ」
「え、もしかしてその勇者って迷宮内で死ん…」
「いいえ、最後にはアリアドネ―の毛玉が彼を助けたのよ」
「毛玉って…それもしかして」
シノンはおもむろにストレージから、毛玉を取り出した。数時間前に少女から貰った毛玉だ。すると毛玉はピカッと発光したかと思えば、先端がまるで意思を持った蛇のように動き出し迷宮内を進み始めた。
「どう、分かった?」
「ああ、さっきの幼女に感謝だな!」
「私に感謝しなさいよ!」
ひとまず迷宮内で一生を過ごさなくてもよくなりそうだ。良かった~
▽
出口を出るとそこには仙人様とクエストNPCが立っていた。
『ほっほ。どうやら、奥に潜む魔物は討伐してくれたようじゃな。礼を言うぞ』
『あの、ありがとうございます。これ、私が作ったものなんですが受け取ってください』
そこでクエスト報酬タイム。今回の報酬はトーラスの毛で編み込んだマフラーだ。うむ、これもシノンに似合いそうだな。
『勇者様たちはこれから≪天柱の塔≫に挑まれるのですよね?でしたら、気を付けてください。あそこには全≪トーラス族≫の王がいると聞きます。その王が使う吐息には人を麻痺させるとか』
今回の報酬は、麻痺耐性を上げるマフラー、バラン将軍の上にはさらに上がいるという情報だ。報酬にしては大きすぎるくらいだ。そこでクエストクリアの画面が表示されたので、その場を後にする。その前に
「シノン、こっち向いて目つむって」
「!?あ、あんた!私の体に何するつもりよ!」
「何もしねぇよ!いや、何かはするけど、いかがわしいことは絶対」
「変態の名が浸透…」
「分かったよぅ~。目つむら無くてもいいから、こっち向いて、お願いします」
「ん」
なんだよ結局目つむるのかよ!と言うのは、またひと悶着起きそうなので言わない。そして、シノンの首元のネックウォーマーを解除してもらい、首元にマフラーを巻いてあげる。
「うん、似合う!」
「いいの?私が貰っちゃって…結構性能良い気がするけど」
「いいんだよ、シノンがもし俺よりも強くなったら俺はハッピーだしシノンもハッピーだろ?だから、いつでもいい…いつかは俺のことを助けてくれよ」
「ええ、約束するわ。私、アンタを守れるくらい強くなって見せる。それまでくたばんじゃないわよ?」
「おう!」
「ところで、時間は…?」
「11時っすね」
「「……これはやばいね(わね)」」
大遅刻の予感っ!
▽
大遅刻になりそうだが、作戦は怠ることはできない。まず、先ほどの少女からの情報を纏める。
「真のフロアボスはトーラスの王。そして、モーションに目が光ると広範囲麻痺ブレスを使う、ここはさっきのでタイミングはつかめたな?」
「ええ、でも心配だから一応声をかけてくれると助かるわ」
「分かった。そして、ここからはあまり参考にならない話だが、トーラス王は“額の王冠を投擲武器で攻撃すればディレイできる”ってことも忘れるなよ」
「まあ、≪投擲≫スキルは上げてないし、やっぱり避けるしか」
「できないな、おそらく討伐隊にも上げている奴はいないだろう」
空中で打てるソードスキル例えば≪ソニックリープ≫ならば当てられるかもしれないが、タイミングが難しい上にリスクが大きすぎるので断念だ。
「これで以上だ!とにかく先を急ごう!」
「そうね……」グゥ
「……」
「…///」
「…くふっ」
「笑わないでよ!今日は朝から何も食べてないし、生死をさまようし、疲れたのよ!」パンチ
「分かってる、分かってるから殴らないで(笑)」
「…だから、さっさとさっき買っていた饅頭をよこしなさい」
「えっ!!いや~これは非常食にとって置こうかな~と…鋭いな、シノン」
「当たり前、ポーションを買うふりして抜け目ないんだから」
ズイっと俺の目の前に差し出されるシノンの手。先ほど買ったのは≪タラン≫で買った≪タラン饅頭≫だ。バレては仕方ないので二個の内一個をその手に乗っける。
「これ中身は何?」
「実は分からないんだ。名物らしいけどβ時代にはなかったし…。まあ、“牛”にちなんでいるんだし牛肉かな?」
「そう…いただきます。はむっ…んむっ!?」
「あ~ん、ってどした?」
シノンが一足早く噛みついたのだが、なんだか様子が変だ。なにか食べきれないのか、ずっとムグムグしている。
「ぷあっ!っにゃあ!」
「NYA??ってシノンさん!?」
シノンの顔には白濁の液が…決して卑猥なものではなく、その正体は≪タラン饅頭≫の中身。おそらくこれはカスタードクリームだ。しかし、これは…ひどい(何がとは言わないが)
「許すまじ…タラン饅頭…で、お味は?シノン」
「本気で今それ聞いてるなら、このタラン饅頭がアンタに火を噴くわよ?」
直訳:タラン饅頭ぶっかけたろか?ということを即座に理解し、全力で首を横にブンブン振るが、シノンは目を閉じているせいで見えていない。
「ん!」
「え、なに?」
「ん~!!」
シノンが唐突に顔を突き出してくる。え、これは何をすればいいんだ?キスか?…冗談はさておき、顔を手持ちのハンカチで拭ってやると綺麗さっぱり落ちた。これはVRならではだ。
「決めた…やっぱり私いつになってもいいから料理スキルを上げるわ。もう変なものを食べるのはコリゴリよ」
「そうか…そいつは楽しみだなぁ」
「誰も、アンタの分も作るなんて言ってないわよ?」
「そんな~、相棒だろぉ?」
「そこで、相棒を引き合いに出さないでよ…。ま、味見くらいならさせてあげてもいいかもね」
「ありがとうさん」
迷宮区まであと10分。現在時刻は12時ちょっきし。おそらく、30分くらいの出遅れになりそうだ。
▽
鬼神のごとく迷宮区を踏破していく俺とシノン。レベルはともに14。たぶん、攻略組でもトップを取れる数字だ。まあ、今日まで一日も休みなしで戦ってきたのだから当然ではあるが。
「「おぉおおおお!」」
にしても男女二人が並んでいるには些か相応しくない雄たけびを上げている。きっと、気の利いた男であればダジャレではなくシャレたことを一つや二つ言えるのだろうが…。今の猪突猛進二人組の頭の中にあるのはただ一つ。
((こんなに苦労して手に入れたクエ情報を無駄にできない!))
まったくもって日本人の“もったいない文化”は素晴らしい。ここまで、人が変貌するのだから…。
そんな二人の前に一人のプレイヤーが目に入る。彼が持つその武器は―――。
「貴方も攻略に参加するのね?なら急ぎましょう。ネトゲのレイド戦って時間にはシビアなんだから」
新たな仲間を一人、味方につけていざ攻略部屋へ。その途中、暫定的新メンバーを置いてけぼりに(おそらくステータスの問題)してしまったのは内緒だ。
▽
「ここかっ!」
「ねえ、“彼”一人においてきちゃったけど大丈夫かしら?」
「大丈夫だろ、一人で迷宮区に入るくらいだし。戦闘も申し分なかった。『先に行って下さい』とも言ってくれたし」
「あれは、貴重な戦力になりそうね」
「ああ。それよりも準備はいいか?入るぞ、“相棒”」
「今回もよろしくね“相棒”」
拳をコツンと合わせていざボス部屋に入る…と、そこには一際大きい≪トーラス≫が!俺とシノンがその光景を見て思ったのは間違いなく
((あちゃー間に合わなかったかー!))
だろう。しかし、考えはそこで切り替えて、いかに今がまずい状況かを把握した。正規仕様SAO二層ボス≪アステリオス・ザ・トーラスキング≫はその巨躯を活かした攻撃と≪ナミング≫でレイド中心人物、リンド、キバオウそしてキリトとアスナを麻痺状態にしているではないか!
「このっ!シノン、行くぞ!ブレスを吐いた後の技後硬直はボスも屈む必要があるみたいだ!」
「それなら、額の王冠を」
「「叩ける!」」
それが、今だ。AGI振りに力を注いでいる俺たちならきっと届く。かがむ≪アステリオス・ザ・トーラスキング≫の足から登っていき、頭の頂点を捉えた!俺は≪バーチカル≫、シノンは体術スキルの≪弦月≫詳細はサマーソルトキックだ。
「ブゥウモオオオオオ!」
耳にうるさい奇声を発して、キングはディレイする。
「悪い、遅れた!大丈夫…じゃないよな…お二人さん。て、心配するだけ損か///」
「ちょっと、やめてよね。もう少し緊張感持ちなさい。二人とも///」
なぜ、俺たちが照れたのか…それはキリアス(※キリトとアスナ)が白昼堂々、主にキリトが覆いかぶさるような態勢で抱き合っていたからである。攻略中だというのに…いったい何を攻略していたんだか、この二人は(言わせんなよ!)。
「「ちがう!」」
「俺はアスナを助けようとして!」
「私のせいだって言うの!?あなたが勝手に飛び出してきたんじゃない!」
「ええ!?助けてもらったのにその言い草って」
「貴方も麻痺してたらそれは“助けた”とは言いません!“巻き添え食らった”って言うんです!」
「うぐぅ!じゃあさっきの微笑みは何だよ!あれは……なんだったんだ?」
「///し、知らないわよ!そんな適当なこと言わないで!」
体は麻痺しているはずなのに、口はよく動く。やっぱり
「「仲いいな(わね)二人とも」」
「「良くない!」」
ひとまず、麻痺が解けるまでシノンと時間を稼ぐことになった。キリトとアスナはエギルさんに任せて。
「シノン、レンジを保ちながら戦うぞ。おそらく一定以上離れると広域ブレスを発動するから。後ろの奴らを巻き込んじまったらアウトだ」
「了解、≪ナミング≫は?」
「キリトによると≪ナミング・デトネーション≫、インパクトの上位互換だ。ただ範囲が広くなっただけだから、回避はいつも以上に慎重に」
「OK、タイミングは任せたわよ」
今日という日を、あと少しで乗りきるために最後の集中力を発揮する。最初の≪ナミング≫をうまく回避して、全力≪ホリゾンタル≫と≪ファッドエッジ≫で数メートル吹き飛ばす。
「勝負だ!」
▽
通常攻撃は基本“叩きつけ”意外にない。尻尾も器用に使っては来るが、それは後ろに回った時だけ。
「はぁあああ!スイッチ!」
「せあ!」
ボスのパンチを横に受け流しながら“相棒”が攻撃を仕掛けてくれる。実に頼もしいかぎりだが、そろそろ二人組も限界か。レンジを取りながらの戦いはジリ貧であり、一発でも受けたら即窮地なので集中力も切れそうだ。今日は二回ほど窮地に陥り、戦いを制してきたので、そろそろ交代を…
そこで、やっとこ俺たちが迷宮区に置いてきた助っ人が追いつく。
「すみません!遅れました!」
「来たか、ネズハ!」
彼こそが今日の最強の助っ人、≪
『僕に償いのチャンスをくれた人たちにお礼がしたいんです』
そう語り聞かせてくれたネズハは(あまり“償い”の部分は気にしない)なんと鍛冶職を捨ててまでスキル獲得のために、この3日間修行をしていたのだそうだ。
その意気やよし!と言うように「一緒に行こう」と誘ったのはコッチだったのだが、足の速さが違うのと、俺たち二人があまりにも焦っていたということもあり、はぐれて(意図的)しまったのだ。
「ネズハだと!?」
「ネズハ?」
と、後ろからワラワラ聞こえるが気にしない。
「あの額の王冠だ!目が光った時にチャクラムをぶつけてブレスをディレイしてくれ!」
今日2番目くらいの声を張り上げてネズハに聞こえるように叫ぶ。
「ハイ!」
ネズハの投擲したチャクラムは吸い込まれるようにして王冠にあたる。すると、今にも“叩きつけ”をしようとモーションを取っていたキングの動きが止まる。これで、ブレス対策は大丈夫そうだ。
「今度は僕がギリギリまで引きつけます!それまで、態勢を立て直してください!」
なんていい奴なんだ。お言葉に甘えて、シノンには視線で同意を得て、壁際に近寄り、ポーションを飲む。すると、麻痺が解けたキリトたちが近付いてくる。
「いや、本当にすまんかった。今回は二人に迷惑かけちまったな」
「いいよ、エギル隊のところに今回は入れさせてもらったから。ところで、いつネズハと知り合ったんだ?」
「ついさっき。迷宮区でMob相手に善戦してたから攻略組なんだろうな、と」
「そう、じゃあネズハさんは3日であのクエストをクリアしたんだね」
訳知り顔でキリトとアスナが話してくれる。なにがアイツにあるのかは知らんが、今この場において強力な助っ人であることには間違いない。
「どうせ、あのチャクラムをあげたのはお前らなんだろ?」
「よく分かったな」
「そりゃ、あんなレアイテム。それこそLAボーナスだろ?ならお前しか持ってる奴いないじゃないか」
「さいですか」
「それにしても、私たちがクエスト攻略している間に色々あったみたいね。それこそ一筋縄でいかないような。ごめんなさいね、こっちもなかなか手強いクエで」
「でも、分かったことがある。必ず各層は、βのボスと相違があり、それを解くクエストは必ず存在する。これからはきっと」
「そういうクエストをクリアしてからフロアボス討伐になるだろうな」
4人は同時に溜め息を吐く。攻略ペースは今でこそ早いが、これからはそのペースも落ちていくであろうと。この先は長い。
しばらく沈黙、気を取り直すようにキリトがしゃべる。
「そろそろ、みんな回復して戦闘に参加し始めたな」
「ちなみに私たちは、またもやH隊だから、最後のローテね」
「ちなみに今戦っている部隊は?」
「G隊ね。名前はレジェンド・ブレイブス。装備だけなら一級品だけど」
「アスナ…それ以上は今は」
「うん…そうだね。ごめんね?今のは聞かなかったことにして?」
「「?」」
「うし、それじゃ立ち上がれよ、アキ、シノン。もうそろH隊だ。相手のHPも残り少ない。悪いがLAは貰っていくぜ!」
「あ!待ってよ!」
勢いよくキリトとアスナは飛び出していく。ずるい!
「俺らも行くぞシノン!今日はあまり参加できてないせいで経験値も稼げてないしな!」
「行くのはいいけど…その動機は、嘘でも違うこと言っといた方がいいと思うわよ?」
「乗り気じゃない!?…いいんだよ、俺だってβテスターなんだし、少しは我儘させてもらわなきゃな!行かないなら俺が貰ってくるぜ!」
「行かないとは言ってないでしょ!」
俺たちも後を追ってダッシュそして、前線で指揮を執るリンドの横をすれ違ったところで、彼から指示が出る。
「よし!G隊、後退!H隊、進行!」
もう先に行ってる奴いるけどな、とは言わないが命令違反して少し速めに出ちゃったのH隊4人組。キリトとアスナがジャンプしようと身を目の前でかがめている。
チャンス!!シノンに作戦を耳打ちして呆れられるが同意を得た。どんどん二人してキリトの背中に近づいていき
「行くぞ!アスナ!遅れr…むぎゅう!」
「キリト君!?」
「今回は…!」
「LAは貰っていくわね!」
見事、アニメみたいな声を出したキリトの肩を片方ずつ土台にさせていただく。キリトのジャンプしようとする運動エネルギーと自らの筋力値を加算して飛んだジャンプは丁度≪アステリオス・ザ・トーラスキング≫の顔面間近に接近。
そこから繰り出すのは、一度はあきらめかけていた≪空中ソードスキル≫。
「今だ、シノン!」
「了解!」
「「はぁあああ!」」
繰り出したのは突進系ソードスキル≪ソニックリープ≫。一層でキリトがして見せた技だ。密かに練習していたのはシノンですら知らない。はずなのにシノンは見事この離れ業を感覚とセンスだけでやってのけた。
同時に放ったソードスキルは綺麗なライトエフェクトの軌跡を残し、王冠を額ごと打ち破って見せた。キングはラグり始めたかと思うと、フィールドいっぱいのエフェクトを撒き散らして四散。その中心には二人の相棒の姿があり、二人は拳をぶつけ合わせて、こう呟くのだった。
「「今日も一日お疲れ様“相棒”」」
というわけで、詐欺編は大幅カットです。次回からは何もなかったかのように話が続きますので悪しからず。
もし感想があればよろしくお願いします。できれば、ポジティブ系で(豆腐メンタルなので)
では、次回もまた来週あたりです。