せかんどらいふ   作:にゃー1

10 / 36
8 彼女の未来の護り方①

 

「イツキ、起きた?今日はお眠だったのね、よく寝てたわよ」

「はい、よくねました」

「あらあら、ちゃんと夜寝られるかしら?」

「だいじょうぶです、かあさん」

 

ベビーベットの傍で微笑む母にそう答え、時計を確認する。

本来ならリリーと勉強会をした後直ぐにコネクトを切り、帰ってくるのが普通なら3時間、遅くても4時間経過くらいなのだが、色々と準備もあり今日は5時間も経過していた。

 

夕飯の支度中だったのか母はもう少しで出来るからねと、キッチンへと向かっていく。

自分は今まで学んだ魔術知識を頭のなかで高速で思い出しながら、今回のことに使えるものを取捨選択していく。

出し惜しみなどしない。自分の全部を使ってでもリリー・ヴァンという少女を救うために――。

 

――魔力を扱える容量は精神に直結している。

 

ならば、自分の精神をリリーへと移せば今の自分の魔力をそのまま扱えることになるということだ。

自分の魔力容量、魔力操作力、鍛錬を怠ったことはないがどれくらいのレベルなのかが分からない。だが、リリーの魔力量を視たときに自分と比べると天地の差があると言っても差し支えないほどだった。

リリーが普通であるならば、これほどの差を同級生が埋められるとは思えない。

実技大会は出来るだけ圧倒的に勝つつもりでいた。そうでなければならない理由もあるからだ。

 

――呪詛は体内に蓄積することはない、精神自体に蓄積するものである。

 

呪詛というのは前に自分が便宜上名付けた魔力の残滓のことだった。この呪詛は魔力を魔術として指向性を持たせて行使すると一瞬で蓄積を始める。ただ、これはやはり個々人により呪詛を精神から昇華させ消失させる速度は変わる。これも精神自体に蓄積し、また消失速度も精神に直結している。これにより精神を彼女に移し、魔術を大量に行使したとしても彼女の体への負担はないと言える。

 

一応だが、精神自体を彼女に移し替える魔術を行使するにあたっての問題点はクリアしている。

ただ、彼女の体がこちらの精神に拒否反応を起こす可能性もまだあり得るのだから楽観視は出来ない。

そして何より長期間肉体から精神が離れていると、入っている別の精神が定着したり、精神がいない肉体がそのまま死を迎えたりするリスクも存在する。

 

その問題をクリアするために、彼女には16時から翌日6時半あたりまでは自分の体に戻ってもらうことにした。これはこちらの都合も考慮してのことだが、これである程度は定着も防げるし、こちらの肉体のリスクも排除できる。

 

彼女に説明した予定はこうだ。

今日からメイドに夕食、朝食は自室に運んでもらうこと。決して自室から出ないこと。

この2つの事柄に関しては、彼女に対する噂によるヘイトを避けることにほかならない。彼女の心のケアもまた大事なことなのだ。

それから、こちらに体を譲る時間以外は自由にしていいということ。

明朝6時半あたりまでに身支度を整えておき、自分と交代すること。

 

これは、父の仕事の都合もあり6時辺りから朝食を取り、終わり次第自分はベビーベッドに移動させられることにもある。

こちらの生活がもどかしくも思うが、大切な人を裏切って人を救うというのは意味がないのだ。

一度経験したのだから、同じ轍を踏むような行為をこの世界でまでしたくはない。

 

人が人を助けるというのは、本来助ける側は余裕があることが前提なのだ。

貧しい人を金銭的に助ける。身体的に障害を持ってる人を助ける。そのどれもがその助けられる側よりも余裕が有ることが必要なのだ。

そうでなければ人は容易に手を差し伸べないし、差し伸べられた方も躊躇する。

 

自己犠牲とは美徳だが、本当に自分を犠牲にして他者を助けたとして、自分の親しい人は自分の犠牲に何も感じないわけがないのだ。

綺麗事で終わる絵本や物語じゃない現実に、人を助けるというのは自分を犠牲にせず、それ相応の手段を考慮しなければならない。

 

自分を天秤にかけない人間はどこか致命的に壊れているということだろう。

 

ただ、彼女を救うということがどうしても出来なかった時は、またこの世界でもこの愛しい両親を裏切ってしまうことになる最終手段もまた、考えてはいる。だが、それに関しても彼女は喜んだりせず、むしろ悲しむだろう。

だからこそ、失敗は考えていないし、するつもりもない。

 

そしてもう一つの問題が自分から精神を抜き取ってしまうことによる弊害だった。

こちらには入れるべき精神の代えが存在しない。そうなるとこの体は仮死状態となり生命活動さえも自己で行うことが困難になってしまう。

ただし、自分が改変したコネクトの元の魔術であれば、自分の体自体を操ることが可能になる。超変則的ではあるが、自分の精神を他者に移し、その上で自分の体を魔術により生命活動のみに集中して行うことだけを操作することにした。

 

そうなると最後の問題だけをクリアすればいいだけになる。

それは両親の自分に対する関心だった。

これをどうにかするというのは本当に心苦しかったのだが、魔術の中でもほぼ後遺症すら起こらない短期間の暗示による操作を行うことにした。

 

 

――ベビーベッドにいる息子は、楽しそうに本を読んでいる。あまり構わないであげよう。

 

――息子はちゃんと食事をとったし、お昼寝もちゃんとしている。

 

――視界に入る息子には、何も変なところはない。

 

この3つの暗示を両親に施す。父のほうには掛ける必要はあまりないが不測の事態を避けるためには必要でもあった。

これにより自分の肉体は一週間ほど昼食抜きになってしまうが、その程度は瑣末なことなので気にしない。

 

着々と工程の確認と準備が進んで行き、彼女の未来を護る一週間が始まる―――。

 

 

ーAnother Viewー

肌を刺すような寒さを感じながら、アカデミーの制服に袖を通す。

私は先生に言われた通りに前日の夕食からメイドに朝食と夕食を自室に届けてくれるようお願いした。朝食は早めにお願いしたこともあって、すでに食べ終わり、あとは身支度を整えるのみになっている。

 

部屋にある時計を目にし時刻を把握する。そろそろ先生が来られる時間だろうか・・・。

 

「よし、大丈夫かな・・・?」

 

私は身だしなみを確認し、一息ついた。それから部屋を見渡し、先生をお迎えしても大丈夫かどうかを気にしながらちょっとした整理整頓も行っておく。そうこうしているうちに、時刻は予定の時間となっていた。

 

最初に感じたのはいつもとは違う強烈な拒絶感、私の中に繋がるなんて生易しいものではなく私という体を裂き、異物を押し入れられるような信じられない程の痛みを伴う拒絶を発していた。

 

―――怖い、痛い、苦しい。

大丈夫、怖いことなんて無いよ私。これは先生なんだ。いつもいつも私と繋がっていたでしょう。

 

―――嫌だ、止めて、壊れる。

先生が私を傷つけることなんてない。信じて私、私は信じてる。だから、受け入れてこの人を。受け入れなさい!私っ!私の言う通りになさい!リリー・ヴァン!!!

 

「かっ・・・は・・・ぁ・・・はぁ、はぁ、はぁ・・・」

 

私は感じたことがない感覚に浮かんだ脂汗を拭い、荒い息を繰り返す。痛みや拒絶感が消え、先生の魔術が成功したことを確信した。

 

(すまないリリー、苦しかっただろう?よく耐えてくれたね)

 

私はいつもとは違い、先生の思考が私の思考に浮かぶような感覚ではなく、直接私の中に声が響くことに少しだけ戸惑いながら返答する。

 

(苦しいなんて、全然です。何の問題もなかったですよ、先生)

(強がらないでもいいよ、こちらも君と同じ感覚を味わったんだから。よく頑張ったねリリー)

 

いつもとは違う先生の優しい声音が頭に響き、じぃんとした気持ちのよい感覚が耳朶から頭頂にかけて駆け巡る。

 

(先生、いつもと違って、私の中に先生が繋がっている感覚じゃなくてなんていうか・・・私と一緒に先生がいるという感覚なんですけど。いつもより頭の中で会話しやすいですし)

(まぁそれは当然だよ、君が思ってる感覚はそのままだからね。君の中に繋がっているのではなく、君の中に一緒に存在しているといったほうが正しい。だから今の状況ではお互いの思考を読むことは出来ないし、こうやって意識内で会話をすることが容易くなっているだろう?)

(あ、確かに・・・いつもなら私は声に出して会話したほうがし易いのに・・・)

 

本当にいつもとは違い、頭の中に声が響くといった表現が近い。それを思うと、私は先生のこの穏やかで優しい声を聞いたのは初めてなのだということを感じた。

心が沸き立つような、鼓動が止まらない。きっと私は恋しい人の声を聞いて気持ちが高揚している。

 

(リリー?)

(――ひゃい!?な、なんでしょうか先生!)

(すまないけれど、前髪を少しまとめるヘアピンのようなものはないだろうか?)

(じゃ、邪魔ですか!?じゃあもう切っちゃっても全然平気です!はい!)

(・・・いや、女の子の髪を勝手に切るのは些か気分が良くないからな、それに君の髪はとても綺麗だからね、自分のような野暮ったい奴に弄られるのは宜しくないだろう)

(~~~っ!せ、先生はその・・・髪は長いほうが好き・・・だったりします?)

 

先生が私の髪を綺麗だと褒めてくれた。嬉しくて胸の鼓動が止まらない。

今が心まで繋がって無くて本当に良かった・・・この想いはもう抑えきれなかったと思うから。

 

(特にそういう好みは無いが・・・そうだね、君は髪を伸ばしてもとても似合うと思うよ)

(・・・ぁ・・・―――っ。へ、ヘヤピンは姿見の鏡の隣りにある化粧台のところにありますから、自由に使ってください!)

 

一瞬嬉しさで気を失いそうになるという生まれて初めての感覚を体験してしまった私は、捲し立てるように先生にヘヤピンの場所を伝えた。

 

(了解した。さて、そろそろ君の精神を抜き出し、これに封印させてもらうけど心の準備はいいかな)

(あの、先生。このままだと同化してしまう危険性があるんですよね?それってどういうことなんでしょうか?)

(リリーも一緒に読んだ精神体の理論にもあった記述だけど、このまま時間が経過すると一つの入れ物に入った2つの中身はその境界線を徐々に曖昧にしていく。思考も自我そのものも溶け合うように一つになっていくんだ。まぁそこまで早い時間でそうなることはないけどもね)

(先生と一つに・・・それはそれで・・・ぁっ、ななな、なんでもないですハイ!ぜ、全然気にしないでください!)

(・・・それでだけど、君の意識は封印されることによって全く無くなる。次に意識が戻るのは封印を解いてこの身体に戻した時になるからね。これは精神を保護する目的もあるから必要なことだということで、受け入れて欲しい)

(もちろんです、先生。理解もしています)

 

私の失言を聞かなかったことにしてくれたことの感謝と、聞き流されたというもどかしさが混ざりあってこそばゆいような思いをしていた。

先生は、私の返答を聞くと魔術を構築していく。私は身体を意識ごと引っ張り出されるような感覚の後自分の姿を俯瞰して見ていた。

 

私の身体の先生が魔術書を手に、くるりとこちらを向くと、意識はそこで完全に途絶えた―――。

 

 

ーAnother View Endー

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。