せかんどらいふ   作:にゃー1

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11 下準備と魔女のはからい

 

それはまるで山の天候のように突然の変化だった。

あの魔女と呼ばれる少女と出会った翌日のこと、教室内に入った自分を取り囲むように数名の生徒達が群がった。一瞬身構えたが、敵意の類は感じられないので一先ず安堵した。

 

「リリーさん。私は噂のこと全然信じてないから!いつも図書館に通ってるの知ってたものっ」

「俺も噂とか別に信じてなかったからさ、いや、まじで。ヴァンさん頑張ってたんだよね」

「本当皆さー陰口とか酷いし~、私注意してたしね~。ヴァンさん気にしないでね~」

「・・・えっと、皆さんおはようございます」

 

『リリー(ヴァン)さん、おはようっ』

 

皆口々にリリーへの噂の否定や擁護をし、挙句の果てにこの挨拶の一斉唱和である。

訓練された新兵のようにハッキリと大きな声で・・・しかしその姿はまるで、獣に追いかけられ救いを求める小動物のようだった。

 

一体どういう心境の変化かと問い質しても、皆一様に初めからそう思っていたとの一点張りだった。

いつもの席に着くと、以前よりも綺麗にされた机が迎えてくれた。

何かしらが起きているのは確実だが、どうやらこちらにとって不都合なことではないらしい。

噂が早く収束してくれるのはリリーにとっても都合がいい。

 

教室を見渡すと、自分の目と睨みつけているようなロティアナの視線がぶつかる。

この変事はロティアナの方には不都合極まる自体だということだろう。

ロティアナはこちらから視線を外し、授業が始まるのを大人しく待つようで殊更に事を構える気は無い様子だった。

 

「授業を始めるぞ、立っている者は席に着け」

 

教室に入ってきた教師は、最近掴まらなかったロハルドだった。

漸く色々なことが好転してきたようだった。

 

授業を終えて直ぐ自分はロハルドの元へと向かう。

教室内で引き留めれば何かと目立つ、それならばとロハルドが廊下に出て職員室に向かう後をつける。特に相手に気づかれてはいけないと気を使うことはない。

こちらとしては人のいないところでロハルドと接触することが目的なのだから。

 

ロハルドは教室を出てからずっと続く自分を追う足音に気づき、振り返る。

こちらの姿に少し目を見開き、眼鏡のブリッジを押し上げた。

 

「ヴァン。どうした、何か質問でも?」

「はい、ロハルド教諭」

「ふむ、ならば次からは授業中に質問を募った時にしなさい。で、何が分からなかったんだ?」

「ロハルド教諭が何故私を疑っていないのかについてです」

「―――・・・」

 

ロハルドはこちらの言葉に少し眉をひそめ、周りをさり気なく見渡すと場所を変えようと言い放った。ちなみに教師達を教諭と呼ぶのはリリーからのお願いだった。何かしら彼女なりの思い入れがあるのだろう。

 

空き教室に案内され、ロハルドは教室の扉を閉め、少し奥に入ると壁に背を押し当てもたれかかる。

オールバックにした金髪を撫で付け、こちらに鋭い眼光を向ける。

 

「さて、続きを聞こうか。ヴァン、私が君を疑っていないというのはどういうことかね」

「教諭の試験内容は新たな魔術開発におけるその工程と構築。でしたよね。これは基礎理論、応用その他、魔術の知識が相応に無いと点を取るのは難しい。にも関わらず、高得点を出した私に貴方自身は一切不正を発言することがなかった」

 

自分が話を切り出し始めると、ロハルドは少しだけその表情を優秀な生徒を褒めるような柔らかなものに変える。

 

「このような事態が広がったにも関わらず、教諭は自身のことに関して疑問を持たない。それは教諭自身が精神魔術についての真理を収めているからだと思いました。あれは相手に何の痕跡も残さずやってのけられる程万能な魔術ではない。ですよね?」

「その通りだ。そんな魔術が万能なら国などあってないようなものだ。いつでも滅ぼされる」

「それでも教諭は、その論理を呈することなくご自分の存在を潜伏させました。これは私の想像ですが教諭はどなたかに指示されたのではないでしょうか。この件の真実を暴くことを、そしてこれに繋がる以前からある問題についても」

 

ロハルドは見開いた目を閉じ、眼鏡を押し上げ短い溜息を吐いた。

以前からある問題というのは教師の買収である。これはロティアナの過去視で分かったことだが、彼女の家は貴族という権威と金で教師を買収し、成績を底上げしていた。

 

「・・・聡いな。君がこれ程に聡慧(そうけい)とは思っていなかった」

「教諭は見る目がありませんね。この子(わたし)の本質は叡智を求める賢者ですよ」

「フッ、そこまでいう自己慢心ならば、苦言すら出てこないな」

 

こちらの言葉に、呆れるでもなく少し楽しそうにロハルドは笑った。

 

「・・・ふぅ、確かに私はこの件の調査を命じられた。ただ魔術による操作を証明というのはその瞬間か、呪詛をその魔術行使した人物だけに確認できるという特定の条件下によるものだけだ・・・。ましてや、魔術による操作をしていないという証明など―――不可能だ」

「ですから教諭は身辺の調査を重視した。ですが、有力な情報は得られなかった。でしょう?」

 

ロハルドは自分の事情と情報を開示し、こちらの補足に顔を少し苦々しく歪めて短く頷いた。

流石に金と権力を持っている貴族相手では身辺をいくら調査しても埃は出にくいだろう。

 

「では教諭に一つ、若輩からの進言を。人は権力に弱いですが、もし助力を求められた時、その権力者に対し自分の身の保証、保険を掛けたがる、切り捨てられないように」

 

世界が変わっても、人間の本質は変わらない。前の人生で出会った腹黒い狸達も権力者に媚を売ってはどうにか自分も甘い汁を吸おうとする。取り入る際にはどんなリスクも厭わない、だがその後には危ない橋を持ちかけられると尻尾を切られるのではないかと不安に苛まれる。

 

「それが契約、形に残るものなら契約書を求めるでしょうね。ですが悪事ともなれば相手方も形に残るものは忌避するのが当然、ならどうするか、普通の人なら相手方に気づかれないように証拠を握るでしょう。ですが魔術師ともなれば、そして・・・特に女性ならば比較的簡単に得られる保険があるのではないでしょうか?」

「―――っ!・・・肉体を使った魔術契約・・・っ。確かにそれなら証拠にもなり得る」

 

とかく権力と金を持った狸は女性で身を滅ぼすことが多い。世界が変わってもそこは変わらないのかもしれない。この魔術契約は他者と交わることにより、お互いを強制力で結びつける。それは書面の契約などでは得ることは出来ない絶対的な信頼性を生む。もし裏切れば、全ての真実を強制的に裏切った方が暴露してしまうのだ。それによりそれは連鎖し、互いを滅ぼし合うことになる。

 

前の世界でもサバトなどは悪魔を模した男女の肉体的接触、つまり性交などを行い儀式と成していたものでもあった。そしてまた、この世界の魔術でも肉体を使い行うものは多く存在した。

 

「少しはお役に立てましたか?」

「ああ、もちろんだ。身体に刻んだ魔術ならば触れさえすれば感知も出来る・・・」

「では、一つお願いを聞いてもらっても構わないでしょうか?」

「何だ、出来ることなら聞こう」

 

ロハルドの先程までの難しい顔は鳴りを潜め、糸口が掴めたことによる安堵の表情で続きを促す。

自分はこの先のことを見据えて告げる。願わくばこの子の未来が続くように。

 

「絶対にこの子(わたし)の処分を阻止してくださいね」

 

告げた願いは単純で、ロハルドにはこちらの無実を証明しろとしか聞こえないものだった。

ただ、こちらの声音に何か思う所でもあったのか、彼は不思議そうに瞬きをしてそれから自嘲するように短く息を吹く。そして口角を上げ、ニヤリと頼もしげに笑って言った。

 

「・・・いいだろう」

 

 

 

ーAnother Viewー

魔術図書館のカウンターの奥には乱雑に置かれた書類に埋もれた司書室がある。

私はその司書室の大きめの机に身を預けるように椅子に座っていた。

ここには、余り人が来ない。というか図書館自体に余り人が来ないのだ。私としてはもっと皆に書に触れて欲しいと願っているのだが芳しくはない。

ガチャリという音がし、私が顔を上げると司書室の扉を開く人物の顔が覗いた。

無愛想な顔をいつもしている私の直属の部下、ロハルド・クライン・ベルガモットだった。

 

私の所属している魔術師連盟には魔術師を監査監督する機関が存在し、私はそこの魔術師監査官という肩書を持っていた。ちなみにロハルド君の肩書には補佐が付く。

 

「あら、ご苦労様~。首尾はどうかしら?」

「身辺調査は空振りでした。ですが、証拠は掴めるかもしれません。例のリリー・ヴァンの助言のおかげですが」

 

彼は直ぐに進捗状況の報告を始める。真面目だが、柔軟性に欠けていると私は常々思っている。

なんと今回はリリーちゃんに助言を貰ってやっと事が動きそうだなんて、溜息が出そうになる。

 

「へぇ~・・・リリーちゃんの。面白い子よねぇ、ああいう子大好きよ」

「面白いというよりは、聡慧すぎて恐ろしくも感じますが」

 

彼のリリーちゃんの印象は私の持っているものと違いすぎて首を傾げてしまう。

彼女の処分内容が決定した日、図書館に訪れた彼女は暫くして声を上げて泣き出してしまった。

私は事情を知っていたが立場上、彼女を慰めることが出来ず歯痒い思いをしたものだ。

 

「恐ろしいなんて酷いわぁ、とっても傷つきやすい繊細な子なのに。こないだ禁書を貸したときもね、いつも読書してる所でわんわん泣いてたのよ。可哀想だったわ~」

「―――・・・」

 

私の言葉に彼は目を剥き出し、顔面蒼白の様相で息を呑んだ。

 

「ティマイアス様!?禁書を貸し出すなんて!!魔術師連盟に知られればただでは済まないのですよ!?」

 

ロハルド君は偽名にしている愛称のほうではなく本名のほうで呼んだ。一杯一杯になって余裕のない証拠だ。こういう所から改善して欲しい。

知られればただじゃ済まないなら、そんなものバレなければ良いだけに決まっている。

 

「だって~リリーちゃん傷ついてたのよ?もうすっごく泣いてたのよ?ちょっとした無理なら聞いてあげたくなったんだもん」

「ちょっとした、なんてものじゃないでしょう!あれは閲覧するものではなく、封印されているということティマイアス様も重々承知のはずですよね!?」

「だから~全然危険じゃないやつを1冊だけ貸しただけよぉ・・・そんなに怒らなくてもいいじゃない~」

「~~~~っ!!」

 

ただまぁ、ロハルド君の声にならない嘆きは見ものだった。

 

 

ーAnother View Endー

 

 

放課後を迎えてから暫く。食堂で軽く食事を摂り、近くにいたメイドに少しばかり質問した。

1時間ほどの時間を費やした後、少し大きめのランチバスケットを腕に掛け食堂を後にする。

 

向かった先は主以外は近づかないと言われた魔女の庭園だった。

 

中庭あたりからは季節が関係ないほどに魔術で気温を管理されており、庭園に近づくと春のように麗らかな暖かさを感じる。

バラのヘッジに囲まれた入り口を抜けると、陽光に照らされた花々の中でベンチに腰を下ろしページを捲る美しい少女の姿があった。

こちらの足音に気がついた少女は落としていた視線を上げ、にこりと微笑んだ。

 

「来てくれたのね、リリー。とっても嬉しいわ」

「はい、約束したじゃないですか。それに私もフィーナとお話するのが楽しみでした」

「まぁ、リリーはお世辞も上手ね。所でその荷物はどうしたの?」

 

フィーナは読みかけの本を他所にやり、こちらの腕に掛けたランチバスケットに視線を移して問いかける。

 

「庭園といえばお茶会というのが私のイメージで・・・よかったら一緒にどうでしょうか?」

 

これは本当に本音で、西洋の庭園といえば貴族達のお茶会・・・そのようなイメージが自分の中にはあった。この世界ではこういう慣わしはあるのかどうかは分からないが、断られれば引き下がればいいだけだと思い決行した次第だ。

 

「ふふ、この庭でお茶会なんて初めてよ。リリー、私とても楽しみだわ」

「良かったです。勝手がわからないので了承も得ず、断られるかもと思ってもいたもので」

「まさか。こんなに楽しそうな催し断る理由がないもの」

「それでは準備しますね、テーブルがないのでベンチで申し訳ないですけど」

「ええ、構わないわ。貴族の流儀なんて気にすることないもの。ここには貴方と私しかいないのだから、でしょう?」

 

フィーナはそう言ってベンチから立ち上がり場所を譲る。中央あたりにバスケットからクロスを取り出し敷くと、そこにスコーンの盛り付けられた皿と、カップを2つ添えた。

水筒に入れられた紅茶をカップに注ぎ、簡素なお茶会の出来上がりとなった。

 

ベンチの中央に置かれたお茶を挟み、両端に二人で腰を下ろす。

 

「どうぞ、フィーナ。簡単なものですけど、楽しんでくれれば幸いです」

「大丈夫よ。もう今の時点でとても楽しいの、私」

 

フィーナはカップを手に取り、紅茶に口をつけ喉を潤すと、ここで飲む紅茶は格別ねと笑った。

自分も紅茶に手を出し一口飲む、彼女はスコーンに手を伸ばし上品に口をつけた。

 

「ん、美味しいわ。紅茶によく合うわね」

「良かった、それ私が作ったんです。メイドに聞くと用意するとのことでしたので、作り方を教わりながら・・・味見はしたんですが口に合うかは不安でしたから」

「貴方が作ったの?・・・どうしてそんな面倒なことを、メイドに任せれば良かったじゃない?」

「フィーナに何か出来ないかと思いまして、お礼も兼ねて手作りのお菓子はどうかと」

 

この突然の変事に、この少女が関わっているのは間違いないだろう。皆が恐れる魔女が何か口添えともなれば、あの生徒達の豹変ぶりも頷ける。

ただ、素直に言っても彼女は何も受け取らないだろうとも思っていた。

 

「・・・お礼?私、貴方に何かした覚えはないけれど?」

「こんなに素敵な場所に招き入れてくれた、そのお礼ですよ。フィーナ」

 

だからこそ、もう一つの理由で彼女に対する感謝を伝えることにしたのだった。

 

「・・・そう。だったらその気持ち受け取るわ。どう致しまして、リリー」

「はい」

 

フィーナはその長く細い睫毛を揺らし、瞳を隠すと、口元に柔らかな笑みを浮かべた。

 

「ねぇ、リリー。私に何か頼み事はないかしら?こんなに楽しい気持ちにしてくれたリリーに何かしてあげたいと思ったわ」

「頼み事ですか?・・・そうですね、じゃあまたこうやって私とお話してください」

 

頼み事と言われても、フィーナが裏で何かしてくれたお陰で噂の収束もしたし、充分過ぎるほどの助力を貰っている。であれば、自分が望むことはまた彼女とこうやって穏やかに話すくらいだった。

 

「・・・――――ええ、もちろんよ」

 

彼女の声音は天使の歌声のように優しく響いた。

 

 

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