せかんどらいふ   作:にゃー1

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序章
一回目の終わり


 

 

自分の人生は普通だったと思う。

 

いや、許容範囲内では不幸とも言われるかも知れないが、自分では満足というのも妙だが他人を妬み嫉むほど不満を抱えたことはない。

 

 

つまりは面白味のない実に単調で変化の乏しい人生(もの)だった。

 

 

そしてその、誰が見聞きしようともつまらないだろう三十年の人生は唐突に、実に呆気無く終わりを告げた。

 

「大…夫です…!……前は分か…ますか!」

 

大丈夫な訳がない、体が痛くて耳鳴りが酷い…もうどこが無事なのか分からない程度には体中が悲鳴を上げているようだ。

こちらに向かって必死に声をかけている救急隊員の質問には、どうやら答えられそうもなかった。

 

交通事故。

 

予期しないことは稀に起こるもので、きっと()()()()()()()自分は今も生きていた。

仕事帰りにコンビニで飲み物を買い、細い路地を営業で疲れ気味の足を引き摺るようにゆっくりと歩く。

今日は営業先からの直帰が許されていた。そのため、まだ日が落ちるのが遅い秋の始め季節もあってか夕日が眩しい。

日中はまだまだ真夏を感じさせる気温だが、この時間帯からはスーツの上着を脱ぎ腕にかけ、ネクタイを緩めると吹き抜ける風に秋を感じることができた。

 

前方からトラックが走っていた。こんな細い路地を通るにはスピードが出ている。

ただ、危機感を感じるほどではない。細いとはいえ歩行者スペースもそれなりにある路地だ、自分から避けなければ危ないという道幅ではなかった。

 

次にボールが見えた。ピンク色のゴムボールだろうか、小さく跳ねては音を立てる。

自分の前方には小さい公園があるのを知っていた。そこから跳んできたボールだろう。

 

嫌な予感がした。心臓が掴まれたような緊張が走っている。

 

声が聞こえる、甲高い小さな男の子の声だ。もう、自分の足は走り出していた。

カバンやコンビニ袋にスーツの上着も放り出し、ボールを追いかける子供をなんとか捕まえる。

 

そうできれば最良だっただろう。結果はもう示されている。

間に合わなかったのだ。それでも最良ではなくとも最悪は避けられたと自負している。

男の子は無事だろう。間に合わないと分かった途端、自分はその子に飛びかかり突き飛ばした。

どこか打ち身や擦り傷は出来ただろうが、命が拾えたと思って我慢して欲しいところだ。

 

自分はその飛びかかった体勢のまま、ピンボールが打ち出されたように慣性に従って前方に跳ね飛ばされ、意識が途切れた。

 

次に意識が戻ったのは体中の激痛による刺激のせいだろうか、まだ自分が生きていると感じられた証拠だったがいいものでは決してない。

救急隊員の忙しない声、体を伝わる振動、サイレンの音。

耳鳴りの隙間に途切れ途切れ、入っては消える。

 

呼吸がうまく出来ない。肋骨が折れて肺に突き刺さっているんだろうか。

胃が異物を吐き出すように蠕動している。酸素マスクに真っ黒い血を吐いた。

 

きっと意識を手放せば、()はないだろう。

 

自分は別に自己犠牲精神で子供を救ったわけではない。正義感はあった。確かに、子供を目の前で見殺しには出来なほどには。

ただそれは、自分が”()()”に興味がないだけだった。

 

生きることに殊更興味がなく、ただ、自殺願望があるわけでもなく、只々…本当に生きているだけ。

自分の選んできた日常の延長線、それを別に否定したいわけじゃなく、日々に不満があるわけでもない。

 

この世界が、自分の生きている世界が”()()()()()”という事実(こと)以外は何の不満もなかった。

 

それは猛毒だった。

 

生きている世界(ばしょ)がつまらない、そんな中二病を患った子供のような思考は心を徐々に壊していった。

子供の頃はヒーローに憧れた。どこかに魔法使いもいると思っていた。中二病にもきっちりかかり、黒歴史ノートは高校卒業と同時に焼却した。

 

自分は当たり前の日常を受け入れた。いや、受け入れたつもりになっていたのだろう。

毒は心に回り切り、生きるという当たり前のことに興味をなくし、生きたいと思う当たり前の本能を奪っていった。

 

だったらこの結末は悪くないと思っていた。

両親には悪いことをしたとは思う。

恋人がいたことはなく、他人に興味もなく、かといってヲタク趣味に走るわけでもない。

 

ただ無感動に生きるだけの人間が一人いなくなるだけのこと。

 

それならばだ、最後くらい自分が思い描いたような格好のいい人間で幕を下ろすのだ。

 

途切れそうになる自分の意識を必死に堪えて言葉を紡ぐ。

 

「あ、の子・・・は?」

 

救急隊員が顔を耳元に近づけて悲痛にも取れるほどに叫んだ。

 

「…たの…ぉかげで!…ゃんと無事…したよ!!」

 

今にも消えそうになる意識の中、この痛みと気持ちの悪さに顔を(しか)めそうになるが、必死に口角を上げてみる。

 

「よ、かっ・・・た」

 

自分はうまく笑えていただろうか。

 

確認することは出来なかった。

 

 

 

 

 

 

結果的に言うと、次はあった。意識がゆっくりと水底から水面(みなも)に浮かび上がるように目が覚めた。

ただ、目が覚めるというのはこの場合あっているのかが疑問ではある。

何かが見えるわけではなく、体中を温かい液体で包まれた真っ暗な場所に居た。

 

液体に浸かっている感覚がするが息苦しさは感じなかった。

まず自分は死んだのだろうかという疑問もあった。右手を動かしてみると、ぐっと力を入れた方へ動いた。左手、両足ともに同様に問題なく意思通りに動いた。

 

そう痛みも感じることもなく五体満足で問題はない、体のサイズ以外は。

どう考えても今の体が自分のイメージの体と大きな齟齬(そご)を生じさせている。

 

少し混乱しかけていたところに、トクンと自分の心臓の鼓動が聞こえた。

 

さっきまで死んだのか、ここはどこか、死後の世界なのかと頭を回っていた思考はたったそれだけで一つの事実を告げてくれた。自分は生きているのだと。

現金なもので、先程まで焦りと混乱を抱えていた頭はすぐに冷静さを取り戻してくれた。

 

体はまるで小人にでもなったかのような短い手足、それを包むように液体で満たされている。それらを包むような膜のようなものが張っていて、イメージとしては繭の中だろう。

 

時折声のようなものが聞こえる。それはここではないのにすぐ近くから聞こえてきている気がした。

 

まさかとは思った。もしかしてここは胎内なのではと。

そして次に愕然とした。

自分は自分が誰なのかを、どうやって生きて、どうやって死んだのかを覚えているということに。

 

 

 

 

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