せかんどらいふ   作:にゃー1

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25 いってらっしゃい

 

 

ーAnother Viewー

 

作成した書類を転送魔術でフォンリシュタインへと送り、私はアカデミー内の職員寮でのんびりと午後のティータイムを満喫していた。

実際、誰が見てもこんな人間いるわけないだろ、と、非難轟々の嵐を受けるような内容だ。返事など数日以上掛かるはずだと見込んでいた私に、フォンリシュタインからの通信の魔術が届いた。

 

作業机にまとめてある幾つかの魔石(ジェム)の一つが小さな光を放ち、魔術円を描く。それはフォンリシュタインと連絡を取るために用意してある魔石(ジェム)だった。

構築された通信魔術により、相手側の映像が投影され――――。

 

「お、お、大叔母様ーーー!?うぁっちょ!?―――いたたっ!!ちょ、お待ちを!?」

 

私は大慌てで、作業机へと向かったためテーブルで足をぶつけ、紅茶を零し、躓いた。

何とか落ち着き作業机の魔石(ジェム)の青い光を自分に当て、深呼吸を一つ、通信が開始される―――。

 

「久しぶりね、ティミー。息災だったかい?」

「は、はひ!大叔母様もご壮健なご様子で何よりですっ!!」

 

大叔母は長い白髪をシニヨンで纏めており、目立たない程度の小皺しかない目鼻立ちの整った小顔にある金色の瞳は威厳と畏怖を備えていた。

女王のために誂えられたドレスは豪奢でとても60を超える老女とは思えない程似合っている。

 

「ふふ、ここは私の自室だよ。畏まらなくてもよい、私一人さ」

「いえ!はい!じゃ、なくてっ!?如何されましたか・・・?」

「あぁ、ティミーの送ってきた報告書と推薦状に目を通したからね、その返事をと思ったのだよ。―――確かにこの報告通りの子供ならばあの子の弟子に不足はないね・・・」

「・・・ですがその少年は聖名(エルマ)を頂いてるとは言え、ただの平民ですよ?親戚連中が何というか、想像に難くないです」

 

指で眉間を押さえるように軽く揉む大叔母を見て、私もどうしたものかと頬を指で一掻きした。

魔術師の弟子というのは、実際そんなに簡単なものではないのだ。

その魔術師の叡智を全て受け取る事になる。秘匿されるべき、書に記されることのないものまでだ。

それは血縁よりも重要なものになり、延いては権威にすら影響を及ぼす―――。

 

大叔母の弟子にしてもフィーンアリアを除いて2名いるが、どちらも王族の血縁者から選ばれている。そしてそのどちらもが宰相と大臣という重要な国政を任される地位に就いているのだ。

 

何よりもそのフィーンアリアは魔女の称号を継いだ、王位継承権第一位の王女なのだ。その弟子の重要性は言わずもがなだろう―――。王族の誰もが彼女に擦り寄り、媚を売り、何とか弟子に納まろうとする中に、何処の馬の骨とも知れない平民の子供を弟子にすればどうなるか、想像もしたくない。

 

「少なくとも、ヴェイデリム家は黙っていないだろうね。・・・まぁそれはあの子が蒔いた種、自分で刈り取らせるべきものだよ。何より勝手に弟子にされるよりは幾分ましさ、こうして魔術連盟の推薦状を王家に送り、正規の手段を使っている所は評価してるよ・・・少しは大人になったということかな、ふふふ」

「・・・そうなんでしょうかね?どうにも相手に渋られてという感が否めないのですが・・・」

「ふむ、確かにわざわざ王家からの依頼状を用意させるなど、あの子にしてはあり得ないことか」

 

大叔母が下顎に握り込んだ人差し指を当て、考え込むような仕草をする。

しかし、大叔母は一体どうするつもりなのか、まさかフィーンアリアの願いを受け入れるつもりなのだろうか。私は恐る恐る問いかける。

 

「大叔母様、まさかとは思いますが、フィーンアリアさんの願い聞き届けるお積もりなのですか?」

「ふふ、そうだよ?今更何を言っても聞くような子ではないだろう?それにあの子にしては最低限の礼を尽くしたんだ、こちらが突っ撥ねるわけにはいかないよ。そうだろう?」

「そそそ、そんな!?良いんですか!?それこそ内乱が起こってもおかしくないんですよ!?」

「私は正規の手順で来た推薦状を認めるだけ、それ以外にあの子を手助けする気はないよ」

「――――・・・、私も危ないんですけどぉ・・・」

「ははははは、君の保身は目を見張るものがあるじゃないか、でなければあの子に付いてアカデミーを卒業させるなど出来るはずもなかっただろうね?」

「勝手に過大評価されてもこちらとしては困るだけです・・・分かりました、では大叔母様はあの子の言う通りにすると仰るのですね・・・?」

「そう取ってもらって結構。直ぐにでも私の直筆の手紙をそちらに送ろう」

「――――私は、知りませんからね?危なくなればフィーンアリアさんを切ることだって厭いませんよ、大叔母様」

「構わないよ、これはあの子の我儘さ。ティミーが付き合う義理もないだろう。ふふ、それではな」

 

大叔母様が通信を終了し、投影された映像が消えるのを待って大きく息を吐く。

――――保身は目を見張る・・・ですかぁ。こちらだってただで巻き込まれてやる義理は爪の先程もないのですよねぇ。さてと、雲隠れの準備は整えておきましょうかねぇ・・・。

 

私はこれから起こるであろう争いから自分だけは逃れられる算段をつけるために思案する。

流石にフィーンアリアと心中する義理など私にはどこにもないのだから―――。

 

 

ーAnother View Endー

 

 

 

フィーナと再会してから数日、我が家にフォンリシュタイン王国からの王印で封蝋された手紙が届いた。最初に受け取った母などは何事かと狼狽え、父の帰りを待って封を開けることになった。

父の帰りを迎え、皆でリビングのテーブルを囲み、腰を下ろした所で父が口を開いた。

 

「フォンリシュタインって魔術王国だったよなぁ・・・なんでまたそんな所から手紙が届くんだ?ウチ宛に・・・っと、よし。じゃあ俺が読むけどいいのか?」

「ええ、お願いよ。私何が何だか分からないもの・・・イリスちゃんも心当たりがないみたいだし」

「・・・はい。私の家とフォンリシュタイン国とで親交があったとは聞いたことがないですね」

 

父が封蝋を外し、手紙を取り出して目を通し始める――――。

手紙の文書を追う最中に、ちらりとこちらを見遣り、再び手紙に視線を落とした瞬間に僕はこれが何なのかを推測出来てしまった。

なるほど、真っ当なやり方だ―――、だが、僕の両親が断ることの出来ないよう外堀を埋める狡猾で自分の使えるものを全て出しつくすような、フィーナらしからぬやり方だとも思った。

 

「―――なぁ、イツキ。ホウタル山でギルドの人達を助けて魔術を使ったのか?」

「・・・うん、使ったよ」

「そうか、そのだな―――その経緯(いきさつ)を知ったフォンリシュタインの王族の魔術師が、お前を弟子に迎えたいんだそうだ・・・」

「い、イツァール!?ど、どういうこと!?何でイツキを―――、ちょっと私にも見せて!」

 

王族―――そういうことか、フィーナが自分の名を全て言わない理由はここにあったのかと納得しつつ、魔術アカデミーでのフィーナに対する皆の態度にも合点がいった。

ただ力が強い狂人ではあそこまで恐れられるはずもない、彼女にはそういう後ろ盾があったからこそ恐怖の対象として君臨していたのだろう。

 

「天使様・・・ギルドの人達には内緒にするよう仰ったのでは・・・裏切られたのでしょうか」

 

隣りに座っていたイリスが僕に耳打ちをするように囁く。

裏切るとは大げさだが、これがフィーナ個人で動いているのではないと仮定すれば分からなくもない展開ではあった。

 

「イリスがもし僕に内緒にしていてと言われたことで、それを話せば僕にとても利益があることがあったとして、話さなければ僕に不利益が生じるとしたらどうする?」

「―――――・・・そ、それは・・・その・・・わ、私は、判断できません・・・」

「まぁ、つまりはそういう事が起こったということかも知れないって話だよ・・・」

 

それを裏付けるようにギルド協会から何の音沙汰もないということは、彼らが僕を秘密にしてくれていたということなのだから。

 

母の少し青ざめた表情を見つめながら、ぎゅっと胸を締め付けられる感覚に囚われる―――。

そう、もうこれは僕が断らない限り、両親にはどうすることも出来ない状況を作り出されたのだ。

 

 

――――流石にここまでやるとは僕にも予想出来なかったよ・・・フィーナ・・・。

 

 

「い、イツキ・・・、イツキはどうしたい・・・?あのね、偉い人が―――その、イツキを弟子にしたいんだって・・・きっとね、お家を出てその人に付いていかなきゃいけないと思うの。そ、そんなの困っちゃうよね?だってイツキはまだ・・・まだ・・・子供だもの。嫌だよね?・・・ね?」

「エリーンっ!・・・そんな言い方、するな・・・」

「なに、が?何がよっ!?――――っ!」

 

取り乱しそうになる母を頭から抱きすくめるようにして父が宥める。

 

「いつかはイツキもここを出て行く日が来る。・・・それを決めるのは俺達じゃない・・・そうだろ・・・そうだろっ、エリーン・・・」

「――――・・・そん、なの、分かって、る。でも、それはずっと先の、話で・・・こんな突然なんて、そんなの、納得出来ない。出来る、わけ、ない」

 

母が紡ぐ震える声が胸を締め付ける。――――でも、だけど、ごめん――――。ごめんね母さん。

これは僕が決めたことなんだ。悲しませることになってごめんね。それでも僕はいつかこの家を出て世界を見て回りたいと望んだ―――。だからこそ、ずっと僕を探してくれたフィーナと行くよ。

 

でも、僕が帰る場所はここだよ―――。

この家が、母さん、父さん。貴方達が――――僕の帰る場所なんだ・・・。

 

「母さん、父さん。僕はこの誘いを受けようと思う」

 

悲鳴にも似た、短くも甲高い引き攣った声、それは父のものだったか母のものだったか・・・。

父に抱きしめられたまま、母は涙声で笑うように言う。

 

「そ、そっか。う、うん。イツキがそう決めた・・・なら。母さん応援、するね」

「ああ、イツキ、お前が決めたことなら・・・俺達は応援するだけだ」

「――――・・・ありがとう、母さん、父さん・・・」

 

僕はそれだけ言うと自室へと向かうことにする、その後を追従するようにイリスが付いて歩き、階段を上がる頃に口を開いた。

 

「天使様、宜しかったのですか?・・・その、私は貴方様の選択に付き従う覚悟です。ですが・・・ご両親は――――・・・済みません、出過ぎた真似でした」

「これは僕が決めたことだよ。だから、この痛みも僕が受けるべきものだ―――」

 

イリスは僕の言葉に、ただ短く返事を返し、自室へと引き下がっていった。

僕は自室へと入り、扉を閉めると大きく息を吐いた―――。

 

胃がキリキリと痛い、両親の想いを優先したくなる。だが、この先ずっと繰り返すのか、と・・・いつまで待てばいい?いつまでも待ってここで骨を埋めるのか?それは違うだろう?僕が願った望んだことはなんだ――――なら、行こう・・・世界を見に行こう――――。

 

 

 

それから数日後、今度は魔術連盟からの手紙が届く――――。

この話を受けるか否か、一週間後に返答を聞きに来ると。受けるのであれば、一週間内で準備整えていて欲しいとの旨が書かれてあった。

つまり、返答後、受けるならばそのまま連れて行くということになるのだろう。

 

僕はその一週間を準備と、お世話になった人への挨拶に充てることにした。

ルキスラや、ファナ、ファナの両親、イリスの両親に、エノア・・・その誰もが一様に寂しそうに祝福してくれた。ファナに至っては大泣きしてしまったが、最後には頑張ってと応援してくれた。

エノアは僕に今までの貯金を押し付け、何があるか分からないのですから持っていってくださいと反論すら挟ませずに手に取らせた。

イリスの両親はイリスをよろしく頼むと、困ったことがあればいつでも言いなさいと言ってくれた。

ファナの両親は帰ってきたら絶対にウチに寄ってくれと、たまには連絡を寄越してくれと・・・。

ルキスラはここが君の故郷なんだからいつでも帰ってきなさいと――――。

 

そのどれもが僕にとって温かく、心に響く。

 

ここで僕は生まれたんだと強く思えた・・・ここが僕の故郷なんだと――――。

 

 

 

そして、一週間を経て彼女が訪れる―――――。

豪奢な馬車から二人のメイドに手を引かれ降りてくるのは、綺羅びやかなドレスに身を包んだどこからどう見てもお姫様にしか見えないフィーナ。

そして、僕にとっては懐かしくも意外な人物であるティミー司書官だった。

 

4人を家の中へと招き、フィーナに椅子を勧める。メイド二人は腰を下ろしたフィーナに寄り添うように傍に控え、僕らがフィーナの前で跪くのを待って、ティミー司書官が口を開いた。

 

「初めまして、私は魔術連盟魔術監査官ティマイアス・アドケニア・グラインドレスと申します。今回のイツキ・カミシロ君の推薦状を作成させて頂きました」

 

なるほど、と思う。彼女は司書官という役職を隠れ蓑にしていたのだろう。ロハルドの直属の上司というのはティマイアスのことだったのかと理解した。

 

「そして、こちらがフォンリシュタイン王国、王位継承権第一位にして、魔術師の頂点を冠する魔女の称号を持つ―――フィーンアリア・グロリス・フォン・ローゼンタイン王女で御座います」

 

フィーナは真っ白なドレスグローブをした手を軽く組み、膝の上に置き、誰もが見惚れるような微笑みを浮かべた。

 

「この度フィーンアリア王女から是非ともイツキ君を弟子にしたいとのこと、その返答を伺いにやって参りました。―――さて、イツキ・カミシロ君返答は如何に?聞かせて頂けますか」

 

僕は頭を垂れたままに、その問に応じるために答える――――。

 

「―――身に余る光栄、確とお受けさせて頂きます」

 

顔を上げ、フィーナに視線を遣ると本当に嬉しそうな笑顔を浮かべて小さく手を振った。

 

「宜しい、ではこの度の師弟の結びをティマイアス・アドケニア・グラインドレスが見届けたこと、ここに宣言致します――――良き縁であれっ!」

 

ティマイアスがそう締めくくり、師弟の結びが終了した――――。

 

家を後にする前にフィーナは僕の両親に近寄ると、柔らかな表情で優しく告げた。

 

「良く、このように立派な子を育てました。この先何があろうとも、私が責任を持って一流以上の魔術師とすることを女神に誓いましょう―――ご安心なさいませ・・・」

「あ、あぁ―――よ、よろしくお願いします・・・っイツキをどうか・・・どうか―――」

「・・・王女様、どうかよろしくお願いします。イツキは俺達の・・・大切な宝です」

「―――・・・、ええご安心を。きっと、ご期待に添いましょう」

 

そう言って踵を返すフィーナにイリスが前に回り込み跪き、声を上げる。

 

「お、王女殿下!私はユライリス・フォートリア・クレイスト。イツキ・カミシロ様を天使様と仰ぎ騎士を務める者で御座います!―――どうか私を天使様と共にいさせてくださいませ!私は犬小屋だろうと厭いません!!天使様をお守りすることこそが我が本懐でありますれば!」

 

イリスの言葉にフィーナは僕をジト目で睨みつつ、招くように手を動かした。

僕はその招きに応じ、フィーナの傍に寄ると、彼女は僕の耳元で囁く様に声を出した。

 

「これは一体何なのかしら?イツキ・・・?説明してもらえるのよね?」

「説明する必要あるの?フィーナは事前に情報収集してると思ったのだけど?」

「ふふ、言うじゃないイツキ。確かに知っていたわコレの存在はね?さてどうしましょうか?」

「良ければ、一緒に連れて行って欲しい、きっと納得せず付いて回るだけだろうし・・・」

「――――・・・」

 

フィーナは僕の頬を両手で押さえ自分の顔に近付ける。その唇さえ合わせられそうな距離に戸惑い、顔を赤らめてしまう。

それを満足そうに見つめ、今度は僕の首を掴んだと思ったらイリスの面前へと近付けた。

何を勘違いしたのか、イリスが唇をタコのようにして口付けをねだる姿を見てげんなりとしてしまった。フィーナはその姿を一部始終を眺め、納得したように僕から手を離した。

 

「いいでしょう、ワン子。貴方も付いてくることを認めましょう」

「え!?ワン子!?そ、その名前は何ですか!?」

「貴方が自分で言ったのでしょう犬小屋でもいいと。でも安心なさい、私の工房は手狭ではなくてね。ワン子の一人や二人程度の部屋を用意することなんて造作もないの。だから残念だけど犬小屋を作る気はないわね。それでも良いならどうぞ付いて来なさいな?」

「―――あ、ありがとう、ござい、ます・・・」

 

釈然としない様子でイリスは礼を述べる。それを見て、フィーナが二人のメイドに指示を飛ばした。

 

「リズ、アリス。二人の荷物を運びなさい」

『かしこまりました』

 

リズとアリスと呼ばれた二人はフィーナに一礼すると瀟洒な所作で僕らの荷物を運び出す。

それに慌てたようにイリスが手伝います、と手を貸しながら馬車へと向かっていった。

 

それを追うでもなく、ゆっくりとした足取りで玄関を出た僕らは、玄関より少し先辺りで足を止めた両親を振り返って見遣る。

 

「―――イツキ、ちゃんと思い残すことの無いように・・・してきなさいな?」

「・・・うん、そうだね。ありがとう、フィーナ」

「・・・礼なんて言わないで、あの人達から貴方を奪ったのは私なのだから・・・」

 

そう言い残すとフィーナは振り返ること無く馬車へと向かい歩みを進めていった。

 

 

僕は両親に向かって振り返り、ゆっくりとした足取りで近付いた・・・――――。

 

 

 

 

ーAnother Viewー

 

イツキが私達に近付いてくるのを見て、これがお別れなのだろうと感じた。

エプロンをぎゅっと握り締め、私は精一杯の笑顔を浮かべる。

 

「母さん、父さん・・・えっと、はは、何だろう・・・何て言えばいいか・・・分からないや・・・僕が、もっと普通だったら、もっと一緒に・・・いられたかも知れないね、ごめんね」

 

私は可笑しくて笑ってしまう。イツキがこんなに狼狽えてる姿なんて見たことがなかったからだろうか?

 

「馬鹿ね、イツキ。普通なんてないのよ―――。イツキがどんな子でもね。親にとって自分の子供は特別なの・・・あなたは、母さんにとって特別なのよ――――イツキ・・・」

「―――母さん・・・」

 

あなたが笑顔になるだけで私はとても嬉しいの―――。

 

あなたが元気でいるだけで私はとても元気でいられるの――――。

 

あなたが悲しそうなだけで私はとても心配になるの――――。

 

宝物・・・あなたは私達の宝物。大事な大切な愛しい愛しい愛息子―――。

 

だからね?母親(わたし)は強がらないといけないの。

あなたが心配しないように、あなたが悲しまないように―――――強くあらなければならないの。

 

「全く、何て顔してるのよ、イツキ!立派な門出の日なのよ?胸を張りなさい!」

「――――うん、そうだね。母さん体に気をつけてね。父さんも怪我しないようにね」

「ええ」

「おう」

 

私達の短くも気持ちを込めた返事を聞き、イツキは背を向けた。

 

「―――――いってきます。母さん、父さん」

 

『いってらっしゃい』

 

私達の返事を切っ掛けにイツキは確かな足取りでどんどんと離れていく・・・ここから―――。

引き止めようとする手を咄嗟にもう一方の手で押さえる。

本当は嫌で嫌で仕方がない。

イツキが私達から離れて暮らすなんて耐えられない。

 

それでも、それがイツキの望んだことならば私はそれを認めてあげなくては―――。

 

 

 

だって・・・私はあの子の母親なのだから・・・―――――。

 

 

 

イツキが馬車に乗り込み、出発する・・・。

どんどんと馬車が小さくなっていくのを手を振りながら見送り続ける――――。

 

いつから景色が滲んでいたのだろうか?イツキには気付かれなかっただろうか?

せめてもう少し、耐えて、堪えて・・・お願い――――。

 

もう、世界が滲みすぎて何がなんだか分からない・・・。

私はイツァールに問いかける。

 

「――――ねぇ、イツキはもう見えなくなった?」

「・・・ああ、もう大丈夫だよ」

「そ、っか・・・」

 

つぅ、と私の頬を流れる雫を感じた瞬間、堰を切ったようにぽろぽろと流れ落ちてゆく。

私は崩折れるように地面に膝を突いて声を上げた――――。

 

「あぁ・・・うぁああぁぁぁ―――あああぁぁぁぁあぁぁぁぁあああああああああぁ」

 

何で行ってしまうの?何で私達と一緒にいてくれないの?何で?どうして?

 

「あああああああぁぁあぁぁぁ、いつ、き・・・イツキ、イツキイツキイツキっ~~~~っ」

「・・・エリーンっ、よく、頑張っ、たな」

 

そう言いながら私の肩を抱くイツァールに縋り付くように泣き喚く私は何て情けないのだろう。

分かっていても、泣き声も涙も何一つ抑えることなど出来なかった・・・。

 

「ううああ、も、っと我儘言って、欲しかっ、たっ!!もっと、困らせ、て欲し、かったっ!!ひっく、――――――もっと・・・あの子、を・・・見守りたかった―――――」

 

全部全部全部全部――――私の我儘だ・・・。

 

知ってる。そんなことは分かっている、それでも望んでしまうのだ・・・。

 

「うぅ、ぐしゅ・・・ひっく、うぁああぁぁぁ・・・ひっく・・・」

 

ごめんね、ごめんねイツキ・・・。

情けないお母さんでごめんね・・・。

 

 

それでも私はあなたの望みを邪魔することだけは出来ないから――――。

ただの強がりでもいい、母さんはね、あなたの幸せが一番大事なの――――。

 

 

―――――だからね、あなたの旅立ちを祝福するわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

愛しい我が子(イツキ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

い っ て ら っ し ゃ い。

 

 

 

 

 

 

ーAnother View Endー

 

 

 

 




これにてトリティンから旅立ち王都へと舞台が移り変わります。
ここで2章は終了とさせて頂きます。

次はいつになるか未定です。

読んでいただいた沢山の方々には本当に感謝しています。
ありがとうございます。

にゃー1。
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