1 二回目の始まり
自分が死んでから体感では三日くらいだろうか、相変わらず温かな暗闇で、時折聞こえる声のみの世界。
つまりは胎内である。
前世の記憶を持って生まれる子供は稀にだが、ネットやニュースでも見かけたことはある。
ただ、それも眉唾ものなのではと疑いも同時に持っていたが、こうまで完全に記憶を持ち越すことなどありえるのだろうか。
その事実が自分が生まれ直していることに対して、一種の高揚感を感じさせていた。
当たり前から外れた、非日常に憧れ続けたことに対する報い。
自分の死が報われた気がしていた。
しかし、困ったことに突き当たった。
前世の記憶を持ち越したせいなのか、意識が普通に成人のバイオリズムで行き交うのである。
睡眠を行うのは約6時間、覚醒は実に18時間。
要は、暇を持て余していた。
そうなってしまえば、ボーっとしているのも苦痛であり、何かしらの暇を潰すものを見つけないとならない。
そこで、まず行ったのが外の音を聞くことだった。
神経を集中し、会話と
聞こえる声、音は当たり前だが、とても聞き取りづらい。
聴覚もまだ発達しきってないのもあるのだろうが、必死に集中していないと言葉として認識すら出来ない有様だった。
それでも数日をかけて、なんとか単語、単語を拾えるようになっていった。
そして、驚愕し、狂喜乱舞することになった。
自分が拾えた単語はそこまで多くはない、だが、この身を震撼させるほどの意味を持ったものだった。
最初に気づいたのは日本語というか、言語自体が自分が理解できることだった。
なのでここは日本なのかと位置付けた。
だが、徐々にそれは否定される。
ギルドの仕事、ジェム、魔術師、モンスター、しばらく討伐、カァリコ、愛してる、楽しみ、名前、イツァール、エリーン、ソードの調整、ティコリー、そして度々囁かれる”イツキ”。
イツキという単語は自分の名前なのだろうか。
そう思うと共に、歓喜と興奮が身をうち震わせる。
ギルド、魔術師、モンスター、討伐、ソードの調整。
当たり前の今までの世界ではないという事実、それが何よりもどんな幸運よりも心を震わせた。
当然のことだった。自分が憧れた、憧れ続けた”世界”が目の前に広がったのだから。
次に自分が行ったのは、精神集中だった。
魔術、魔法、違いが分かるほど、前世でそういったオカルト分野にはのめり込んでいなかった分、何を持ってして、ソレを行使できるかが分からなかった。
まぁ、前の世界の知識でそれらを理解できるかは
意識を覚醒させてから約十日、魔力のようなものを体感出来るようになった。
その時の感情はとても言い表せないもので、動き回れるのならば全力で走り回り、声が上げられたなら何の意味も持たない叫びや咆哮といったものを上げ続けただろう。
未だ魔術の行使は出来ないが、それは公式を使わず難解な数学の証明問題を解くようなものだろうと思い、深入りはやめることにした。実際、訳の分からない現象を起こしてその煽りを喰らう羽目になるのは勘弁してもらいたかった。
折角この夢のような世界に生まれ直した幸運を自ら手放す気はさらさらない。
ーAnother Viewー
「そろそろ夕飯の準備しようかしら?」
私は身重になった体をゆっくりと椅子から起こした。
開け放たれている窓からは心地の良い風が吹き込み、肩下まで伸びた髪を優しく撫でていく。
「ふぅ、早く三人でテーブルを囲みたいわね・・・ね?イツキ」
大きくなったお腹を優しく撫でながら、気が早いわよねと苦笑しながらキッチンに向かう。
夕飯の準備をあらかた進め終わる頃、玄関の扉が開く音が聞こえた。
「ただいま、エリーン。今日のクエストで倒した結構大物モンスターが良質な
「おかえりなさい、イツァール。ふふ、貴方もなのよね」
人懐っこい笑顔で、まくし立てるように話し出す夫に出迎えの挨拶をしながら、私はおかしそうに小さく笑う。
「ん?何がだい?」
「夫婦そろって、気が早いってことよ」
彼がバツが悪そうに後ろに手をまわし頭を掻いて、似た者夫婦ってやつかな、なんて呟いた。
調理の終わったものをお皿に移していると、手伝うよと彼がお皿をテーブルに持っていく。
「そろそろ予定日だったね。楽しみだな・・・俺達の息子に会えるの」
「ええ、そうね。もうすぐ会えるわよ・・・ね?イツキ」
「そうだ、この間知り合いになった魔術師がいるっていっただろう?そいつがさ、俺の息子が生まれるのを聞いて特性を見てくれるっていってたんだ」
「そうなの?でも私達って何の特性もなかったじゃない?」
私はテーブルに夕飯を揃え終わり、彼が引いてくれた椅子にありがとうといって座った。
「ま、特性なんてものはそうそう出るものじゃないからなぁ。親が特性を持ってたから子供が特性を持って生まれるなんてことはないからね、逆も然りなんだろうな」
「そうなのね、でも私は特性あるなしなんて別に気にしないわ。ただ健康で生まれてくれればそれで望むことなんてないもの」
「はは、確かにね。俺もそう思うよ」
彼と微笑み合うように顔を見合わせ、いただきますと、二人で夕食を食べ始めた。
ーAnother View Endー
意識が覚醒してから今日で二十日。魔力を体内に取り込みそれを制御するという地道な作業を飽きもせずやっていると、期せずして魔力の残滓のようなものを確認できるようになった。
これは、取り込んだ直後には絶対に発生せず、制御をし魔力を体内で移動させたりすることによって生じるものなのだろうと認識した。
これによって感じる体の虚脱感により推測すると、この魔力の残滓は言わばマイナスの魔力であり、これが体内に溜まりすぎると行動不能のような状態に陥る可能性が高い。
所謂、ゲームなどであるMP切れのような状態になるといったものだろうか。
そして、これは時間によって体内から徐々に抜けていく。
それらを実体験で学び取りつつ、魔力を取り込み制御する作業中に気づいたのは、その虚脱感を感じる間隔が徐々に大きくなっていっていることだった。
まだ魔術を学んだわけでもなく、独学の領域を出ないものではあるが、魔力を取り込み制御するその容量は上昇するということではないかと結びつけた。
成長を実感できるというのはモチベーションを維持するにあたって絶大な効果を
自分は今まで精神集中など中二病の時に少々やってみた程度だった。それも、特に何も起こらないのだから続けられるはずもない。
だが、この世界では違う。意味を持ち、結果を示される。これが普通は退屈や苦痛を感じられる行為であっても喜々として続けられる一端を担っていた。
胎内で目覚めて約一月程が経った。
精神集中と魔力の考察に没頭し続けた日々は、まさに食事や睡眠を忘れるさながら研究者のようであった。
そして、意識を持ったのが胎内であったのも僥倖の一言に尽きる。
食事は必要なく、疲れ切って意識を失うように眠ろうとも支障をきたすこともない。
まさに夢のような環境で黙々と修練を重ねられていた。
その結果、自分はまた一歩、魔力というものに関して掴めたものがあった。
魔力というのは普通は知覚できるものではない、これは魔術師や、常に魔力を行使する人が感じられるようになるものではないかと思う。
便宜上自分は、体内に取り込むほうを魔力、体内に泥のように残るそれを残滓と名付けている。
魔力は無色透明で、ところどころ光を受けたかのような輝きをもった無数の絹糸のようなイメージで、体内に取り込むとそれは様々な色に変化し糸を編み込みビロードのように光を波のように反射するものになるイメージ。
つまりはこの魔力の制御によって行われる無数の糸を編み込むという行為が、魔術の術式で魔力に指向性をもたせるプロセスになるのではないかと思考している。
次に残滓とは、イメージとしては黒い泥だろうか、コールタールを思い浮かべてもらうとそれに近い。これは編み込んだ魔力が体内で徐々に溶けソレに近づいていく。
魔術として魔力に指向性をもたせ発動させていない現状では、急速に残滓へと変化するかを試せてはいないので徐々に残滓になることが確定したわけではない。
そしてその残滓は時間経過によって、体外へ蒸発していくように消失する。
これには時間経過での消失速度が個々人によって変化する可能性があると考えている。
何故なら、自分のこの残滓の消失速度は徐々に早くなっていっているからだ。
恐らく魔力を取り込み制御する容量、そして残滓を体内から撤去する速度は、修練、または今は確かめようがない魔術の知識によって増加するのではないかと思っている。
今現在では、魔力の制御で簡単な指向性を持たせられるイメージ自体は出来ているのだが、母体にどんな影響がでるか分からないので興味本位で試せるわけがない。
あぁ、早く生まれたい。――この世界に生まれたい。
どんな赤ん坊もこう思っているのかも知れないな、と漠然と思いながら眠りについた。