せかんどらいふ   作:にゃー1

33 / 36
31 邂逅

 

 

 

私の世界で咲き誇る花々。色とりどりに咲き誇り、種を残し枯れ散るも、飽きられ間引かれるも、その運命は私が決めるもの。

 

 

 

決して、私以外の意思など介在する余地などないもの。

 

 

 

楽園(ここ)は私の世界。

 

 

 

 

全ては私のためにあるのだから――――――。

 

 

 

 

 

 

ーAnother Viewー

視界が白く染まっていく。ジリジリと身体を焼き焦がす痺れを伴って広がる光の暴力をただ呆然と、どうしようもなく、逃げ道すら思い浮かべることができなかった。

俺は諦めていた、死を受け入れるしかないと。ここで終わるのだと。

どうしようもないから、力の差があったから。そんな言い訳すら陳腐にするほどの世界すら変質させるほどの神秘を振りかざしておきながら―――俺は・・・。

 

 

――――――アイツなら・・・こんな時でも諦めないんだろうな。

 

 

そんな郷愁的な思考をする自分に笑えてきた。

知っているから、繋がっていたから、だからこそアイツは俺にとって俺という存在を排斥した憎むべき悪で、俺以外の人間のヒーローだった。

 

特別なものを持ち、正しく、優しく、人を導き救う。ああ、何てすごい奴だろう。

―――――なのに、どうして、俺からは全てを奪ったんだ・・・。

 

 

身体中を焼かれる痛みに意識が薄れ、もう何も見えなくなった瞳をゆっくりと閉じた。マリアの一部である刃だけは手放さないようにしたかったが、それももう叶わないと、痺れた手から滑り落ちる。

 

 

完全に意識を手放す瞬間、自分の身体を心地よく包み、まるで生まれる前の母の胎内にいるかのように感じた気がした――――。

 

 

ーAnother View Endー

 

 

 

真白な世界の中、僕はただ感覚だけを頼りに自分の周りの障壁を維持しつつあの少年の元へと進む。

周囲を荒れ狂うノイズに耳がやられそうになりながらも、彼を救うことが出来るタイミングの音を聞き逃さないように神経を研ぎすませた。

 

――――くそ、何てデタラメな威力なんだっ。加減ってものを考えてくれ・・・っ。

 

祈るように歩みを進める僕の耳にノイズに混じって聴き逃しそうになるほどの、カランと小さな金属音が聞こえた。なにが床に落ち、そこになにがあるのか視界を完全に潰されて尚、分かる。

強烈な死を撒き散らすような圧倒的な畏怖を纏った其れは、今、彼の手を離れたのだ。

 

「迷ってる時間はもうないな、フィーナは激怒しそうだけど・・・っ」

 

手を翳し、意識を集中。過去に一度だけ使ったものを今一度、ここに行使する。

 

 

構築する魔術、翳した手の前に現れる魔術円。

 

 

その構造は、水。

 

 

想像する過去、そしてその智識。

 

 

寸分違わずに、僕のイメージ通りに魔術が顕現し、超純水がヴァルの身体を包み込んだ――――。

 

 

 

 

 

ーAnother Viewー

 

 

――――――ふわり、と雪のような淡い光がゆらゆら、ゆるりと舞い降りる。

 

 

その光雪が暗闇の中、幻想的に光る一面の光雪の絨毯の上に落ちると、幼い少女がはにかみ、頬を赤く染めて笑う顔が浮かぶ。手に持った花の形の髪留めを優しく少女の髪に着けた。

 

「よく似合ってる」

「・・・あ、ありがとう。とっても・・・嬉しいな」

 

頬を染めて嬉しそうに微笑んだ彼女の手を取ると、柔らかく温かな体温すら感じられた。

 

 

――――――――それは記憶、想いを伴い、心を揺さぶる。

 

 

温かな食事の味も、優しく微笑む母の笑顔も、楽しげに冗談を言う父の笑顔も、鮮明な感覚と感情を持って再現される。とても、とても、優しい世界――――。

 

 

けれどもそれは、()()()()()()()()()()()、あまりに遠い世界の記憶。

 

 

それが幸せであればあるほどに、憎しみが強烈な吐き気を催し、胸を焦がす。

 

 

この光雪の世界は何時からあるのか?・・・それこそ、初めからだ――――。

 

 

 

俺は俺という人格を得る前からずっと、そう母の胎内の中から・・・ずっとアイツと繋がっていた。

そして、俺はアイツと身体の中でゆっくりと同化しつつあった。そのまま俺は自我ごとアイツと一緒になっていくはずだった。――――何も知らないままに、そうなっていればよかった。

何度もそう思った。ただ現実は、ある日突然俺は身体から離れ、ただ細い糸で頼りなげに繋がっただけの不安定な精神体として漂うことになった。

 

原因はアイツが行使した精神体の乖離という、魔術などの枠を超えたものを行使したことにより、同化しつつあった俺というもともと生まれるはずだったイツキ・ヴァールズとアイツを完全に分かち別の存在として確立させてしまったことによって起こったものだった。

 

俺はどうして自分が認識されず、ただ自分だったものを見続けているのかさえ理解することもなく、存在し続けるだけのナニカになっていた。

 

そんな日々が暫く続くと、アイツはある子供を救うために行動を起こし始める。それが俺という存在にとっての致命的な決定打となった。魔術を修得し、より異質に成長を始めていたアイツは身体からとても長い距離を取ることによって、か細すぎる俺との繋がりを完全に断ち切ってしまった。

 

それは―――俺にとっては死を意味していた。繋がりは断たれた、それは存在を保つ一定の力を失うことと同義だ。だが、俺はそんなことさえも理解できるほどの知性を持ち合わせていなかった。

 

精神体としての繋がりは無くなったものの、まるでアイツの意識が流れ込むようにずっとアイツのやっていることが一方的に自分の中に記憶の断片として舞い降りる雪のように降り積もっていった。

 

俺はそれからただ世界を漂うだけのナニカとして、日々その存在の色を失いながら彷徨った。

 

誰にも何にも触れられず、誰にも何にも気付かれることもない。

 

自分が最早何なのかさえ分からなくなり、ただただ、漂う。

いつかは終わる、そう思いながらもその終わりに怯えれば良いのか、悲しめば良いのか、それとも喜べば良いのか―――――。

 

それすら分かるはずもなく、また、感情が発露することは無かった。

 

 

そして・・・思考さえも完全に消え行くその終わりの時、何の因果か、鬼と出会った――――。

 

 

 

その鬼は人の血に塗れた真っ赤な女の姿で、俺を見るとキョトンとした表情で小首を傾げた。

白と黒を基調にしたシックなドレス、真白なドレスグローブ、それらを赤く染め直す如く血塗られた姿。赤い髪と瞳も相まって、まさに赤鬼と表現できるほどだ。

女は今まで喰らっていた人だったモノには興味を無くしたのか、俺から視線を外すことなく赤い瞳と口元に弧を描き悪戯っぽく笑った。

 

「あなたはだあれ?どうしてそんな姿なの?」

 

俺はどうしてこの女が自分のことを見えるのか、そういう疑問すら抱くことはなかった。ただ自分が消え行くことだけを理解していて、その質問に答えることも無意味だと思った。

 

「ふわふわ浮かぶ赤ちゃん。くふふ、あはは。とても不思議だわ~・・・でも、もう消えちゃいそうね・・・ん~、勿体無いわ。こんな変なことが失くなってしまうなんて厭だわ」

 

足元にまで到達しそうなほど長く真っ赤な髪を揺らし、女はゆっくりと俺に近付いてきた。

 

「そうね、そうね。そうしましょう。私の力を少し分けてあげる。だから私を楽しませてね」

 

その女はもう薄れ行く意識を辛うじて保ち、どんなモノにも触れられることのなかった俺を乱暴に掴むと、縊り殺すかのようにその手に力を込め、女の力を流し込み始めた。

轟々と己の耳に風の音を、ドクンドクンと脈打つ鼓動を、肌を刺す空気の冷たさを、女が自分を抱く温かさを――――生を、初めて感じた瞬間だった。

 

「うぁ、ああぁ・・・あぁぁあぁ――――」

 

初めて声を上げた、俺はこの時やっとこの世界に生まれたのだろう。

 

 

―――――何のために、か。それすらも分からずに・・・。

 

 

 

人を喰らう女は吸血鬼というモノだった。名前はマリアというらしい。

俺は言葉を覚えることもなく、マリアと意思の疎通が出来た。元々、アイツと繋がっていたこともあり、知識が赤子のソレとは逸していたことも要因だろう。それに加えて、言葉を発することなくマリアと念話のようなものが出来、コミュニケーションになんら不自由さがなかった。

 

マリアの屋敷で俺は彼女に抱えるように抱かれながら今まであったことを伝えていた。

興味深そうに何度も頷いたり、目を見開き驚いたり、クスクスと笑ったり、初めて会った時の人を喰らっていた鬼とは随分と印象が違っていた。

 

「じゃあ君は、何者かに自分の身体を盗られた挙句、その何者かと交わることも出来ずに追い出され放浪してたわけ?・・・ふぅん?それってどんな気分なの?私なら腸が煮えくり返ってると思うな」

 

それはそうだろうが、俺としては全く訳も分からず陥った状況なのだ。どんな気分と言われても特に何も感じることはなかった。

 

「へぇ?今は・・・ね。きっとこの先それはドス黒い感情の渦を生むわよ。くふふ、楽しみね?君もそう思うでしょ?」

 

マリアは俺をどうするつもりなのか、このまま俺を生かしておくつもりなのだろうか?それともあの真っ赤に染まった人間のように喰われるのだろうか。

 

「くふふ、君を食べるためにわざわざ力を分け与えたりしないわよぉ。私は楽しそうだからそうしたのだもの、だからもし楽しくなくなった時はその時どうするか考えるかな?」

 

愉快そうに口元に笑みを浮かべ、瞳には獰猛さを宿したまま答える彼女に俺は恐怖よりも先に興味を抱いた。確かに、不思議な現象ではあったものの、この先にある面倒などを加味すれば何も出来ない赤子を育てる価値があるのだろうかと。

彼女は何を持って楽しさを見出しているのかも俺には分からなかった。分からないことだからこそ興味を抱いたのかもしれない。

 

「そうねぇ、子育てなんて生まれてから初めての経験だもの。それはそれで楽しそうだわ」

 

俺の思考にそう返してくる彼女に、やはりよく分からない奴だなと思ったのだった。

 

 

それからマリアは俺を手探りながらも育て続けた。本人曰く、長く生き過ぎて色々なことに飽いていたこともあってか面倒事というよりも、暇潰しがてらといった趣があったようだった。

 

一番初めの食事などは人の血を飲まそうとしたりするものだから、さすがに俺も驚いた。長く生きれば人の営み程度の知識くらいあると思っていたが、殊更にそんなものに興味がなかったらしい。

 

「じゃあ何が食べたいのよ?人間以外の動物ならいいの?」

 

そんなことを聞いてくるマリアに、俺が本当にただの赤子だったらどうなっていたのだろうかと怖気を感じたものだった。

 

きっと、普通に人として生まれ育ったならば、マリアと一緒に暮らすなど到底不可能だっただろう。何しろ彼女の食事は自分と同じ種である、人なのだから。

ただ、俺はこうして彼女に育てられ続け、それが当然で自然だと認識し続けた。自分と同じカタチをしたモノを喰らう化物が母親代わりだった。

 

俺は彼女に捕らわれ慈悲を乞う人間を何度も何度も繰り返し見続け、次第に壊される人間に何も感じなくなっていった。自分と同じはずの人、それが猟奇的に壊され喰らわれる様を、本能的に忌避すべきその惨状を、どこか自分とは関係がない出来事として見ているのだろうか。

 

―――――それは、とても遠く、自分の心にはとても届かない、何も響いてはこなかった・・・。

 

それは俺がマリアに親愛の情を抱いているのも起因していたのか、それともとっくに自分の心は完膚無きまでに壊れているのか、俺には分かるはずもなかった。

 

 

年月が幾らか過ぎ去り、俺はそれなりに一人で行動が出来るようになった。

マリアの屋敷は二人で住むには大きすぎるもので、使われていない部屋は至る所がボロボロだった。2階建ての石と木造の外観はとても豪奢な屋敷だが、近くに寄れば修繕の後がそこかしこに見て取れた。勿論、修繕を行ったのは俺でマリアは雨漏りしようが、多少壁に穴が開こうが全く気にしない。

 

別にマリアに指示されたわけでもなく、ただ何となく手慰み程度に始めた屋敷の修繕や掃除。俺にとっては仕事とも思えないただの暇潰しや遊び程度に考えていたが、そんな俺にマリアはあまりいい顔はしなかった。

 

「・・・ねぇ?どうしてそんな召使のような真似をするの?媚を売る様なこと、私、厭だわ」

「なんだよそれ。マリアに媚を売って、俺にどんな得があるっていうんだ?」

「ん?じゃあどうして屋敷の掃除や修繕をやり始めたのよ?私がそんなこと一言でも頼んだことあった?」

「俺が暇潰しに何をやろうと別にいいだろ?」

 

マリアがその時、何を思ってそう言っていたのかは未だに分からないが、俺がそう返すと彼女は一瞬キョトンとして、可笑しそうに笑い声を上げた。

 

「くふふふふ、あははは。そうねそうね、暇潰しに何をしようと構わないわ。ごめんね?本当に要らないことを思ったみたいだわ」

 

マリアは一頻(ひとしき)り笑うと、満足したように先程の機嫌の悪さも何処へやら、鼻歌交じりに屋敷の奥へと引っ込んでいった。

それから彼女は俺が何をしていようと文句を言うことはしなくなった。

 

 

「ヴァルー。ねぇ、お茶にしましょう」

「いいけど、血とか入れてないだろうな?」

「くふふ、何?まだ根に持ってるの?昔の話じゃない、そろそろ忘れなさいよ」

「根に持ってるわけじゃない、普通に不味いから言ってるんだ」

「くふふ、あらそ?安心なさいよ、もうそんなことしないから」

 

 

――――ヴァル。マリアはそう俺を呼ぶようになった。

 

ヴァルと呼び名を決めたのはマリアだった。初めはなんと呼ぶかと問われ、イツキでいいかと言われたが俺はそれを拒絶した。それはもう、俺ではないと思ったからだ。そして、俺はアイツが捨てた名を、本当の親との繋がりのようなものを女々しく拾おうとしたのか、ヴァールズでいいと言った。

するとマリアは、じゃあヴァルでいいわね。と有無を言わさず決めたのだった。

 

 

それから暫くして、マリアは俺の前で人を喰うのを止めた。

 

 

時折、ふらっと居なくなると、いつの間にか帰ってきている。そして、その時は決まって血の匂いを誤魔化すような強めのバラのコロンの香りがしていた。

 

彼女が何を思ってそうしたのか問うことはしなかった。俺に対する配慮でも芽生えたのか、それともただの気まぐれなのかは彼女だけが知っていればいいことだ。

それに対して俺自身、どう思えばいいのか分からないのだから。

 

 

俺達はお互いの関係と距離感がデタラメで奇妙で、歪だった。

マリアの気持ちまで分かるわけではないが、俺は彼女に愛情を求めるわけではないし、彼女もまた俺に愛情を持って接するわけでもない。

ただ、彼女に親愛を感じているのは間違いはないし、きっと俺はあのまま消え失せるよりはずっと幸せなのだろう。そういう意味では返せないほどの恩義も感じていた。

 

 

ただ漫然と二人で暮らすだけの生。大した変化すらもなく緩やかなようで足早に過ぎ去る季節。

 

 

――――薄氷の上を歩いているということに気付きもせず、俺は確かに存在していた。

 

 

ーAnother View Endー

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。