せかんどらいふ   作:にゃー1

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32 悔恨①

 

 

ここは地獄ではないが、楽園には遠すぎる――――。

 

望みはなく、生きる意味を探すこともない。

 

 

ただ偶然に与えられた生を何を思うこと無く紡ぐ。

 

己にあるものは憎悪ではなく、空虚というものだ。

 

 

 

 

ーAnother Viewー

 

「あら、ヴァル。今日は随分と遅いのね」

 

既に昼近い時間にリビングに現れた俺にマリアは皮肉ではなく単純な疑問として問いかけてくる。

 

「もう、そんな時間だったのか。何か用事でもあったか?」

「いいえ?それより随分と顔色が悪いわね、体調でも悪いのかしら?」

 

自分の体調の良し悪しさえ、分からない。そんなはずはないとは思いながらも俺はマリアの指摘を受けて軽く顔を擦り上げてみる。

 

「そんなに酷い顔してるか?特に思い当たらないが・・・」

「・・・。そうね、今にも人でも殺しそうよ」

「なんだよ、それ。つまらない冗談だな」

 

マリアは俺の返答に答えることはせず、くふふと小さく笑い、視線を灰色の空が見える窓に移した。

 

今にも泣き出しそうな空模様に特に何も思うことは無く、俺はいつも通りに屋敷を出ることにした。

ずぶ濡れになろうが、着替えればいい。億劫になることもなかった。

 

 

屋敷の修繕に使えそうな木材やちょっとした食材などを収拾していく。自分である程度自由に動き回れるようになってからの日課のようなものだった。

収拾したモノを入れたズタ袋を担ぎ直すと、頬にポツリと雫が落ちた。

 

「ん、降ってきたか。仕方ない・・・ん?」

 

視界を白く染めるほどの土砂降りの中、粗末な布で拵えた衣服を纏ったまるで奴隷のような幼子が木の根本に蹲るように膝を抱えていた。

この深い森は人喰いの鬼の住処。凡そ人の訪れる場所ではない。

ならば、この子供がいる理由は想像に難くない。胸中に少しばかりの靄を抱えて俺はその子供に足を向けた。

 

「・・・おい」

「――――・・・」

 

微動だにしないそれに俺はゆっくりと近付き肩を揺するように触れる。

 

「――ッ、あーっ、うぅ!あーっ!!あああぁぁ!!」

「うおっ!な、何だ、落ち着け!おい!」

 

俺が肩に触れた瞬間弾かれたようにその子供は俺の腕に縋り付き、意味をなさない叫び声を上げた。

孤独に恐怖した幼子が母に縋るが如く、その子の全身全霊の力で離すまいと抱きついて泣き喚く。

 

「くそ、一体何だお前っ・・・。止めろって言ってるだろっ」

「あぅ!!」

 

少し力を入れて突き飛ばすと、拍子抜けなほどに軽くその子供は尻餅をついた。真っ白な髪は突然の豪雨にべったりと顔に張り付いて子供の表情を隠していた。生まれてから一度も髪を切っていないのか、その子供の髪は背丈の半分程に伸びていた。

表情の見えないその子供は、まるで何かを求めるように膝立ちで虚空を探るように手を伸ばす。

 

「あー・・・あぁぁー・・・あうーー・・・あー・・・ぁぁ・・・」

「目が・・・見えない、のか?・・・なぁ、おい・・・いや、耳も・・・?」

「あぁ、あぁ、うぅ、うあぁ・・・あぁ・・・・」

「・・・だから、何だって話だ。いや、寧ろ納得したくらいだ・・・そうだろ?」

 

こんなに近くにいてもそれを感じることが出来ず、必死に温もりを求めて手を伸ばし続ける子供。

滑稽だ。そう思えただろうか。俺は―――。

 

 

誰かの感情に引き摺られてはいないか――――――。

 

 

 

「――――――・・・ん、ん。人攫いでも始めたのかしら?」

「口減らしだろ、落ちてた。食べるか?」

「・・・はぁ、私を馬鹿にしてるのかしら?」

 

白い髪の子供を担いで屋敷に戻った俺に目を少し見開いて驚くマリアに応えると、呆れたようにため息を吐いて睨みつけられる。

正直、俺も言葉のチョイスを間違ったと自分でも思った程だ、マリアが機嫌を損ねるのも無理はない。

 

「悪い、そんなつもりはなかった。ただ、もしも・・・いや、うぅん・・・もしかしたら、必要かと・・・いや、くそっ。―――――・・・戻してくる」

「―――――はぁ、良いわよ別に。ヴァルが面倒を見るなら飼いなさいよソレ」

「なんて言い草だよ、飼わないぞ。俺は・・・その、ああクソ何だってこんなことしてんだ俺は!」

 

自分でも理由がわからない感情に振り回されるような苛つきに軽く床を踵で踏みつけた。

俺がマリアを見ると、彼女は少しだけ見たこともない表情を浮かべ、俺から視線を外し小さく息を呑む仕草をした。

 

「分かったわ。それじゃあ、肉が付く程度には面倒を見なさいな。そんな骨と皮だけの喰いでの無いもので鬼のお腹が満たせるわけ無いでしょう?分かったわね、ヴァル」

「―――あぁ、分かった。・・・その、ごめんな」

「・・・くふふ、そのバツが悪そうな表情に免じて許してあげる。それからさっさとお風呂に入りなさい、そんな濡れ鼠で居られるとこっちが滅入るわ」

 

そう言いながらマリアは背を向けリビングへ向かっていく。俺はその背中に何の言葉も掛けることは出来ず、いや、もとより掛ける言葉なんて持っていなかった。

 

「何が、したいんだよ。俺は・・・クソ、クソっ」

 

胸中を駆け巡る感情に苛つき、悪態をつく。それは誰にも理解されず、そしてきっと誰にも答えを用意できないものだろう。

 

背中に感じる幼子の体温を感じ、そっと背負い直すと、浴室へと足を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

淡い光、舞い降りる雪の如く―――。

 

――――――ここは、地獄ではないが、楽園には遠すぎる。

 

幻想的に暗闇を仄暗く照らす淡い光の雪原に俺は立っている。

 

ただ、立っている。そう、ただ、それだけ。その感情も、温もりも、全部偽物で俺のものではない。

 

 

「・・・チャンスは一度切り、ロティアナ・ドゥーク・ベリグラル。こちらはお前の不正の全てを識っている。真実を述べ、アカデミーから去るか、全てを隠し命を捨てるか―――選べ」

 

少女は恐怖で涙と鼻水で顔をグシャグシャにし、力無くへたり込んだ股からは水溜りが出来ていた。そのヒーローは毅然と悪事に手を染めた少女を裁く。眩しいくらいに真っ直ぐに―――。

 

「―――・・・っ・・・ぁ・・・ハァ、ハァハァ・・・」

 

呼吸すら正常に出来ていないくらいに彼女は狼狽し、恐怖をその心の芯にまで刻み込まれていた。

 

絶望に落とされた少女を救うヒーローの物語は、とても独善的で、偽善に塗れたものだ。

何処までも正しく、悪を裁くのだ。裁かれた悪の人生など、欠片も知らないと―――。

 

なんて胸のすく物語だろうか、正義は悪を倒し、悪は絶望に落とされるのだ。

同じ、人、であろうともだ。

 

「ロティアナ、選べないか。では選択を追加しよう―――沈黙は後者とする」

「―――っ!?」

 

だからこそ―――。

 

『憧れたのか、俺は――――』

 

そんな風にありたいと、思ってしまったのか―――。

 

そんな思いも偽物なのに、それすら否定したくても出来ない。

 

だってそうだろう。それなら俺は、独善的に正義を貫くのなら、きっとそれは――――。

 

 

最も罪深いヒーローが俺の悪なのだから――――――。

 

―――――それほど胸のすく物語があるだろうか、と。

 

 

 

 

 

「・・・ぶふ。ん、ごほ・・・おはようヴァル。様になってるわよ、お兄ちゃん。くふふ」

「意地の悪いことを言うな。俺だって好きでやってるわけじゃない。コイツが離さないだけだ」

 

翌朝リビングに顔を出した俺はマリアの嫌らしい笑顔に辟易しつつ、俺の腕を抱え込んで離そうとしない子供に目を遣る。

 

「朝食くらい私が用意してあげるわ、普通の食事で構わないわよね?」

「ああ、多分。人間用ならな」

「くふふ、私はそんな意地の悪いことしないわよ。安心なさいな、ん、ぶふ、くふふふあはは」

「その反応が既に意地が悪いとは思わないのか」

 

珍しいというほどでもないが、マリアがこうして率先して朝食の用意をしてくれるのは久しぶりかも知れない。彼女なりに気を使ってくれているのを感じ、少し胸のつかえが下りるのを感じた。

 

朝食の用意をしながら、マリアはこちらに視線を向けること無く話す。

 

「ところで、ソレ、名前くらいつけたの?」

「マリアがつけてくれよ。俺は何でもいい」

「拾ってきた本人が責任を持ちなさい。私はちゃんとヴァルの名前をつけてあげたでしょう?」

 

マリアには昨夜のうちに子供の状態を話していた。目も耳も不自由だと。すると、マリアは分かっていたように付け足した――――ソレ、触覚以外は何もないわよ。と。

親はいて、名前もあっただろうが、それはこの子供にとって何の意味もなさないものだった。

 

そして、この子供に名前を付けるのは俺とマリアの間で円滑に会話が進むからという理由に他ならない。そう、つけられた名前を知ることが出来ないのだから―――。

 

「・・・ネイでいいだろ」

「―――くふふ、なんて酷い名前をつけるのかしら?無意味(ネイ)だなんて、とても素敵じゃない、ネイも感謝して止まないわよ」

「うるさい。あまりいじめないでくれ。それでなくても昨日から頭の痛いことばかりなんだ」

 

その生に、意味はあるか。意味とは何か。其れが必要ならば、きっと俺にこそ相応しい名前だ。

俺は(かぶり)を振り、ネイにシャツの裾を握らせ、食卓の椅子に座らせる。

 

―――ネイは鬼に食べられるために育てられる、決して無意味などではないのだ。

他者には知りうることのない絶望的な孤独も、終わりを約束されている。

それは、きっと幸せなことなのだろう―――――。

 

ズキりと頭が軋みをあげる。この痛みは、きっと詮無いモノ。意味をなさない必要のないモノ。

 

だから、俺は其れに気付かないふりをしてそっと蓋をする。

誰に分かる、誰にも分からない、人それぞれに浮かび上がるであろう()()()

そんなもの本当は―――――無意味なんだってことを。

 

自己満足。――――その果てにあるものが、後の歴史家の賞賛であろうとも、今、ここにある現実に何一つ意味がない。自らを満たすためだけの正義ではないか。

本当に、笑える。可笑しくて、オカシクテ、この世界に唾を吐きかけたくなる。

 

「そうだろ?お前もこんな世界、クソ食らえって思うだろ・・・ネイ」

 

俺の問いかけは、ネイに届くことはなく、静かに虚空へ消えていく。

その程度、誰にも理解されない。その程度、痛みも恐怖も。その程度、だろう?誰も分かってくれないのだから、それは―――()()()()()()()なのだ。

 

 

だから生きていられる。こんなクソみたいな世界で――――。

 

 

「ヴァルー。スープを取りに来てくれる?」

「あぁ分かった。よっと」

「あーうー」

 

俺はネイを荷物のように肩に担ぐと、キッチンへと向かう。俺から少しでも離れると泣き喚くネイをどうするか、それは追々考えればいい。

 

「・・・おんぶ紐でも作ったら?」

「考えておく。よっと、ところでネイは近づければ口を開けるんだろうか?」

「くふふ、しーらない。そうじゃなければそうなるように躾けなさいな」

「だな。おい、俺の背中を叩くな。クソ、なんだってんだ・・・そんな目で見るな」

「そんな目って?くふふ。さぁさぁ、折角私が作った朝食が冷めないうちに食べましょうか」

 

何ともならない現実に嘆こうが、喚こうが、何も変わらないなら。

ただ生き続けられるだけ生きればいい。

そんな当たり前で救いなんてない世界を今日も生きていく。

 

 

望みはなく、生きる意味を探すこともない。

 

 

 

ただ、望んでも良いのなら、俺は―――――――。

 

 

―――――俺の悪を裁く、そう、何処までも独善的に、正しさを振りかざし、殺し尽くす。

そういう風に、なりたいのだ。

 

 

 

 

窓の外は何処までも青く、何の混じりもない抜けるような青空が広がっていた。

 

 

ーAnother View Endー

 

 




不定期にもほどがある。
分かっています、すいません。

こんなでも読んでくれている方には心から感謝を。

本当にありがとうございます。
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