せかんどらいふ   作:にゃー1

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34 悔恨③

 

 

ーAnother Viewー

 

「走れ!総員撤退!!走れ走れ走れ走れ――――っ!!!」

 

何が起こった、どうして、俺は、一体、何をしている?

背に背負ったエクスを落とさないよう全力で深い森を走る。騎馬は恐慌を起こし、使い物にならず、俺達は自身の足で撤退を余儀なくされた。

 

あと一歩だった。俺達教会騎士団の任務はたった一振りで終わるはずだった。

だと言うのに、この現状は一体何だ。何が、女神の祝福だ、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな!

 

「はぁはぁはぁ、くっ、そ、急げ!!森を抜けろ!負傷者を見捨てるな!!生きて、帰るぞッ」

「――――副団長っ・・・俺達はッ・・・っ、アレから逃げられるんだよな!?」

「当たり前だ!俺達には女神の祝福がある!!そうだろッ!?」

 

まるで俺達を嘲笑うかのように、付かず離れずついて回る死神の姿。ゆったりとした蹄の音が耳に張り付いて離れない。

 

流れ落ちる滝のような汗、今にも破裂してしまいそうなほどに心臓が脈動する。呼吸することすら喉を焼くほどに痛みを伴う。一度立ち止まれば、再び走り出せるとは思えない。

されど、恐怖に追い立てられるように俺達は走り続ける。振り返ることすら出来ないほどの、死、そのものが迫る狂気じみた現実は絶望という言葉すら生ぬるい。

 

『―――人間、そろそろ限界だろう。其れを置いて何処へなりとも去れ。貴様等に興味も無い、逃げる必要などない』

 

――――な、に・・・何を、言った?其れ?・・・。

 

ぞわりと、死神の言葉がその場の団員達を這い回るように響く。

 

極度の恐怖の中、目の前にぶら下げられた希望に全員の緊張の糸が切れる。誰もが、その足を止めてしまった。止まれば再び走れるとは思えないほどの疲労の中で―――――。

 

「――はっ、はっ、はぁはぁはぁはぁッ」

 

深い森は濃い朝靄に包まれ、全員の姿まではっきりとは把握出来ない。ただ、荒すぎる息遣いが酷く響く。誰もが限界を迎えていた、それを死神は簡単に見極め、救いを指し示した。

 

救い?ふざけるな・・・。其れ?エクスを、俺達の御旗を見捨てて何が救いか!?

俺達は、生き残るんだ。誰一人犠牲になんてしない――――ッ。

 

「はぁはぁッ。ふざけるなっ!!エクセリアは俺達教会騎士団の御旗だ!!差し出すわけが無いっ」

 

俺の言葉に誰もが息を呑む。ぞわりと、悪寒が走った気がした。

それは、何なのか、分からない。俺には、理解できないものだったのか、それとも・・・。

 

『――――そうか、其れのために死を選ぶ、と。選択は自由だ人間。多少、面倒ではあるが、な』

 

表情さえも分からない骸の騎士は、虚空からズルリとその手に大きな鎌を取り出した。

俺はエクスをそっと地面に下ろし、腰の剣を抜いて声を上げる――――。

 

 

「総員抜刀ッ!!俺達のエクセリアを守るぞッ!!!」

 

 

 

 

 

 

―――――だが、何も、俺の耳に聞こえなかった。

 

気の所為ではない。皆の気合の咆哮も、武器を構える音も、鏃を番える音も、魔術の起動する音も。

 

 

 

 

―――――――――何も。

 

 

「何を・・・、何をしているッ!?聞こえなかったのか!!総員、戦闘態勢!!急げ!!!」

「クロードッ!!!――――副団長・・・ッ。アンタは、俺達に死ねと命じるんだな!?・・・それが、副団長としての、命令なんだな!?」

 

いつも戦いの場で背中を守り合ったグレゴがまるで血を吐くように俺に叫ぶ。

俺は、グレゴの言っていることを本気で理解出来なかった。

 

「何を、言ってる?俺達は、全員で生きて帰るんだろ?・・・エクセリアを守ってそして」

 

「クロード副団長ッ!!!!!―――――団長はッ・・・俺達の光は・・・。エクセリアはもう、――――――――――――――死んでる・・・っ」

 

俺の視線はグレゴの言葉を受け、地面に横たわったエクスに移った。

血色を感じられない雪のような白に血飛沫で赤く染まった肌、鼓動すら無く微動だにしない身体。

それは、俺に正しく現実を伝えようとしない。何処か、何か、致命的にズレていた。

 

「目を覚ませクロードッ!!!!エクセリアはもういない!!・・・守るべきものも大義も無くただ・・・ぐっ、・・・っ仲間に死ねと命じるのかクロード・・・ッ・・・頼むよ、クロード。お前だけじゃない、皆、・・・受け入れられないと思ってるさ!!――――だけどな、今、俺達を導くのはお前なんだぞクロード!!」

 

呆然と、緩慢に、俺は死神を見遣る。

 

グレゴの悲痛な檄は確かに俺の耳に届いているのに、何故か心が冷たい――――。

頭をぐるぐると、走馬灯のように本当に大したことのない、仲間との語らいの記憶が駆け巡る。

アシュリの妹がもうすぐ誕生日だとか、ハンスの子供が出来たとか、レヴィがまた恋人に振られただとか・・・大したことがない?本当にそうか?

 

―――――俺の采配一つで、仲間が死ぬとしてか?その、記憶にある仲間の向こう側・・・家族や友人、恋人・・・それらにとって大したことが・・・無い?

 

 

 

 

 

『本当に、クロードは抜けてるよね!何ていうか、大事なこと分かってるのに、すぐ見失っちゃうとこ!・・・全く、そろそろしっかりしなさい!ふ・く・だ・ん・ちょ・う!』

 

 

 

 

 

 

「そう、だな―――――しっかり、しなくちゃな」

 

 

―――――エクス、エクセリア・・・あぁ、全く、お前の言う通りだ・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

構えた剣を鞘に納め、ゆっくりとエクスの前に膝をつく。

 

横たえた()()を両手で抱き上げると、俺は大鎌を手にした死神へと足を向け躊躇無く進む。

 

「非礼を詫びる。死神・・・。必要ならばこの命も捧げよう。だが、俺の仲間の命を保証して頂きたい」

『――――我の目的は既に言った。其れ以外に必要は無い』

「・・・礼を、言う」

 

 

 

 

―――――――失いたくないもの。

 

 

 

己にとって、一番大切なもの。・・・それこそ、自分の命ですら、引き換えに出来てしまう程の。

それは、愛しい大切な人であったり、その間に生まれた子であったり、様々だろう。

 

もしも、それに出会えたならばきっと幸せだろう―――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――失う瞬間さえ、なければ、だ。

 

 

 

 

 

俺は、この世で最も大切なものを、死神に捧げるように差し出す。

頭も心もぐちゃぐちゃで、ぐらぐらと、世界が揺れている。身体をバラバラに引き裂かれ、グツグツと湯気を立てる大釜に放り込まれ、原型を失い溶けて消える。意識が思考が有りもしない痛みを、熱を、訴える。死にたいくらいに、苦しい、この、手にある重みを失うなんて―――。

 

 

 

 

 

――――――――それが、例え、物言わぬ、亡骸に成り果てようとも、だ。

 

 

 

 

 

 

呆気無く、本当に呆気無く、俺にとってはぞんざいに、その重みは奪われる。

 

「―――ぐっ、ぐぁ・・・ッ」

 

口をついて出そうになる叫びを噛み殺す。折れそうなほどに歯を食いしばり、感覚さえ無くなるほどに拳を握り、耐える、堪える、全てを諦めて全部を台無しにしたくなる感情を殺し続ける。

 

死神はエクスを馬上にうつ伏せに荷物のように乗せ、黒馬を嘶かせると反転し一言も無く、去っていった。

 

思わず膝を突きそうになる自分を押し殺し、俺は団員へ振り返り声を上げる。

 

「まずは怪我人の応急処置だ!―――小休止後、帰還する!・・・ステラ、呪詛は大丈夫か?」

「ぁ、は、はい!」

「それじゃあ、怪我人の治療は頼む。レヴィ、皆の状態の確認をしてくれ!それから皆、装備の点検を今のうちに済ませておけ、ここから何もないとは限らないぞ!――――それから」

 

「クロード、少し・・・休め・・・」

 

俺の肩を優しく揺するように大きな掌が触れた。グレゴはいつもの彫りの深い厳しい顔付きはしておらず、ただただ労るような、悲しみを色濃く映した表情をしていた。

俺は、小さく頭を横に振ると、置かれた手に自分の手を添えた。

 

「俺に、時間を与えないでくれ、今だけは・・・皆を無事に帰還させるまででいい、頼む」

「―――――――・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ああ、分かった」

 

俺はグレゴのプレートメイルの胸のあたりを少し力強く拳でトン、と叩き笑う。

それに釣られるようにグレゴももっさりとした髭に隠れた口からにぃ、と歯をむき出し笑った。

 

「誰か、マルコの遺品を持ち帰った者はいるか!――――それはアシュリに渡しておいてくれ、アシュリ!マルコの家族に届けてくれるか?すまない、ありがとう」

 

 

―――――せめて、雨でも降ってくれれば・・・。そう思う俺の思いとは裏腹に朝靄はゆっくりと晴れて行き、忌々しい程の眩しい朝日が降り注いでいた。

 

溜息すら惜しみ、俺はただ何かから追い立てられるように指示を飛ばし続ける。いつか、それに追いつかれ、己が身を喰らいつくされるその時まで――――――。

 

 

 

ーAnother View Endー

 

 

 

 

 

 

ーAnother Viewー

 

「痛い、痛いったら、もっと優しくしてくれる?」

 

マリアの腕に乱暴に包帯を巻きつけながら、彼女の文句を聞き流す。あの後、死に体のマリアを屋敷に運び入れ、俺のために用意していた医療用品を引っ張り出す頃には普通に話せる程度に回復していた。

すぐに治ると言い張るマリアを無視し、俺は普段はしない傷の手当をしている。

 

きっとそれは無意味だろう。ただ、意味はなくとも俺を動かす何かがあったのだ。

 

「黙れよ、すぐ治っちまうくせに。適当で済ませてもいいだろ」

「くふふ、全く、酷いわね。育て方を間違ったかしらね」

「本当にその通りだろ」

 

「あー、ぁーぅ・・・あーあー!あーうあーー!」

 

おんぶ紐で俺の背中にいる間はいつも騒ぐことはないネイが珍しく騒ぎ出し、不思議に思い視線を向けると、俺の背中越しに見えるリビングの入り口にいつの間にかそれは居た。

その姿を視界に収めると、ぞわりと全身が震え、俺は目を見開いて固まってしまう。

 

 

『酷い茶番だな、赤鬼(ルジウガ)。それは我らが主に顔向け出来るものか、考えよ』

 

「くふふ、私はそういうお硬いものとは無縁の存在よ、グリム。貴方も知ってるでしょうに?」

 

あの絶望渦巻く場面に顕れた者。死の体現者・・・死神だ。

死神はまるで猫を掴むように無造作にあの女騎士の亡骸を片手でぶら下げていた。

 

『主の筋書きを逸脱するのは止めよ。赤鬼、お前がその力を失っている理由は分かっていよう』

「何のことかしらね、私は―――」

『主の答えはこれだ、赤鬼。お前の後釜に選ばれた・・・分かるな?』

「―――――・・・」

 

マリアの言葉を遮るように死神は言葉を続け、片手に持った亡骸を掲げるように持ち上げた。

力無く四肢をだらりと垂らした姿は、安らかとはいえないその表情と相まって死を色濃く想起させる。

 

「そ、私はもう、必要ない――――そういうことね」

『そうだ。お前の力は”更新”されることは最早無い。・・・主の最後の慈悲すらも突っぱねた貴様に我も呆れ果てた。――――心底、無能に成り下がったものだとな・・・。我もお前との奇縁もあって少しは気にかけていたのだ、どうだ?その混ざりものを殺せば幾らか変わってくれるか、赤鬼』

 

「口に出すなんて、本気?――――あぁ、私が弱ってるから調子に乗ってしまったのかな、グリム・・・冗談だと、撤回なさい。私も、長い付き合いのよしみで許してあげる」

 

 

『そうか、ならば―――――その混ざりものを殺してみよう』

 

 

加減をすることすら出来ないくらいに焦っているのか、俺はマリアに片手で壁際に突き飛ばされ、ネイと共に床に転がり身体中を打ち付けられる。

理由がわからない突然の痛みにネイが背中で喚き、俺は痛みに耐えながら顔を上げてマリアを探す。

 

 

――――一瞬で、それはまるで狂気の舞台へと誘われたようだった。

 

 

死神の大鎌がマリアの首を吹き飛ばし、血飛沫と同時に新しい頭が文字通り生える。

無造作に振るわれたマリアの右腕は死神の身体を吹き飛ばし、容易く壁にめり込ませる。

いつ床を蹴ったのか、マリアは死神の目の前に居て、何度殴りつけているのかも分からない乱打を繰り返す。突然マリアの背中に黒い篭手に覆われた死神の手が突き出され何かの臓器を掴まれたまま投げ飛ばされた。

 

まるで腸をマリアに付けた紐のように扱い、縦横無尽に振り回し、部屋中に血の雨が降り注ぐ。マリアの顔は歯をむき出しにし、狂気に歪める凄惨な笑顔を浮かべ自らの腸を引き千切る。

 

――――それは、何時終わるのかも分からない、悪夢のような舞踏。

 

どちらの腕が、足が、頭が、何度吹き飛んだか、数えることも馬鹿馬鹿しい程に。

頭を潰されようとも、心臓を貫かれようとも、骨を粉々に砕かれようとも、人外達は一瞬たりとも止まることはない。

 

『――――復元が遅れてきたぞ、赤鬼』

「くふ、くふふふ、ねぇ、右の頬の罅は何時治すの?」

 

『最早、世界に影響を及ぼすことの出来なくなったその身で我にしか振るえぬその力は愉しかろう?脆弱な人間共にすら脅威を感じることすらも無いその力を取り戻したいと思わぬか?』

「――――・・・」

 

死神の言葉は、先程のマリアのことを言っているのだと分かった。

今のマリアは俺の知る、絶対的な力を振るっていた。だが、先程のマリアはあの程度の人数の兵士達に膝を折り、死にかけていたのだ・・・それが、世界に影響を及ぼすことの出来なくなったということなのだろう。

 

「ねぇ、人間より美味しいものを知ってしまった鬼は、わざわざ人間を食べると思う?くふふ、そんなわけないわ。だって、美味しいものを食べたほうが楽しいもの」

『愚か・・・―――――管理者として与えられた力を蔑ろにし、主の想いを裏切るか、俗物が』

 

それは怒りだろうか、感情が見えなかった死神からぶわり、と圧力が吹き出したように感じる。

本当にそれは刺すような痛みを持ってゆっくりと俺に視界を収めると同時に強く意識させられた。

マリアが狼狽するかのように瞳を見開いてこちらを振り向く姿を捉えていたはずなのに、そのはずだったのに、俺の目の前には大鎌を振りかぶった――――死神の姿があった。

 

『――――この世界の害にしかならぬなら、消えよ』

 

「止めろグリムリィパァァァァァ!!!!」

 

マリアの制止の叫び、それと共に、死神が顕れた時と同種の世界がズレるような感覚が広がっていく。

 

死神越しに見えるマリアは自らの片腕を引き千切り、低く呻くように何かを呟く。

 

「血回、巡り・・・血界に至る、誓い。鬼へと、至りて、其を振るう・・・」

 

『馬鹿がッ。世界の理を壊すつもりかッ!!赤鬼!!』

 

「大切な我が子を想って何が悪いッ!!愛しいと、そう思って何が悪いッ!!世界の理が何だ!!!私からその子を奪うならこんな世界も女神もいらないッ!!!クソ食らえだ!!!!」

 

『我らが主が貴様にそのような感情を求めたか赤鬼ッ!!無意味なものに囚われる醜悪さよ!!愚か者が――――ッ!!』

 

 

マリアの血を吐くような悲痛な叫び、それを無意味と叱咤する死神の怒号、ひりつく空気が辺りを包み込んでいく。―――知るか。と吐き捨てるようにマリアが呟き、手に持った自分の腕をゆっくりと構えて嗤った。

 

「―――――目覚めなさい、死弦」

 

マリアの腕はボロボロと石塊のように崩れ、その内側から青白く輝く刃が顕れる。美しい刀身のはずなのに目に映るそれは、ひたすらに恐怖を刻みつけた。

 

『救えぬ愚昧。――――其れほどまでに引導が欲しいかッ!!!』

「この感情も想いも私の私だけのものだ!!!与えられたものじゃない!!それを否定するなら抗うだけだ!!例え、世界を敵に回しても構うものかッ!!」

 

何もかもを凍らせる緊張感が漂う中、息をすることすら忘れてしまう張り詰めた空気を裂いたのは――――。

 

 

 

 

「もーやめやめー、本当に、二人してやめてくれる?色々台無しだわ全く・・・」

 

 

 

突然むくりと起き上がった、亡骸だったはずの女騎士のやたらと抑揚の無い声だった――――。

 

 

 

ーAnother View Endー

 

 

 

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