せかんどらいふ   作:にゃー1

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6 姿無き親愛なる先生

 

目を開くと、母の安らかな寝顔越しに見える窓からひらひらと白い綿雪が舞い降りている。

寝返りをうち、ベッドの掛け布団から出た手に刺すような寒さを感じる。

例の他者と繋ぐ魔術、便宜上コネクトと名付けた。そのコネクトの行使から三月程が経ち、季節は冬を迎えた。

 

最初に行使した時は、あの女子生徒に強烈な恐怖と拒絶感を与えてしまい、失敗したと思っていたが最終的には和解できたらしく、今では仲良く出来ている。

 

彼女はリリー・ヴァンという名で魔術師の家系に生まれたのだという。

あの時彼女は、ずっと授業にもついて行けず、焦りもあって精神状態も良くなかったらしい。

ただ最近のリリーはとても穏やかで楽しそうにしている。こちらとしては彼女を半ば利用している格好になっているので申し訳無さもあるが、私で貴方の助けになるならそれだけで嬉しいですと言われてはなんとも言い返すことができなかった。

 

最初に会ってから実質ほぼ毎日リリーは図書館で自分を待っていてくれていた。

自分がリリーにコネクトを使うのは、母が習慣づけている昼寝をさせる時間を利用していた。

開始は午後12時から1時の間、約2時間から3時間、長くても4時間前には切り上げるようにしている。

 

「おはよう、イツキ。んーチュ、母さんにもおはようのキスして、はい」

「おはようございます、かあさん」

 

母が目を覚まし、いつもの挨拶をしてきた。自分も挨拶を返し、母の頬に口づけた。

 

「この頃イツキは沢山お昼寝して、夜もちゃんと寝られてるのね。お利口さん」

 

自分を撫でる母に肯定も否定もせず、ただ微笑むことに留まった。

 

 

ーAnother Viewー

早朝の窓の外に目を遣るとひらり、ひらりと雪の華。

 

「道理で冷えるはずだわ。よし、今日は早めに食堂に行こうかな」

 

私はあの図書館で出会った姿が無い彼のことを先生と呼ぶことにした。

最初に先生と呼んでみた時は、困ったように自分はそんなふうに呼ばれるような者じゃないよと伝えてきたけれど、私にとって彼は最高の先生だった。

 

放課後になると毎日図書館に通い詰め、先生に会えることが嬉しくて、楽しくて胸が弾む。

 

初めは私が放課後直ぐ様に図書館へ向かい、じっとあの席で待っていたけれど、ある日魔術書を読んでいる最中に空腹でお腹がぐうと鳴り、そう言えばお昼を食べること最近忘れていたと思った。

そうすると先生は少しだけ窘めるように、食事はきっちりと取ったほうがいい、特に朝食は出来るだけ食べること、君が本気で魔術で知識を求めるなら尚更だよと伝えられた。

 

それから先生との勉強会は大体の開始時間や終了時間を決められた。

アカデミーの休息日でも図書館に向かい先生と勉強会をする日々の中、魔術書を読み終えた後や新しく魔術書を見繕う間、休憩時間などで少しづつ意識の中で会話をすることが増えていった。

 

先生はご自分のことをほとんど語らないから、一方的に私が先生にお話することのほうが多かったけれどそれでもその時間は私にとってかけがえの無いものだった。

きっと先生には何か事情があってのことだと私は自分を納得させ、先生を困らせるような質問はしないようにした。

 

そんなある日、先生が初めて明日は来れない、来客があると告げられた。

どうやら先生のところにご両親と懇意の客人が来るとのことだった。

先生はどんな家柄の方なのだろうか、私は気にはなるが殊更掘り下げることはせず素直に引き下がった。先生を困らせるようなことだけはしたくはない。

 

それからは特に特別なことは無かったが、先生と学ぶ日々はそれ自体が私にとって特別で素敵な毎日になっていった。

 

「よし、準備しなくちゃ」

 

寮の自室にある姿見の鏡の前に立ち、身だしなみをチェックする。

アカデミーの制服をきっちりと着用し、目元を隠す長い前髪をすっと掬い上げる。

 

「・・・前髪、ちゃんと整えようかな?」

 

先生は私の姿が見えてるのかな?と考え、こんな暗い容姿では嫌われてしまわないかと悩む。

それは好かれたいということじゃないかと思い立ち、急速に火照った顔を左右に振った。

 

ふぅと息を吐きだすと白い吐息となって消え行く様をみて、落ち着きを取り戻した私は食堂に向かうことにした。

 

貴族も多く在籍し、有力な魔術師の出資あるアカデミーの利便性は群を抜いている。

寮内は一人につき一部屋は当たり前、食堂は早朝から深夜まで学生の要請を聞き食事を提供してくれる。魔術師とは希少なものであり、その才能を持つものは少ないこともあってのことだろう。

 

私は人がまだ疎らな食堂に到着し、近くにいるメイドに食事の提供をお願いした。

 

人のいないテーブルに着席し、暫くして私の前にメイドが朝食を持ってやって来る。

短くお礼を言って、メイドの淹れてくれた紅茶で口を湿らせ、朝食に手を付けることにする。

メニューはティコリーのポタージュにシーザーサラダ、それにファングの燻製を挟んだサンドウィッチ。

 

先生の言いつけがあった後、私は食事を抜くことを止めた。特に朝食は必ず取るように心がけていた。

それからと言うもの、授業には集中でき、先生との勉強会の成果もあって授業の内容はどんどん頭に入っていき知識として吸収していった。

 

そして今日は年度末の魔術知識を試す筆記試験の日だった。

先生にいい知らせを報告出来るかもしれないと気合を入れている私は、まさかその後にとんでもない事に巻き込まれるなんて思いもしていなかった。

 

試験を終え、数日が経ち大型掲示板に各学年の成績が張り出された。

一年の一番上に私の名前があるとは思わなかった。

先生に報告するのが楽しみで仕方がない。先生は褒めてくれるだろうか?放課後の勉強会に心が弾んだ。

 

先生に結果を報告すると、まるで自分のことのように喜び、私のことをとても褒めてくれた。

あまりに嬉しくて目が潤んでしまった。きっと先生に気づかれてしまったかもしれない・・・恥ずかしさで熱を持った顔を両手で覆う事くらいしか出来なかった。

 

そして――――。

―――私は人の醜い陰謀に巻き込まれる。

 

試験結果が出て一週間、それは始まった・・・。

朝の部の授業終了直後、ロハルド教諭が口を開く。

きっちりとしたスーツに身を包み、少しキツめの顔立ちだが、ロハルド教諭は女生徒に人気らしい。

 

「リリー・ヴァン、職員室まで来なさい」

「・・・?はい、分かりました」

 

私は特に問題を起こした記憶もないので気にすることもなく職員室に向かったのだが、そこで待っていたのは愕然とするもので、全く見に覚えのない現実だった。

 

「・・・私が試験結果を不正に改竄・・・なんですかそれ!私は何もしていませんっ」

「そうは言うがな、ヴァン。実際に他の先生方も口を揃えて言っている」

 

職員室で私を遠巻きに囲むように立つ教師達が口々に自分はリリー・ヴァンの点数をあんなに高く評価した覚えがないと――。記憶とは違う評価になっていると――。

そう、訴えていた。

 

訳が分からなかった。

私は別に試験の結果なんて、先生と出逢ってから気にすることはなくなった。

別に点数なんてどうでもいい、自分の理解、知識が通用するか否かだけでよくなっていたのだ。

試験の結果だけを改竄して何になるというのだろうか。

 

私の目の前のロハルド教諭が備え付けられた椅子でギシリと音を立てて足を組み替える。ふと教諭が肘をかけた机に目を遣ると筆記用具や教科書や資料が几帳面にきっちりと揃えられている。

教諭はオールバックにした金髪をスッと撫で、掛けられた眼鏡のブリッジを中指で上げる。切れ長の目を細めて私をその視界に入れた。

 

「ヴァン、この試験結果により一週間後に行われる魔術実技大会の優勝シードが与えられることは知っているだろう。成績首位のお前に与えられるのは優勝決定戦の切符だ。分かるよな?」

「それが何か・・・」

「我々は君の試験結果の再審査を学園長に打診したのだが、学園長から返ってきた答えは『改竄を許した間抜けな教師の失態を生徒に擦るなぞ恥の上塗り』とのことでね」

「・・・」

 

私は見に覚えのないことで端から疑われていることに悔しさで滲んだ涙を隠し、拳を握りしめた。

 

「学園長はもしその学生が、実技大会でお粗末な結果を残すのなら処分は我々に任せると仰った・・・我々も色々と協議した結果・・・リリー・ヴァン、君が実技大会で優勝しなかった場合当学園からの退学処分とすることになった」

 

何なんだこれは・・・。

一体私が何をしたんだ・・・。

怒りや不安、情けなさや悔しさ、そして悲しみ・・・様々な感情が綯い交ぜになり、狂ってしまいそうだった。

 

呆然としながら、職員室を出た私に幾つもの視線が絡みつく。

実は数日前から、こちらを盗み見るような視線や、こそこそと陰口のようなものを叩かれていた。

それはずっと落ちこぼれだった私が急に首位を取ったことによるやっかみのようなものと思っていた。

だが、実際は私が不正をし不当に首位を得たという噂が囁かれていたのだろう。

 

目元を隠す前髪が揺れる。まるで世界がぐにゃりと歪むように私から平衡感覚を奪う。

周囲の汚いものを見る蔑むような視線。正義感からくる憤怒の視線。呆れ果てたような視線――。

胃の中の物を全て吐き出してしまいたいくらいの気持ちの悪さ。

 

「――っ・・・せん、せぃ」

 

――――助けて。

 

暗い森の中で救いを求め辿々しく歩く子供のように、私は光を目指してあの場所へ向かう。

心が壊れてしまう痛みを抱え、歪んだ世界をただひたすら進み救いを求めて重厚な扉を開く。

懺悔室の椅子に座る罪人のように私はいつもの席に崩れ折れるように座り込み、祈りを捧げるように机の上で両手を組み俯いた。

 

「先生・・・あぁ、先生・・・」

 

掠れ震える小さな呟きのような呼びかけは届くだろうか。

そして・・・。

 

 

―――――――貴方を困らせてしまう私を許してくれますか?

 

 

ーAnother View Endー

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