第二十一話
乾いたのどかな時間が流れる村から、再び慌しさと共に人々の活気が溢れるコロッサスシティへと帰ってきたツルギとアンバー。当然、新たな仲間であるポクも一緒だ。
コロッサスシティでも見かけないロボットを二人が連れ帰ってきた事に、二人の知り合いにしてご贔屓様である銃砲店の店主たるジョージが気にならない筈もなく。
帰ってきた早々、ポクに関する質問攻めを始めようとしたのだが。
「ぼくちん二人の頼れるお仲間ポクって言いま~す。よろしくで~~すっ!」
ツルギを押しのける勢いで行ったポクの自己紹介を聞いた瞬間、何かを察したジョージは。急速に興味を失ったのか、それ以降、必要最低限の質問以外行わなくなってしまった。
こうして少しばかり浮いてはいるものの、コロッサスシティに無事に新たな仲間が一人加わり。その後、時は流れ、一週間ほどが経過した。
一週間の間、依頼で少しばかりやり過ぎてしまう所はあるものの、それでも順調にポクもコロッサスシティでの生活に慣れ始めていた。
そしてこの日、二人と一台となったツルギの何でも屋の自宅兼事務所に、一人の依頼者が訪れた。
「手紙、ですか?」
「はい。手紙を、届けてほしいんです」
応対用の小奇麗なテーブルで依頼者の、一回りほど年上であろう女性の依頼内容を確認するツルギ。
アンバーとポクは、ツルギの後ろで立ち尽くして二人の話に耳を傾けている。
「私の弟に、この手紙を届けてきてほしいんです」
「弟さん、ですか?」
「はい。私の弟、コッチャはここから北の方角にあるロッジクストと言う小さな集落に一人住んでいるのですが、その弟に是非この手紙を届けてほしいんです」
小奇麗な衣服を身にまとった依頼者の女性は、自身が手にしていた手紙をツルギの目の前に差し出す。
手紙自体は特に封など変わった様子もなく、至って普通の手紙と言えた。
星が疲弊する以前は紙媒体でやり取りをする事自体珍しい事となっていたが、現在では、紙媒体でのやり取りはウェイストランドでは最もポピュラーな方法であった。
ただし、ウェイストランドの住民の中には文字自体を読めないし書けない者もおり。文明が崩壊して久しいウェイストランドの実情の一端が垣間見える。
だが、この依頼者の女性の弟さんに関しては、少なくとも文字の読み書きについては問題ないようだ。
「差支えなければ、手紙の内容を教えていただけませんか?」
「はい。……実は、その手紙は近々挙げる私の結婚式の招待状なんです」
「え!? 結婚! おめでとうございます!!」
流石に依頼者の手前手紙を開けて中身を確認する事はしないツルギ。
依頼者本人に手紙の内容を教えてもらうと、その内容に何故かツルギではなくアンバーが敏感に反応を示した。
目を輝かせながら祝福を送るアンバー、やはり女性にとって結婚式と言うものは特別なものなのだ。
アンバーの祝福に依頼者の女性も答えると、ツルギに諭されながらアンバーは再び定位置へと戻る。
「さてと。で、その結婚式の招待状を弟さんにお届けすればいいんですね」
「は、はい」
「分かりました」
依頼を引き受ける旨を伝えると、ツルギはポクに言って契約書とペンを持ってこさせる。
依頼者の女性が契約書にサインを書き終えると、次いで依頼の料金についての話が始まる。
「先ずは前払いと言う事でこれ程いただきます。そして、依頼を無事に完了いたしましたら、残りの、こちらの金額をお支払していただきます」
「分かりました」
料金に関する取り決めも特に揉めることもなく滞りなく進められると、ツルギは前払い分の料金を受け取る。
こうして、正式に依頼を引き受けたツルギ達は、依頼者の女性が事務所を後にした後、早速依頼を遂行させる為の準備に取り掛かる。
まず取り掛かったのは移動時に消費する消耗品の類、食料や水などの確保である。
ツルギは一人で、アンバーとポクはペアを組んで。手分けしてコロッサスシティ内の商店で必要な品を買い揃えていく。
「ねぇねぇ、アンバー?」
「どうしたのよ?」
「これ買って? おねがーい?」
ツルギから手渡されたメモに書かれた品々を買い揃えているアンバーに、不意にポクが愛らしい声色と共におねだりをしてきた。
鉄製の三本の指で器用に掴んで見せたのは、一本のビン。透明なビンの中身は、何やらべっ甲色をした液体であった。
「何それ?」
「天然の潤滑油ですよ!!」
「ふーん」
あまり関心がないのか、熱弁するポクに対しアンバーの反応は素っ気ないものであった。
「で、それどうして欲しいの?」
「いや~、この間はぼくちん頑張ったし、今回の依頼も頑張るんで、所謂ご褒美と報酬の前払いってやつで……」
「却下!」
「ポホーッ!!」
そして、案の定と言うべきか。やはりポクのおねだりはあっさりと却下される。
「どうして!? どうして!? ぼくちんあんなに頑張ったんだよ!!」
「別に喫緊に必要不可欠なものじゃないんでしょ? だったら今は無駄使いなんてしてる場合じゃないからそれは買えないの。そもそも、それ、そんなに頻繁に買えるものじゃないじゃない!」
ポクの背後にある天然の潤滑油を取り扱っている店舗の店頭には、ポクの手にしている天然の潤滑油の売値が示されている。
そこに書かれていたのは、アンバーのカスタムMP5K程ではないにしろ、そこそこ値が張る金額であった。
「そもそも、あんたこの間ウェルキッドの一件のご褒美にってツルギからオイル貰ってなかったっけ?」
「ぎ、ギクッ!! で、でも、あれは安い合成物で天然ものじゃないから……、あ!」
「はい、それじゃこの件はおしまい! さっさと店に返してきなさい」
自ら墓穴を掘ったポクは、ロボットらしからぬ哀愁漂ううなだれた背中を見せながら、手にした天然の潤滑油を店に返しに行くのであった。
そんなポクの姿を見て、アンバーは少しだけ同情し。
「返してきました……」
「そ。……なら、あんな高価な物は買ってあげられないけど、安いものなら好きなもの買ってあげるわよ。この間の活躍のご褒美に」
「ふぇ!? 本当ですか!?」
「えぇ、ただし、本当に安いものだけだからね!」
「ウヒォーイッ!! アンバー! サンキューでーす!」
ポクの現金過ぎる態度の変わり様に苦笑いを浮かべるアンバーではあったが、内心ではポクの喜ぶ姿を見て自身も笑顔を浮かべるのであった。
こうして天然の潤滑油ではないが、モニター用のクリーニングスプレーを買ってもらいご満悦なポクと、そんなポクを見て自然と笑みが零れるアンバーは、その後特に問題もなくメモに書かれた品々を買い揃え。
買い物の品で一杯になった紙袋を持ちながら、自宅兼事務所へと戻るのであった。
自宅兼事務所へと戻ると、先に買い物を済ませていたツルギが依頼に際しての荷造りを既に始めていた。
「お帰り、アンバー、ポク」
二人に挨拶をしながら、ツルギはバックパックに必要な弾薬類に予備の銃を入れていく。
「ただいま、ツルギ。あ、買ってきたもの、ここに置いとくね」
「ありがとう」
アンバーが買ってきた食料と水を、ツルギは隙間を作らぬよう、それでいて取り出しに困らぬようにバックパックへと入れていく。
「そうだ、アンバー。ポクとの買い物は楽しかった?」
「え? あぁ、そうね。……退屈はしなかったわ」
「ぼくちんはとーっても楽しかったよ! アンバーにご褒美も買ってもらったしね!!」
「ちょ! ポク!」
「はは、それは良かったね、ポク」
「うん! ぼくちん、アンバーの事もっともーっと大好きになったんだ!」
ツルギの前でポクにご褒美を買ってあげた事をばらされ、顔を赤くするアンバーであったが。
内心では、自身も出会った時よりポクの事を好きになっている、そんな気持ちが芽生えている事を自覚していたアンバーであった。
「そうだ、ポク。ちょっと肩のハッチを開けてもらっていいかな? ミサイルを補充したいんだ」
「うん、いいよ!」
こうしてやり取りを終えた後、荷造りが一段落したツルギは今回の依頼でも頼りになるポクの強力な武装、その弾薬を補充し始める。
一方のアンバーは、自身の荷造りを始めるのであった。
読んでいただき、どうもありがとうございます。