ラブライブ!~10年後の奇跡~   作:シャニ

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1.喫煙ルームの女医

今にも雨を降らせそうな雲に覆われた、昼下がりの空。

 

喫煙ルームの窓から空を見上げて、白衣の女はただでさえ沈んでいる気分を余計に沈ませた。だらりと下げた右手に持つ煙草の煙がたゆたう。

 

壁にもたれかかりながら、右手をゆっくりと持ち上げ、煙草を口にして、煙をゆっくりと吐き出す。

 

「死んじゃった・・・また」

 

煙を吐き終えて、彼女はつぶやいた。スタッフ専用の喫煙ルームには彼女以外に誰もいない。

 

彼女、西木野真姫にとって、喫煙ルームは逃げ場所になっていた。念願叶って医師になり、その第一歩を踏み出した真姫の、唯一と言っていい逃げ場所である。

 

医学部を卒業して研修医になった真姫には、様々な試練が降りかかっている。

 

臨床の現場に出て以来、医師としての知識不足、技術の未熟さを実感させられている。患者との接し方、看護師等の病院スタッフへの接し方にも手を焼いている。先輩医師からの厳しい指導には、常に心が折れそうになる。

 

しかし、真姫にとってもっとも精神的に辛いのは、患者の死である。研修医になってちょうど1年が経とうとしても、未だに患者の死には慣れないでいる。

 

今朝、真姫が担当していた女性が亡くなった。末期の脳腫瘍だった。気のいいおばさんで、患者に接することが得意ではない真姫も、彼女には気兼ねなく接することができていた。

 

たとえ研修医であっても、自分がもっと医師として優れていれば、彼女にもっと長く生きてもらうことができたのではないか。受け持った患者が亡くなるたびに襲ってくる無力さが、再び真姫を苛んでいる。

 

辛いことが起こったとき、真姫は喫煙ルームにやってくる。真姫が勤務する聖堂大学医学部附属病院では、スタッフの喫煙率が非常に低い。喫煙ルームはあるものの、利用する人間がまれであるため、一人になりたいときに真姫は必ずここを訪れる。成人して以来、煙草を手放せなくなったこともあり、真姫には都合がよかった。

 

「あたし・・・医者になったの、正解だったのかしら・・・」

 

窓から目を離し、壁に全身を預けて、真姫はつぶやいた。医学部受験の際も、医学部に入学した後も、真姫にとって人生は順風満帆とは言えなかった。現役で医学部に入学することはできず、一年間の浪人生活を経て合格した。国立大学の医学部に入学を希望していたが、そちらには合格せず、合格したいくつかの私立大学の中から聖堂大学を選んだ。高校時代に成績優秀であった真姫にとって、これは挫折と言っていい出来事だった。入学後も、彼女なりに学業に励んだつもりではあったが、自分より優秀な学生が多く、様々な場面で劣等感を味わうことが多かった。

 

煙草を手放せなくなったのは、そういうことが積み重なってからだ。イライラしているとき、男子学生に勧められた煙草。吸うと、なんとなく気持ちが楽になったような感じがして、それ以来、喫煙が止められなくなった。

 

医者になったことが正しいのかどうか。何度も自問自答している問いかけには今回も答えを見出せず、真姫は右手に持った煙草を再び口にし、喫煙ルームのガラス戸越しに、休憩スペースのテレビに目をやった。付けっぱなしのテレビの大画面に、懐かしい顔が映っており、真姫の目はテレビに釘付けになった。

 

「エリー・・・」

 

思わず、真姫はつぶやいた。画面に映っている金髪の女性は絢瀬絵里。真姫とともに、スクールアイドルグループμ’sのメンバーとして、かけがえのない一年を過ごした仲間だ。高校卒業後、絵里はロシアのバレエ学校に入学したため、真姫や他のメンバーたちと疎遠になっていた。いま画面に映っている彼女は、ロシアの名門バレエ団のプリマドンナとしての絢瀬絵里だった。テレビの音声はよく分からないが、このバレエ団が来日公演するニュースのようだった。

 

「戻ってくるのね・・・」

 

画面に映る絵里は、高校生の頃よりも遥かに美しく、落ち着きある大人の女性に成長しており、真姫にはそれがとても輝いて見えた。微笑ましい気持ちが一瞬だけ浮かび上がってきたが、それはすぐに劣等感に変わった。自分は医師にはなったが、絵里のように輝けているとはとても言えない。医療の現場で日々もがき続ける自分。絵里の成功は真姫にとって素直に喜ばしいことではあるが、自分は絵里のように輝かしく生きてはいない。高校生の頃とはもう違うのだ。

 

真姫は、かなり短くなった煙草を灰皿に捨て、もう一本吸おうと煙草を取り出そうとした。すると、医療用のPHSがけたたましく鳴った。指導医からのものだった。用件について凡そ察しがついている真姫は、PHSに出ながら、喫煙ルームのドアを空け、休憩スペースを抜けて医局のほうへ向かった。それは次に受け持つ患者の話に違いなかった。




ご高覧下さいまして、誠にありがとうございます。

小説を書くのは初めて、かつ、我流で書いております。技法と言える技法もなく、文章も拙いところが多々あるかと思いますが、ご容赦ください。

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