フランスにいるはずの南ことりが、いま、真姫と花陽のすぐそばにいる。メイドと談笑していて、こちらには気づいていない。
「真姫ちゃん、あれ、ことりちゃん・・・だよね?」
ことりが「ファッション業界の人間」という表現がぴったりな、かなり洗練された格好であるため、再会できた嬉しさはあるものの、恥ずかしがりの花陽は声をかけにくいらしく、小声で真姫にささやきかける。
「そうね、ことりね。でも、なんで日本に・・・フランスにいるって聞いたけど」
真姫も内心では驚き、喜んでいるのだが、人見知りであるため、花陽と同じく自分からは声をかけにくい。こういう時にどういう顔で話しかければよいのか分からないのだ。
しかし、真姫や花陽が躊躇しているうちに、入り口から店内を見回したことりは、すぐに二人に気づいた。驚きと懐かしさが入り混じった表情で声を上げ、二人のテーブルに駆け寄る。
「あ~、ひょっとして、真姫ちゃんと花陽ちゃん?久しぶり~!どうしてここにいるの?すごい偶然!」
「こ、ことりちゃん・・・ひ、久しぶり・・・」
花陽の笑顔はやや引きつっている。
「久しぶり、ことり。ここで会えるなんて、すごい偶然ね」
真姫は内心では接し方を分からずにいるが、外見上は平静を装いつつ笑顔で応じる。
「懐かしいからここに寄ってみたんだけど、良かったあ。まさかこんな素敵な偶然に出会えるなんて」
「私たちもそうなの。花陽がここに来たいって言うから、寄ってみたのよ。よかったら一緒にお茶でもどうかしら」
真姫の勧めにことりは応じ、二人と同席した。彼女には紅茶が運ばれてくる。それから三人は、今までの自分たちと、矢澤にこ、そして凛の近況について語り合った。
南ことりは、高校卒業後にイギリスに渡った。高校三年生以後の彼女は、モード系のファッションに興味を持つようになり、その方面での人材を数多く輩出しているロンドンの大学に進学したのだ。大学を優秀な成績で卒業した後、彼女はパリに本拠を置く世界的なファッションブランドにアシスタントデザイナーとして抜擢された。そのブランドの協力を得て、彼女は昨年にパリで自身のブランドを立ち上げ、成功を収めたため、次は日本へ出店することとなり、三日前から帰国しているのである。
「ことりちゃん、すごい・・・なんだか、手が届かない人になっちゃったみたい」
ことりの話を聞き終えた花陽は、そう感嘆してから、三杯目の紅茶を口にした。
「そんなことないよ~。ブランドも私もぜんぜん有名じゃないから」
「でも、ヨーロッパで評価されないと、日本に出店はできないじゃない?私も、ことりはすごいと思うわ」
そう言う真姫のコーヒーは二杯目である。花陽に比べて、真姫はあまり自身について語らなかった。正確には、あまり語りなくなかった。
「そうだ!明後日なんだけど、お店の開店セレモニーをやるの!急なんだけど、時間があれば来て!」
そう言うと、ことりはハンドバッグから自分の名刺を取り出して、真姫と花陽に渡した。エッジの利いたデザインのバッグは、彼女の作品らしかった。
「招待制だから、受付でこの名刺を出して、名前を言ってくれたら、入れるようにしておくね。場所はあとで連絡させて」
ことりは屈託のない笑顔で言うが、名刺をもらった花陽の表情は完全に怯えと緊張の入り混じったものになっている。
「えええ・・・そんな・・・おしゃれなところのセレモニーなんて・・・私・・・場違いだよう」
「大丈夫。ちょっとおしゃれなくらいの服装で十分だし、いざとなったら、お店のお洋服、貸しちゃうから」
「いいんじゃないの、花陽。あなた、しばらくお休みなんだし」
真姫が落ち着き払って言う。家族でこういった催しに招待されることが多く、慣れているためである。
「真姫ちゃんは・・・来れそう?20時からなんだけど」
「私は・・・仕事が無事に終われば、お邪魔するわ」
「本当?よかった!楽しみに待ってる!」
そう言ったところで、ことりのスマートフォンが鳴った。仕事で何かトラブルがあったらしく、開店準備中の店に戻ると言う。二人の来訪を心待ちにしていると告げて、ことりは慌ただしく店を出ていった。時計は23時に近づいており、真姫と花陽も解散することにした。会計を済ませ、店を出る。
「そういえば、さっき、真姫ちゃん何かいいかけたよね、たしか、アイドルがどうとか・・・」
街路灯と量販店の明かりくらいしか灯っていない秋葉原の路上で、花陽が言った。
「ううん、なんでもないの。大したことじゃないから、気にしないで」
多忙な凛とことり。そして、相変わらず極度の恥ずかしがり屋である花陽。久しぶりに会ったメンバーのことを考えると、真姫には「μ‘s再結成」の話はできなかった。何より、自身にもまだ戸惑いが大きい。真姫は、花陽と近日中の再会を約束すると、タクシーで帰宅した。太田との出会い、凛、花陽、ことりとの再会。今日のたくさんの出来事に心労を感じた真姫は、ベンツを取りに病院に戻る気にはなれなかった。
帰宅してすぐ、真姫はシャワーを浴びて髪を乾かし、ベッドに入った。今日の花陽と、ことりとの会話を思い出す。真姫が自分のことをあまり語らなかった理由。それはメンバーに対して感じた劣等感である。凛、花陽、昨日テレビで見た絵里。にこも、アイドルにまつわる業界で着実に自身の地位を築いている。彼女らと比べると、いまの自分が輝いているとはどうしても思えない。そんな劣等感が、彼女に多くを語ることを避けさせたのだ。
「私はまた、輝けるのかしら・・・あの子たちみたいに」
そんなことを考えながら、真姫は眠りについた。時計は午前1時になろうとしていた。
ことりちゃんの口調、書いてて分からなくなりますね・・・セリフ回しに苦心しました。
真姫ちゃん、花陽ちゃん、凛ちゃんは困らないんですけど、ことりちゃんは声に特徴がありすぎて、「彼女なら、どういう言い回しになるかな?」というのを考えるのに時間がかかります。
それはさておき、今回も読んでいただき、ありがとうございました。
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