真姫は音ノ木坂学院を出て、次の約束を済ませるために秋葉原へ向かっている。足早に歩きながら、海未との会話を思い出す。
μ’sを一度だけ復活させたいという真姫の願いに対して、高校生のころと変わらないネガティブな反応を示したのち、海未は真姫を部屋の窓側に手招きした。
「あの子たちを見てください。私たちの頃とは比べ物にならないくらい、パフォーマンスの質が上がっています」
MADAの超高校生級のパフォーマンスをすでに見ているだけに、真姫は海未に応えなかった。
「私たちが音ノ木坂を卒業してから今までの間に、音ノ木坂は音楽だけでなく、ダンスも含めて、芸術の総合教育に力を入れるようになりました。スクールアイドルだけではなく、その先の芸能活動まで視野に入れた、才能あふれる子たちが入学するようになったのです」
真姫が大学に在学している頃から、音ノ木坂の卒業生たちが次々と芸能や芸術の世界に進出し、少なからず成功を収めていることは、真姫も矢澤にこから伝え聞いて知っていた。海未は続ける。
「そんな子たちがたくさんいる中で、μ’sが一度だけとはいえ、復活してライブをするなんて、私にはできません。観る人に笑われるだけです・・・私には、それが耐えられないんです」
秋葉原に向かう夜道の中、そう語る海未の残念そうな表情を思い浮かべながら、真姫はため息をついた。海未に会うまでは辛いと思わなかった二月の冷たい空気が、今の真姫には堪える。
「そんなこと、分かってるわよ・・・」
μ’sとA-RISEがスクールアイドルの知名度を飛躍的に高めてから10年が経ち、スクールアイドル全体のパフォーマンスは飛躍的に向上した。A-RISEが芸能界で大成功を収めたこともあり、今やスクールアイドルは芸能の世界で成功したい女性には登竜門となっている。
北方マリアは、μ’sがライブをしている動画をみて何か感じてくれたようだが、スクールアイドルを引退して10年も経過している真姫たちに、また同じようなライブができるとは限らない。たとえそれができたとして、実際に生で観たマリアに何も残せないようでは意味がない。
「どうすればいいのかしら・・・」
解決の方向性が見えない悩みを抱えて歩いているうちに、真姫は目的地に到着した。神田明神下の交差点近くにあるファミリーレストランの扉を開くと、相手はすでに到着していた。レストランの一番奥にあるテーブルに陣取っている彼女は、夜なのにサングラスにマスク姿だ。真姫がテーブルに近づくと、相手は大きめに声を上げた。
「遅いじゃない、真姫!」
「え、時間どおりに着いてるわよ」
「そうじゃないわよ!このにこにー様を待たせるなんて、いい度胸してるわ」
矢澤にこである。憎まれ口を叩くのは高校生のときと変わっていないが、口調は当時よりもかなり柔らかくなっている。真姫が来たので、にこはサングラスとマスクを外した。
「待ち合わせ時間よりも早く来るなんて・・・一体どうしたのよ」
席に着きながら真姫が言うと、にこは得意げな表情を見せる。
「真姫が相談したいこと・・・分かってるわよ。復活させたいんでしょ?」
それを聞いた途端、真姫は目を見開いた。にこがグループ名をあえて言わないのは、場所と客層を考えてのことである。
「えっ、どうして知ってるのよ!この話、海未にしかしてないのに」
「太田さんが教えてくれたわ。真姫の力になってあげてほしいってね。花陽と凛の話も聞いたわよ」
にこは商売を通して、得意客である太田と交流があるのだろう。真姫はそう推測した。
「そう、太田先生が・・・じゃあ話は早いわ。そう、復活させたいの。でも、ちょっと難しいかもしれない」
やや深刻な面持ちで真姫が言うと、にこは真剣な表情で真姫に居直る。
「そう。まずは、いまどういう状況なのか、話を聞かせて」
そう言うと、にこはウェイトレスを呼んでコーヒーを二つ注文した。真姫は、海未との会話をにこに伝えた。
「そう・・・海未なら易々と受け入れたりしないだろうけど、気にしているのは本人の気恥ずかしさというより、レベルの開きなのね。まあ、分からないでもないけど」
そう言うと、にこは得心したような表情でコーヒーを口に運んだ。いまのスクールアイドルのパフォーマンスが飛躍的に向上していることを仕事柄で実感している彼女には、海未の考えを否定できない。
「海未にそう言われて、たしかにそうかもって、私も思ったのよ。今の子たちがやっているようなライブが私たちにもできるかっていうと、それは違うなって。そう考えたら、復活させること自体、意味がないような気がして」
「でも、本当にできないのかしら?私たち」
伏し目がちな真姫を、にこは真っすぐ見据えて続ける。
「私たちは不可能と思えることを可能にしてきた。それがμ‘sなんじゃない?私一人ではできなかったことも、真姫たち一年生や、穂乃果たち二年生に、絵里、希がいればできた。だから、九人が揃えばきっとできる。私はそう思う」
「にこちゃん・・・」
真姫は高校の頃を思い起こした。学年が上であっても、真姫にとって、にこは自分よりも子供に見えることが多かった。しかし、10年経った今、にこは自分よりもずっと大人に成長していて、こうして真姫を励ましている。それは真姫には眩しく、頼もしい。
「まあ、あまり心配しないほうがいいわ。海未はメンバーの中で一番に生真面目だけど、無理矢理やらせれば、なんでもきっちりとこなすから」
気楽な口調で言うと、にこはスマホを取り出した。
「まず、こっちでレールを作るのよ。それに海未を乗せて、ほかの子たちも乗せていくといいわ」
あまりの行動の早さに呆気に取られる真姫をよそに、にこは電話越しに会話を始めた。どうやらダンススタジオを予約しているようだ。
「いつでもレッスンを始められるように準備は私がやるから、あとのメンバー集めは、真姫、頼んだわよ」
電話を切り、にこは勢いよく言った。真姫はその勢いについていけないようにも思えたが、首を縦に振らざるを得なかった。
やっと仕事がヒマになりました。5ヶ月も間が空きましてすいません。読んでくださる方々には、なるべくお待たせしないように、仕事の合間を見つけては書いていきたいと思います。
まずは、読んでくださって、本当にありがとうございます。