ラブライブ!~10年後の奇跡~   作:シャニ

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2.マリアという少女

研修医2年目の真姫は、自らが志望する分野である脳神経外科で研修を受けており、その医局に所属している。真姫を医局に呼び出したのは、真姫を指導している曽根香世子という30代半ばの女性医師だ。ベリーショートの黒髪で、背が高い彼女は、真姫にとっては聳える山のような、優しくも厳しい指導者である。

 

「西木野さんに新しく担当してもらう患者さん、決まったわ」

 

自分の椅子に座ったままで、彼女は真姫に資料を渡した。この医局では、研修医は最大で5人の患者を受け持つルールになっている。真姫は今朝までは5人の患者を受け持っていたが、1人が今朝亡くなったため、次の受け持ち患者が決まったのだ。入院を必要とする患者が毎日訪れるこの病院では、すぐに次の受け持ち患者が決まることは珍しくない。

 

「北方マリアさん。16歳。頭蓋底髄膜種の患者さんよ。詳しいことは資料に目を通しておいて。かなり神経質になってる患者さんだから、コミュニケーションに気を使ってね。あなたはその辺が苦手でしょうから、特に気をつけてね」

「頭蓋底髄膜腫・・・そんな難しい患者さん・・・私が持つんですか?」

 

頭蓋底髄膜腫とは良性腫瘍ではあるが、脳の下部に腫瘍が発生するものであり、手術が極めて難しい病気である。国内でこの手術ができる外科医は極めて限られる。

 

「手術するのはあなたではないのだから、それは気にしなくていいの。二週間後に手術なので、まずは看護と協力して、メンタルも含めたケアをしっかり行って頂戴。たぶん、貴方がこの患者さんには一番最適だと思うわ、μ’sの西木野真姫さん」

 

微笑しながら曽根は言った。彼女は、真姫が伝説のスクールアイドルグループ「μ’s」のメンバーであることを知っていたのだ。真姫は顔が赤くなりつつあるのを実感していた。

 

(知っていたのに、今まで黙っていたんだ・・・なんか、やっぱり、この人、苦手・・・)

 

そんなことを真姫は思いながら、曽根に一礼すると、恥ずかしげに医局を出て、北方マリアの病室へ向かった。曽根にこれ以上、赤い顔を見られたくなかったのだ。相手が指導医でも、真姫はなかなか素直になれないでいる。

 

北方マリアの部屋は個室だった。真姫が部屋を見つけると同時に、マリアの部屋から注射器等の医療器具を載せるためのトレイが飛び出してきた。トレイが床に当たり、からん、と音を立てる。

 

「いいの!放っといて!どうせ何しても意味なんかないんだから!」

 

部屋から聞こえてきたのは、少女の大声である。

 

若い女性看護師が部屋からそそくさと出てきて、トレイを拾う。真姫は近づいて彼女に声をかける。

 

「どうしたの?」

「あ、西木野先生。先生からも話してあげてほしいんです。北方さん、ぜんぜん言うこと聞いてくれなくて」

 

真姫は看護師と一緒に部屋に入った。部屋の中心にあるベッドの上に体育座りでうずくまっているのは、さきほど割り当てられたばかりの真姫の担当患者である。彼女は真姫を一瞥すると、棘のある口調で言った。

 

「今度は誰よ」

「あなたの担当医よ。西木野といいます。一緒にがんばろう・・・って言いたいところだけど、まず、病院は暴れるところじゃないわよ」

 

厄介な患者だと真姫は思ったが、表面上は穏やかに声をかけた。

 

「こんな若い人が私の担当なの?この病院、やる気あるのかしら」

 

緩くウェーブのかかった茶色い長い髪に、端正な目鼻立ちの美人であるが、その目は泣き腫らしたらしく真っ赤である。相変わらず語気は荒い。真姫は内心ではムッとしたが、変わらず平静を装っている。

 

「私は確かに若いけど・・・あなたの手術をするわけじゃなくて、あなたが手術を受けられるように、準備を整えることが仕事なの。手術を受けた後のケアも担当させてもらうことになるわ。まずは落ち着いて採血を受けて頂戴、北方マリアさん」

「採血とか、そういうの一切しなくていい。手術だって要らない。どうせ私はもう歌うことも踊ることもできなくなるんでしょう?脳みそを掻き繰り回されて、挙句に夢まで奪われるくらいなら、死んだほうがましだわ」

「えっ・・・夢?歌う?踊る?それって・・・」

 

歌う、踊る。それはかつて自身が心身を捧げて取り組んでいたもの。その言葉を聴いて、真姫は驚きを口にした。真姫の後ろに立っている看護師が口を開いた。

 

「この子、アイドルさんだそうなんです。その、あれ・・・スクールアイドル、っていう」

「そうなの?」

 

真姫は驚くと同時に、マリアがなぜこんなに絶望的になっているのか、すぐに理解した。

 

マリアが罹っている頭蓋底髄膜腫の場合、腫瘍付着部に脳神経、主要な動脈および静脈などが走っているため、手術で腫瘍を取り除かなければ、徐々に大きくなる腫瘍がそれらを圧迫していく。圧迫された結果、顔の麻痺、声のかすれ、手足をはじめとする運動能力の低下、視力低下などが引き起こされる。

 

しかし、腫瘍が生じた場所へ手術で到達することも難しければ、腫瘍を取り除く際に周りの神経や血管を全く傷つけずに取り除くことも難しい。仮に神経が傷つけば、傷つけた部位次第でマリアのスクールアイドル生命は断たれる。顔の麻痺、声のかすれ、運動能力の低下・・・どれが後遺症として残っても、スクールアイドルにとっては致命的だ。

 

すでにマリアは、腫瘍の影響で、自身が上手く笑顔を作れないこと、今までのように踊れないこと、歌えないことを実感しているのだろう。そのことを察した真姫は、やさしく声をかける。

 

「そっか・・・あなた、スクールアイドルなのね。うまく歌えないのも、踊れないのも、確かに辛いわよね。それは分かるわ」

「あんたにどうして分かるって言えるのよ。だってあなた、ただの医者でしょう?」

「それは・・・」

 

真姫は口ごもった。μ’sの名前を出すこと、μ'sの一員であったことを明かすことは、過去の栄光を持ち出すような気がして、気が引けたのだ。

 

「ほら、分かるわけないでしょう?ステージで輝いたことがない人になんか、あたしの気持ちが分かるわけないのよ。もういいから、一人にして!」

 

マリアは手元のクッションを掴み、真姫に投げつけた。クッションは力なく真姫の腹部に当たり、床に落ちた。おそらく、腫瘍の影響で腕に力が入っていないのだろう。

 

「出て行って!」

 

そう叫ぶと、マリアは体育座りのまま、顔を真姫たちから背けた。真姫は看護師に目で合図を送り、一緒に病室の外に出た。

 

「採血だけじゃなく、問診にも全く協力的じゃなくて・・・本当に困ってるんです」

 

医局へ戻る前に寄ったナースステーションで、高杉というベテランの看護師に言われたことを、真姫は思い出していた。肉体的には疲れていないが、精神的な疲れを感じて、真姫は身体を医局のソファに委ねている。たしかに、このままでは手術どころではない。

 

医局に戻ってすぐに、真姫は北方マリアが所属しているグループについて、インターネットで調べた。グループ名は分からなかったが、北方マリアで検索をすると、すぐにたくさんの情報が出てきた。

 

彼女が所属しているグループは「MADA」という名前である。秋葉原にあるUTX学園のグループで、かつて同じ学校に所属し、伝説のグループとしてμ’sと並び称されるA-RISEの、その再来と言われるほどにパフォーマンスの質が高く、全国的に知名度の高いグループであること、そして、北方マリアはそのグループのセンターポジションにいるメンバーであることが分かった。

 

真姫はMADAの動画もチェックした。歌、ダンス、衣装、ステージ演出など、かなりレベルの高いグループであることは一目で分かった。そして、マリアはその中で特に輝いていた。

 

(あんなに才能あふれる子が、自由にパフォーマンスできなくなるなんて、本人にとってはとても残酷な話よね・・・)

 

ソファに深々と座りながら天井を見上げ、真姫は思った。

 

頭蓋底髄膜腫の手術は極めて難易度が高いが、日本にはそれを行える脳外科医が十数名ほど存在する。この病院の脳神経外科医長、国東もその一人だ。ただし、後遺症を全く残さずに、完璧に腫瘍のみを取り除ける医師となると、世界に何人いるか、ということになる。

 

「おやおや、さっそくマリアお嬢ちゃんにやられてきたみたいね」

 

医局のドアが開き、夕方の回診を終えた曽根が入ってきた。彼女はすでに、マリアの現在の精神状態を知っていたらしい。真姫は申し訳なさそうに口を開く。

 

「何もさせてくれませんでした」

「この病院に紹介状を持ってやってきた時だって、彼女はほとんど口を開かなかったわ。話したのは彼女のご両親。渋る彼女を無理やりこの病院に連れてきて、なんとか入院させたのもご両親なのよ」

「最初の診察は、曽根先生が担当されたんですか」

「正確には、国東教授。私は付き添い。教授は彼女の態度に途中で怒り出しちゃって、私は最終的にはなだめ役になっていたわ」

 

「手術の執刀は、教授が担当されるんですよね?」

 

「教授は担当されないわ。たぶん、明日のカンファレンスのときに、執刀医の情報共有があるんじゃないかしら」

 

真姫は驚いた。この病院を代表する名医で、国内屈指の国東が執刀しない。では、誰が執刀するのか。国東に並ぶ医師がこの病院にはおらず、真姫には見当もつかなかった。

 

「執刀医の人選はともかく、まずは北方さんに手術を受けるための準備をしてもらわないといけないのだけど・・・西木野さん、彼女とコミュニケーションできそう?」

「私には・・・無理だと思います」

 

これは真姫の偽らざる気持ちである。

 

「スクールアイドル経験者、しかも伝説のμ’sの一員だったあなたなら、彼女とうまく打ち解けられると思ったのだけれど・・・簡単ではないわね」

「今の私は、研修医の西木野真姫です。μ’sの西木野真姫は、もう10年も前に終わっています。そもそも曽根先生は、どうやって私の過去をご存知になったのですか?大学でも病院でも、一切話したことはなかったのに・・・」

「教えてくれた人がいるのよ。でも誰かは教えてあげない」

 

意地悪そうに微笑みながら曽根は言った。真姫は訝しげに曽根を見た。

 

「そんな顔しないの・・・いずれ分かるわ。もう今日は仕事も残っていないし、帰りなさい」

 

真姫は外を見た。二月の空はすでに夕暮れを過ぎ、暗くなっていた。

 




今回も、ご高覧下さってありがとうございます。
医療系の話がたくさん出ていますが、書いている本人は医療には無関係でして、Webで調べた知識を元に書いていますが、事実と異なる部分もあると思います。その辺はフィクションということで、ご勘弁頂けますと幸いです。

忌憚なきご意見ご感想、よろしくお願いします。
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