「スピリチュアル天気予報」という怪しげな言葉とともに、テレビの画面に現れたのは東條希である。画面には占い師としての彼女の名前である「東方美子(とうほう みこ)」というテロップが表示されている。
「これ…希…よね?」
「うん…希ちゃんに間違いないにゃ…」
西木野真姫の問いに、星空凛が応えた。小泉花陽も含め、全員が目を大きく見開き、驚きの表情を浮かべている。花陽が口を開く。
「希ちゃん…占い師さんになってたんだ…」
「希の行方って、エリーもにこちゃんも知らなかったけど…まだ関西にいたのね」
応じたのは真姫だ。高校卒業後に、希が両親の住む関西の大学に入学したことはμ’sのメンバー全員が知っていたが、その後は疎遠になっていたため、大学卒業後の進路までは誰も知る由もない。
「希ちゃん、昔から占いが得意だったけど、それをお仕事にしているのって、なんか意外だにゃ」
凜の発言に、真姫も花陽も頷いて同意した。高校時代の希は、いつも穏やかにメンバー全員のことを見渡し、見守っている存在だった。そんな彼女ならば、きっと堅実な人生を歩んでいるだろうという先入観が三人にあった。
画面の向こう側にいる三人の様子など知るはずもなく、希は、明日の天気に開運の要素を交え、視聴者がどういう行動を取れば運気が上がるか、明るい口調で説明していった。希がいま出演しているのは関西ローカルのバラエティ番組であるらしく、天気図には大阪、神戸、京都、奈良、和歌山といった近畿地方だけが示されている。
アナウンサーには占い師として紹介されたものの、天気図の前に立つ彼女の衣装は薄いピンクのジャケットに同色のフレアスカートであり、ブラウスも白で、装飾品も華美にはしていない。いわゆるイロモノとして売っているわけではないらしいことが三人には窺い知れた。高校生の頃に比して、彼女の容貌は飛躍的に色っぽさが増しているものの、真姫、花陽、凛の三人であれば見間違えようがない。
希が一通り天気と開運について説明を終えた後、再び女性アナウンサーが画面に登場し、希にインタビューを始めた。
「東方さん、ありがとうございました。今回はお天気の予報から、運気を上げる方法を説明して頂きましたが、東方さんは他にもいろいろな占いを手掛けていらっしゃるんですよね」
「はい、普段はタロット占いや星占い、姓名鑑定なんかを主にやらせてもらっています」
希はにこやかに応じる。
「東方さんのお店は、女性のお客様でいつも大行列だと伺っていますが、タロットで占うことが多いんですか?」
「相談内容に応じて変えています。お客様からお悩みをお伺いして、それに合った占いを選んで、お話させてもらってます」
「そうですか、ありがとうございます。東方さんのお店は、こちらにありますので、皆さんよろしくお願いします」
そう言うと、女性アナウンサーは画面下に表示されたテロップを指さした。テロップには「占いの館 かんだ」という店名に加え、店の住所と電話番号、ホームページのアドレスが表示された。
「これって…このホテルの近くじゃない!」
テロップを見て真姫が叫んだ。真姫たちは難波のホテルに宿泊しているが、希の店があるのは難波の隣の日本橋である。矢澤にこがアイドルだった頃、真姫は彼女のイベントの手伝いで何度か日本橋に連れてこられたことがあり、毎回、宿泊先は難波だった。
「そうなの!?真姫ちゃん」
「ちょっと待って…ホントだ!ここから歩いてすぐの場所にゃ!」
右手に持ったスマートフォンの画面を見ながら、凜が声を上げた。真姫と花陽が画面をのぞき込むと、そこには検索サイトで「占いの館 かんだ」を検索した結果が表示されており、店のWebサイトのリンクに加え、営業時間、地図、このホテルからの経路と所要時間が表示されており、所要時間は徒歩で8分とある。
「このお店、明日も開いてるって…真姫ちゃん、凜ちゃん、行ってみない?」
花陽が言う。店は水曜日から日曜日の13時から20時まで営業していると表示されている。
「そうね…久しぶりだし、私も希に会ってみたいわ。凜はどうする?」
「もちろん、凜も行くにゃー!希ちゃん、久しぶりだにゃー!」
真姫は穏やかに、凜は元気よく応じた。
「それにしても…東方美子だなんて、なんだか安直なネーミングね」
苦笑しながら真姫が言う。希が高校生の頃、東京の神田明神で巫女のアルバイトをしていたことはμ’sのメンバーならば周知の事実であり、それを使ったらしい芸名は、真姫にとっては新しさがなかった。
「うん…あと、かんだ、って、これ…」
「たぶん…神田明神から取ったと思うにゃ」
「かんだ…芸名も店名も本当に安直だわ」
花陽の呟きに凜と真姫が笑いながら応えた。希が出演したバラエティー番組はすでに終わり、テレビの画面からはコマーシャルが流れているが、もはや三人はそれに気づかず、放送終了の知らせが流れるまでガールズトークに華を咲かせた。結局、凜も真姫たちの部屋に泊まることになり、三人が就寝したのは午前三時すぎであった。
翌朝。部屋の電話が鳴り、真姫は飛び起きた。研修医である真姫は、医局や当直室にかかってくる緊急の電話を取ることが多く、電話の音に素早く反応する癖がついている。部屋はカーテンの遮光で暗いが、隙間から明るい光が漏れており、真姫はすでに日が高くなっていることを知った。部屋にある二つのベッドのうち、一つは花陽と凜が使っているが、二人は電話に気づくことなく寝息を立てている。
「電話って…一体何よ…」
そういいながら、真姫は受話器を取った。電話はホテルのフロントからであった。
「西木野様宛てにお客様がいらしておりますが、いかがいたしましょうか」
「お客って…心当たりがないんですが、どなたでしょうか」
はっきりした声で真姫は応じた。大阪にも真姫の知人は数人いるが、大阪に来ていることは知らせていない。
「東條様という方です。東條希、と言ってもらえればお分かりになると仰っております」
「ええ!?希!?」
真姫は思わず大きな声を出した。それにつられて、凛と花陽も目を覚ます。
「真姫ちゃん、どうしたにゃー…」
凛は多分に眠気を含んだ声で、ベッドに寝たままで真姫に声をかけた。花陽はゆっくりと半身を起こしたが、目は半開きのままだ。
「希よ!希が訪ねてきたって、いまホテルの人が知らせてくれてる」
すると、二人の眠気が一気に吹き飛んだらしく、凜と花陽は表情を一変させ、凜はベッドから飛び起きた。
「ええーー!!希ちゃん!?なんで!?なんで!?」
「一体、どうしてここが分かったにゃー!!」
凜と花陽は驚きのあまり叫んだ。真姫も凜も花陽も、希には宿泊先のホテルを知らせていない。そもそも、大阪に希がいるということ自体、三人は昨晩のテレビ番組で知ったばかりだ。凜が出演しているミュージカルの情報に何らかの偶然で触れたなら、凜が大阪にいることは分かるが、宿泊先を探すのは困難な上に、昨晩、凜は本来の宿泊先にはいなかった。
「どうする?会ってみる?昨日の希かどうかは分からないけど…」
真姫は不安そうに言う。来訪者が本当に希なのか、彼女には半信半疑だ。
「会ってみるといいにゃ」
凜はあっさりと言った。同じく半信半疑の花陽が心配そうに口を開く。
「凜ちゃん、大丈夫かな?変な人だったら…」
「本物の希ちゃんなら、部屋に来てもらう方が話しやすいにゃ。それに、本物かどうかはドアスコープで確かめるといいにゃ。違う人なら、ホテルの人に追い払ってもらうといいにゃ」
真姫も花陽も、凛の言うことはもっともであると思った。真姫は、部屋に通すようにフロントの人間に告げた。
「凜ちゃん、なんか冷静だねえ…」
「こういうこと、よくあるにゃ。公演であちこち回ってると、出演者目当てに変な人がホテルに来るとか」
凛の言葉に、真姫と花陽は納得した。凜もミュージカル女優としてファンを抱えているはずで、様々な厄介ごとがあるのだ。
真姫がフロントとの電話を切ってから五分も経たないうちに、三人の部屋のドアがノックされた。真姫がゆっくりとドアに向かい、凛と花陽もそれに続く。花陽は不安なのか、先ほどから凜に腕組みをしたままだ。真姫が恐る恐るドアスコープから廊下を覗くと、ベージュのトレンチコートに紫のストールを巻いた女性がドアの前に立っている。顔を確認すると、間違いなく昨日テレビで見た東條希である。
「希…!」
真姫は思わず声を上げた。不安げな表情ですぐ後ろに立っている凜と花陽のほうを振り向いて、頷くとドアを開けた。
「久しぶりやね、三人とも」
希はそう言って、にっこり笑った。
【作者あとがき】
お久しぶりです。
何の前触れもなく、まきりんぱなの前に現れた希ちゃん。
果たして彼女は何をしに来たのでしょうか。というか、なぜ三人の居場所が分かったのでしょうか。三人をワシワシしに来たわけではないことだけは、作者として明言させて頂きます(笑)。
今回も読んでいただき、ありがとうございました。ご意見ご感想、お待ちしております。
今後ともよろしくお願いします。