何の前触れもなく、真姫、花陽、凛の三人が滞在しているホテルに現れた東條希。三人にとっては十年ぶりの再会となる。高校の頃から豊満なスタイルの持ち主であったが、今はスタイルに色っぽさを加え、すれ違った男性であれば振り向かずにはいられない雰囲気を醸し出している。高校の頃と唯一異なるのは、長い髪を二つ結びではなく、一つ結びにしているところだ。
「わーーー!やっぱり希ちゃんだったにゃーーー!久しぶりだにゃーーー!」
凜が応対している真姫を押しのけるようにして入口にやって来て、希の両手を握る。はしゃぐ姿は高校生の頃と変わらない。
「希ちゃん…久しぶり」
照れを交えた笑顔で花陽が言う。彼女も凛の後を追うように入口までやってきた。
「凜、入口ではしゃいだら他の人に迷惑よ。ちょっと散らかってるけど、まずは中に入って、希」
真姫は照れを隠しながらも、微笑を浮かべて希を部屋に招き入れた。
「では、お言葉に甘えて、お邪魔します」
そう言うと、希はにこやかな表情でゆっくりと部屋に入り、部屋にある二人掛けのソファに座るとコートを脱いだ。黒いタートルネックセーターに南洋真珠のネックレスを合わせ、ワインレッドを基調としたツイードのタイトスカートという恰好の希は、絢瀬絵里とはまた違ったエレガンスを備えている。
希の隣には凜が腰かけ、真姫はライティングデスクの椅子を机と反対に返して座った。花陽はベッドに腰かけると、目の前にあるテーブルの上のペットボトルを開け、誰も手をつけていない紙コップに緑茶を注ぎ希に手渡した。いま、四人はテーブルを囲む形で座っている。
「おおきに」
そういうと、希は紙コップに口をつけた。希は落ち着き払っているが、真姫と花陽と凜は、誰が話し始めてよいのか分からず、部屋に微妙な空気が流れる、。
「三人ともどうしたん?十年ぶりの再会やのに」
その空気を読み取って希が言った。表情は微笑を湛えたままだ。
「いや、希、あのね…」
「希ちゃん、どうして凜たちの居場所が分かったにゃ?」
真姫が何を言うべきか次の言葉を考えているうちに、凜が尋ねた。
「そうやね。話したいことはいろいろあるんやけど…まずはそこからやね。三人がこのホテルにいるって分かったのは…信じてもらえないかもしれないけど、一言でいうと、スピリチュアルやね」
あまりに突拍子もない答えに、希を除く三人は一瞬だけ呆気に取られたものの、気を取り直して矢継ぎ早に言う。
「ちょっと、希、それ、全然分からないわよ…」
「希ちゃん、なんなの、それ…」
「そうにゃ!もしかして、凜たちのことストーカーしてたにゃ!?」
三人からそのように問われても、希は落ち着いたままだ。
「うーん…説明しにくいんやけど、第六感、っていうんかな。気配みたいなものを感じたんよ。一昨日から凜ちゃんの気配を感じてたし、昨日から真姫ちゃんと花陽ちゃんの気配を感じてた」
「一昨日って、凜が大阪入りした日にゃ…」
「私たちが大阪に来たの、昨日だよね、真姫ちゃん…」
凜と花陽の口調には驚きと不思議が混じっている。真姫は訝し気な表情を浮かべながら言う。
「第六感って、聞いたことがないわけじゃないけど、昔の希はそんなこと言わなかったわ。占いはよく当たってたけど…しばらく会わないうちに、何があったの?」
「そうやね。たしかに昔のウチには、第六感なんてなかった。でもね、いつの間にか分かるようになったんよ。ウチと関係の深い人が近くに来ると、なぜかウチには分かるんよ」
そう言うと、希は少し神妙な面持ちに変わり、高校を卒業してから今までにあったことを話した。
もともとスピリチュアルに興味のあった希は、その一端として京都の大学で心理学を学んだ。やがて、彼女は臨床心理士という職業に興味を持ち、その資格を取るべく大学院に進学した。カリキュラムの一つである臨床実習で、彼女は心の病を抱えた人々に接した。彼らが病を抱えた理由は様々だが、話を聞いているうちに、彼らが心を病んだ根本原因は、日本の高度化された社会にあるのではないかと考えるようになった。高度化された社会が心の病の原因なら、高度化されていない社会に病を解決するヒントがあるのではないか。そう考えた希は、大学院を休学してインドに渡航した。そこで彼女はある尼僧に出会い、彼女についてヨガや瞑想といった精神力を高める修行を三年間行った。
「そんなことをしているうちに、この感覚が備わったんよ。あと、人の心が何となく読めるようになって、占いも昔よりずっと当たるようになった。それで、ウチは困っている人を手助けしたいと思って、帰国してからすぐにお店を開いたんよ」
伏し目がちにそう言うと、希はお茶を口にした。凜と花陽の表情は驚きと不思議から、畏敬のそれに代わっている。
「でも…なんで占い師なわけ?それってもはや占い師じゃないじゃない」
疑念を交えた口調で真姫が言った。医師である彼女には、非科学的な話は信じがたいが、そんな不思議な力があるなら、占い師を名乗るのは見合わないように思えたのだ。希の表情には微笑が戻り、真姫の目をしっかり見ながらゆっくりと応える。
「ウチが人の心が読めるとか、気配が分かるって言っても、誰も信じてくれないやん?だから、とりあえずは占い師っていうことにしてるんよ」
「じゃあ、実際は占い、してないの?」
「占いはするけど…まずお客さんの心を読んで、悩みごとの原因を突き止めて、その上でどうすればいいか、答えを占って出してるんよ。だから、全く占いをしてないかっていうと、そうでもないんよ」
希は目線を花陽に移して、彼女の問いに答えた。そして、隣に畳んで置いていたコートのポケットからタロットカードの束を取り出し、テーブルの上に広げると、真姫をもう一度見た。希の表情からは微笑みが消え、真剣な面持ちに変わっている。
「真姫ちゃん、いま、困っていることがあるやろ」
「私!?なんで!?」
真姫は驚きながら返答した。タロットカードを出した希が何かを占おうとしているのは明らかだが、なぜ自分が対象なのか真姫には分からない。
「ウチが今日来たのは、三人に会いたいっていうだけやなくて、真姫ちゃんを手助けしたいっていうのもあるんよ」
「えっ…」
真姫はたじろいだ。希は心が読めると言っていたが、μ’sを復活させたいという考えを読み取られているのだろうか。いま、この考えを知っているのは絵里、にこ、海未の三人だけであり、彼女らと希が連絡を取っているとは考え難く、そうであるなら、得体の知れない力は何処からやってきているのか。そんな思いが一瞬よぎり、真姫をたじろがせたのだ。
「そういえば、真姫ちゃん、会った時からちょっと元気なかったよね…何かあるの?」
花陽は真姫のほうをまじまじと見ながら言った。秋葉原のメイド喫茶でお茶をした時の真姫の様子は、彼女にとってそのように映っていた。
「ふーん…そういうことなら、真姫ちゃん、占ってもらうといいにゃ!」
真姫の様子に気づいていなかった凜は、真姫よりも希の力のほうに興味があるため、好奇心に満ちた表情である。
「分かったわよ…じゃあ、実験台になってあげるから、占ってみてよ、希」
もう逃げられないと悟り、真姫は希に任せることにした。希はにっこりうなずくと両手でカードをシャッフルし、一般的に知られているとおりにタロット占いの手順を踏んだ。手順の最後に、カードを三枚並べ、一枚ずつめくっていく。
(一体、どんな結果が出るのかしら…)
希の作業を不安げな表情で見ながら、真姫は思った。希の占いは昔からよく当たっていたが、いまはそれに得体の知れない力が加わっている。真姫は、良い結果よりも悪い結果が出ることを心配した。
「じゃあ、結果を説明するね」
希が言った。真姫の不安げな表情とは対照的に、凜と花陽は興味津々の表情を浮かべている。
「過去を示すカードは"魔術師"の逆位置。真姫ちゃん、自分に自信がなかったんやね」
「ええ?そうなの?あの真姫ちゃんが!?すっごく意外だにゃ…」
「うるさいわね!そうよ!私だって自信を無くすことくらいあるわよ!」
図星を突かれた真姫は、恥ずかしさを隠すために口調が少し荒くなっている。希は続ける。
「現在を示すカードは"戦車"の正位置。真姫ちゃん、いまは前に進む姿勢になっとるやん」
「真姫ちゃん、そういえば、昨日のタクシーの中で、なんかポジティブなこと言ってた…」
「もーう!そうよ!いまは前に進むしかないって思ってるわよ!だってやるしかないじゃない!」
またも図星を突かれ、真姫の顔は恥ずかしさで赤くなっている。
「で、最後。未来を示すカードは…"審判"の正位置やね。真姫ちゃん、よかったやん」
満面の笑顔だが、何かを企んでいるような顔で希が言う。その表情に凜と花陽が飛びつく。
「え?よかったって、どういうこと?希ちゃん」
「これ、どういう意味があるにゃ?」
「"審判"の正位置は、復活、よい知らせ、許し。再開や改善による最終的な決断。過去の状況を復活させることで、そこに最良の改善策が見出せる。気まずくなってしまった人間関係を元に戻して、それをもって前に進んでいく…そういう意味やね。真姫ちゃんがやろうとしていること、間違ってないやん」
真姫をまっすぐに見ながら、希が元気づけるように言った。それを聞いた途端、真姫の顔はさらに赤くなった。真姫の考えを知らない凜と花陽は、不思議そうな顔で真姫を見つめながら言う。
「え?やろうとしていること?」
「真姫ちゃん、何をやろうとしてるにゃ?」
「…」
真姫は希の占いに図星を突かれた恥ずかしさと、考えを完全に読まれていることに対する驚きとで、二人の問いかけに答えることができない。顔は完全に紅潮してしまっている。そんな真姫の様子を見て、希が微笑を浮かべながら真姫の思いを代弁する。
「μ’sを復活させたい。そうすることで、真姫ちゃんがいま抱えている問題を解決したい。そういうことやろ?」
希の言葉を聞いた途端、凜と花陽の表情は一瞬だけ空白になったが、すぐに気を取り直して真姫の顔を見た。その表情は希の言葉を否定するものではなく、二人は希の言葉が間違っていないことを理解した。
「えーーーーーっ!!」
驚愕のあまり、凜と花陽は声を揃えて叫んだ。
【作者あとがき】
こんにちは。師走とはいっても、私の職業はそれに影響を受けるものではなく、むしろ閑散になってしまう傾向があるため、更新する時間ができました。
希ちゃんですが、彼女には「インドで修行して覚醒したニュータイプのようなもの」(ガンダムネタですみません)になってもらいました。もともと占いが得意な子だったので、それならいっそのこと、振り切れてもらおうかと思いました。緻密な種明かしを期待されていた方には、期待外れになってしまったかもしれませんね。
年内の更新は、おそらくこれが最後と思います。皆様、今年もこのような拙い作を読んで頂き、誠にありがとうございました。来年が皆様にとって、良き年になりますように。
ご意見ご感想、よろしくお願いします。