ラブライブ!~10年後の奇跡~   作:シャニ

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5.執刀医

真姫が勤務する聖堂大学医学部附属病院・脳神経外科では、午前7時30分から医局でのカンファレンスが始まる。医師が自分の担当する患者の状態や今後の治療方針について他の医師たちにプレゼンテーションを行い、その正しさを全員で判断するのだ。

真姫も例外ではなく、担当している5人の患者についてプレゼンテーションを行っている。4人目が終わり、北方マリアについての報告にさしかかった。真姫の報告順は一番最後であり、この報告を終えれば、今朝のカンファレンスは終了である。

「北方マリアさん、昨日入院された患者さんです。頭蓋底髄膜腫ということで・・・」

「西木野くん、その患者さんについては、私から話そう」

真姫の話を遮ったのは、医局長の国東だった。全て白髪のおかっぱ頭で、縁のない眼鏡をかけているこの医師は、背が低く、表情も常に朗らかで、周囲に柔和な印象を与える。

「北方さんは、頭蓋底髄膜腫の中でも、錐体斜台部に腫瘍のある患者さんだ。転院前の病院で撮ったCTでも、頭蓋の中心に腫瘍を確認している。君たちも知ってのとおり、錐体斜台部の腫瘍の場合、取り除くのは極めて難しい。腫瘍に多数の脳神経が絡みついている可能性が高いからだ。仮に腫瘍を取り除けても、周りの神経を傷つけてしまう可能性がある。こうなると、術後の社会復帰は術前のようにはいかない」

国東の話を聞きながら、真姫は昨日のマリアとのやり取りを思い出していた。すでに腫瘍は様々な神経を圧迫しているらしく、マリアが投げつけてきた枕には勢いがなく、声も擦れていた。悲観に暮れている割には、表情の動きもぎこちなかった。

「神経を一切傷つけずに腫瘍を除去できるだけの技術を持った医師というのは、日本でも極めてわずかだ。私でも正直、自信はない。そこで、今回はパーフェクトな医師を呼ぶことにした」

真姫を含め、医局員は色めきたった。柔和だがプライドは高い国東が外部から医師を招請するというのである。国東にそこまでさせるほど、この患者の手術は難しい。真姫はマリアの病状の重さを再認識した。国東は続ける。

「アメリカで活躍している、太田黒雄くんだ。彼は若いが、世界最高峰の技術を持つ医師と言っていい。彼にこの手術を執刀してもらう。もう話はしてある」

太田黒雄。真姫もその名は聞いたことがあり、彼が執筆した論文にも幾度か目を通している。30代後半にもかかわらず「神の手を持つ男」「天才」の名をほしいままにしている外科医だ。世界的な天才がこの病院にやってくる。真姫は驚きを隠せず、他の医局員たちも同様だった。唯一、曽根香世子だけが冷静な顔をしているのは、おそらく彼女は事前に知っていたのだろう。曽根と国東が昵懇の仲であるというのは、医局内では公然の秘密だった。

「彼は今日の午後、日本にやってくる。西木野くん」

「は、はい」

「彼の面倒は君が見てやってくれ。早速、羽田まで迎えに行ってやってほしい。かなり風変わりな男だが、医者としては極めて優秀なので、手本にするといい」

「わ、わかりました。精一杯努めます」

教授の依頼を断れるわけもなく、真姫は即答したが、世界的名医のアテンドに指名された動揺は隠し切れない。

「手術は結構ですが、北方さんは昨日の入院以降、精神的にかなり不安定な状態にあります。まずは術前の処置を受けて頂けるようにしませんと」

曽根が言った。担当医である真姫はすでに蚊帳の外にいる感がある。国東が応える。

「その辺も太田くんに任せるといい。彼は患者扱いも実に上手い。きっと西木野くんのいい手本になる。じゃ、あとは任せたよ」

そう言うと、国東は医局を出ていき、それと同時にカンファレンスも終了となった。

そして、午後。

真姫は羽田空港へ向けて、黒塗りのベンツを走らせている。曽根の許可を得て自宅に戻り、車を取ってきたのだ。まだ見ぬ太田という男に快適に過ごしてもらいたいという思いから、真姫はタクシーの利用を避けた。

ハンドルを握りながら、真姫は昨日のことを思い出していた。

にこはMADAの運営に容易く連絡をつけた。にこの店を出た後、運営の一人に会うこともできた。MADAのメンバーが北方に会って、手術に前向きになるよう、元気づけてもらうことはできないかと考えたのだ。しかし、結果は芳しいものではなかった。

「正直申し上げて、いまのメンバーは、北方の復帰を望んでいないんです」

運営の女性から出てきた言葉は衝撃的なものだった。

「どうしてですか?」

「北方は実力が抜けていて、同じレベルをほかのメンバーにも要求していました。それは彼女たちにいい刺激になってはいたのですが、北方だけがいつの間にか孤立するような状況になってしまって・・・」

「でも、それってより良いものを生み出すためのお話ですよね?仲たがいするようなお話とは違うと思うんですけど」

話しながら、真姫は自分が現役のスクールアイドルだった頃、特に、絢瀬絵里がμ’sに加入したばかりの頃を思い出していた。当時は、彼女の突出したダンスの実力にメンバー全員ついていくのがやっとだった。しかし、より良いμ’sにしたいという思いが全員一致であったからこそ乗り越えられた。MADAは、そうではないのだろうか。真姫は不思議に思った。

「北方のダンスとヴォーカルのせいで、グループは調和の取れたパフォーマンスができなくなっていたんです。実際、北方が抜けてからのほうが、グループは調和のとれたパフォーマンスができていると、好評を頂いています」

「そんな・・・」

「北方の手術は成功してほしいですが、彼女を元気づけるということについては、メンバーとしては参加できない。貴方とお会いする前に、それをメンバー全員から言付かってきました」

μ’sは、小さな諍いこそあれど、メンバーの誰かが決定的な不満を抱くということはなかった。むしろ、小さな不満でも全員が全力で解消し、9人全員が同じ目標に向かって切磋琢磨し合い、スクールアイドル界における伝説の存在となった。

(きっと、そうじゃないグループのほうが多いのよね・・・やっぱり、あの9人って奇跡だったのかも)

そんなことを思いながら、真姫は車のアクセルをふかした。空港まではもうすぐだった。

駐車場に車を預け、羽田空港国際線ターミナルの出発ロビーに真姫はやってきた。右手には太田の顔写真を映したスマートフォン、左手には「太田黒雄様」と書かれた大きな紙を持っている。太田の乗った便はすでに羽田に到着しており、待ち合わせ時間の二分ほど前だった。太田がそろそろ出てくることを予期して、真姫は予め、太田が出てくるであろう到着ロビーの出口に立つことにしたのだ。こういう紙を持つことが初めての真姫は、なんだか気恥ずかしい。

「あ、あのう・・・」

男の声がした。真姫が振り向くと、ダウンジャケットを羽織り、「μ’s」と書かれたTシャツを着た長身の男が立っていた。グループが解散して10年を経た今でも、真姫はたまに見ず知らずの人から「μ’sの西木野真姫」として声をかけられることがある。懐かしい文字を目にした真姫は笑顔で応える。

「あ、すいません、私、いま人を待っているので」

「あ、いや、そうじゃなくて・・・僕が、太田です」

しばしの沈黙。真姫はスマートフォンに映した太田の画像と、太田の顔とを交互に確認した。画像では短髪だが、目の前にいる男はやや長髪である。しかし、面影は確実に画像の本人であった。

「ええぇっ!す、すいません、に、西木野真姫です!よろしくお願いします!」

驚き、真姫は頭を下げた。ファンと間違われた男はにこやかに右手を差し出し、言った。

「太田黒雄です。しばらくの間、お世話になります」

真姫は右手のスマートフォンをコートのポケットにねじ込み、握手を交わした。




暇です!仕事が暇です!
目標一日一話更新!
見て下さった方、ありがとうございます。
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よろしくお願いします!

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