人間の絵描きの幻想郷見聞録    作:信州のイワ

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 初めましての方は初めまして。お久しぶりの方は本当にお久しぶりです。
 随分長く間を開けてしまいましたが、再開です。

 ようやく主人公たちが動き出します。気づけばお気に入り登録が50人を超えてました。ありがたい限りです。

 相変わらず皆様のご意見、ご感想をお待ちしております。

 最近の近況も更新してます。よろしければご覧ください。


人間の絵描きと博麗神社の住人たち。

 八雲紫と田村福太郎、白澤の会談の後、夜も大分更けたということで、その夜、福太郎は一夜の宿を博麗神社に借りることとなった。

 当初、若い女性と男性(三十路手前)が一つ屋根の下で過ごすということに福太郎は難色を示したが、福太郎のような男が何かしようとしても、霊夢に何もできるはずもないということに加え、夜遅く慧音一人で、福太郎を無事に里まで送り届けるのは難しいとの両者の説得の下に福太郎が折れることにより、博麗神社に宿泊することが決まった。

 八雲紫はすでに去り、慧音は明日は寺子屋の授業がある事に加え、福太郎の当面の滞在先の手配をする必要があり、午後迎えに来ることを約束し、博麗神社を後にした。

 

「それじゃ、慧音さん。お手数ですが宜しくお願いします。ホント何から何まで面倒をかけてしまって恐縮なんですけど。」

「ああ、任せておけ福太郎。色々驚かされたが、今日は忘れなれない日になった。むしろ礼を言いたいぐらいだ。」

「イエイエ、隠し事が良くないと思っただけですから。それじゃ帰り道気を付けて帰ってくださいね。」

「もちろんだ、また明日な。それとくれぐれも変な気を起こすなよ。」

「そないなことありませんよって、そんなことしたら命がいくつあっても足りませんよって。それにオレ、ロリコンや無いですし。」

 

 二人は軽口をたたきながら、別れを告げた。すると奥から霊夢の声が聞こえた。

 

「福太郎さん、お布団の用意ができたから、向こうの部屋を使ってちょうだい。」

 

 そういいながら、霊夢が奥から出てきた。その姿はどこか疲れているようにも見える。

 

「ありがとさん。お疲れみたいやけど、ホンマごめんなぁ。」

「全くよ。異界から来たってだけでもビックリなのに、神獣は出てくるわ、紫は急に泣き出すわ・・・今日はもう疲れたわ。」

「アハハハハ・・・すまんな、ホント。」

「もういいわよ、今日はもう休んだ方がいいわよ。今日は里からここまで歩き詰めだったんでしょ。私もお風呂入ったら寝るから。・・・・もし覗いたりしたら、わかってるわよね・・・」

 

 そういって、霊夢は覗いたら殺すと言わんばかりに、福太郎を見据えた。その凄みに福太郎は少しばかり怯えながら黙ってうなずいた。

 こうして、幻想郷に迷い込んでから長いようで短い一日が終わっていった。

 

 何事もなく夜が明けると、福太郎は朝日と鳥の声で目を覚ました。布団をたたみ、部屋を出てみると、神社はしんと静まり返りながらも、どこか荘厳な雰囲気を醸し出していた。

 来客用の離れから、居住スペースである社務所へ行ってみると誰も居らず、霊夢はまだ寝ているようだった。昨夜は泊めてもらったこともあり、食事の用意の一つもしても罰は当たらないだろうと考え、福太郎は竈に火を入れ、米を炊き、みそ汁を作った。

 この男、一人暮らしの経験もあり、その作業はそつがない。おまけに、現代人にはとんと縁のない竈や、釜の使い方も知識だけではあったがちゃんと心得ていたこともあり、つつがなく食事の用意をすますことができていた。

 食事の匂いにつられてか、寝ぼけ眼をこすりながら、寝間着姿の霊夢が出てきた。

 

「ふぁ~ぁ、萃香ぁ、あんたが食事の用意なんて珍しいじゃない・・・って福太郎さん⁉」

「あぁ~萃香ちゃんじゃなやけど、一応食事の用意をしといたから、冷めへんうちに食べてぇな。それと萃香ちゃんは居らんの?昨日の夜から姿をみとらんけど。」

「私なら、ここだよぉ~。」

「うぁ!びっくりしたなぁ~。」

 

 いきなり、萃香がニコニコと笑いながら福太郎の後ろから現れたが、驚く福太郎をよそに、いつもの事だとばかりに、霊夢は萃香を見ていた。

 

「萃香はいつもの事だとして、これ福太郎さんが?」

「そうだよ~。福太郎が用意してくれたんだよ。いや、そつがないねぇ。」

「まあ、一人暮らしをしてたこともあるからなぁ。別に特別なことやないよって。」

「いや、そういうことを言ってんじゃなくて、一応、福太郎さんはお客なんだから、別にいいのに何で?」

 

 萃香が福太郎を褒めるようなこといい、なんでもないと返すが、霊夢にとって論点はそこではないらしい。不思議そうに霊夢は福太郎を見るが、福太郎は霊夢が聞きたいことを察し、その疑問に答えた。

 

「いやぁな、昨日は泊めてもろうてホント助かったし、これからいろいろお世話になんやから、これぐらいはしても罰は当たらん思うてなぁ。お節介やとは思ったけど、朝飯用意させてもろうたんやよ。」

「・・・・・・ありがとう。」

「いや、いいて、いいて。」

「それじゃ、せっかくだからごちそうになろう、霊夢。」

「なに、偉そうにしてんのよ、あんたも居候でしょうが。」

「そんじゃ、」

「「「いただきます!!!」」」

 

 三人そろって手を合わせ、朝食を食べた。ご飯にみそ汁と漬物という、一汁一菜のつつましやかなものであったが、普段より少しばかりにぎやかな食事を済ませ、霊夢は洗いまわしをし、福太郎は手持ち無沙汰になってしまったため、納屋から箒と塵取りを持ち出し、境内を清めていた。萃香は縁側に寝そべり、瓢箪の酒を飲みながら、その様子を静かに眺めていたが、やがて口を開いた。

 

「福太郎はさ、なんで霊夢に良くしてくれんのさ、なんか下心でもあるのかい?」

「うん?そういうんやないけどなぁ。」

「そうなのかい?あたしら鬼は嘘は嫌いだよ。」

 

 福太郎は掃除の手を休め、萃香がいる縁側に腰を下ろした。

 

「いや、嘘やない。こんな得体のしれん男を泊めてくれたんだけでも有難い。それだけやなくて、オレが元の世界に戻る手伝いもしてくれる言うとるんやし、少しでもお返ししたいやん。オレは大したことの出来ん人間や。今できるのは雑用と、しょうもない絵を描くことくらいしかない。だから、今できることをやっとるだけなんやよ。」

 

 福太郎はそう萃香に話しかけ、空を見上げた。その姿はどこか悲しく、寂しく、ひどく小さく見えた。

 実を言えば、萃香は福太郎を見張っていた。昨日の夜から。八雲紫が認めたとはいえ、異界からの来訪者であり、何より、首から下げた変ったペンは強力な力を有している。その気になれば大妖怪は勿論、神霊の類すら倒せるであろう力を感じ、警戒した。

 ヒトは嘘をつく。それ故に警戒していたが、その力で何かしようとする様子もない。警戒していた自分がどこか馬鹿らしくなった。

 それでも、福太郎の真意を萃香自身で確かめねば、納得できなかった。

 

「福太郎はさ、この幻想郷でなにをしたい?やっぱ、帰る方法を探すのかい?」

「当たり前やろ。オレは帰りたい。帰りたいところがある。また、会いたい奴がおる。突然、異世界に放り込まれて、ハイそうですかで済ませられるわけないやろ・・・・」

「・・・ごめん」

 

 福太郎は今にも泣きそうに、語意を強めながら、それでいてどこか泣きそうにそういった。萃香は疑心にかられた自分を恥じた。当たり前だ、自分だって同じ状況になれば、そう思う。

 

「オレこそ。こんな泣き言ゆうた方が悪い。」

「あたしこそ、福太郎のことあんま考えてなかった。昨日も聞いたことなのに・・・・ごめん。」

「いいよ、萃香ちゃんが謝る事やないって。それにな、今の状況そんな悪うない思ってる。」

「そうなのかい?」

 

 さっきの泣き言が嘘のように、明るく、ふるまう姿を見て萃香は、その姿を好ましく思いながら、どこか痛々しくも感じながら福太郎の言葉に耳を傾けた。

 

「オレには、足がある!」

「?」

「両手が付いとる!」

「??」

「どこも、ケガしとらん!健康そのものや!!」

「???」

 

 突然、当たり前のことを言い始めた福太郎に萃香は面食らった。何をいっているんだ、気でも触れたのか?そう思いながら福太郎を見ていると、福太郎は笑いながら言葉を続けた。

 

「つまりな、オレはどこへでも行ける。絵を描ける。生きとる。足がなかったらどこにも行けん。手がなかったら絵が描けん。死んでたら帰れへん。まだ、帰る望みはある。オレがオレであり続けられる。いろいろやれることがある。だから、まだ諦めへん。それに異世界なんて滅多なことでは行けん。オレは絵描きや、だったらあちこち行って、この世界描きまくって、そんで帰って、みんなにこんなとこ行ってきた言って自慢できるやろが!!」

 

 それはそうだと思いながら、萃香は少しあきれながら、この男はどんな世界を生きてきたのだろうとも思った。あの夜、感じた通り、言葉にできないような辛い思いをして、それを乗り越えてきた強い奴なのだと。なんの確証もないが、そう思った。そうでなければここまで前向きになれるとは思えなかった。そして、ふと、口に出してしまい、後悔した。

 

「でも、もし、本当に帰れなかったら。」

 

 福太郎が最も恐れることを口にしてしまったが、それでも福太郎は笑って言葉を続けた。

 

「そん時は、昨日も言ったけど、ここに骨を埋める。でも、まだわからん。そん時になってみなきゃわからんよ。」

「そうだね。」

「そうや。」

 フフフフ、ハハハハハァ

 

 二人は笑っていた。心配ない。そういう笑いだった。これからが楽しみだ。そういう笑いだった。

 

「改めて宜しく、福太郎。」

「こちらこそ、宜しく萃香ちゃん。」

 

 二人は固く握手を交わした。

 

「アイタタタタタ!!潰れてまう!オレの商売道具が潰れてまぅ~!」

「ごめんごめん。」

 

 そんな二人を、こっそり霊夢はこっそり見ていた。

 

「出ていくタイミング逃しちゃったわね・・・・お茶でも入れてこようかな。」

 

 そんな霊夢に萃香は気か付いたのか、霊夢もこっちにこいと、誘ったが霊夢はお茶でも入れてくるといい、その間二人は談笑していた。

 福太郎の元居た世界はどんな世界だったのか。

 どんな住人がいるのか。

 どんなことが起きるのか。

 どんなことをしていたのか。

 福太郎は手ぶり身振り、奇妙な訛りの言葉でそれに応じた。

 福太郎とて質問に答えるばかりではない。萃香に問う。

 この幻想郷はどんな世界か。

 どんな住人がいるのか。

 どんな面白いことがあるのか。

 どんな風景が広がっているのか。

 二人は言葉を重ねていく。時々脱線もするがお互いに嫌な顔の一つもせず、お互いの話に聞き入っている。お互い話題は尽きない。

 二人の事を知らぬものが見れば、まるで親戚のおじさんが姪っ子に土産話をしているようなものだった。楽し気な話声と笑い声が響く中、霊夢の声が聞こえてきた。

 

「お茶入れたわよ~!」

「えぇ~私は酒がいいんだけど~」

「そういいなや、せっかくいれてもうろうたんやし、ごちそうになろうや。なぁ。」

「福太郎がそういうなら仕方ない。」

「文句言うなら、別にあんたは飲まなくてもいいのよ。」

 

 そういいながら霊夢は三人分の湯飲みを用意し、湯を注ぐ。適温になった時を見計らって、急須に湯を入れ、蒸らし、茶を入れた。

 

「まどろっこしいねぇ~そんなのサッと入れて、サッと出せばいいのに。」

「この方がおいしく飲めるんだからそっちの方がいいでしょ。用意してるのは私なんだから文句言うな。」

「しかし、よくやねぇ。ちゃんとお茶の入れ方ができとる。若いのによくやよ。」

「まぁね。私の数少ない道楽だし。こう見えてお茶にはうるさいのよ私。」

 

 そうこうしているうちに茶が二人の前に出される。緑茶の良い香りが鼻腔をくすぐる。玉露だ。どうやら来客用に良い茶を用意してくれたようだ。

 

「えぇ香りや。玉露やね。こんな上等なもんを悪いなぁ。」

「いいんです。今朝は朝ごはんの用意もしてもらったし、境内も清めてもらったし。どっかの居候とは違って。」

 

 そういいながら、目の前にいる小鬼を睨むが、当の本人は暖簾に腕押し、柳に風と言わんばかりに気にも留めていないようだ。

 

「ははは、いいんやよ。やりたくてやっただけやし。おおきになぁ。」

「はぁ~。甘やかさないでください。それにしても随分楽しそうに話してましたけど。」

「色々聞けたしねぇ。福太郎の世界も随分面白そうだよ。下手したらこのげんそうきょうよりもねぇ。」

「そうかもしれんけど、なんの能力もない人間には、生きにくいところやけどねぇ・・・・」

 

 そう言って、福太郎は右手の666の社会保障番号を見た。こんなものがなければ生きていくことが困難な世界は果たして良い世界なのか。なんとも言えぬ気持で眺めていた。

 

「そうなんですか。そんな世界で福太郎さんはどうやって生活してたんですか?」

「そうそう、聞いとくれよ霊夢。こいつ慧音と同じ先生なんてやってたんだってさ。そのせいか、いろいろ知っててこいつの話は面白いんだよ。」

「先生?」

 

 霊夢は萃香の言葉に首をかしげる。うわさに聞く学校とやらで働いていたのだろうか。不思議そうに三十路手前の男を霊夢はまじまじと見た。

 その視線にくすぐったそうにしながら福太郎は笑っている。

 

「一応、万魔学園いうところで、美術教師なんかやらせてもろうてたんやよ。同じ邸にすんどったメフィスト先生いう人?悪魔?に紹介されて。」

「びじゅつきょうし?」

「そう、美術教師。絵とか彫刻とかの描き方作り方を教える先生ね。」

「そうなんだ・・・・」

 

 悪魔という単語が気にかかったが、絵を生業にしているというのは何とも不思議だ。昔は幻想郷にもそういった人間はいるにはいたらしいが、今はそのような生業の人間はいない。慧音のように弟子でもない人間に教えるというのはおそらく幻想郷には過去にもいなかっただろう。

 何やらますます奇妙に思えて、うまそうに茶を飲む三十路手前の男を見ていると、萃香がふと口を開いた。

 

「でもさ、その美術教師とやらには福太郎は見えないんだよね。なんというか、知ってることが其の外の事も多いし、それこそ慧音と同じ歴史か何かを教えているんじゃないかと思えるよ。」

「そうなんだ、例えばそうねぇ・・・このお茶とか。」

「う~お茶か。そんなに詳しくないけど‥‥」

 

 そういいながら、飲み終えた湯飲みを眺め、ふとどこか期待したまなざしで見つめる鬼と巫女の姿が目に入った。観念したように、深く息を吸い、福太郎は口を開いた。

 

「お茶いうんが日本に入ってきたのは結構早いんよ。それこそ奈良時代ぐらいには入ってきたらしい。確か奈良の東大寺建立の時には完成を記念してお茶が振舞われたらしいよ。でも、あんまり広まらなくてなぁ。平安時代になって、最澄とか空海いうえらい御坊さんも中国から持ち帰って、修行に取り入れたりしたんやけど、あんまり人気はでぇへんかったんよ。でも、鎌倉時代には、禅宗の坊さんだった栄西いう人が将軍に薬として勧めて、それがよく聞いたゆうことで、武士の間に広まっていって大勢の人が飲むようになったんやと。

 それに、最初はこういう緑色のお茶でもなかったし、お茶っ葉やなかったらしいし。」

 

 あまり知らないと言いながら、その口からはすらすらと知識が流れ出ている。それに、どこかの古道具屋と違って聞いていてあまり苦にならない。自然と相槌をうってしまう。

 

「今と違うの?」

「そうそう、昔の中国ではお茶は餅に茶てっ書く餅茶いうので入れるんやけど、これってお茶の葉を発酵させて、小さなお煎餅みたいに固めたのを粉にして飲んでたんよ。だから、昔はホントに茶色のお茶を飲んでたんよ。それが、発酵させずに粉にして飲むようになったのが所謂抹茶になるんよ。そんでそれも手間になったかして、お茶を炒ったもんにお湯いれて飲むようになったのが、江戸時代ぐらいに一般に広まったらしいな。」

「結構長いような、短いような歴史があんのね。」

「そうやな。何事にも始まりがある。人間ていう種族が生まれてもう何千年、下手したら何万ていう時間がたっとる。その時間のなかで生まれたもんはたくさんあるし、無くなっていったもんもたくさんある。そんな中で、その始まりを知ろうとしたら結構時間を遡らなぁならんからなぁ。」

「なぁ、霊夢ホントにこいつ美術教師とは思えないだろ?」

 

 そういいながら、福太郎えお差しながら萃香は霊夢に笑いかける。確かに、美術教師とやらには正直思えなくなってきた。

 

「確かに‥‥」

「えぇ~そないなことないんやけどなぁ~。ちょっと気になったことは調べたくなるだけで、本業は絵描きなんやけどなぁ・・・・」

 

 福太郎は少し、困惑したように笑う。その様子を萃香は面白そうに見て笑っている。

 

「じゃあ、証を立てとくれよ。」

「証?」

「そう、絵描きなんだろ、福太郎は。だったら絵を描いとくれよ。」

「そら、いいけど。何を描いたらええの?」

「私」

「え?」

「私」

「萃香ちゃんを?」

「そう。自信がないのかい?それとも絵描きだというのは嘘なのかい?だとしたら・・・容赦しないよ。私は嘘が大の嫌いでねぇ・・・・・」

 

 萃香の言葉に戦慄を覚えながらどうしたものかと、少しばかり悩む。昔に比べれば、人物画を描くことには抵抗はない。抵抗はないが萃香が気に入る絵が描けるか少々不安ではあったが、意を決して萃香に伝える。

 

「そこまで言われたらしゃあない。描いてもええよ。でも、二つ約束してほしい。」

「お、そうかい?いいよ、なんでも言っとくれ。よっぽどの事じゃなきゃ約束するよ。」

 

 福太郎の申し出に、萃香は二つ返事で応じた。すると、福太郎は二つの約束を口にした。一つ目は、自分は余り人物画を描かないから、満足のいくものが描けないかもしれないが、我慢してほしいというもの。そして二つ目は、今までのどこか明るく軽薄な雰囲気は鳴りを潜め、真剣な、それでいてどこかすがるような、祈るような眼で、萃香を見据え言葉にした。

 

「俺より、長生きしてくれ。」

 

 その言葉に、萃香は一瞬固まった。自分は鬼であり、妖怪だ。人間である福太郎よりも長い時を生きることは当たり前だった。でも、福太郎は真剣にそういった。

 

「・・・分かったよ。約束する。鬼は約束をたがえない。伊吹童子の名に懸けて誓う。」

「霊夢ちゃんも、頼むな。」

「私も!?」

「そうや、折角やから二人の絵を描きたいんや。頼むよ。」

「わ、わかったわ。私も約束する。博麗の巫女の名に懸けて・・・・」

 

 思わぬ申し出に、霊夢は驚いた。いや、福太郎の言葉自体が一瞬理解できなかった。何よりも、あの眼差しが目に焼き付いている。悲しみや苦しみ、願い。様々なものが入り混じったあの眼差しが。

 

「良し!んじゃま、約束してもうろたし!慧音さんが来るまでに仕上げよか!ほな、その縁側に座ってもらえる?俺は準備したら描き始めるから!」

 

 先ほどのあの眼差しが嘘のように福太郎は意気揚々と道具を取りに行った。呆気に取られている二人を尻目に。福太郎が離れたのを見て、霊夢はどこか独り言のように言葉を零した。

「何なのかしら、福太郎さんのあの目は・・・・」

 

 その疑問に答えるように萃香は話した。

 

「・・・・福太郎は、あれでいて随分辛い、悲しい思いを沢山してきたんだよ・・・昨日も紫が言ってたろ。」

 

『辛い・・・悲しい人生を歩み、あらゆるモノ達に出会い、ようやく前を向いて歩み始めたのに・・・あなたはどうするつもり?』

 

 昨晩の紫の言葉が蘇る。あの言葉はまさしく真実だったことを霊夢は理解した。あの男は過去に絶望にくれたことがあるのだ。悲しい、別れを繰り返し今に至っているのだと、詳しいことは聞いていないが、其の事をたった今、理解した。何より、あの目が物語っていた。

 そうしていると、福太郎が画材道具一式を持って戻ってきた。

 

「ほな、今用意するから、二人とも楽にしてまってて。そないな、硬い顔せんで、ほら、スマイル、スマイル~♪」

 

 こっちの気持ちを知ってか知らずか、福太郎はそんなことを言っている。とはいえ、絵を描いてもらうなど初めての事だ、正直さっきの事もあって緊張している。

 ちらりと、萃香の方を見るとどこか緊張したように背筋を伸ばし、微動だにしない。萃香とて元は鬼の四天王。その名も高き酒呑童子である。過去にその姿は想像であったとはいえ、様々に描かれてきたが、絵のモデルになるなど初めての事に違いない。

 しかし、霊夢にはその様子はどこかおかしかった。あの萃香が緊張して背筋を伸ばし、微動だにしていない。普段の様子からは想像もつかないことに霊夢は、ふと笑った。

 

「うん、ええね。そんな感じよ霊夢ちゃん。萃香ちゃんはも少し気を楽にして、普段の通りでええよ。」

「え?こうゆうのってじっとしているもんじゃないのかい?」

「さすがに動き回られたら困るけど、イメージが掴めればええから、そこまでせんでも大丈夫やよ~」

 

 そういわれて、気が楽になったのか、萃香はいつものような雰囲気に戻った。その様子を見ると福太郎は組み立てた絵を描くための三脚に画板を置き、紙に鉛筆を走らせていく。

 モデルを見据え、絵に向かう姿はとても凛々しかった。獲物を見据える狩人のように鋭く、それでいながら、遊びに興じる子供のように嬉々とし、生き生きとしている。

 そんな姿を二人はどこか温かく、新鮮なものに感じ、静かに見つめていた。時が流れる。そこには三人しか存在しないかのように。博麗神社には福太郎が鉛筆を走らせる音だけが響いていた。

 どれほどの時間が過ぎたのか、日はすでに中点を過ぎていた。ふと目をやると、二人は泣慣れないことにつかれたのか互いに寄りかかり眠っていた。

 そんな姿を見て起こすのは忍びなかったが、福太郎は二人を起こした。もうすぐ慧音が迎えに来る時間も近かったし、完成した絵の感想も聞きたかった。

 

「できたで、お二人さん。そんなとこで寝とったら風邪ひくで。」

 

 福太郎は優しく霊夢の肩をたたいて起こした。するとびくりと背筋を伸ばし、その拍子に萃香が縁側から転げ落ちた。

 

「ふぇぁ!!」

「あいたっ!」

 

 霊夢は寝ぼけ眼をこすりながら、福太郎を見てハっとしたように居ずまいを正し、萃香はまだ眠そうに目をしばたたかせていた。

 

「ご、ごめんなさい!私寝ちゃってた⁉」

「ふぇ?」

 

 そんな二人をほほえましく見ながら福太郎は完成させた鉛筆画を差し出す。

 

「大丈夫やよ。イメージつかめれば大丈夫やから。ほら、できたで。」

 

 福太郎は、居眠りをしていた二人を責めることなく、二人に絵を渡した。手渡された絵を二人はまじまじと見つめる。一枚は、霊夢の絵。そこには、静かに微笑みながら湯飲みを手にしてくつろぐ霊夢の絵が。一枚は、萃香の絵。大杯と伊吹瓢を手にして朗らかに笑う姿が描かれていた。

 鉛筆画ゆえに色はない。しかし、どこか温かく、やさしい光を感じる。これが福太郎が描く絵なのか。口には出さないが二人はそう思いながら絵を見つめる。

 その様子を見て福太郎はいにいらなかったかと思い声を掛けた。

 

「お気に召さなかったかな?」

 

 その言葉に、霊夢はハッとして顔を上げ、そんなことはないと首を振った。

 

「そ、そんなことありません!というか、もらえません!こんなすごい絵!!お、お金がとれます!」

 

 萃香は沈黙を保っていたが、霊夢は少ししどろもどろになりながら答えた。すると萃香は静かに口を開いた。

 

「……確かに、いい絵だよ。お前はまさしく絵描きさ。疑ったようなこと言って悪かったね。気に入ったよ。」

 

 萃香は微笑みながら、それでいてどこかすまなそうに言った。その様子に福太郎はほっとして、よかったと返した。

 そうしているうちに鳥居の方から声が聞こえてきた。

 

「おーい!霊夢!福太郎!居るか!迎えに来たぞー!!」

「ほな、そろそろ行くわ。ホントありがとうなぁ。」

「いいえ。こちらこそありがとうございます。」

「ありがとう、福太郎。大事にするよ。」

「そう言ってもらえると、絵描き冥利に尽きるってもんや、こっちこそありがとうな。」

 

 三人は言葉を交わし、福太郎は荷物をまとめ、慧音と共に人里へと去っていった。その姿が見えなくなるまで二人は見送っていた。

 二人は神社に戻ったが、萃香はしばらく、自分の絵を見つめていた。その姿を不思議に思い霊夢は声を掛けた。

 

「そんなに気に入ったの?福太郎さんの絵。」

「・・・・それもあるけどさ・・・・」

 

 霊夢は小首をかしげながら萃香の言葉に耳を傾けた。

 

「アイツには、私はこんな風に見えるんだな、って思ってね・・・・」

「?」

「納得いかないかい?」

「まぁ・・・・」

 

 萃香は深く息を吸い、吐き出しながら霊夢の方に向き直った。

 

「私らはさ、妖怪として、恐れの対象としていろんな姿で描かれる。それは知っているだろ?それは、自分の意思でいろんな姿に化けるからさ。そうしてると自分のホントの姿ってのがよく分からなくなる。人の姿をとっていても、ちゃんとそういう姿に見えているかって疑問にも思えることも少なくない。アイツは自分の目で見て、感じたものをそのまま絵にした。おかげで、ああ、アタシはこう見えたんだって分かってね。何とも嬉しく思えてさ・・・・」

「そんなもんなのね・・・・私もこんな風に見えてたなんて思うと、なんか恥ずかしいけど、嬉しいわ。」

「だろ?さってさっそく旧都に行って、勇儀たちに見せびらかしてこようかね!」

 

 そういうと、萃香はふわりと霞になって消えた。霊夢は改めて福太郎が描いた絵を見る。どこか温かく、嬉しい気持ちになる。また、福太郎に会いたいと思いながら。

 

 これは、博麗神社の住人たちと人間の絵描きの物語。彼女たちにとって、かけがえのない思い出と、宝物が増えた物語。田村福太郎にとっても大切な思い出となっただろう。彼は幻想郷に来て間もないが、巫女と鬼と縁を繋いだ。彼が今後どんな出会いをしていくかは、また別の物語。此度はここに栞を挟み、次の噺はまた後日・・・・・。

 

 

 




 いかがでしょうか。元々文才が無い上に久々の執筆。拙いとこもあろうかと思いますが、皆様からのご意見、ご感想、評価、お気に入り登録をお持ちしております。
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