人間の絵描きの幻想郷見聞録    作:信州のイワ

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 初めましての方は初めまして、お久しぶりの方はお久しぶりです。
 我ながら、遅い執筆でございますが、ご了承を。中々いいネタが思い浮かばないせいか、中々すぐに投稿できません。別にFGOが楽しいせいではありません。

 さて、ようやく本編が始まります。福太郎の旅は個々から始まります。

 皆様のご感想、ご意見が私の執筆の糧でございます。どうぞ、ご気軽にご感想、評価、お気に入り登録お長居します。
 それと今度から扉絵として、妹が気まぐれに描いてくれたアイコンを使ってみようかと思っています。新規に追加の絵は望めませんが、ご意見の程お願いします。


幻想郷見聞録~旅の始まり
すれ違う翼と絵筆


 

【挿絵表示】

 

射命丸は椛の言う、「外来人の絵描き」に会うために、翼を羽ばたかせ一心不乱に飛んでいく。途中、何かの所用で空を飛んでいた竜宮の使いにすら目もくれずに通り過ぎ、当の竜宮の使いは普段だったらネタはないかと食い下がる新聞記者が一体どうしたことかと目を凝らしていた。

 それもそのはず、射命丸はまだ見ぬ絵描きに胸高鳴らせていた。一体どんな男だろう。幻想郷であわてず騒がず適応するなどまず普通ではない。守矢の風祝りが良い例だが、様々な意味で普通ではない。どんな能力や力があるのだろう。どんな趣味嗜好なのか。常識人であろうか、それとも奇人変人の類であろうか。見た目はどうだろう、男前だろうか、それとも絵描きとは思えぬ益荒男であろうか。記憶に残るような男性が少ない幻想郷において、あの椛が指名するほどに印象的な男性だ、多くの人妖の目に留まるスキャンダルを書き立てることも可能かもしれない。

 射命丸の思考は目まぐるしくめぐる。妖怪の山から人里までの間、射命丸の速さで四半時と立たぬ間に様々な想像を巡らし恋する乙女のごとく胸を高鳴らせていた。

 田村福太郎という男を知るものなら、射命丸の想像を知る事があったなら何とも言えぬ顔をするだろう。あらゆる意味で彼は普通ではないし、変り者であることである事は事実ではあるが、少なくとも益荒男ではないし目を見張るほどの美丈夫でもない。

 射命丸の想像と現実を指摘するものなどその場に居るはずもなく、勝手な期待と願望を抱きつつ人里の近くに降り立つと、翼をしまい人里に溶け込めるように身だしなみを整えて、人里へと入っていった。

 

 一方その頃、益荒男でも美丈夫でもない変り者の絵描きである田村福太郎はというと、寺子屋の教壇に立っていた。

 

 「え~今日から非常勤講師として皆さんと勉強させてもらいます、田村福太郎いいます。まだ、幻想郷に来たばっか何でわかんないことも多いですけど、何卒よろしゅうお願いします。」

 

「「「よろしくおねがいしま~す。」」」

 

田村福太郎、三十路近い人生の中で2度目の教師生活を迎えていた。

 

 「いいか、みんな。今日から福太郎先生は、お仕事の合間ではあるが今日から寺子屋の先生の一人としてみんなに色んなことを教えてもらう。先程も福太郎先生自身が言ったように、福太郎先生は幻想郷に来て日も浅いからみんなも福太郎先生に色々教えてあげてくれ。」

「「「は~い!!!」」」

 

慧音の言葉に元気よく答える子供たちを見て、福太郎は初めて自分が教師として教壇に立っていることと、自分が教師であるという実感を得ていた。万魔学園では、高等部を担当していたし、そもそも学生の年齢ではないものも多かったから無理もないことではある。

 

 (しっかし、また教師になるとはなぁ~)

 

 ことは遡る事2日前のこと。幻想郷へ来てから再び絵筆をとって絵描きとして生活することとなり霧雨道具店の店先を借り、絵描きとして活動を始めてそこそこの人気を得て、そこそこの収入となり、霧雨道具店も福太郎の絵を目当てに訪れる人々によってそこそこの売り上げをあげていた。

 そんな福太郎の仕事もひと段落し、珍しく稗田亭の離れでのんびりと過ごしていた時、上白沢慧音が福太郎を訪ねて来たのである。

 そうして、慧音は福太郎に対して挨拶もほどほどに切り出した。

 

「なぁ、福太郎。最近暇らしいな。実はお前を見込んで頼みたいことがあってな。その、どうだろうか、寺子屋の臨時講師になってくれないだろうか?勿論給金は払うし、私の出来る範囲だが、お前の望みを叶えてやろうとも思う。どうだろうか?」

「う~ん。なんかデジャブ・・・・」

「?」

 

 頭を下げて頼み込む慧音は福太郎の言葉に、頭を下げた状態から、疑問を抱きながら上目づかいで福太郎を見ると、懐かしさと何か嫌な思い出をかみしめるような複雑な表情をしていた。

 

 「・・・ちなみに聞きますけど、断ったらなんかボク人間でないモンにされてしまったりします?」

 「?・・・そんなこともしないし、できないが・・・」

 「なら、いいんですけど。何したらいいですか?」

 

 慧音は福太郎の言葉に疑問が隠せなかったが、福太郎の言葉にほぼ承諾の言葉を聞いてほっとしながら福太郎の質問に答えた。

 

 「基本的に特別なことをしてもらうつもりはない。元いた万魔学園と同じく子供たちに絵や芸術を教えて欲しい。他にも、諺や言葉の成り立ちなんかについて子供たちに教えてもらえると助かる。常々、読み書きを覚えるだけではなく情操教育も必要だと思っていたんだ。私では、そのなんだ。堅苦しくなるばかりで、子供たちの心に響かないし興味も持ってもらえんのではな。意味がない。なので、話も面白く、教養もあり、芸術の心得もある上に教師としての経験もある。福太郎以上の適任者はおらんのだ。どうか頼まれてくれないだろうか?」

 

 慧音の言葉を聞いて、福太郎は正直悩んだ。はっきり言って自分は人格者ではないし、そもそも教員としての教育を受けたわけでもない。大召喚の起こる前の世界を知るものとして、その世界の文化、芸術を知るものとしてヘッドハンティングされただけに過ぎない。しかし、それでもできることがあるのではとも思う。幼いうちに色んな考えやあり方に触れるのは大切だとは思う。その上で自分が相応しいとも思う。しかし、それでも、自分でいいのかと思う。いつかの上池田美奈歩のように思いもよらぬ決意と共に成長してしまうのではないかという不安もある。ただ一つ確かなことは、寺子屋に通う子供たちにとって自分は間違いなく刺激になるだろうということである。慧音の申し出を受けるか否か実に悩みどころである。そんなことを福太郎は考えていた。

 福太郎の迷いを知ってか知らずか、悩む福太郎を見つめながら慧音は言葉を続ける。

 

「それに、お前はこの幻想郷に来て日も浅い。寺子屋に関わる事で子供たちだけでなく、親御さんたちともかかわるのは決して悪いことではないと思うんだが。この人里の人たちと絵だけではなく、別な形で関わるのは決して損ではないはずだ。それに子供たちの視線から幻想郷を知るのはお前の助けになるのではとも私は考えている。」

 

 慧音の言葉を聞いて眼を向けると、どこか優しくも確固たる自信を持った目で福太郎を見ていた。福太郎の為になると思うとは口で言っているが、きっと慧音自身も悩んだのだろう。なにせ外来人を子供たちと関わらせることは、子供たちに対する影響だけではない、慧音自身に対する立場や信頼にも関わる事でもある。福太郎が何か問題を起こせば当然慧音が責を負うことになる。それでも福太郎を信じて持ち掛けたのだ。この信頼に答えることが福太郎がこれまで世話になっている慧音に対する恩返しになるのではないか。福太郎はそんな慧音の姿を見て思ったのだった。

 

 当の慧音は、そこまで深刻に悩んだわけでは無かった。ただ、少々不安になったのだ。この男が霧雨道具店の店先で、多くの人たちに自分の描いた絵に興味を持った人々と話しながら絵の構成を相談したり、時にその場で様々な絵を描いてみせ、時に絵を描くために許される範囲で出歩き、せわしなく働いている(当の本人にはそのような自覚はない。)姿を見て、故郷に帰れぬ寂しさや悲しさを埋める為に仕事に打ち込んでいるのではないかと思ったのだ。その結果として心身を壊しては元も子もないし悲しすぎる。

 これまで、福太郎に関わってきた手前、見捨てるということはできなかった。そこで考えたのは、自分が運営する寺子屋に関わらせることで子供たちと触れ合うことで、元気になってもらおうと考えたのだ。それにかつて教師をしていたというならば、懐かしい仕事をする事で気がまぎれるのではないかとも思ったのだ。

そうと決まれば慧音は既に行動を開始したのである。寺子屋の臨時講師として福太郎を据える為に、寺子屋の運営に関わっている人里の町衆に根回しをした。結果としては福太郎が臨時講師になることに関しては、稗田家当主の稗田阿求と霧雨道具店の主である霧雨仁左衛門が福太郎の人柄や能力などを保障したことと、福太郎の絵描きとしての活動の評判がよかったことにより、町衆の快諾を得ることができた。ただ唯一の条件として、福太郎の承諾を得ることのみであったのである。

ここまでお膳立てして断られるのは余りに悔しいが、きっと福太郎は断らないと思った。人に何かを教える、何かを伝える、という行為は、教師という仕事は、情熱ややりがいを感じられなければできないことだ。少なくとも自分にはそれがある。福太郎は、教師という仕事を続けていた限り自分と同じものを持っているはずだ、もう一度やりたいと思って、引き受けてくれるはずだ。

自身の思い付きから行動してしまった結果、退くに退けない状況になっているが気にしない。福太郎が引き受けてくれるだろうという確信も半ば思い込みに近くなっている自覚はあるがこの際気にしないことにしている慧音であった。

 

両者の認識に若干のすれ違いがあるものの、福太郎は意を決して言葉を発した。

 

「オレなんかが、臨時講師になってどうなるか分かりませんよ?」

「!!!ああ、かまわんさ。いつものように、お前らしくやってくれればいい!!ようこそ寺子屋へ、よろしく頼むぞ!」

 

福太郎なりの受諾の意思が見られたことに慧音は感激し、やや語気を強めながら、福太郎の手を握ったのである。

こうして田村福太郎二度目の教師生活(臨時講師)が始まったのである。

 

「え~今日はまず、みんなには隣の人の絵を描いてもろうて、提出してもらおうと思います。」

「そういわけで、みんなは配った鉛筆と紙でお互いの似顔絵を描いてもらう。描いた相手と自分の名前を忘れないように。」

「え~~!!」

「自信ないよ先生!」

「福ちゃん先生みたくは無理~!」

さっそく絵を描くことに動揺する子供たち。その反応を見ながら如何するのだと言わんばかりの視線を投げかける慧音。そんな周囲の反応を見ながらニヤニヤする福太郎はへらへらと笑いながら皆に告げた。

 

「ええんよ。最初から上手い人はそうは居らんし。精々みんなは、オレも見たこともない下手くそな絵を描いて、オレを楽しませてくれwww。」

「福ちゃん先生イジワル~!!」

「うんと上手な絵を描いて見返してやるからな~!」

「見とけよ~!」

 

福太郎の砕けた感じでいながら朗らかな挑発に子供たちは、やる気を出す。普段だったらどこか渋々授業に臨む子供たちとは全く違った様子だった。福太郎を臨時講師として招いたのは正解だったなと実感していた瞬間だった。そう、この時までは。

 

「そうだぞみんなその意気だ!頑張って描くんだぞ!」

「何言ってんですか、慧音先生。僕らも描くんですよ。」

「え?」

「ぼさっと待ってても暇ですし、オレは慧音先生描きますんで、慧音先生はボクを描いてください。さぁどうぞ。」

「・・・・なんだと。」

「ボケっとしてても仕方ありませんから、はよ描いてください。ボクらやらんかったら示しがつきませんよってからに。」

 

紙と鉛筆を渡されて慧音は凝固した。絵なんぞ描いたことなどほとんどない。書ならばある程度自身はあるが、絵となると正直自身が無い。良くも悪くも記憶に遺る一日になりそうだと覚悟を決めて、慧音は鉛筆を握り、白紙の紙に向かうのだった。

 

 

ところ変わって、人里は霧雨道具店。人里では知らぬ者はない大店だ。針や糸から刀鑓甲冑まで金と人品次第で何でもそろう。幻想郷が誕生し、人里が成立する最初期から存在する老舗である。霧雨道具店の初代店主である初代霧雨仁左衛門は、あらゆるものを商っていたこと以外一切不明の人物だったという。

そんな大店の看板を見上げながら暖簾をくぐり、澄んだ良い声で声を掛ける。

 

「ごめん下さい!毎度おなじみ、文々。新聞の射命丸でございます。こちらに絵師の方が御出でと聞いてお尋ねしましたがどちらにおいででしょうか?」

「福太郎様のことでございますか?生。憎ここ数日御出でではございません。主人なら何か存じておるかと思いますので、ただいま呼んでまいります。」

「あ、番頭さん。お願いします。あ、店内を見させていただきますので、どうぞお構いなく。」

 

奥に案内しようとする番頭を制止して、射命丸は店内を見て回る。相も変らぬ品ぞろえの中で、いくつか目を見張る品があったからだ。

これまで、霧雨道具店の店先に並ぶことはほとんど並ぶことのなかった品、絵画である。

絵は二点、店の中に高すぎず低すぎぬ位置に二点ほど飾られている。一点は縁側に座る少女が描かれた色鮮やかな洋風の絵画。そして、黒と白の濃淡のみで描かれた山水画の掛け軸であるが、見たこともない植物と生き物。そしてその特異な空間の中で、背を向けて釣りをする一人の男が描かれている。

いずれも、写真のように写実的でありながら、写真にはない暖かさというか雰囲気があった。なるほど、これなら人気が出るはずである。これならばちょっとした文化人を気取る人間であれば一つ二つ欲しいと思うだろう。それぐらいに良い絵だった。

 

(ほう・・・なるほど。いいですね個人的にはこちらの軸物がいいですね。幻想郷でも見られないような非現実的な空間の中にある、現実的な人物の姿。何とも趣がありますし、色がいない分、想像力が刺激されますね。・・・おやこれは?)

 

 それぞれの絵の右下に小さな紙に題名と作者のサインと思しき倒副(とうふく)があった。

 

 『縁側の少女』

 『白亜の釣り人』

 

 「悪いがお嬢さん。そいつは売り物じゃないぜ。」

 

 二つの絵画に注目している射命丸に声を掛ける人物がいた。この店の店主7代目霧雨仁左衛門である。

 

 「どうも、仁左衛門さん。こちらの絵も確かに気になりますが、それ以上にこの素晴らしい絵を描いた方が気になりまして。本日お尋ねしましたのはその件なのですよ・・・」

 「なるほどな。お前さんらしい。福太郎はここ何日かは来てねぇぞ。」

 「どちらにおいでかご存知有りませんか?」

 「さあなぁ~。ここしばらくは別の仕事があるから休むと言ってたな。」

 「別の仕事ですか。どんなお仕事でしょうか?」

 

 福太郎不在と聞き、その居場所を聞き出そうとするが、仁左衛門もその居場所についてはどうも知らないらしい。人里中を歩き回る覚悟をしていたが、丁度、福太郎の居場所を知る人物がやって来た。

 

 「多分、福太郎なら今日は寺子屋に居るはずだよ。射命丸。」

 「これは、珍しい。動かない古道具屋さんが御出でとは珍しいことがありますね。明日は鑓でも降りますかね?」

 「あはははは。そりゃいいや。なら鑓を拾いに行かねぇともったいねぇや。おい霖之助、お前定期的に外出しろ、鑓売りさばいて一儲けしよう。」

 「まったく。親父さんは相変わらずですね。僕もそれぐらいの返しができるように精進しますかね。」

 

 笑いながら皮肉の応酬をしたあと射命丸は福太郎について二人に取材することにした。

 

 「せっかくなので、福太郎さんについてお聞きしたいんですがよろしいでしょうか。」

 「そりゃ、いいけどよ。あんまり福太郎をいじめる記事を書くんじゃねぇぞ。もしそんなことしたらおめぇを、人里出禁にした上で、新聞の契約を切るからな。」

 「それは、僕も同意見だね。」

 「あやややや、肝に銘じます・・・・」

 

 ひとりの外来人がここまで人望があるとは思わなかった射命丸ではあったが、二人に取材の許可を得ることができたので福太郎という人物について聞き込みをする事にした。

 

 「ではお二人にお聞きしたいんですけど。福太郎さんの上のお名前は何でしょうか?」

 

 「なんでぇい。知らねぇのか。田村さ、田村福太郎。」

 「田村さんと仰るんですね。どのような方でしょうか。」

 「どのようなと、聞かれると少々困るが。三十路近くの男性で背は僕より低く、少しやせ型かな。なんというか、朗らかというか、よく笑う好奇心旺盛な人物かな。」

 「まあ、おおむねそんな感じだな。あと博識だな。好奇心故に色々詳しくなった感じがするがなぁ。学者って感じではねぇな。」

 

 「ほうほう。」

 

 事前に椛から聞いていた容姿に加えて、好奇心旺盛で博識な人物である事が判明した。加えて外来人ではあるものの、外の世界ではなく異世界の住人であったという事は極めて興味深かった。しかも、幻想郷以上に魑魅魍魎、神仏悪魔が洋の東西を問わず闊歩する混沌とした世界から来たというから驚きだ。情報を提供してくれた椛にはあとで何かおごってやらねば。

 

 「それで、ここ最近は別のお仕事という事でしたが普段のお仕事もについても含めてお聞きしたいのですがよろしいでしょうか。」

 「普段は、店先に折り畳みの椅子と机出して、飾ってある絵を見本に出して絵の依頼を受けてるな。大体は山水画とかなんぞ軸物を描くことがほとんどだな。稀に、似顔絵を描いて欲しいと言って、その場で描くこともあるな。」

 「その描いた絵を、僕が預かって、装丁するんだ。洋風のものであれば福太郎が行うがね。似顔絵の場合は簡単な額縁に収めて渡している。」

 「ほう、まさしく絵師としてお仕事をなさっていて、皆さまも関わっていらっしゃるんですね。霧雨道具店や霖之助さんにはどのようなメリットがあるのでしょうか。」

 「そりゃ、おめぇ。絵の仕上げや受け渡しの内に店の中見てもらって買い物してもらえるのさ。アイツの絵はこう何というか心に余裕を持たせてくれるもんだからよ、みな財布のひもが緩むってもんさ。店先を貸してる手前いくらかの上りも入るしよ。」

 「僕は、装丁の作業を手伝うことでいくらか手数料を貰っているし、何より福太郎の絵をじっくり見れるからね、充分な報酬を貰っているわけさ。」

 

 「それだと、福太郎さんの手元にはほとんど絵の代金が入らないのでは?」

 「いや、八割はアイツのもんだ。俺たちは一割づつさ。それなりの客だと礼金を弾むことも多いからな。」

 「なるほど、充分に商売として成り立っているのですね。では、そんな福太郎さんは最近別なお仕事をなさっているという事ですが、どう云う事でしょうか?お金に困っているというようでもありませんし。」

 

 「ああ、それについては僕が答えよう。実は慧音の頼みで、寺子屋の臨時講師をやる事になったんだ。」

 「へぇーアイツ慧音先生の依頼を受けたのか。まぁ、経験があるらしいし、割とすんなり受け入れたのかね。」

 「臨時講師ですか。先程、博識と仰っていましたが、福太郎さんは教師でもあったんですか?」

 「らしいぞ。まぁ、絵とか芸術の先生やってたらしい。福太郎の知識教養については霖之助の持ってきたモンを見るりゃわかるだろ。」

 「そうだな。見てもらった方がいいだろうな。」

 

 そう言うと三人は客間に上がり、霖之助が持ってきた荷物を見せた。それは一幅の掛け軸であった。霖之助が言うには、寺子屋に飾る掛け軸だそうだ。それを床の間に掛けると、その全容が明らかになった。中華風の山野と川が描かれ、その中に一筋の小さな道があり、そこを薪を棒の両端に括り付けて運びながら書を読む人物が描かれていた。この構図は『朱買臣図(しゅばいしんず)』と呼ばれるものである。

 

 「こちらの作品が福太郎さんの・・・見たところ唐風の作品ですが。書を手にした人物が描かれていますから学問に関する人物なのでしょうけど・・・」

 「二宮尊徳は知っているかい?」

 「ええまぁ。経済面で活躍した幕末期の人物だったと聞きますね。幼いころから勉学に励みながら、親孝行もする。後に小田原藩の財政再建に努めた人物だったかと。」

 「ああ、その認識で間違いない。そのために、かつてはその功績を称え、外の世界では勉学に励み、自立した精神を持った模範的な人物として各地に薪を背負い、書を読みながら歩く像があったそうだ。今は、そうでもないそうだが。慧音は、その辺りの話を東風谷早苗辺りから聞き込んだらしくてな。流石に像を立てるのは無理があるから、今回の件を期に福太郎に絵を依頼したのさ。」

 

 なるほど、それなら納得できるがそれが唐風の掛け軸になるかが分からない。射命丸は、首をかしげながら、掛け軸を見る。その姿を見てニヤニヤとしながら仁左衛門が補足した。

 

 「福太郎の凄いのは、その依頼を聞いて待ったをかけたのさ。福太郎が言うには、実は二宮尊徳にはな、幼少期にそんなことをしていた話はどうも無いらしい。後世に造られた伝記に付け足された挿絵が元で根拠がないというのさ。自慢げに寺子屋の子供たちにも勤勉に学んで大成して欲しいと言って頼んだ慧音先生の顔ったらなかったぜ。でもな、福太郎はその挿絵の元になった話を知ってたのさ。」

 

 仁左衛門が言うには、福太郎は二宮尊徳像の元になった絵画である『朱買臣図』を書くことを提案した。この朱買臣は前漢の人物で、貧しいながらも学問を修め、妻や友人に助けられながらも会稽の太守を勤めるようになるといった、大器晩成を地でいった人物であると教え、狩野派も描いている伝統的なものであると教えて、今回の掛け軸を描くこととなったのであるという。射命丸たちは知る由もないが、実際に狩野元信(かのうもとのぶ)が描いた障壁画『朱買臣図』は国宝となっている名作である。

 射命丸は、福太郎の作品と一連の話を聞いて驚愕した。それほどの知識教養があり、これだけの絵を描く才能を持った人物が現れていた。この幻想郷には、純粋な力をもった人物は多くいる。しかし、これだけの教養を持つ人物となるとかなり少ない。まして、通常の通説を自ら調べ、誠の知識を得るものは更にだ。なるほど、香霖堂や霧雨道具店、稗田亭の主のような教養人たちが気に入るのも無理はない。自分たちが好むような才を持った人物に出会えたのだ、目を掛け、世話をするには充分な理由である。

 射命丸は思わずほくそ笑む。田村福太郎は、自分が取材するに足る人物だ。いつもと違う自分が満足する記事を書くことができる。早く会いたい。早く会い、一時も長く取材したい。

 

 「・・・・大丈夫かねコイツ。」

 「さぁ?」

 

 悦に入りながら静かに笑い続ける射命丸を見て、二人の店主は引いていた。

 

 

 

 「みんな描けたか?」

 「「「は~い!!!」」」

 「ほな、さっそく見せてくれや。」

 

 その頃、寺子屋では、福太郎による授業が行われていた。寺子屋の子供たちと慧音は出来上がった絵を福太郎に見せていた。

 ある子供は、よくできたと誇らしげに。ある子供は、うまくできなかったと自信なさげに掲げていた。因みに慧音は後者であった。

 それらの絵を楽しそうに、満足げに見つめ、一通り鑑賞すると教壇に立って話始めた。

 

 「え~みんなにはまず、似顔絵を描いてもろうたんけど、今回みんなに知って欲しいのは絵というものは描く人の認識や思いが形になるものだという事を知って欲しかったんです。」

 

 そう言いながら、自分の描いた慧音の姿を見せた。手をそろえて椅子に座り、知的なまなざしと慈愛に満ちた表情をしている。そうしてもう一つ、慧音の描いた福太郎の絵を受け取り並べた。はっきり言ってしまえば、上手ではない。短く切られた一部色の変わったバサバサとした髪を描いたせいか、頭がデカく等身がくるっているし、ダボッとした服を描いたせいで偉くずんぐりとした雰囲気になっている。手はデカく異様に指が長い。おまけに、首から下げたペンがやたらデカい筒に見えるのである。

 そんな慧音の絵を見ながら子供たちは、上手上手と笑うか、なんか変だと笑うので慧音はたちまち赤面したのである。

 

 「みんな、もうええやろ。次のお話するから少し静かにしてやぁ~」

 「「「は~い、福ちゃん先生!!」」」

 「ええ、子やなぁ~みんな。オレの生徒もこんだけ素直やったらなぁ~。まぁ、それはそうとして、オレの絵と慧音先生の絵には共通点、似たところがある。それは何かわかるかな?」

 

 そう言うと、子供たちは互いに福太郎の言う共通点は何かと話始めた。やれ、そんなところはないだの、同じ人型だとか、服を着てる、鉛筆で書いてあるとか話し合う。

 その姿を横目で観つつ、慧音に向かい問いかける。

 

 「先生はどう思います。」

 「・・・胴体に手足がついてて、頭が付いてるな。あと目鼻があるな。」

 「口が抜けてますね。」

 「なんだ、文句あるか?あん?」

 

 慧音は、恥をかかされたと思って、親の仇でも見るような目で福太郎を見ていた。

 福太郎は笑いながら、子供たちに向き直る。

 

 「みんなが言う事も間違いあらへん。でもな、みんなは気づいてないと思うけど、この二つの絵には確かに共通点がある。それはな。描いた相手の特徴を捉えとるという事や。オレの場合は、慧音先生の賢そうな目や優しい表情が印象的やったから、そこに力を入れて描いたんや。対して慧音先生の場合は、オレの服や、髪型、首に下げたペン。それに、オレが絵描きいうんで、絵筆を握る手をかんばって描こうとしとる。オレよりもオレの特徴をとらえようとしとる。百点満点や、みんなもお互いの事頑張って描こうとしてることがよく分かる。ようできとるで。」

 

 そう、言われた子供たちは、お互いの絵を見て相手が自分に対してどう見られているかを確認して盛り上がっている。慧音は福太郎の絵を見ながら、福太郎に問いかける。

 

 「・・・お前は、私をこう見ているのか。その・・・なんだ、び、美人だと。」

 「ええ。綺麗だと思いますよ。」

 

 慧音が恥ずかしくなっている慧音をよそに、子供たちに話始める。

 

 「じゃあ、みんなもう一つ見てもらいたいもんがあるんで注目してもらいたいんだけど、ええかな?」

 

 そう言うと、福太郎は首に掛けたペン、萬念筆を手に取ると、目を閉じて頭に当てる。そうすると、白紙の紙にペン先を当てるとスラスラとペン先が走り出し、もう一枚の慧音の絵が出来上がった。しかし、もう一枚の絵と比べるとあまり似ていない気がする。

 

 「このペンは。オレの記憶したものをそのまま絵にできる魔法のペンみたいなもんなんやけど、これで描いた絵とさっきオレの手で描いた絵。どっちが似とると思う?」

 「先生の描いた方だよね?」

 「なんか、似てない気がする。」

 「変じゃないけど、印象が薄いよね。」

 

 子供たちの反応に満足そうに笑う福太郎を見て、慧音は教師としてどのようなことを二枚の絵で教えるのか、興味を持って見守っていた。

 

 「それはな、オレが慧音先生を観察して、その特徴を強調したからや。でも、ペンで描きだした絵はそのまま、描いとるからなんも強調されとらん。人という生き物は五感の中で視覚、目で見るもの見えるものに頼って生きとるから、その視覚を刺激されるものが印象に残りやすいんや。だから、特徴を強調されて印象がより強く感じられる最初の絵の方がよく似てると感じる。絵を描くときは、まず、よく観察して特徴を捉えること。その特徴を上手に描けると上手な絵になるというわけや。」

 

 「・・・・・」

 

 子供たちは聞き入っている。目の前で実演されたこともあるが、福太郎は子供たちに分かり易いように言葉を選んで話している。自分に足りなかったのはこれなのだろうか。慧音は最初の内はからかわれて終わるかと思ったが、福太郎に臨時講師を頼んだのは正解だったと安心した。

 

 「それだけやない。手で描く絵は描く人の感じた印象も反映する。この絵も、オレが慧音先生が優しい人と感じたから、やさしい顔になっとる。そして、その印象がみんなにも伝わって、想像しやすくなってみんなの記憶に直接繋がっていい絵に見えるんや。だから、オレは自分の手で絵を描くんや。オレの見たものを他の人にも見てもらいたいし、オレもその見た思い出を思い出したいから。」

 

 そう言った福太郎は優しくも寂しそうな顔をした。口には出さないが、福太郎は多くの出会いと別れを繰り返し、ここに至っている。福太郎は絵筆をとるたびに過去の思い出の中へ旅をして、いるのだと思うと慧音は、哀れにも羨ましくも思えた。

 

 「みんなには、絵というものについてある程度分かってもらえたと思う。もう一つ教えとこう思うんは、絵を描くことに限らず文字を書くことにも通じることがあるということを言っておきたい。」

 

 文字と絵。音声にすれば同じだが文字にすれば違うものの共通点とは何だろうか。慧音はいつの間にか生徒のように福太郎の言葉に耳を傾ける。

 

 「それは、観察するということ。文字もそうや、文章にするとき、書き残したい事を理解できるように、イメージしやすいように想像しやすいように文字を選ぶ。文字を選ぶには伝えたいことを分からんといかん。絵もそうや、見える形の遺る分、よく観察して、描いた方が感じたもの、見えたものを表現する。自分以外の誰かが見た時に理解できるようにするには観察することが必要なんよ。普段の生活もそう。観察することで、気づかなかったことに気付いて、危険を避けることもできる。困ったことも何とかできることができる解決策に気付ける。面白いことがある事にも気づける。これからオレがみんなに授業をするにあたって、そんな観察力を身に着けてもらえるように、それとおまけで人生を豊かにできる芸術や文化なんかに関心を持ってもらえるような心を持てるように絵を通じてなってもらいたいと思ってる。話も長くなったし、時間も丁度ええから、今日はこの辺で。」

 

 「それでは、今日の授業はここまでとする。私も今日は大変勉強になった。素晴らしい授業をしてくれた福太郎先生に感謝しよう。」

 

 「「「ありがとうございました!!!!」」」

 

 パチパチパチパチ!!!!

 

 気付けば、新しい講師が来ると聞きつけた父兄や人里の人々が、窓や縁側に集まり拍手していた。野次馬根性で集まった人々にも感じるものがあったのだ。

こうして田村福太郎の初めての授業は成功に終わったのだった。その後父兄や子供たちと歓談した。ある父兄は大工で亡くなった親方によく、建築の仕事をするときは必ず図面に起こしてやれと言われた意味がようやく分かったと喜んでいた。ある子供は、もっと絵を描いてみたいと言っていたが、人間の事がもっと分かるかもしれないなどと謎めいたことを呟いてもいた。福太郎はそんな人々を見て、自分の言葉で人々が動き、感化される姿を再び見て、悪くないと思っていた。

 三者三様に満足できる授業が行われ誰もかれもが福太郎に別れを告げて皆家路についた。福太郎はそれを見かけると自分に声を掛ける人物に気が付いた。茶のスーツに身を包み、ハンチング帽子を被り、ショルダーバッグを掛けた、いかにもレトロな新聞記者を彷彿とさせる女性だ。

 

 「中々の人気ですね。いや、流石は人里の旦那衆からも信頼が厚い田村福太郎さん。いやはや感服いたしました。」

 

 そう言って、若干胡散臭い笑みを張り付けた女性に警戒心を抱きながら問いかける。正直初手笑いかけてくる相手にはいい思い出が無い。

 

 「あややや、警戒なさっておられる。これは申し訳ございません。別に取って食いやしません。私は、文々。新聞の射命丸文と申します。烏天狗の新聞記者だとお考え下さい。以後宜しくお願いします。」

 

 どうやらただの営業スマイルだったかと安心して、福太郎は手を差し出す。

 

 「ご丁寧にどうも、別嬪さん。オレは外来人の絵描き兼寺子屋の臨時講師なんぞさせてもろうとる田村福太郎いいます。どうぞ宜しく。」

 

 二人は笑いながら握手を交わす。

 翼と絵筆はここにて交差した。羽ばたく翼は何処に絵筆を誘うか。絵筆は如何に翼を描くのか。形は違えど、筆を執る二人の出会いが幻想郷に新たな風を吹き込むことになることを知る者は二人だけ。

 

 今宵はここに栞を挟み、噺の続きはまたいつか。

 

 

 ???「さぁ、素敵な風をふかせてく下さいな、福太郎さん。」




 いかがでしたでしょうか?ようやく役者はそろい、舞台は整いました。物語はここから動き出します。
 pixivの方でアイコンにしている絵を今回は扉絵として挿絵にしましたがいかがでしょうか?せっかく何で多くの人見てもらいたいと思い今回やってみました。

 続いて、今回の雑学について。今回の『朱買臣図』については、狩野派の特別展でしったので寺子屋を舞台にするなら使おうと思っていたネタでございます。ぶっちゃけ、二宮金次郎については、あまり詳しくないのでツッコミ多数かもとビクビクしとります。
 絵に関しては、授業で聞きかじったことと在野の絵描きであった祖父の話を父から聞いてたことが幸いしました。また洋風画が人気が無いのも実は授業で知りました。というのも日本家屋は洋風画を飾るのに適してないことから、明治期に西洋画が普及しなかったそうです。むしろ絵ハガキなどがパリ万国博覧会以降受け入れられるようになり流行しました。そのため、珍しい似顔絵だけが人気があるという事にしました。その似顔絵も小さめにし、棚やタンスの上に飾れるように霖之助が想定し、飾り台も付けているという設定です。軸については一般的な掛け軸です。掛け軸の装丁自体は知識があれば何とかなりますし、私もやったことがありますが、なんとか形になるので器用な霖之助なら難なくこなすでしょう。
 似顔絵については、作中にある通りです。これは通常は写真やコラージュ写真が引き合いに出されますが、萬念筆の機能を利用することで解決しました。実際に人間はコラージュ写真より人間の描いた似顔絵の方が似ているように感じるのは本当だそうです。手描きですので、強調したいところを的確に強調できるのが強みの様です。

 さて本作のオリジナル登場人物である霧雨仁左衛門ですが、お気づきの方はお気づきかもしれませんが、これは3人の人物がモデルになっています。
 鳶沢甚内、雨引きの文五郎、雲霧仁左衛門の3人です。そう盗賊なのです。
 これは霧雨魔理沙の窃盗僻から考えました。鳶沢甚内は江戸初期、それこそ江戸の町ができる頃に徳川家康にヘッドハンティングされて盗賊を捕えたり防ぐなどをしていたといわれる人物です。彼は古着屋を営み、盗賊が古売屋として古着屋を利用した時密告して捕えるという事をしており、手下も古着屋として生業を立て、目を光らせていたそうです。古売屋である古着屋と古道具店はよく似ていますよね。
 このあたりの話を参考にして、人里ができた時に八雲紫が家康公のようにヘッドハンティングし代々、里の治安を守らせていたという設定にしました。
 残りの二人は、池波正太郎先生の名作の登場人物ですが雲霧仁左衛門は実在したようです。江戸研究の大家である三田村鳶魚の本にも名前が出てきます。この二人は凄腕の盗賊で、あまりにその腕前が鮮やかであり、痕跡がほとんど残らなかったことから、痕跡が消え去る雨や霧といった二つ名が付いたそうです。
 霧雨という苗字は盗賊に相応しいと思い、実は霧雨一族は昔は盗賊一族という事にしました。
 これによって、魔理沙や霧雨道具店の深みが出たのではないかと思っています。

 作者は、捕物道具に関して研究していただけの根っからの文系人間ですので、絵画の事など少々おかしいこともあるかと思いますが、温かい目で見守っていただけると幸いです。

 それでは、今回はこのあたりで、皆さんのご意見、ご感想などお待ちしております。

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