彼女は外来人、田村福太郎の事をひとしきり書き綴ると、女中に紅茶を運ばせ、彼との在りし日の思い出を思い出していた。
阿求は外来人、田村・福太郎に関して、一通り書き綴った。
「ふぅ・・・」
阿求は少し力が入っていたのか、息を吐くと筆を置き女中を呼んだ。
「ねぇ、誰かいない?」
「はい、阿求様。」
「すまないけれど、紅茶を頼めるかしら?」
「承りました、茶葉は何にいたしましょうか?」
「そうね・・・。せっかくだから、アールグレイをお願い。」
「かしこまりました」
女中は丁寧に頭を下げると、置くへ下がった。阿求は幻想郷縁起と筆記用具をかたずけた。しばらくして、女中はアールグレイの入ったティーセットと茶請けのクッキーを乗せたお盆を持って戻った。
ティーセットは紺色の唐草文様と鳥をあしらったもので、フチは金で飾った品のよいものだ。マイセンの高級品〈らしい〉だ。
「・・・ふふふ、アールグレイか・・・。」
彼女は在りし日の彼との会話を思い出していた。
あの日は、急な大雨が降り出したので、貸本を回収しに来ていた小鈴とちょうど家にいた田村さん(いつもは人里の通りで露店を出して絵描きの依頼を受けているが、連日休みなしで働いているので私が家長命令で休ませた)をお茶に誘ったのだ。
「すみませんねぇ、居候の俺なんかもお茶に誘ってもろうて。」
書斎で小鈴をお茶に誘うことにして、女中にお茶の用意と田村さんを呼んできてもらった。
「もう、何度も言ってるじゃないですか、田村さんは我が稗田家のお客様なんですから。遠慮なんていりません。」
田村さんは、黒のTシャツと少しよれたジーパン(香霖堂で買ってきたらしい)といったラフな姿でやってきた。
「ゆうても、招かれたわけでもありませんし、行くとこ決まるまで、てことでおいてもろうてるだけですし。」
「別にこのままここに住んでもらってもいいんですよ、言うなれば食客として。」
「食客ですか、孟嘗君みたいですね。」
「とにかく別に窮屈に過ごす必要なんてありません!もっと堂々となさってください!」
「ははは、善処します・・・それはそうと、そちらのお嬢さんは?」
田村さんは、少し気まずそうにして、話を変えると阿求とともに居る少女は誰かと聞いてきた。
「ああ、すっかり忘れていたわ、この子は本居小鈴と言って、私の幼馴染で今日は貸本の回収に来てたんですけど、急な雨で足止めくらってしまったので、雨宿りついでにお茶に誘ったんです。」
「もしかして、貸本屋の鈴奈庵で働いてはるですか?」
どうやら、鈴奈庵のことは知っているらしいが、面識のないあたりまだ行ったことは内容だ。
「いえ、鈴奈庵は彼女の実家なんで、ただの手伝いですよ。」
「でも、お家の手伝いなんて偉いですよ。」
二人で話し込んでしまっていると、小鈴が割って入ってきた。
「もう、阿求たら、私抜きで話を進めないでよ!その人が件の外来人の人でしょ。」
小鈴は少し怒った様子で聞いてきた。
確かに小鈴を無視して話し込んだのは、ちょっと悪かったかもしれない。
悪気はなかったのだから許して欲しいが。
「ごめんなさいね、悪気はなかったのよ。じゃあ、改めて紹介するわね、この方が、我が稗田家のお客様、田村・福太郎さんよ。」
「ご紹介にあずかりました、田村・福太郎です、よろしくお願いします。」
まったく、この人はこちらに気を使ってばかりだから、もっと堂々としてほしいし、頼ってほしいものだ。
「初めまして、本居小鈴です!」
田村さんが、手を差し出し、小鈴は手を握り握手を交わした。
「本居さんは、お家のお手伝いをしてはるんですねぇ、エライなぁ~まだ若いのに。」
「小鈴でいいです。ご迷惑でなければ、私も福太郎さんと呼ばせていただきますから。」
「じゃ、小鈴ちゃんで。」
「よろしくお願いします、福太郎さん。」
「へえ~、小鈴には<ちゃん>づけですか?」
少し腹がたった。
私は未だに<さん>づけだ。
なんか、他人行儀だし田村さんが幻想郷に迷い込んでから、一番長い付き合いだと自負しているが、未だに<さん>づけだ。未だに。
「え~と、さっき貸本ていってましたけど、鈴奈庵は貸本屋さんなんですね、どんな本扱っとるですか?」
くっ、またはぐらかされた。
「よくぞ聞いてくれました!鈴奈庵は古本、古書をはじめとした外の世界の本の販売、貸出をしています!あと、予約出版なんかも承っております!是非ご利用ください!!」
「予約出版?」
「個人出版みたいなのです、私もよく利用してます。」
「幻想郷縁起とかですか?」
「まあ、そんな所です。そうだ、田村さんも絵描きなんですから、画集の一つも出したらどうですか?料金はそれなりに掛かりますが、費用は私が持ちますよ。」
「そんな、もったいないですよ阿求さん。自分みたいなヘタな絵ばっか載った画集なんて誰も買いませんよ。」
「そんなことありません!いつも言ってますがヘタじゃないし、田村さんの絵は素晴らしい絵です!もっと自信もって、誇ってください!」
「そないなこといわれましても、自分ぐらいの絵かける人は他にも大勢いますよって・・・。」
この人は、いつもそうだ、謙遜なんかじゃなく本気でそう思っている。
自分を過小評価しているから。
「そんなことありません!!」
「うわぁ、阿求ったら、えらい怒りよう。それはそうと福太郎さんて絵描きさんなんですか?」
「ああ、いちよう。いつもは、人里の大通りの方で出店出しとります。今日は阿求さんに言われてお休みやけど。まぁ、絵描きゆうんが珍しいいんのか、こないなヘタな絵描きでも贔屓にしてもろうてます。」
「だから、ヘタじゃないと言ってるのに・・・。それに毎日毎日あちこち出歩いて、絵を描いたり、働いたり、ちゃんと休まないと体壊しますよ!」
「あははは、慧音先生にも言われましたわ・・・すみません、ご心配おかけしてます。」
まったく、何度言ったらわかるのか、危険な場所や妖怪にホイホイと近寄って行くし、まったく。
「悪いと思うならちゃんと休む!」
空気を察したのか小鈴が口を挟んだ。
「あ、あの~もしかして、最近噂になってる絵描きさんて、福太郎さんの事だったんですか。以前、魔理沙さんと霊夢さんが絵を描いてもらったって言ってました。あと、文々。新聞にも載ってましたし。」
「・・・その噂っていうのがきになるなぁ。」
「なんでも、妖怪や神すら恐れぬ人間で、大妖怪すら敬意を払う影の実力者だとかって噂でしたから、どんな人かと思ったら、想像以上に普通でびっくりです。」
「なんか、尾鰭どころか手足や角まで生えとるような噂やな・・・。」
「まぁ、不思議じゃないわね。」
「えぇぇ・・・自分は普通の人間よりパラメーター低めの人間ですって。」
「幻想郷に来てからのご自分の行動をよく思い出してください。」
「すいません。」
彼の行動ははっきり言って、異常だ。
彼の元いた世界、幻想郷とさして変わりがない、あるいはもっと危険な世界だ。
妖怪の危険性を十分に理解しているはずなのに、その事を踏まえて考えても、異常だ。
本当に命は惜しくないのか。
「せっかくだから見せてもらってもいいですか?」
「そうね、そうしたらいいわね。ヘタかどうかは小鈴に決めてもらいましょう」
「えぇぇ・・・エライ恥ずかしいんですけど。」
「つべこべ言わずに、絵を取って来るなり、ここで描く!居候だって言うなら家長のいうこと聞く!ほら、早く!!」
「はいいい!わっかりました!!」
私が怒鳴ると田村さんは、すっ飛んでいった。
そんなに怖かったか私?
「なんか、珍しいね。」
「何が?」
「阿求が怒るのも、怒鳴るのも。」
「はぁ・・・そうかもね。」
「なんか、気になるの?福太郎さんの事。」
確かに、そうだ、気になる。
でもそれだけじゃない。
しかし、小鈴に心配されてしまうほど顔に出ているのだろうか。
「どちらかというと、心配なのよ。」
「心配?」
「うん。さっき田村さんにも言ったけど、危険な妖怪や場所にはためらいなく近づくし近づいてくるし、避けようとしない。好奇心の赴くまま、子供のように受け入れ、近づいていくのよ。」
「福太郎さんもたいがいね。でも、外来人だから妖怪が危険だって事を理解してないだけじゃないの?」
「それはないわ。彼は外来人ではあるけど、実は外の世界とは別の世界から来ているの。そこには、ここ以上に人外であふれているそうよ。にわかには信じられないけど、事実みたいよ。」
「阿求がそう言うなら間違いはないだろうけど、だとしたら尚更理解できないね。」
「ええ。何か理由があるのか聞いてみたけど、『精一杯やりたいことやって、セいっぱい生きるためだ』て言っていたけど、それだけじゃ納得できなかった。」
「ほかにも何か気になることがあるの?」
「・・・命が惜しくない、それこそ散歩にも出かけるようにあっさり死んでしまう。そして、それを受け入れている。そんな気がするの。」
「昔、何かあったのかな。なんか、大変な経験をしたとか。」
「聞こうとしたけど、聞けなかった・・・。」
「?」
「田村さん、自分の過去の事はいつもはぐらかすか、すごく悲しそうに、辛そうな目をして、聞かないで欲しいって顔するの、そんな顔されたら聞けないじゃない。」
「阿求・・・。」
「でもね、小鈴。その時、私決めたの。彼が自分から話してくれるのを待とうって。そして、彼の過去ではなく、彼の今を見ていこうって。」
「でも、過去も大事じゃないの。なんか、阿求らしくないね。」
「確かに、過去も大切なものよ。でも、それは今があるからよ。そして、それは<今>や<未来>のために活かすために必要なことだからよ。<過去>があるから<今>がある。それは、<今>が必ず<過去>になるから。<未来>は<今>になり、必ず<過去>になる。だから、私は彼の<今>を大切にしたいの。それに、彼の過去は彼だけのモノ。その思いもね。それがどんなものだとしてもね。大事なのは昨日より、今日、今日より明日なのよ。」
「・・・だから、阿求たちは記録し続けているんだね、今までもそしてこれからも。未来のために。」
「そうよ、わかってくれたら嬉しいわ。辛気臭い話しちゃったわね、もっと明るい話をしましょう。」
「そうだね、でも遅いな、福太郎さん。どうしたんだろう?」
「たぶん、絵を選んでるんじゃないかしら?最近は仕事も多くて沢山絵を描いているみたいだし。」
ホントに遅いな、まさか、影で聞いているとか?恥ずかしい!しかし、それは杞憂に終わった。
しばらくしてから、田村さんは戻ってきた。
「ごめんな~色々選んどったんけど、選ぶのに手間かかった上に大きくて、けどこれが今手元にある一番イイ絵や。まだ描きかけけやど」
そういって田村さんは大きな絵を持ってきた。
油絵の独特な匂いがした。
それは、何とか部屋に入るほどの大きな油絵だった。
描かれているのは紅魔館とそこの住人達。
その絵は写真のように鮮明で、でも、どこか暖かく、より鮮やかで、描かれた住人たちの笑い声や話し声がいまにも聞こえてきそうだ。
「どう?小鈴?」
小鈴を見ると、目を見開き、口が半開きだった。
これで、未完成とは信じられないというように。
「すごい・・・。」
不思議な事に、田村さんの絵を誉めているのを見るとなぜか自分のこと様に嬉しい。
「でしょ♪」
「そないなことありませんよって、こんぐらい練習すればだれでも描けますよって。そないに誉めんで下さい。」
「「そんなことないです!!!!」」
「びっくりした!」
当たり前だ、こんな良い絵、そうそうお目にかかれない。
「出しましょう!福太郎さん!画集!!絶対に!!」
「えぇぇ・・・。」
「賛成ですよ私も。」
「そういわれても・・・。」
「今でなくともいいです!でも必ず、いつか出しましょう!福太郎さん!!」
いつになく小鈴が乗り気だ。田村さんの絵は種族を問わず引き付ける何かがある。
「じゃあ・・・ボツボツやってみましょうか。」
「では、決まりね。」
うん、きっと大人気になるはずだ。
話がまとまったころ、ちょうど女中が戻ってきた。
「皆さま、お茶が入りました。お茶うけに焼き立てのクッキーもご用意しました。」
「ありがとう。」
「どうも、おおきに。」
「ありがとうございます。」
「どうぞ、ごゆっくり。」
静かに礼をして女中は下がったが、チラチラと田村さんの絵を見ていた。
ほら、やっぱりいいものなのだ田村さんの絵は。
運ばれてきたのはマイセンのティーセットに大きな皿に盛り合わせられたクッキーだ。焼き立てのクッキーとアールグレイのいい匂いがする。
「おおぅ、おいしそう。」
「当り前じゃない♪」
「器はマイセンですかね、いいものですね。」
当り前だ、このマイセンは私の自慢の一品だし、雨はしばらく、やみそうにないから時間をかけて、茶請けに焼き立てのクッキーを用意したのだから。
「流石、田村さん。お目が高いですね。以前、香霖堂で買ったんです。」
田村さんは、絵描きなだけあって、良くものを見ている。
これは、機械で模様を付けたものではなく、職人の手によって描かれたものだ。霖之助さん情報だが。
「へ~これマイセンっていうんだ。これ外来品?」
「そうらしいわよ。」
「これも、無縁塚に流れ着いとったんでしょうけど、こないなイイもんが流れ着いとったなんて不思議ですね。」
「そうなんですか?」
そうゆうと、小鈴はしげしげとティーカップを眺めている。
「ええ、マイセンていうのは、元々、欧州のドイツという国の地名でそこで作られた磁器のことをいうんです。特にマイセンは高級品として知られていて、けっこう値が張るし、美術品としても人気なんです。ドイツの王様が中国や日本の磁器をマネて作らしたのが始まりらしいです。」
「私には普通の瀬戸物にしか見えないから、なんか以外。」
不思議そうに小鈴はティーカップを見ている。
まあ、仕方のないことだ、いいものはなかなかお目にかかれるものではないし、そうゆうのがわかるようになるには経験が必要だ。
「そうやね。でも、中国や日本の主力輸出品の一つとして認識されとって、英語でチャイナていうのは磁器の事で、磁器イコール中国というのが成り立っていたようやね。」
「じゃあ、日本は英語でジャパンと云いますが、これは何なんでしょうか?」
小鈴は田村さんに尋ねている。まるで、先生と生徒のようだ。
・・・うらやましくなんかない。
でも、小鈴に少し私の知識を披露してやろう。
何も田村さんだけにしゃべらせておく必要はない。
「漆器のことよ、小鈴。漆製品も当時の人気のある輸出品だったし、他には類を見ないものだったら、漆器の国は日本ということでジャパンと呼ばれるようになったのよ。」
「ふぅ~ん。そうなんだ。でも確かに、綺麗なの多いよね、蒔絵とかあるとすっごく高級そうに見えるもんね。」
「せやから、コレクションした人も多いみたいやよ。フランスゆう国のマリー・アントワネットゆう有名な王妃様がコレクションしてたらしいし」
「色々由来が有るんだね。きっとこの紅茶にもあるんうね、阿求何か知ってる?」
そう来たか、さすがに万物に精通しているわけではない。
「私はあまり、知らないわね。せいぜい、元々中国のお茶って事しか知らないわ。田村さんなら何か知ってるんじゃないかしら?」
さあ、どう答える?田村さん。
「そうですね、僕もあんま詳しくないですけど、さっき阿求さんが言ったように、元々中国で飲まれていたもので、少し発酵させて作った、香の強いお茶やったんです。これをマネてグレイ伯爵ゆう人が香りを付けたお茶を作ったんで、グレイ伯爵ゆう意味のアールグレイとなずけられたそうですね。」
「これも、東洋から伝わって、西洋でアレンジされたものなんだ。」
「世の中不思議ね、東洋のものが西洋にそしてまた東洋に、色んなものや人に影響されて変化して、伝わっていくんだから。」
小鈴はしきりに感心している。
流石だ、田村さんの好奇心に、右肩に潜んでいるものが協力してるんではなかろうか?
「そうですね阿求さん。思えば、このティーカップやソーサも、元はお茶碗と絵付きの小皿ですし。」
「・・・もはや原型をとどめてませんね。」
小鈴は改めてティーカップを見ている。
おそらく、自分の記憶にある湯呑と絵付きの小皿を組み合わせて想像しているのだろう、・・・なかなかシュールだ。
「これ、この取っ手の所は本来なかったみたいで、熱いお茶を茶碗に口をつけて飲めないから、このソーサにこぼしてから飲んどったらしいし。」
田村さんはカップとソーサを手に取って示して小鈴に教えているが、ホントに生徒と教師のようだ。
そういえば元の世界では教師をしていたのだから、人にものを教える姿が板についているのも納得だ。
「えぇぇ・・・なんかイメージと違う。」
確かに。まるで、盃の酒を飲み干す様にお茶を飲む紳士の姿を想像すると・・・なんか笑える。
「自分も初めて知ったときは驚いたけど、そういう様子を描いた絵も残ってるから本当の事らしいですね。」
「まさに、事実は小説よりも奇なり。ですね。」
まったくだ。
しかし、小鈴だけにしゃべらせておくのも癪だ。
「田村さんは本当に博識ですね。意外です、絵描くから芸術に関することばかり、詳しいのだと初めは思っていましたが色々勉強なさってるんですね。」
「いやいや、物事の成り立ちについて興味があるだけですよ。それに、勉強したわけではなくって、興味のあることだけ気になって調べるて知っとるだけですし。」
それでも、大したものだと思う、普通は忘れてしまうものだろう。
私は能力のお蔭でそんなことはあり得ないが。
「それにしても、福太郎さんはすごいですよ、話は分かり易いし、詳しいし、霖之助さんみたいに話が長くなくて簡潔だし。」
「そないなこと言ったらダメですよ。霖之助やってすごいで、物の名前と用途がわかるんやし、それに本人が色々考えたこと言ってるだけなんですから。この前、魔理沙ちゃんにも言われてへこんどったんですから。」
小鈴のいうことはには同意せざるを得ない。
しかし、あの霖之助さんがへこんでいたのか、チョット気になる。
「あの霖之助さんがへこんでいたんですか、意外ですねいつも自信満々に蘊蓄をしゃべるのに。」
「まあ、誰でもへこむことはありますよ。あの時、拗ねてしもうて、『どうせ僕は福太郎に知識でもおとる道楽店主さ』とか『どうせ、僕の話は長い上に分かりにくいし誰も聞いてないさ。』ゆうて、機嫌直してもらうの大変やったんですよ。」
田村さんが必死にフォローしている姿が目に浮かぶ。
小鈴も笑っているから、たぶん同じ事を想像したのだろう。
「なんか想像できるね阿求。」
「そうね、小鈴。」
「あんま、いじめないでやって下さいね。」
しかし、霖之助か。呼び捨てで呼び合うほど仲がいいとは知らなかった。・・・うらやましくなんかない。
「そうですね、そうしましょう。」
「はぁーい。」
田村さんはああ言ったが、今度会ったらいじってやろう。
まあ、気の合いそうな組み合わせであることは想像に難くない。
力のある男の人間や妖怪は少ないし、霖之助さんにとっても貴重な同性の友人だろうし。
モノの謂れ、用途に関心のある霖之助さんと物事の由来や成り立ちといったものに関心のある福太郎さん。
二人とも好奇心が原動力になっているのだから案外いいコンビに成り得るだろう。
「そんなことより、せっかくの紅茶とクッキーですし、冷めないうちにいただきましょう。それじゃ・・・。」
「「「いただきます!!!」」」
それから、たわいない会話を楽しんだ。
「そんなに前の事でもないのに、なんか懐かしいわね。彼が引っ越してしまったせいかしら。今生の別れでもないのに。」
紅茶を飲みながら、彼との会話を思い出していたら、こんな事を口走ってしまっていた。彼は幻想郷に来てから、この稗田邸に滞在しながら新居を探していた。
別に人里の空き家を借りても良かったのだが、彼の性分を考えると危険極まりない、誰かスットパー役が近くにいる必要があった。
寺子屋の教師を務める上白澤慧音宅という案もあったが、女性の一人暮らしというために彼が固辞した。
確かに家に若い独り身の男(三十路手前の男性が若いかどうかは疑問だが)と同棲というと外聞が悪い。
だが、むしろ人里の住人たちはこの二人をくっつけよとしていたため、慧音さんとの同棲を勧める声は多かったが。
田村さんの新居に名乗りを上げていた場所は多かった。
我が稗田邸は引き続き田村さんの滞在を望んだ。
名乗りを上げていたのは博麗神社、マヨイガ、守矢神社、妖怪の山、地霊殿、紅魔館、白玉楼、永遠亭、有頂天、神霊廟、命連寺と幻想郷の各地から誘いの声があった。
田村さんはこの中から一か所を選んだ。
かつて暮らしていた足洗邸によく似ていると言っていたあの場所に。
ちなみに、この激しい競争の中で選ばれた場所の住人たちは少なからず歓喜の声を上げ、選ばれなかった者たちは大層悔しがったという。
彼はその場所に居を移すことを決心し、そのことを伝えた時、私は引き留めたが田村さんの決心は揺るがなかった。
「急にすみません。ホントすみません。ホントに。」
田村さんは謝っていた。
別に謝るようなことじゃないのに。
そもそも、謝るのは私の方だ。
田村さんの決めたことに私が口を出す権利など元々ないのだから。
それでも、田村さんは謝っていた。
私の事を気遣って。
それでも私はさみしかった、離れたくなかった。
切なかった。
この時の事を小鈴に話したら。
「乙女してるね~阿求。」
はったおしてやった。
何が乙女だ端から乙女だ私は。
彼が荷物をまとめ、引っ越すときに田村さんはあるものを渡してくれた。
一つの約束を交わして。
「阿求さんたち稗田乙女の事は聞いとりますが、それでも約束してください。オレよりも長生きしてください。」
それは、私の肖像画だった。
書斎で文机の前に静かに座り、巻物を広げている私だった。
とても静かで柔らかな笑みを称えた顔をした私だった。
私はこんな表情をするのか。
やっぱり田村さんの絵は素晴らしい、とても素敵な絵だ。
「はい、わかりましたお約束します。私はこの絵を遺影にするつもりはありません。いつの日か、年老いて、若かりし日の事を思い出しながら、あなたの事を思い出しながら、この絵を眺めます。」
本当にそんなことができるかわ分からない。
おそらくは無理だろうが、運命の儘に任せるつもりなど毛頭ない。
私の運命だ、私の人生だ、持てる知識と力を全て使って抗って見せる。
私は絵を置き、田村さんの手を握って私も約束をした。
「私からもお願いがあります。」
「お願いですか?」
「お願いというか、約束です。田村さん、福太郎さん。あなたも力強く、長生きをしてください。たくさんの絵を描いてください、あまり無茶をしないでください、もっとご自分を大事にしてください。それから、それから・・・・」
泣いてしまった。
今生の別れのようで、もらった絵が別れの餞別のような気がして。
急にさみしくなってしまった、悲しくなってしまった。
田村さんは私の涙を拭きながら、手を握り、目を見て私に約束してくれた。
「わかりました。お約束します。いつまで生きられるか分かりませんが、精一杯生きて、そんでもって、たくさん絵を描いていきます。すんません、なんか悲しませてしもうたみたいで。しかし、そんな無茶してますかねオレ。」
「見てるこっちがハラハラします、自重してください。」
「はい・・・。」
こうして私たちは約束を交わし、別れた。
その後も彼は元気にやっているらしい。
時々遊びに来てくれる。
同行した者の話によれば無茶は相変わらずのようだが、それはそれで、田村さんらしい。
彼は私との約束を守っているようだ。
ならば私も約束を果たそう、もてる知識と力を総動員して。
「阿求様、そろそろお時間です。」
「わかったわ、今行きます。」
今日は博麗神社で宴会が行われる。
普段はあまり顔を出さないが今回は特別だ。
今日は田村さんが招かれているのだ。
そもそも今回の宴会の主役は彼だ。
田村さんが引っ越してから半年以上たったが、年末年始の博麗大宴会のついでに田村さんの引っ越し祝いをしようとゆうことらしい。
・・・引っ越し祝いは確か新居でもやったはずなのだが。
それだけ田村さんが愛されているのか、ただ単に宴会の口実なのかは分からない。
ただ今回はこれまでにないほど盛大なものになるようだ。
どうもスキマ妖怪がかなり気合を入れているようだし、参加の規模もこれまでにないものになりそうだ。
妖怪の山に果ては地底、天界、冥界、地獄といった幻想郷の各所から繰り出してくるらしい。
タダ酒が目当てなのか宴会の主役が目当てなのかは分からない。
だが驚くべきことに動かない大図書館と古道具屋まで参加するというから田村さんが目当ての者も多いのだろう。
中には未だに自分たちの所に引っ越してこないかとアプローチを続けているものも多いらしいから、袖にされた(あくまで、引っ越し先として)恨み言でも言いに来るのかもしれない。
そろそろ行かなければ。
小鈴と慧音さんと待ち合わせをしているのだから。
「阿求!こっちこっち!早くしないと宴会始まっちゃうよ!」
「そう慌てるな小鈴、宴会が始まるまでにはまだ時間がある。」
二人は風呂敷包みを持っている。
今回の宴会はスキマ妖怪の主催だが、飲食物の持ち込みは可である。天狗や鬼は浴びるほど酒を飲むから持参する酒はきっと多いだろう。
そのためか、かなりの量のそれぞれ好みの酒や食べ物を前もって博麗神社に運び込んでいるようだ。
勿論、稗田邸からもそれなりの食べ物や酒を運ばせた。
なんといっても田村さんが今回の主役なのだから。
「そうよ、小鈴、あっでもあの飲んべたちの事だから早めに始めてしまうかもしれないわね。」
「む、なら急ぐ必要があるかもしれないな。今回は福太郎が主役だからな、酔い潰されてしまっていては困る。」
下戸の田村さんの事だから十分にあり得る。
「何か、用でもあるんですか慧音先生。あ!もしかして告白!?」
知らないわよ小鈴。
「小鈴。」
「何ですか?」
ゴッン!!
「うぎゃ!!」
あっ頭突きされた、当然だ。
「そんなわけないだろう馬鹿者め!そんなことしたらただの公開処刑だ。寺子屋の教科書を新しく作ろうと思ってな、その挿絵を頼もうと思ったんだ。小鈴、ちゃんと聞いているか。」
「うぅぅ・・・ちゃんと聞いてますよ慧音先生。いくら何でもいきなり頭突きはひどいですよ。」
まあ、仕方ないだろう、人里で田村さんと慧音さんをくっつけようとしていた人たちは未だにあきらめていないらしいから。
こんな事を言われるのはしょっちゅうなのだろう。
しかし、挿絵か。いいことを思いついた。
「ほら、口は禍の元。余計なことを言うからよ。さあ、博麗神社へ急ぎましょう。」
どうせなら、私も頼んでみようかしら。
そしたら、田村さんと一緒にいる時間も増えるかもしれない。
「阿求なんか楽しそうだね。」
「そう?」
「まあ、わかるよ、なんたって愛しの福太郎さんに会えるんだからね~。」
「慧音さん。」
「承知した。」
「え?」
ゴゥン!!
本日二回目の頭突きが炸裂した。
余計なお世話だ。
「うぅ・・・おぉぉ。」
フラフラ、バタ。
あっ、ノビタ。
自業自得だ。
自分の気持ちぐらい理解しているのだ、イチイチ茶化すな。
「まったく、手間をかけさせる。よっと。」
倒れた小鈴を荷物を持ったまま慧音さんが樽担ぎした。
流石、半人半獣なことはある。
「すみません慧音さん。荷物もあるのに。」
「なに構わん。これくらい造作もない。悪いが、小鈴の荷物は持ってもらっていいか?流石にこう手がふさがっていてはな。」
「構いませんよそれくらい。」
小鈴の荷物を私が持ち、私たちは世間話をしながら博麗神社へ歩き始めた。
「しかし、人里の人達もそうだが人のことをイチイチ茶化さなければ気が済まないのか、まったく。」
「未だにそうゆう話が出ますか。」
「ああ、早くしないと福太郎さん取られてしまいますよ、だとさ。そもそも私にそんな気はないのに。」
「まあ、お似合いな感じはしますね。」
一時期、田村さんは寺子屋で臨時講師をしていたし、どうも、寺子屋に通う子供たちの親御さんたちの作戦の一環だったらしい。
「だが、福太郎はいずれ帰るのだ、そんなことになったら、彼を困らせるだけだというのに。」
確かにそうだ、彼は帰りたいのだ。
果たしてそれが可能になるかどうかは分からないが、それを邪魔するのは良くない。
「だが、実のところはどうなんだ阿求?」
慧音さんに聞かれるとは思わなかったが、まあ、気づかれても仕方ない。
「そうですね。確かに田村さんの事は好きです。一人の女として。ですが、それは慧音さんのおっしゃったように彼を困らせてしまいますし、きっと別れも辛くなるだけです。よき友人として付き合っていきたいと思います。」
「そうか。すまんな、ガラにもない事を聞いた。」
「別に構いませんよ。さあ、急ぎましょう。」
「そうだな。」
確かに、田村さんと一緒になれたらどんなにいいか。
でも、彼には帰る場所があり、そこで待つ人がいる。
彼の事を愛している人がいて、しかも、親?の公認の関係らしい。
その人から、田村さんを奪うわけにはいかない。良き友人として付き合っていくしかないのだ。
それに、田村さんと一緒にいられるだけで私は十分だ。
田村さんは私の頼みを聞いてくれるだろうか?だぶん、聞いてくれるだろう。
今から楽しみだ。
色んなことを話そう、幻想郷縁起に田村さんの事を書き加えていると言ったら、彼はどんな反応をするだろうか。
今から楽しみだ。
少女たちは博麗神社へ足取り軽く(約一名物理的に重く)向かっていく。
一人は仕事の依頼と伸した少女を持って、一人は決して打ち明けることのない恋心を抱いて。
これは、九代目のサバンと人間の絵描きの物語。
誰が読むかもわからぬ物語はこれから紡がれていく。
今回もお付き合いいただき、ありがとうございます。
何やら、九代目のサバンは人間の絵描きに惚れておるようで。
まあ、こうゆう風にしたのは田村福太郎がオリジナルドラマCDで、学園の生徒(口裂け女)を知らず知らずのうちに誑し込んでいたので、その設定を引き継いでいます。原作では他にも福太郎に熱を上げているキャラもいますし、天然ジゴロ属性を付けてみました。
今回は色々な伏線と福太郎の設定をばらまいてみました。一応、今後はその伏線を回収していきたいと思ってますが、上手くいくかどうか・・・。原作でも回収しきれてない伏線とかあるしま、いいか!
さて、田村福太郎は一体どこに引っ越したのでしょうか?