それは、まだこの山の木々が若く小さな頃。
飯綱四郎が山での巡回をしている時の事だった。
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「ふむ、今日も異常も怠りも無いようだな」
「はっ!飯綱様!!」
警備の白狼天狗がハキハキと喋る。
儂(いいづな)が山の大将となってから大分経つ。
最初は、色々と問題もあったが皆の声を聞き肩が解れた。
皆、生き生きとして職務に励むその姿は今の儂の一つの喜びである。
しかし…なんとなしにだが、この日常に馴れてしまったのか?
どこかぬるい。
そんな思いが心の片隅に置かれるようになった。
しかしぬるさは仕方ないのかも知れぬと思いようにもなっていた。
この足取りも息もどことなしに余りがあるものだ。
「なにかこう…暇は潰せぬものかな」
「は?」
「ん。すまぬ。少しばかり余裕があってな。ここ最近はどうにも暇なのだ」
「それも良い事かと。忙しく体が足りぬと嘆くのはきつくございます」
「それに間違いはないが。しかし…」
どうも心は満ちぬ。
そんな諦めが心に置かれると思った時。
「ガー!ガー!」
烏どもが騒ぎ出した。
普段ならばそうそう烏が叫ぶ筈は無し。
これは何かあったな。
異変に心が踊り、退屈を振り落とした。
「飯綱様!ここは私めが」
「いや、よい!儂がいく!」
「しかし、何があるか…」
「だからだ!」
「…はっ。ご厚意有り難く思います。ではお任せさせていただきます」
そう言うと、警備は素早く持ち場である山奥に消え入る。
さて、何がおるか。
妙な興奮と共に足取りを進める。
心の踊りようが自分でもわかる。
一応片手はいざと言う時のため、刀の持ち手を持つ。
しばらく進むとそこには烏共とその中に…一人の天狗がいた。
と言っても姿はほぼ烏も同じ。体から出るかすかな妖力のみが天狗である事を表す。
まるで、斬って捨てられたかの様にへたりこむ天狗。
周りの烏が天狗に寄って問答をしている様だが反応は無い。
「どけい!これは貴様らには負えまい」
烏共に忠告するとこちらを見て蜘蛛の子を散らすが如く空に散る。
怪我でもしてるだろう、天狗は体を動かさない様にしている。
「さてと、傷を直してやるとしよう…」
天狗を腕に抱き医療所に戻る。
出来るだけ傷に響かぬ様に運ぶ。
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医療所に着く。周りの天狗が寄ってきた。
「飯綱様!そやつは…」
「烏天狗だ。怪我をしているらしい。医療係を呼べ!」
「ははっ!」
「急ぐのだぞ!」
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「遅れました!で、その天狗はどこに!?」
医療係の烏天狗が汗を垂らしつつ現れる。少し慌てておるようだ。
「慌てるな!ここだ!」
「へへぇ!」
医療係が烏天狗に駆け寄り様子を見る。ゆっくりと結果を待つ。
「んぬ、骨が折れて…後、空腹ですね。お腹に何も入ってません」
「ぬ…骨折か…」
「恐らく空腹の中飛んで木にぶつけたのでしょう。ほら、ところどころ枝が刺さってます。」
「それは苦しい思いをしたな…。で、助かるか?」
「骨折や傷に関しては問題無いですね。ただ空腹なのでこのままだと栄養不足で持ちません」
「そうか、おい!こやつのために料理を用意してやれ!」
すると近くの白狼天狗が答える。
「ははっ!とびっきりの極上料理を作ってやります!」
そういって厨房に走り出す。やれ、頼もしいな。
「では、まかせたぞ」
「はいっ!手当てが終わったらすぐに食べさせてください」
「うむ」
医療所を後にする。
出口には文が不思議そうな顔で待っていた。
「飯綱様!今のは誰?」
「さぁ…わからぬな。迷い天狗だろう」
「助かるの?」
「無事、助かるそうだ。ただ飯を食えばな」
「そうかぁ…」
文には、少し興味深い存在として映ったのだろう。
今思えば文と年が近いものはおらぬし、さっきの烏天狗は丁度文位の年だ。
ならば興味があるのも合点がいく。全く…童は反応が早い。
「厨房で昼食の準備をしているはず、料理を運んで手伝って来るのだ」
「は~い」
わくわくとした足取りで文は厨房に向かった。
ふと気付くと自分も似た様な足取りだったのだった。
儂も案外単純なものだな…。
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「飯綱様!治りました!」
「む!そうか!では!
皆!食事の準備ぞ!集えぇいっ!!!!」
次々に天狗が集まる。
ふと目を向けるともう文が食卓に座っていた。
「皆!ではいただくとしよう!」
昼食が始まった。
しかし始まったと言うのに、先程の烏天狗は黙り混んでいた。
「… … … …」
「おい!」
「… …何?」
「飯は食わんのか?」
「… …食べる」
「ほれほれ、今回は腕によりをかけて作ってあるのだぞ?
食わねばもったいないではないか!」
「…うん」
「お主、親は?」
「いません」
「どこの山の童?」
文が尋ねる。やはり興味があるらしい。
「わかりない」
「ふむ…そうか。行くところは?」
「ありません」
「ふむ…おらぬ、存ぜぬ、ありませぬと来たか。
む…
どうだ?儂らの一派に入るつもりは無いか?」
「え?」
「家族がおらぬなら儂らがなる。この山の天狗として、この山に生きると言うのは?」
「え!?」
「飯綱様!」
「まぁ…後はお主で考えよ。儂らが口を出す事ではない」
「…わかった。私、この山の一派になる」
「本当!?」
文が大きな声を上げ顔色を一気に変え、喜ぶ。
やはり、寂しかったのやも知れぬな。
「…そうか。いいのだな?」
「うん!食べ物も美味しいし!」
「ははは!君はわかっているなぁ!」
「あはは!」
この天狗が笑うと皆、笑いが起こる。
なんと馴染み易い奴なのだろう。ファハハハ。
ふと気づくと儂の口角まで上がっていた。
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それから数日が過ぎようとしていた。
もういつの間にかあやつはこの山にとけこんでしまっていた。
そして儂は重要な事を忘れていた。
「そう言えば名はあるのか?」
「名前?」
「お主の呼び名よ。無ければ不便だろうて」
「無いです」
「無いのか…ふむ…仕方ないな。儂が考えてやるとしようか」
こうして儂は名前を決めようと半日近く悩む事となってしまった。
本殿に籠って辞書を広げつつ、思い付いたものを書いては否定し…
もうそれを何回繰り返した事か。名付けるとは意外にも難しい。
「うぅむ…永華(えいか)!…違うか。
ならば…翔娘(しょうこ)!…違うな。
では…修(おさめ)!うぅむ…
くっ…これ以上は思いつかぬな。
かくなるうえはこの紙の山の中から本人に選んでもらう事にしよう…」
そうして、儂はわかだまりを残しつつ、あやつのもとに向かった。
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「のう、お主この中のどれが良…」
「ねぇ!ねぇ!文!今度はかくれんぼね!私が今度は隠れる!」
「うん!じゃあいーち、にー、さーん…」
「ふふっ、見つからない場所はどーこかなー!」
儂が話しかけようするがなんとなくはばかられてしまった。
文とかくれんぼしてた太陽の様にあやつは笑っていた。
とにかく…眩しいほどの輝きだな。
不意にある電撃にも近いある考えが頭を走る。
「そうか、あやつの名前はこれしかあるまい!」
そして握っていた紙をビリビリと破いた。
本殿に走りだし、中に入って落ち着いてから新しい紙と筆を取りだし…
「陽の光…そう!あやつの名は晄(あきら)だ!」
ようやく名前が決まった。
たまらず駆け出し晄のもとへ足を走らせる。
木の影で恐らく隠れているだろう晄を見つける。
「うわっ!?何!?今来たら見つかっちゃうよ!」
どうやらかくれんぼの最中らしいが、そんな事はどうでもよい。
「おいっ!お…お主!名前が決まったぞ!」
「え!?本当!?」
「お主の名前は晄だ!あ き ら!」
「あ き ら?… … あきら!」
名前を繰り返す晄。飛んだり跳ねたりしている。
「そうだ!喜んでくれたか!」
「あきら!あきら!私の名前よね!?」
「うむ」
そこへ鬼役であろう文が走りよってくる。
「あっ!見ーっけ!」
「あ!文!」
「文!」
「あれ?飯綱様?」
「こやつの名前が決まった!」
「え?どんな!?」
「晄!あきらだ!」
「あきら!あきら!」
「うむ!」
「ねぇ、あきら!かくれんぼの続きしよう!」
「うん!」
こうして一つの問題を解決し、正式に一人この山に烏天狗が増えたのだった…。
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「飯綱様!!」
「んぬ!?どうした文!そんな泣きそうな顔をして」
「晄が見つかんない!」
「なっ…なぬ!?」
問題はまだまだ山積みなのだった…。