「私の名前は…… 」
私はその先の言葉を待つ。
しかし、一向に来る気配がないのは何故だろう?
「私の名前…は…」
まさかのもう一度。
…記憶喪失?
そんな考えも出てきた。
でも、この渋りようは明らかに心から来る渋りっぽい。
身体的な渋りであれば、もっと自然。
だから、何か隠している…?
「あの~」
恐る恐る聞いてみる。
もしかすると拙いことかも知れない。
でもどうしてだろうか、
いかなる結果であれ、知りたがる自分がいるのだ。
ワクワクする。いや何故か。
「何かあるので?」
「…ふむ。まだ、名前はありません」
「え!?」
「まだ修行の身なので」
「なるほど…」
そうか、名前は…師匠にもらうってこと?
何か、色々大変ねぇ…。
「私は…仙道を極めんとする修行僧に過ぎません。
心を修め、肉体を安定させ、力を静め、誰かを導く…ただそれだけです」
どこか遠くを見ながら、呟くように語る。
仙道を生きんとする僧らしい。
「じゃあどう名前を呼べばいいでしょう…?
あ、私は晄でいいですよ」
問題はそれよね。名前が無くて困るのは呼ぶ時ね。
「そうですね… … … … …
では、華仙と」
□□□
互いの自己紹介も終え、私達は道を歩いていた…。
… … … … …どこ行くっていうの?
「あの~華仙さん?どこに行くのでしょうか?」
「華仙で良いですよ。今日はもう日もくれます、どこかで休みましょう」
「ふぅむ…おっと!
人間の里があるわ!じゃあそこで休みますか?」
あ、人間って言っちゃった…。
ちょっとまずかったかな…?
「では、そうしましょうか」
…特に問題無し?
とりあえず、人間の里に泊まると言うのは初めてだ。
やはりこう…わくわくしますな!
そんな事を考えながら私達は里へ向かった。
□□□
「ここが人間の里…」
華仙が興味深げに、周りを見回す。
しかし、手に持つ杖はいつでも打てる様に構えていた。
明らかに、戦闘体勢である。
「あの~華仙?構え無くてもいいのでは…?」
「おっと…」
華仙が杖を納める。
人里は静まりかえり、夜の静寂をたたえていた…。
見ればあまり大きな里では無さそうだ。
…泊まってもいいのかしら?
「まぁ…いいか」
あまり良くないが気にしない為に言う。
「ごめんください!」
扉の前で試しに呼んでみる。
明かりは見えないけど。
「晄?迷惑なのではありませんか?」
「…やっぱり?」
そんなやり取り終わっても扉の向こうはただ静寂のみがあった。
「居ないか、それとも歓迎されてないか…ね。
どっちでも、諦めることになるけど」
「歓迎されてない…か」
華仙がそっと呟くのを私は聞き逃さなかった。
…だからどうしたと言う訳じゃないのだけれど、
どこか私の中で引っ掛かった。
…よく考えると歓迎されないのは当然か?
夜分にもなっちゃったし…。
「さて、どうしましょう?」
華仙が困り果てた様に話す。
「とりあえず、野宿は備えが無いから無理ですね…
かと言って、今から揃えるなら危険ですし…」
一日位は持つかもしれないが、今日はあまり外に出ていたくない。
微かにだが、妖気がある。
遠くか近くはわからないが何かいるらしい。
多分…夜襲を掛けられたらそこで土に帰る羽目になるわね。
「ふむ…確かにあまり外にいたくはありませんね」
同意はしてくれた。で、私は里の住人にも同意が欲しいところである。
「ごめんくださ~い!」
次の家にも訪ねてみる。
こちらは、明かりがある。多分きっといる気がするんだけど…。
「…は~い?」
声が返ってきた!とりあえず話はできそう!
少し小躍りしつつ、扉が開くのを待つ。
「どちら様?」
「グワァッ!!」
扉が思いっきり開き、吹き飛ばされる。
こやつ…できる!
とか思いつつまず交渉する。イタタ…。
「一晩泊めてもらえませんか?」
「え?家に…かい?」
「そうです。旅の途中ここに立ち寄ったのですが、
備えがありませんで野宿できんのです」
「あらら…それは可哀想にねぇ…
待ってな、今ちょっと旦那に聞いて来るよ」
おばさんが家へ駆け込んで行く。
いやぁ何か気のいい人っぽくて良かった。
しばらく待つ。
妖気は強くも、弱くもなっていなかった。
華仙は…座り込んで静かに瞑想をしていた。
邪魔しないでおこう。
「おい!泊まっていいってさ!ささ、中にお入りよ」
「ありがとうございます!」
「お心遣い感謝致します」
家の中にお邪魔すると、
太鼓腹と言えるおじさんが笑みを浮かべつつ座っていた。
そしてその前の机には…
「フォッ!?こ…こ、こ、これは!?」
ごっつ、でら、なまら、凄い食事が!
赤飯に、鯛に、野菜盛りに、山菜盛りに、海鮮盛りに…
ふふ、語りきれぬほどあるとしか言えないわ。
「少し奮発して作りよってな。お客人、是非食べて行ってくだされ」
「何とッ!?よろしいのでッ!?」
「よろしいとも」
「華仙!是非いただきましょう!?」
「お、落ち着いてください。涎たれそうですよ…
そうですね。ではいただきましょうか…」
「ウフフフ…どれから食べようかな~」
□□□
「うっぷ…美味しかった…」
食事を食べ終わり、私の腹は石の如く重くなった。
「そうかい、そうかい。そりゃあ良かったねぇ!」
「いやぁ…幸…せ…」
意識が薄れて行く…。
幸せいっぱい腹いっぱい…いやぁ…
「よかっ…た…」
意識がそこで途切れた。
■■■
晄が幸せそうな顔で床にねっころがっている。
私(かせん)も…少し眠たい。
見ているとこちらにも睡魔が襲って来そうだ。
「お布団しいておいたよ」
「ありがとうございます」
奥方が晄を運ぶ。
片腕に担ぐとは…結構力持ちだ。
「ほいっ…と…じゃあ今夜はここでゆっくりお休み。
それと…外は危ないから出ちゃいけないよ」
「はい」
「うんうん…じゃあ明日までお休み」
奥方がそういって戸を閉める。
すぐ寝られる様にしていたのだろう。
布団は私達の分まで用意され、灯りは消えていた。
晄の寝息だけがこの静寂の闇のなかに響きわたる。
…しかし、おかしい。
入る前から感じていた、妖気が
まだ消えていないどころか、ここに入った瞬間強くなった。
家の頑丈な扉…。
そして奥方の出るなと言う言葉…。
私の中で『あってほしくない』事の材料が集まってくる。
それは、徐々に恐ろしい『可能性』を積み立てて行く。
ただの思い過ごしであれば、気のせいであればどんなに良いだろうか。
私はこのわかだまりに白黒つけるべく外へ出る。
□□□
「…これは」
周りを見れば霧が幾重にもあり、私の視界を閉ざしていた。
「これでは見えないな…」
一寸先は深き霧。
どこを見ようとも、黒い夜と白い霧の混じった灰色の世界。
やむなく引きかえそうしたその時。
「ッ!!?」
蒼白い炎が灰色の世界に浮かび上がった。
「…狐火!」
私は家の中に急いで入る。
この異変は私の思う『可能性』を色濃くした。
ここはやはり…!
「グオオォォオ…」
尻尾を生やしたご主人…いや、
「ずいぶん狸寝入りが上手いですね」
「…ほう?」
化け狸が寝たふりをしていた。
晄が心配だ。恐らく食事の方に…。
「もう真夜中ですぞ。眠くは?」
「私は食事を食べてないので」
「ぐっ…眠り草とバレていたと!?」
「尻尾が出ましたね!」
やはり、あのご馳走は眠り草か。
晄が危ない…!
「ファホッホッ…あんたが無理なら…
お連れの方はじっくりじっくり…
眠らせておくんだよっ!!!」
そう言った瞬間に岩が飛んで来る。
「隙アリィッ!!」
後ろからも岩が!二匹目も現れた。
迫り来る岩を寸前でかわし、杖突き砕く。
「アギャッ!」
「イタタタっ!!」
化け狸が悲鳴を上げる。岩に扮していたらしい。
「さて、晄は…な!?」
狸が気絶すると同時に家は消え、草原が広がっていた。
空には、丸く大きな月がかかっていた。
そして…口の中から眠り草がこぼれている哀れな天狗を見つけた。
「…ハッ!?お、おおおお前!儂達を殺すか!?」
狸が目をさましたらしい。
「まさか、そんなことはしません」
「う…嘘をつけい!だってお前は…!!」
「大丈夫ですよ」
狸に強く目を合わせる。
「…本当らしいな」
「えぇ」
「儂達も廃ったわい。二度とこんな事はするまい…」
そう言い残したかと思うとどろん!と消えてしまった。
辺りには眠りこけた天狗と誰もいなかった空家のみが残された。
■■■
「…きて!…お…て!!」
む~?華仙?
ゆっくりと視界を広げて行く。
「あぁ、よかった。起きましたか」
「もう朝なのね~?眠い…眠い…。
…あれ?ここどこ?」
ふと周りを見回すと草原が広がって…
…な、何か口の中苦い。何これ…葉っぱ!?
「あ、あの華仙!?こ…これ一体どういうこと!?
私達昨日親切な家に泊めてもらったはず…」
「親切な人?あぁそりゃ~狸の事だべな。
ここいらにゃあ、人を化かすのが好きな狸がおるべぇ。
みんな引っ掛かっとるじゃけん有名だわ。
親切に見えるが、朝にゃあ影も形も無いでよ。
気を付けんしゃい、お嬢ちゃん」
そういって通りすがりの老人が昨日の空家に入った。
…え?狸?何?何があったの?
「…そういうことです」
「いや、どういうことよ」
「色々あったんです。とりあえずお腹空きませんか?
どこかで食べつつ昨日のお話をしてあげますよ」
「…じゃあそうする」
かくして二人の珍道は始まる…。