ザッと10年近くです。その10年近くは全て修行です。
実に静かな世界だ。
儂(いいずな)は岩に腰掛け、晄と華仙殿を見ていた。
二人の動きはほぼ、感じとれない。
岩の様に、静かに世界に溶け混んでいる。
ようやく、ここまで来たか…。
世界に同化する…すなわち、それは風に流れにまかせると言うこと。
逆らい、ねじ伏せる事の出来ぬあやつにとって、流れを掴むと言うのは
『必然的に通る道』と思って相違ない。
しかしこの道は早すぎも遅すぎもした。
旅に出るとあらば、既にそれほどの実力がなくてはならない、
しかし、その真髄は己で掴まねばならない…。
それ故、早く掴ませようとして果たせず、
じっくり掴ませようとして果たせぬ。
この方法で果たして、早く深く掴めるかどうか…。
…賭けどころではある。
朝霧の静寂の中、ただこの先を案じ、深く深く考えていた…。
「…zzZZ…zzZZ」
おのれ…
「とっとと起きんか!晄ァッ!!!」
■■■
「いたた…」
「座りながら寝るとは器用な事をしよって…!!」
今は…朝、いや夜?遥か彼方から少し光を帯びてきている…。
私の眠りを妨げるとは…!今一体何時よ!!
早すぎる目覚めに怒り狂いそうになりそう。
とりあえず、目が覚めてしまったので、瞑想をする事にしよう。
…そうしないと怒られそうだし。
心を静め、深く座り込むと、
冷たい空気と霧が私をゆっくりと撫でてゆく。
木々も鳥も虫達も寝静まって、物音一つすらしない。
まさに静寂。
音も光も冷たさをより際立てていて、とても…
…とても…
とても…
…寂しいかも知れない。
座り込みながら何故か私は心が冷えた気がした。
でも、不思議と怖くは無い。
それはやっぱり…きっと皆が起きるのを知っているから?
一刻も早く、光が満ちる事を望みながら、私は心を静めた。
静かなのは嫌いじゃない。でも… …
□□□
「ガァ!」
一匹の烏の声が辺りに響きわたる。
目を包む、柔らかな暖かさ、これは…。
「朝日だ!」
目を開ければ遥か東方より、
太陽が光を称えながらゆっくりと空へ昇ろうとしていた。
美しい朝が来た…!朝が来たから飯が来る…!
「…むぅ?もう陽が上ったか。さて、今日の予定を話そう「… … …」
…もちろん、朝飯を交えてな。そんな目で儂を見るでないわ」
何度も言いますが、私はお前を取って喰うなんて目はしませ
□□□
「さて、今日はいよいよあの湖を使う」
「いよいよ?」
「ふむ。あの湖は最重要な修行場所だ。
あの湖で修行が終われば…儂は山に帰る」
…むむ、何だか大変そう。
でも…何でかしら、凄く楽しみ…!
私の心は躍っていた。
「…で、その修行と言うのは…?」
「明鏡止水の心を掴む。基本は今までの修行とは変わらぬ、が…」
「が…?」
「…うむ、続きは飯が食い終わったらにする」
そんなもったいぶらんでくださいな!
ちょっと…いや、かなり気になる。
今までの修行の集大成…多分、
きつそうな感じがひしひし、めきめきとするわけですよ…。
「とりあえず頑張りましょう!」
華仙がまだ見ぬ修行を聞き応援してくれた。
…華仙もこんな修行をしていたのかしら?
だとしたらやっぱり華仙は凄いわね!
□□□
「では…今、説明する」
飯綱様が湖の前に座り込み、目の前の湖を見据える…。
まるで、湖は鏡のように澄んでいて、瓜二つの大空を写していた。
「鏡の水面(みなも)で瞑想をし、動を悟る…。
すなわち、この湖に座り込み、瞑想をするのだ」
なんか風邪をひきそうな修行ねぇ…。
「さて…こうしても、はっきりせんだろう?早速始めるとする。
では、晄よ、湖の好きな場所で瞑想するが良い!」
「は~い、では…」
私は湖へ踏み込み、深く座りこむ。
水深はさほど深くなく、座りこんで丁度お腹位だ。
…ついでに魚がいたら捕まえようっと。
「では…始め!」
私はゆっくりと心を澄まし瞑想を始めた…。
… … … !?
これは…!?
心と湖が…同化して…!?
鏡の水面と私の心がまるで合わさったかの様な…!?
風の動き…鳥たちの声…
湖に立つ小さなさざ波が、直接頭に…!
「明らかに様子が変わりましたね…」
「うむ、この湖は悟りを知る事が出来る。
ただ…その悟りを物に出来るかだ。
湖でしか使えない、知らない悟りになんの意味がある?
見事…ものにしてみせよ!」
…!
小さなさざ波が私に触れる。
誰か来た…!斜めの方から…これは飯綱様?
「見切って見せよ!」
…!
風が…私に向かって来ている…!
チャッ…
刀を抜き、瞑想しながら構える。
瞑想を切れば、きっと風は見えなくなってしまうでしょうから。
小さなさざ波と音に五感を澄まし、その時が来るのを待つ。
… … … …。
… … … … …。
… … … … … …!
「そこだっ!!!!」
私は斜めに空を斬りつけると空中で
風を斬る音が連なりそのまま風は消えた。
終わった…?
…いや、まだね!
「そこっ!」
第二波…見切ったり!
刀を降り終えると、再び風斬りの音が連なった。
「ならば…これはどうかな!?」
■■■
これは…!
私(かせん)はこの光景に驚きを隠せなかった。
晄が、大天狗の剣風を見事に斬り裂いている。
知らず知らずに、力の使い方を学んだのか、
無駄はほぼ省かれたキレのある動き…
その姿はこの数年前の動きとは比べ物にならない。
「ならば…これはどうかな!?」
大天狗が小さな石を持って投げつける。
石はさざ波をほぼ立てずに晄へ向かって行く。
あれでは晄には斬れない!!
「あき…「そこっ!」」
… …!!
石を…斬った!目を瞑った…まま!
「なんと…!」
つい、そう口に出てしまう。
少し前には剣を知らぬ晄が、集中できなかった晄が、
今は、達人のにも挑める程のキレになっている。
「… … … …!」
晄の周りには微弱な妖力が漂い、晄の感度をより鋭くしている。
だから、石を斬れたと言う事なのだろう。
…もっとも、本人がその状態を知らねば大変なお話だけど…。
■■■
動き、速さ、場所…
今の私(あきら)には手に取るかの様にわかる!
…やや、不思議な感じ…!
心も体もまるで周囲に溶け混んでいるかの様。
何かが近づけば…小さな波が私に触れる。
とても…いい感じ!最高に冴えてるって感じね!
この湖…本当に凄い!
「ふふ…!では行くぞ晄!これを見切ってみせよ!むぅんっ!!」
…!!これは風でも…物でもない!?
何これ… … …妖力!?
これは刀では弾けない…!どうすれば…!?
…妖力には、妖力で返す!
むむむ、何か単純だけど…やってみるしかない!
「それっ!!」
…!?
刀に妖力を込めて空をなぞると刀から何かが出た!
水をばらまく様な感覚が私の腕に残る。
刀よ…風になれ!
■■■
「それっ!!」
晄が刀をゆっくりと振るう。
…!?あれは剣風!しかも、儂のとほぼ変わらぬ…!
湖の上をゆっくりと2つの光の波がさざ波を立てて、近づく。
儂の剣風の方が長く、太い。晄の剣風をかきけすのは容易だろう。
しかし…まさか不完全とは言え、儂の技を掴むとは!
すぐに、2つの波がぶつかり、鋭い風斬り音を響かせた後、
ゆっくりと儂の剣風が晄の剣風を切り裂く。
さて、剣風は砕かれた。やはりまだ詰めきれておらぬ。
「もう一回!!」
「何っ!?」
晄は例の不完全な剣風を再び飛ばす。
一度で駄目なら…?
「まだまだ…!!!」
次々と晄は細く、短い剣風を飛ばす。
剣風は放つ度に細く、短くなってゆく。
晄の剣風は何度も儂の剣風に当たっては風斬り音を響かせる。
なんと…!
最後に小さな風がぶつかった後、風は…剣の風はそこで消えてしまった。
■■■
ほ。
い、いやったぁ!飯綱様の攻撃を打ち破った!
私は修行と言うことも忘れ、飛んだり跳ねたりする。
「これ、傲るなと言った筈だぞ!」
「あれ、わかります?」
「晄、顔…」
か、顔!?へ、平常心平常心…。
私は顔を叩き、頬をきつくしてみる。
痛い…。
「…晄よ」
「え?何でしょう」
「何故、今その技が使えたか、わかるか?」
「飯綱さん…!?」
どうして…?
私は深く考えこんだ。これが、核心だと思ったから。
刀に限らず、全てに関して、ね。
「体、空気、妖力…それらが一つになったから…?」
「…概(おおむ)ね当たり、とだけ言っておく。
その先の答えを見つけるのはお前だ。儂が教える事はもう…ない。
が、大事なのは“ここ„ではないのだな」
…はい?
な、何ですか、ま…まさか…!
私は嫌な予感が、ずっと離れなくなってしまった。
「地上でそれを使えるかどうか…この儂が試してくれん!」
と声がし終わると同時に凄い速さで私に向かって来た!
い、飯綱様が半分本気になった!?
私は慌てて刀を抜き、意識を集中させる。
… … …なんか、さっきより感度が悪…。
「ウオリャアアァ!」
ちょ、ちょっと!本気でさっきと違う…!
間一髪で、ギリギリ、その一降りをかわす。
…く!…もう一度、体の芯から集中し直さないと…!!
私は必死に湖の記憶を再び想起させる…!
「うつけもの!そんな事では斬って捨てるぞ!」
く、波紋が多すぎて、動きを処理できない…!
しかし、振らねば刃は返せない!
「そこだっ!」
「いや、違うな!」
「なっ…!?」
私の刀が空しく、空をなぞった。
しかし、私の刀の下には、飯綱様の刀の背が私の腹を打っていた。
「ガフッ…!」
私は重めの咳払いをする。
今の…骨に当たったら砕かれるわ…!
「避けてみせよ…!
我、剣閃は空を流るる!」
あ、あれは…!
さっき私が出せた技…!?
でも、さっきの打ち合い用とは明らかに…力の差がある!!
「ちぇいっ!」
かわすしかないじゃない!?
■■■
これは…
私(かせん)は、この光景にまるで釘を打ったかのように動けなかった。
変わった…!明らかに、大天狗が戦闘態勢だ…!
これは計らいか、それとも…?
剣士としての本能なのか…!?
続く