あれから月日は少しばかり経つ。
飯綱様の修業が増え、あきひとに会う機会は減っていた。
私個人にしたら修業よりもそっち方が気になったが
怠ろうものなら鬼面に負けず劣らずの睨みをくらい、
腰が抜けるどころか
胆(きも)をすりつぶされるかの様な恐怖を味わう事となる。
… … …まぁ謹慎処分とか、罰で3週間地獄の労働なんぞより
ずっとずうっとマシなのだから我慢せざるを得ないのだろう…。
とかなんとか。
そんな事でも言ってないとやってらんないだけである。
しかし!
そうこう言うのは今日で終わり!
根拠は無いけど終わり!そう!終わりなのよ!
フフフ…ばっくれて逃げてやるわ!
警備は入れ替わりの時!釣り番も木こり番もいない!
しかも皆食事時!ここは本殿よりずっと遠い!
当然後追いは無し!報告屋も無し!
さよなら皆…私は自由を求めて逃げる事にします!
いざ!逃亡劇、逃避行の幕開けの時…!
「そうか。で、どこに逃げる?」
…何で?
… … … …え?
「あれ?き…聞こえてました?」
「いかにも」
「たこにも。あ~一体全体これはどうした事でしょうか~」
脅威の棒読み。自分でも面白い位に声も出ないし体も動かない。
ははは…死ぬ?私?
「ふむ。晄よ」
「うぇ!!?へ…へぇ。な…なんでしょう?」
「昼飯は?」
「包みの中にありやす」
「そうか」
「な…なにか?」
「それは空だと思うぞ」
「んなッ!!!なんですってぇ!!?」
そ…そげなばかな!?
わ…私はあらかじめできた物を持っていったはず…!
「ごぶっ!」
一瞬の衝撃が私の意識を吹き飛ばした。
□□□
ふと目を開けるとそこは花畑が香る天国だった…。
とかそんなんだったら良かった。
そこには鬼面に負けず劣らずの飯綱様が
座り込み、『今にもお前の首をあべこべにしてやる』
と言わんがばかりの飯綱様と、
我親友文がさぞ呆れた顔で私を見ていたのだから。
地獄だったのだ…。
「晄ァ!!!」
「ひゅぐっ!」
「近頃のお前はしまっておらぬぞォッ!!
もっと気を引き締めんかっ!!!」
「いやその飯綱様、お…押さえてください…!」
文が止めに入る。
私は…色々動けない。
「ひぃ…ふぅ…みぃ…やや、すまぬ。
すま…すむかぁっ!!!!!!!」
ば…爆発した!?
ど…どっち!?できれば私の首はどこにも向かないで
「全く馬鹿をしよるわ!百足一匹倒せぬ分際で!」
「えぇ!?いやそれは…」
「蚊を見て潰さぬ者はおらぬ。お前なぞあっと言う間も無い。
叩かれて、一貫の終わりなのだぞ。
己を知れ晄ァ!ふぬけ、だらけきった自分をなァッ!」
… … … …。
何も…言えない。だって…確かに私は弱い。
「貴様が死んでも骨は拾わぬ。
どこぞの馬の骨と土の上で死後を共にせよ」
「…すみませんでした」
色々と私は愚かだったみたい。
こんな実力で山を出て、
こんな仲間を裏切って、
こんな体たらくで…。
馬鹿みたい…よね。
「………少し度が過ぎたか。
儂ともあろう者が少しカッとなり過ぎたわ…」
「もう…その辺で…」
文が止めに入る。私はただ何も言えない。
どんな事を言われても仕方ないから。
「晄よ…何があった?
気抜け腑抜けとあれば何か理由があるのだろう?」
やっぱり、どこかでバレてるものなのかしら…。
「…人間との約束が」
「………はぁ。お前らしい。興味があるのは良い。
ただそれで他が疎かになるならば…儂とて然るべき処置を行う。
雲を晴らせ晄。今より少し時間をくれてやる。
太陽が真上に来るまでに戻れ。でなければ…知らぬぞ」
「…はい」
「声が小さい!!」
「はい!!!」
… … …。
晴らす…か。
「修業の合間に休みはあるので?」
「あるとも」
「そ…そうですか!ありがとうございます!」
私は飯綱様の後にした。
■■■
「…やれやれ。
どうしようもなく子供だ」
「随分と声が…」
「おっと…。やれ、手のかかる奴ほど…」
「かわいい?」
「喉が枯れるわ」
「あ、もう行かれるのですか?」
「あぁ。
…文よ、お主も妖怪の山にて職に励め。
皆待っておるのではないか?」
「え?あ、あぁそうですね。私もそろそろここを立ちましょう」
「やれやれ…説得しようと来たけれど無駄だったみたいね。
まぁ…晄だもの。そう言ってもまた出回るんでしょうけど…」
かくして二人はそこより消える。
■■■
…ほひぇー。いやはや恐ろしかった…。
空を飛びつつ私は顔を青くして思い出にふける。
さて太陽は…まだ真上では無い、と。
人間との交流を捨てるつもりは無いわ。
理由を話して交流の機会をなんとかしましょう。
そんな事を考えつつ飛んでいるとあきひとの住む(?)
城にたどり着く。
「… … … …!!」
童の泣き声らしきが耳に届く。
んえ?また泣き声が…?
しかも完全に聞き覚えのある泣き声だ。
また何かつらい事でもあったのかな…?
ならばたらば慰めるのみ!慰める…のみ。
私はゆっくりとあきひとの部屋へ忍び込んだ。
「ひっく…ひっく…」
「あきひと!!おはよう!」
「!!あ…晄!!」
あきひとが気が付く。と同時に駆け寄ってきた。
その目はうるみ、涙が今にも、こぼれ落ちそうだった。
何かあったのかしらね…?
「どうしたの?どうして泣いているの?」
「…僕は弱い」
あきひとが重々しげに口を開く。
しかし内容がえらく重い。童の考える事じゃあ無いでしょうに…。
「いい?あきひと。童は誰だって力は無いわ。
だから…家族や友達の力を借りて強くなるの」
何だか自分にも言っている様な気がする。
「…誰も僕を認めてくれない」
「え?そんな。そんな事があるはず無いわ」
「僕は…忌まれた生まれなんだ…」
家族も信用出来ない…?
……これは結構深い傷痕がありそうね。
ん~…どうしたものかしら…。
その時、私に電撃が走った!!!
とか言う程でもないけど。
じゃあ、こうしましょう!
…ちょっと安直かしらね?
「あきひと!気にやむ事はこれっぽっちも無いわよ!」
「え…?」
「私が家族になってあげるわ!」
「え…!?」
フフ、驚いてる驚いてる。
まぁそうなのかな?
「今日から私を晄お姉さんと呼びなさい!」
私は高らかに宣言した!
「え!晄…お姉さん?」
「ん~…ちょっと他人行儀ね。
晄は無しでお姉さんと呼びなさい!あきひと!」
「…お姉さん?」
あ、良いかも。
「ええ!あきひと!これからは私があなたの家族の一人!
晄お姉さんとして友達として私が出来る限り支えてあげるわ!」
「…本当!?」
「ええ!本当よ!」
目を輝かさせるあきひと。
いやはや!やはり童はこうで無くてはね!
「…でもね。私もずっと一緒にいてあげたいけれど
私も色々仕事や修業があって来れない事もあるの。
だから最近は来れなかったの。ごめんなさい」
「…うん」
「でも!どんなに離れていても私達は家族!友達よ!」
「…うん!」
「だから、負けたら駄目よ!あきひと!」
「…うん!!!」
「いい返事ね!」
うんうん…。
「…そうだ。僕のお姉さんって事は苗字も?」
「んえ?」
「僕の字は崇徳(すとく)だから…崇徳 晄?」
「あ、そうなるわね。そうか~私にもいよいよ字が!」
「えっと…じゃあ崇徳 晄お姉さん!」
「崇徳 あきひと!」
こうして私に苗字がついた。
今思うと実はかなり凄い事だったが、
この時の私は知る由も無し、よしんば飯綱様から怒られそうとか
考えたが、やっぱり深く考える事はなかった。
「じゃああきひと!私は、ちょっと用事があるから…」
「うんお姉…さん」
じゃあ帰りますかね!
きっと飯綱様が待ってる!
城から急いで飛びたつ。
■■■
「おや、あきひと様
空をあおぎ見て…どうなさいました?」
「あ、いや烏が飛んでて…」
「はて、烏ですか?」
「う…うん」
「それより先程は泣いて
部屋にお戻りになられたので心配でしたぞ!」
「うん…でももう大丈夫だよ」
「そうですか…いや良かった!」
「あ、そうだ。そろそろ昼食時間じゃない?」
「お、確かに。ではそろそろ作らせておきましょう。
では行きましょうか、
陛下!」
「うん!」
■■■
我が麗しき山に帰って参りました…。
「あ!晄だ!」
「あら!文!」
「…えらく顔が笑ってるわね?」
「え?そう?」
「てっきり飯綱様から逃げるかと思ったのに…」
「いや、もう逃げないわよ?
あきひとにはちゃんと話しておいたし、
それに私が弱い事は私が一番よくわかってるし!」
それに…ね。
「じゃあ修業するの?」
「もちろん!まぁ大変なんだけど。
でも強くなっていつかは…」
「いつかは?」
「旅に出たいもの!」
しばらくするとフッと文が笑う。
「本当、あなたはらしく(・・・)ないわよね」
「いいでしょ!別に!どうせ私は天狗らしくは無いわよ!」
「いやいや…」
しばらくすると飯綱様がやって来た。
「んぬ?これ晄!来ておるなら声を掛けい!」
「飯綱様!すみません」
「~…やれ、えらく顔が笑っておるな。
さっきとは大違いだ。まさに雲を払った太陽よな」
「え、太陽?」
「では、晄!修業だ!心意気は良いか!」
「はっ!」
「おっと、私もそろそろ妖怪の山に帰らないとね」
かくして月日は流れ行く…