絶対に死んではいけないダンまち日記 作:tototoro
やっぱり日本人は刀だな。俺は何の根拠も無く満足げにそう思った。
やっぱりリーチが長い方が俺にはあっていたのか、ナイフを使っている時よりもペースが良いのは勘違いではないだろう。テレビやドラマで見た刀の握り方を見様見真似でしてみて、ソレで戦ってるんだがそれだけでかなり戦いやすい。そもそも避けて隙を見て一刀のうちに切り捨てるというスタイルの俺は、刀の戦い方があっていたんだろう。
本格的に刀を習ってみてもいいかな…と思い始めてすらいる。
「そういえばもう7階層か…エイナさんはまだ早いって言ってたけど、全然余裕だしいいよな…?」
俺は7階層まで進んでいた。正直下の階層の敵では満足に敵にもならないし、7階層でもまだ全然余裕だし…これならもっと奥に行ってもいいかな?とふと思ったが、すぐに俺はかぶりを振って否定した。
今回はこの刀の試運転だ。油断してもっと奥に行っても使い慣れてない刀で下手打って死にかけたりしては笑い話にもならない。
それに神様を一人にするわけにはいかないしな。安全マージンはしっかりとっていかないと。
エイナさんも『ただでさえソロなんだから、注意しすぎない事は無いんだよ』って言ってたしな。うん。
俺は迫ってきたウォーシャドウの腕を斬り飛ばしその流れに沿って首も飛ばしながら、フンスと辺りに散らばっていた魔石を集め始めた。
そろそろ夕方頃だろうか。キリも良いしここら辺で切り上げようと最後の魔石を手に取ろうとした、次の瞬間だった。
「っ…!?」
空気が一瞬にして重くなり、いつもの雰囲気が一転、何やら不穏な空気へとすり替わる。まるで光が薄くなったんじゃないかという程で、俺の手がいつの間にか刀の鞘へと伸びていた。
何かが来る。変な確信をもってそう思えた。本能が逃げろと叫んでいるのが分かる。
そしてソレは現れた。
牛の頭に蹄。肉体は人間の如くだが、その体躯は天井に頭を擦り付けん程に巨大だ。膨れ上がる筋肉に鼻息荒く血走った目でこちらを睨みつけるその様は、まさしく絶望そのものだ。
「ミノタウロス…」
俺は思わずつぶやいた。流石の俺も覚えているモンスターだ。
中層辺りで出没するミノタウロスは、強力なモンスターだ。LV1ではまず相手にならないとされており、LV2でもソロで相手にするのは厳しいと言われている。
なんで!?なんでこんなところにミノタウロスが!?と驚く間もなく、ミノタウロスの胸が思いっきり膨らんで咆哮が空気を震わせた。
「フゴッ…グルァアアアアアア!」
相手は完全に俺を補足しているようで、殺気を思いっきりまき散らしながらこちらに走ってきた。
隆起する腕の筋肉。そして一瞬ぶれて、俺に振り下ろされた。
「うおっ!?」
辛うじて捉えた俺は慌ててそれを避けた。地面が空気ごとえぐられて破片が飛び散り、その威力のすさまじさを物語っている。
やっと動いた足でその腕を踏んづけて蹴って距離を取る。正直勝てる予感がしない。絶望的な状況に歯が震えそうだ。
そして、俺はさらに絶望的な事態に目を見開いた。
「死が見えねえってどういう事だよ!」
ぶるるるう、と身体を震わせて俺に顔を向けるミノタウロスには、あって当然であるはずの『死』が一切見えなかった。思いっきり魔力を込めて見てみると辛うじてうっすらと見える程度。ぼんやりとしていて、もしその死の線を切ったとしても、やつを殺すことはできないだろう。完全に死が見えているわけではないのだから。
文字通り格が違う。上位のモンスターは冒険者の魔法をレジストするというが、まさか直死の魔眼さえもレジストするとは思わなかった。
「くそっ…どうする…!?」
あまりの絶対的な差に、逃げる事すらできないんじゃないかと思えてしまう。
「フゴッ…グルァッ!」
初撃を避けられたことにイラついたのか、ものすごい形相でにらんでくるミノタウロス。
「…神様…」
俺はつぶやいた。あの身体の弱い神様を一人にするわけにはいかない。当たり前だ。俺はこんな所で死ぬつもりはないのだ。
男なら最後の最後まで前向いて生きるもんだ。
俺は鞘に手をやり、ミノタウロス相手に腰を沈めた。
まず最初に動いたのはミノタウロスだった。
大地を踏み砕かんばかりにこちらに迫って拳を振り下ろす。その力の奔流は一瞬にして俺の肉体を抉って辺りにまき散らすだろう。
なら当たらなければいいだけの話だ。俺は目の魔力を込めて、俺自身の『死』を見た。視界の右半分が真っ赤に染まって自身の『死』を見る。身をよじってそれを避け、俺は刀を抜いた。
「おらっ!」
抜きざまにやつの肌に刃を撫でさせる…が、しかし傷一つ付けることはできない。やつの筋肉は断ちにくい。それは図鑑にも書かれていた事だ。
「ちっ」
身体をひねって地面を蹴ると、そこにミノタウロスの足が通り過ぎ地面を割った。次に腕を振って俺に当てようとする。
好機だっ!
俺だけの力で断てないってえなら、これはどうだ!俺は刀を持ち直して引き絞り、目を見開いてすり抜け様に思いっきり振りぬいた。
「フガッ!?」
すると振りぬいた筈の腕から血が噴き出て、ミノタウロスが驚愕の声を上げる。
「…くそっ」
俺は一度距離を取って、改めて刀を構える。本当は腕を切り落とすつもりだったが、付けたのはかすり傷。血もすでに止まっている。
「グルルルル…ッ!」
ミノタウロスはさらに血走った眼でこちらを睨んでくる。ここまで絶望的だと笑えてくる。これがレベルの差ってやつなのだろうか。
それに…俺は構えている刀に目をやった。刀は思いっきり刃こぼれしていて、もう一度同じことをやった瞬間にはもう折れそうな程ボロボロだった。というか少し歪んでいる。昨日買ったばかりだっていうのに、なんて事だよ。
「グルァッ!」
「ぐおっ」
ミノタウロスが牛の様に身体を丸めて、一気にこっちに突っ込んできた。俺はそれを飛んで避けるも、すぐに地面を削りながら止まり身体をひねったミノタウロスの腕に捕まれ壁に思いっきり叩きつけられる。
「かはっ…」
血が口から噴き出る。腹が熱いのと痛いのとでぐちゃぐちゃにミキサーをかけられたような感覚が広がって、腕の真ん中あたりから何かが折れたような感覚がする。手に持っていた刀もどこかに飛んで行ってしまった。
「くっそ…」
「グルァッ…!」
ミノタウロスは俺を壁に押し付けたまま、もう片方の腕を引き絞る。筋肉が隆起して、握り拳が空気すら震わせる。
「死んで…たまるか…!」
俺はミノタウロスの手から無事の方の腕を何とか抜け出させて、更に目に魔力を思いっきり込めてやつを見る。死の線がうっすらとだが見えた。本来の線とは違いぼやけたそれは、恐らく刃で切っても殺しきれないだろう。
だけど、今やらねば俺は死ぬのだ。できる、できるできる。今やらなくていつやるっていうんだよ。しじみもとぅるるんって(ry
「この…死ねっ!」
「ガアッ…!?」
俺は指で辛うじて見えた死の線に指で思いっきり撫でてやった。そこから血が噴き出して、手が緩んだので身をよじってそこから抜け出した。
「うおらっ!」
もうここまで来たなら逃げることはできない。なら少しでも長生きして活路を見いだせる様に、俺は腰に一応備えていたナイフを抜いて、ミノタウロスの足…膝の少し上に突き立てた。
「ギアアアッ!?」
始めて悲鳴のようなものを上げて足を崩すミノタウロスを後目に、俺はだっと走って距離を取った。目を走らせると割と近くに刀が落ちていてそれを拾い上げるが、すでに真ん中からぽっきり折れていた。それでもないよりはマシだろう。
「…ちっ…」
ミノタウロスがゆっくりと立ち上がってこちらを見る。足の傷は流石にまだ血が噴き出しているが、流石のタフネスか。重心には一切のブレは無く、俺に目を向けている。
「…これまでっていうのかよ…?」
腹はつぶされ、片腕は折れている。血が頭から顔を伝って地面に落ちて、武器は全て壊れている。あの拳には今の防具は無いも同然だろう。
動くのも辛いっていうのに、奴さんはまだまだ元気だ。逃げ切れるとは思えない。
せっかく異世界に来たのに、もうこれで終わりだっていうのかよ。まだ転生して一週間ちょいしか生きてないんだぞ!
死んでたまるか。そう思うけど、それでも拭えない絶望感。俺はせめてミノタウロスの奴に屈しないために、思いっきり下から睨んでやった。
「グルル…」
拳を振り上げるミノタウロス。もう避けることはできない。なら迎えうつしかない。
俺は折れた刀を構えた。
そしてまさしく拳が降り抜かれようとした次の瞬間だった。
「オラぁッ!」
ミノタウロスの身体が切り裂かれて、一人の男が俺の眼前に降り立つ…というより降ってくる。そして思いっきり地面を蹴ってミノタウロスの胸を蹴り飛ばした。
ただそれだけであのミノタウロスの巨体が吹っ飛んで、それっきり動かない。キリの様に消えて、俺がいつも手にする魔石だけを残して消えていった。
「…大丈夫…?」
「えっ…!?な、なんだ…!?」
俺が突然起こった信じられない光景に目をぱちくりさせていると、今度は後ろから女の子の声が降ってきた。
金髪の良く映える少女だった。腰にはレイピアだろうか、細身の剣を携えており、あまり表情の感じられない表情で俺を見下ろしている。
「アイズ、んな雑魚の相手してんなよ」
ミノタウロスを蹴り殺した男が俺を睨みながらそういう。白い髪の毛に鋭い目つき。頭には獣の耳が生えていて、尻にも同じように狼のようなしっぽが生えている。
俺はあまりの物言いにイラっとした。いや、助けてもらったんだから文句は言わないけどさ。
「…でも、私達の所為だから」
アイズさんとやらがそういう。
「えっと…それってどういう事ですか?」
「…?」
いや「?」じゃなくてさ。
「あのミノタウロスは…私達から逃げてここに来たから。君が襲われたのも、私達の所為」
何だと。それはつまり、この人たちが追い詰めたミノタウロスが下層まで逃げてきて、それに俺が鉢合わせたと?昨日買ったばかりの刀も折れたし、身体もボロボロだぞおい。
「…はあ、運が悪かったってことか…」
「…?」
「いえ、それについては気にしてないです。それよりも助けてくれてありがとうございました」
「気にして…ないの?」
アイズさんが意外そうな目で俺を見てきた。
まあ、故意じゃなくてほとんど事故の様な物だし。こうして生きてるんだから結果良ければってやつだろう。
身体はボロボロだけど。
「そっか…」
「そんな雑魚にいちいち頭下げんなよ、アイズ」
始めと変わらずそう言い放つ男。おいお前。
気にしてないとは言ったが何の反省も見せずに、更に人の事を雑魚雑魚言ってくるそこの男。ただしお前は駄目だ。
まあ俺よりも強そうだし、ぐっと我慢するけどな!いつか覚えてろこの犬っころ!
「…あの、一つ聞いていい?」
「はい?」
「さっきのミノタウロス、少し傷がついてた。あれは、貴方がしたの…?」
「はあ…まあ」
アイズさんの目が見開かれる。なんだなんだ。どうしたよ。
「ああ!?お前、見栄張ってんじゃねえぞ!?」
「はあ?」
俺は首をひねった。見栄って言われたって、事実ですしお寿司…。
そう興奮するなよいぬっころ。頭の血管切れるゾ。
「…どうやってやったの?」
「そりゃ…普通に切って」
「ありえねえって言ってんだろうが雑魚!」
男が憤慨する。えー。
「お前、レベルは?」
「えっと、1ですけど…」
「レベル1の雑魚が、ミノタウロスに傷を付けれるわけがねえ!」
「でも、嘘をつく理由もないじゃないですか」
「ああ!?」
そろそろうざいぞこの大型犬。気にしてないって言ってたけど、ここまで雑魚雑魚言われると流石に気になってくる。腹もまだ痛いままだし。
「あの、とりあえずここから移動して体を治療したいんですけど…」
話をぶった切ってそういう。今から一人で下に行ける自信が無いから下まで連れて行ってもらったらそこですぐにおさらばするとしよう。
ああ、治療代、どれだけするのかな。考えるだけで胃が痛い。いや、物理的に痛いんだけどな。
「…じゃあ、ホームにくる?」
「はい?」
「ロキ・ファミリアのホームなら、治療もできる…」
「ああ!?アイズ!?」
治療費を負担してくれるっていうならありがたい話だ。俺はアイズさんに顔を向けた。さっきと表情は変わってないように見える。
「…じゃあ、お願いします」
治療費の為なら仕方がないかな。そう思って、俺は一つうなずいてそういった。