佐々木龍一の日常は非日常   作:ピポゴン

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読者よ。私は帰ってきた!!

ルルーシュに便乗して復活。お待たせしてすみません。

言い訳とかないんじゃあ〜。


自宅訪問in男鹿家

「辰巳いいぃぃ〜!!お前入学してから僅か3ヶ月ちょいでどうやったら家庭訪問されることになるんだあああ!!」

 

男鹿家にて、時刻は正午をやや過ぎたあたりに男鹿の父、洋次郎のそんな声が響いた。

 

「高校一年生にして家庭訪問最速記録更新じゃないか!!どうしてだ!説明してみろ!あ、やっぱりいい!驚くほど正確に想像つくからやっぱり言わなくていい!」

 

男鹿の両肩を持って揺さぶったかと思えば、自身の頭を抱えて体育座りをする洋次郎。

一挙手一投足が騒がしい父に流石の男鹿も呆れ気味である。

 

「それにお前言うの遅すぎるだろ!その家庭訪問ていつからだっけ?」

 

「今日の13時」

 

「後一時間もないじゃないか!父さんがいなかったらどうする気だったんだ!」

 

「いやどうせ暇だろ」

 

「少しは反省の色を見せろ!」

 

実際これに関して男鹿は少しはすまないと思っている。家庭訪問を言い渡されたのは夏休みに入る少し前のことだが、今の今まですっかり忘れていた。しかしそれは男鹿にとって何も軽いイベントだったからではなく、むしろ重過ぎで本能的に記憶から消去していたからである。

故に、確かにすまないとは思っている。が、それでも謝ることはしない。何故なら

 

「なに辰巳。あんた高校生にもなって家庭訪問とかくらってるわけ?成長しないわねー」

 

今もなお煽ってくる(美咲)の手前、少しも弱味を見せたくないのである。

 

「……るせーな。姉貴だって高1の頃色々やらかしてたろ」

 

「んでもあたしは1度も家庭訪問なんてされたことなかったわよ」

 

「それはもう何をしても無駄だって見放されたからだろ」

 

男鹿の主張にいち早く反応したのは意外にも美咲ではなく父の洋次郎だった。

 

「!!そうだよ!うちの子達の手のつけられなさは異常なはずなんだよ!それこそ先生方が見放すほどに!しかも辰巳の通っている学校はあの石矢魔じゃないか!家庭訪問なんてしようとするまともな教師がいるのか!?」

 

言われて男鹿は件の男を想起する。男鹿にとっては100歩譲ったとしても"まともな教師"の枠には入らない存在だが、仕事に関してだけはしっかりとこなすという印象はある。そのことを加味すれば、佐々木が家庭訪問を行うことに関しては違和感はない。

 

「いや絶対まともではないんだが。まあ、あれだ。一言で言うとヤベー奴だな」

 

なんとも説明しにくい佐々木の人柄を男鹿は数瞬考え、しかし面倒臭くなって説明を放棄した。が、そんな説明をされた父の洋次郎はたまったものではない。

 

「ヤ、ヤベー奴……だって…?」

 

男鹿をして「ヤベー奴」と言わせる人物。天下の不良校の教師。

人物像がいい方向に定まるわけがない。どんな人物かを想像した洋次郎は途端に顔色が悪くなる。

 

「ぜ、絶対まともな人じゃないに決まってる。くそー!母さんが、元ヤンの母さんがいてくれればなあ!いやだあああ!やばい奴と顔合わして話すなんてやだああああ!せめて美咲!お前も参加してくれないか!いや、側にいるだけでいいから!」

 

頭を抑え情けない声を出し、果ては娘にまで助けを求める洋次郎に男鹿は呆れのため息を漏らした。

 

「嫌。あたし今からコンビニ行ってアイス買って、ついでに雑誌立ち読みしてくるんだから」

 

洋次郎の要請をバッサリと切り捨てる美咲。どうやらとってつけた用事ではなく、もともとそうする予定だったようだ。洋次郎を背にし、そのまま玄関に向かう美咲。

 

「待ってええ!やばい奴と辰巳と三者面談なんて嫌だあ!あとコンビニで立ち読みはやめなさい迷惑だから!」

 

「大丈夫ちゃんと立ち読み用雑誌読むから」

 

「そう言う問題じゃーー」

 

「んじゃ」

 

洋次郎の言うことを途中で遮り玄関から出て行く美咲。残されたガックリと首を落とす洋次郎と男鹿との間で微妙な沈黙が流れた。

時刻は12:40を回ったところだった。

 

____________

 

ピンポーン。

 

インターホンの鳴る音がする。時刻は12:58。時間からして、例の教師であることはほぼ間違い無いだろう。

 

「………よし…」

 

すこしの沈黙の末、覚悟を決めた顔で洋次郎は立ち上がった。男鹿はというと口を噤んでやや下を向いているが、額に浮き上がった汗が多少の動揺を示している。

 

何があっても声だけは上げないようにしようと洋次郎は腹をくくり、玄関へと向かう。

 

「はーい」

 

鬼が出るか蛇が出るか、恐る恐ると言った調子で玄関のドアを開く。

 

「こんにちは。男鹿辰巳君の担任の佐々木龍一です。」

 

現れたのは洋次郎がやや見上げる長身。灰色の髪。切れ長の鋭い目。

 

「…………」

 

「どうかしました?」

 

「ああ、いえ。辰巳の父の洋次郎です。どうぞお上りください」

 

「失礼します」

 

思ってたより全然まともそうな人間だった為洋次郎はすこし面を食らう。

確かに威圧感を感じる風貌だが、洋次郎としてはもっと顔に傷があったり、モヒカンだったりとわかりやすい"やばい奴"を想定していた。

 

佐々木は一礼をすると靴を脱ぎ、出されたスリッパに履き変えてから家へと上がる。

洋次郎に案内されるままリビングへと行き、男鹿が座っている対面に「失礼します」と一声かけて腰かけた。

 

「わざわざ来て頂いて早々に申し訳ないのですが、本日はいったいどういうご用件で…」

 

洋次郎が早々に本題へと切り込む。本来なら談笑の1つでも挟むのが普通だが、今の洋次郎には謎の緊張によりそんなことをしている余裕はなかった。

 

「はい。日頃の辰巳君の学校での生活態度についてお父様とお話ししたく伺ったしだいです。」

 

やっぱりか…と洋次郎は心の中でため息を吐く。というのも、学校の教師が男鹿について家庭訪問、又は三者面談を行うのは過去何度もあった話だ。そうして教師に対面して真っ先に言われてきたのが息子の学校での生活態度。小学校の頃はまだ子供なのだからとさほど気にしていなかったが、男鹿の素行は中学生になっても落ち着くことはなく、逆に段々と先生からの呼び出しが増えた。そして今回、とうとう高校の教師までもが家庭訪問をしに来た。内容はいつもの通り、学校での生活態度だった。

 

「はあ……。今度は何をやらかしたんでしょうか」

 

大体想像はつく。伊達に幾千の家庭訪問をこなしてきた洋次郎ではない。己の息子の学校での生活態度など今までに何度も報告されてきたことだ。

 

「始業式から夏休みまでの1学期間、辰巳君はほぼ毎日と言っていいほど校舎破損を引き起こしています」

 

「ほ、ほぼ毎日ですか?」

 

校舎を破損させていることは何となく予想していた。が、流石にその頻度は予想外だった。洋次郎が見るからに動揺する。

 

「おい辰巳!お前何でそんなに学校壊したがるんだ!学校に何か恨みでもあるのか!親でも殺されたのか!生きてるよ!父さんも母さんも生きてるよ!」

 

横で俯いていた男鹿の肩を掴み、洋次郎はガクガクと揺する。

 

「喧嘩ふっかけてくる奴ぶっ飛ばしたら追加で壁とか窓もぶっ壊れるんだよ。しょうがねーじゃん」

 

「しょうがなくない!断じてしょうがなくないよ!」

 

「ぶっ飛ばすだってもっとやりようがあんだろ。障害物のない方向に殴り飛ばせばいいだけだろ」

 

「そうだぞ!ぶっ飛ばすだってもっとやりようが……ん?」

 

途端に洋次郎の手が止まる。それは、今の会話に違和感を感じてのものだった。数瞬思考を巡らせ、洋次郎はその違和感の正体を突き止める。

 

「あの、佐々木先生。今何と?」

 

「ですから、何も壁や窓がある方向に殴り飛ばすことはないと言ったのです。加減や方向を考えれば何も壊すことはないでしょう」

 

(いやいやいやいや!)

 

そうじゃないだろうと洋次郎は思う。その言い方ではまるで喧嘩自体は咎めていないようではないか、と。

 

「先生。えっと、喧嘩自体は止めなくていいんですかね」

 

「それに関してはどうこう言うつもりはありません」

 

洋次郎の問いに返ってきたのは即答だった。洋次郎は驚嘆により言葉が詰まる。まさかとは思ったが、本当に目の前の教師は喧嘩については口を出すつもりも叱るつもりもないらしい。普通の教師ならまず真っ先に、物を壊す壊さない以前に喧嘩をやめろと言うだろう。

事実今までも洋次郎はそう言われてきたし、此度の家庭訪問もメインの話は喧嘩についてかと思っていた。

今までに無いタイプの教師に洋次郎は少々混乱する。そんな洋次郎の様子を察してか、続けて佐々木が口を開く。

 

「お父様。私は何も喧嘩を推奨しているとか、放任的考えで口出ししないと言っているわけではありません。話し合いもせず気にくわないことをすぐ暴力で解決しようとするのは馬鹿のやることですし、イジメやカツアゲなどの行為を見過ごすつもりもありません。」

 

しかし、と佐々木が続ける。

 

「まだ学生、それも高校生という若い身。お互い意見のぶつかり合いでソリの合わないこともあるでしょう。そういった時に"喧嘩"と言う手段を用い、正々堂々拳を交わすのも悪いことではないと、私は思います」

 

なるほど。たしかにこの佐々木という教師は放任的というわけではなくて、己の理念に基づいて"喧嘩は咎めない"と言っているのだろう。その理念が正しいかは置いておいて。佐々木の考えがあっているのかは洋次郎にはわからない。それもそのはず、洋次郎は生まれてこのかた喧嘩らしい喧嘩など片手で数えられる程しかしていない。更に拳を交える喧嘩など一度あったかどうかくらいだ。そんな洋次郎には"正々堂々拳を交わす"と言う感覚がわからない。

 

が、果たして自分が誰かと対立した時、意見がぶつかった時、正々堂々ぶつかったことがあっただろうか。大抵そんな面倒くさいことは避けて真正面からぶつかる前に自分か相手が折れる形で終わった事ばかりだった。それは大人になれば大事なスキルとして重宝する。しかしまだ若いうちから衝突を避けることは、正解だろうか。いじめや一方的な暴行でないのなら、そういった形の対話も無くはないのか。

そこまで考えて、洋次郎は一度コクリと頷いた。

 

「先生のお考えは伝わりました。正直、私はそれが正しいかどうか判断がつきません。ですが、もし喧嘩というのが先生の仰る通りのものを指すならば、任せてみても良いと、そう思います。」

 

「ありがとうございます」

 

飽くまで自分では想像できない世界での話。しかし、その世界で教師をやる男の考えを一端知れたのなら、この家庭訪問は意味があったのだろう。洋次郎はどこかスッキリした面持ちでもう一度頷いた。

 

「で、話の続きなのですが、辰巳君はどうやら校舎を破損させることに一種の美学をおぼえているようでして」

 

「「え」」

 

男鹿と洋次郎の声が重なった。いい感じで話がまとまったので完全に終わるものと思っていたが、どうやら違うらしい。男鹿もまったく同じ事を考えてたようで、「え、終わる感じじゃないの?」的な顔をしている。

 

「何故か分かりませんが辰巳君は執拗に喧嘩相手を地面や壁に突き刺したがるようです。それについて、お父様も交えてじっくりとお話ししようと思っていまして」

 

確定した。完全に終わる流れではない。確かに時計を見てみればまだ1時間も経っていない。そんなに早く家庭訪問が終わるはずもなく、むしろここからが本題だとばかりに佐々木の目に気合が入る。

 

「あ………はい」

 

男鹿にとっての地獄はまだ始まったばかりだった。

 

 

__________________________

 

あれから約1時間、佐々木は学校での男鹿の生活態度、主に校舎破損についてそれはもうみっちりと話した。途中"悪意があるわけではない"という洋次郎の弁明にも耳を傾けてはいたが、だからといってやっていいことではないと更に話し合いが延長した。結論は結局のところ「本人が気をつけるしかない」ということになり話し合いは終わった。

 

そして今、佐々木は男鹿の家を出て帰路についたところである。

 

「……にしても、あちーな」

 

近場の駅に向かいながら、佐々木はひとりごちる。男鹿の家から駅までは少し歩かなければならない。加えて、佐々木は今日スーツ姿である。

 

(………何か冷たい物でも買うか)

 

ちょうどすぐそこには道沿いのコンビニがある。飲み物でも調達して帰ろうとコンビニに近づいた時。

 

ウィーン

 

自動ドアが開き、中から1人の女性が出てくる。手には今まさに買ったであろう商品が入ったビニール袋を持っている。真正面に立つ佐々木。必然、目が合わないわけもなく。

 

「………あ」

 

女性と佐々木が目を合わせたまま停止した。が、それも束の間。女性がビニール袋をバサっと落とす。向かい合い、少しの沈黙を挟み、次の瞬間。

 

「てめえ今まで…」

 

女性の姿が掻き消えた。

 

「どこ行ってやがった!!龍!!」

 

次に現れたのは佐々木の目の前。大幅に跳躍しており、佐々木の顔面目掛けて横薙ぎの蹴りを放つ。常人では不可視の攻撃。

が、その蹴りは佐々木が顔の横に腕をもってきたことにより難なく防がれる。直撃の瞬間、ガキンッ!!と壮絶な音がなり、ガードをした方と反対側にあった電信柱にビキビキとヒビが入った。常人では考えられないことだが、その女性、美咲は蹴りによる衝撃波だけで電信柱にヒビを入れたのだ。

 

「随分な挨拶じゃねえか。」

 

スタッと地面に着地する美咲に、佐々木は蹴りを受け止めた箇所を払いながらそう言った。かなりの威力で放たれたはずの蹴りだが、佐々木に大してこたえてる様子はない。

 

「ったりめーだ。何も言わず急に姿消しやがって!」

 

「それについては悪りいと思ってる。だがそれとこれとは話が別だ」

 

言うと同時に佐々木はスッと手を美咲の顔の前に持っていく。より正確に言うとその額へ。経験上これから何が起こるか察した美咲は「げっ」という声とともに後ずらそうとして、

バチン!!

 

「先輩をつけろっての」

 

できなかった。

 

「ってぇ〜〜〜っっ!!!」

 

佐々木により放たれたデコピンを額にもろに受け、美咲は痛みによりその場で縮こまる。大の大人ですら吹っ飛ばす威力を持ったデコピンだが、それでも美咲をその場から動かすには足りない。それほどまでにこの2人は常軌を逸していた。

 

「つかお前、今は大学の夏休み中か?」

 

「……ああ、お陰様でな」

 

額を抑えながらしゃがむ美咲に佐々木が問いかける。対する美咲は一泊置き、額をさすりながらそう答えた。

 

「そうかよ。エンジョイできてそうで一安心だ」

 

「お前は私の保護者かっての」

 

あいも変わらずの美咲のぐーたらぶりに佐々木は溜息をついてそういう。そして同時に、大学生活という新しい環境にも持ち前の能天気さで順応できているようで、ひとまずは良かったと思う。

 

「お前には昔っから手焼かされたからな」

 

「んだよその言い方」

 

「事実だろうが」

 

少し呆れがちな佐々木の態度に美咲は不満気な態度を示す。が、過去を想起してみても反論できる要素が一向に見つからない。故に美咲は言い返そうとはせず、しかし黙っているのもいけ好かないのでせめてもの抵抗として「ちぇっ」と小声で舌打ちをした。

今の会話からも分かる通り、この2人は旧知の仲である。それもお互いに言い合いをしていることから、多少は気心の知れた仲なのが伺える。事実、実は美咲が今の大学に入る為の受験勉強の際に、度々佐々木の力を借りた…というより教えてもらっていたりするエピソードもあるくらいだ。

 

「まあ、変わりねえ様で何よりだ。あんまだらだら過ごすんじゃねーぞ」

 

「ちょ、おい!」

 

言うと同時に佐々木は軽く手を上げ、背を向けて歩きだす。が、そんな佐々木のスーツの袖を掴むことにより美咲が待ったをかける。

 

「あ?なんだってんだ」

 

「………っ!んな急ぐことねーだろ。なんか急ぎの用でもあんのかよ」

 

振り返りそう言う佐々木に対し、思いのほか至近距離に来た顔から直ぐに目をそらし、美咲はやや早口でそう言う。

 

「いや、特にねーな。用ならさっき終わらせてきたとこだ」

 

流石にこれから用がある人物を引き止めることはできない。が、どうやら佐々木にはそれがないとわかり、美咲は密かに袖を掴んでない方の手を「しゃっ!」と握りしめた。

 

「そ、そっか。ならよ……ちょいそこの公園まで付き合えよ」

 

 

 

 

 

 

「はあああああああ!?」

 

一際大きな声が公園内に響き渡る。その声に反応し公園内の人物が咄嗟に発生源を見るが、その声を発した当の本人はそれらの視線を歯牙にもかけず言葉を続けた。

 

「あ、あんた今教師やってんの!?」

 

「だからそう言ったろ。ったくどいつもこいつも失礼な野郎だ。俺が教師やってんのがそんなにおかしいかよ」

 

「おかしいわよ!それに辰巳の担任て。辰巳が私の弟だとわかってたならもっと早くに会いに来れたじゃない!」

 

連絡手段が無いのはわかる。このご時世にそれもどうかと思うが、佐々木の人間性を考慮すれば納得はできずとも理解はできる。が、自分と佐々木をつなぐ橋があったのなら話は別だ。男鹿が美咲の弟なのだとわかっていたのなら、美咲と再会するのにどうにでも手はあったはずだ。少なくとも、再会するのを待ち望んでいた美咲にとっては容認し難いものである。

 

「疑惑はあったが確信に変わったのは今日お前とあった時だ。前々からアイツとお前はどこか似ている気がしていたが、住んでる地域が同じだったことでようやく確信したんだよ」

 

なるほど。確かに言ってることは通るし、嘘は言ってないだろう。しかし、

 

「つってもやっぱりこれまでなんの音沙汰もなかったのは納得できねー」

 

どうしようもなかったのは理解している。佐々木に勉強を教えてもらうときは大抵図書館だったし、それ以外の場所にしてもファミレスや喫茶などの公共施設が主だった。故に佐々木は美咲の家を知らず、また同様の理由で美咲も佐々木の家を知らなかった。

受験が終わる少し前に佐々木から「少し忙しくなるからあとは頑張れ」という旨を伝えられ、大変不服ではあったが渋々納得したのを覚えている。「あれ、じゃあ次会えなくね?」と事の重大さに気づいたのはそれから3日後のことであった。

 

「だからそれについては悪かったつったろ。」

 

当時多忙を極めてたとはいえ、受験中の後輩を中途半端なタイミングで放置したのに多少の後ろめたさはある。故に佐々木はこの案件に対し素直に謝罪した。

 

「言葉で無く態度で示して欲しいんだけど」

 

しかし返ってきた返事はタダでは許さないというもの。普通態度と言えば頭を下げたりするものだが、そこそこ付き合いの長い佐々木は、美咲の言う態度がそういった類のものではないということを知っている。そう、美咲という人間が言う態度とは、即ち己のメリットになるもので返せと言うこと。

 

「はぁ、わかったよ。何すりゃいい?飯でも奢るか?焼肉と寿司ならどっちがいい」

 

「ああ、それなら焼に……じゃなくて!お前は私をなんだと思ってんだ!」

 

花の19歳。今を生きる乙女に対し食い物を提示する奴があるかと美咲は不満を言う。それに対し佐々木は美咲の思考を読み間違えたことに割と本気で「あ?違うのか」と混乱をあらわにしていた。

 

「じゃあ何がいいんだよ」

 

「な、何がいいってそりゃ…」

 

これまた珍しく言い澱む美咲に佐々木は首をかしげる。美咲の性格上こう行った場面でハッキリ物を言わないのはらしくない。が、いかに佐々木がこういった美咲を初めて見るにしても、今急かすべきでないことぐらいはわかる。故に美咲が何かを言うまで待つ。

 

「あ、あのよ」

 

「あ?」

 

少し経って、美咲は先程より随分音量の下がった声でそう呟く。そしておずおずと言った調子で携帯を前に差し出した。

 

「れ、連絡先。おしえ…ろよ…」

 

「なんだ。そんなことでいいのか?」

 

佐々木としてはもっと物的なものを要求されると思っていたが、蓋を開けてみれば逆にそれくらいのことでいいのかと問いたくなるくらい単純なものだった。

 

「い、いいんだよ!はやく!」

 

「んだよ。急かすんじゃねえよ」

 

佐々木がポッケから携帯を取り出すと同時に美咲がそれを少々強引に奪い取る。そして慣れた手つきでお互いの連絡先を登録した。

 

「へへ。メール無視しやがったら殺すかんな」

 

「お前はもうちょい言葉遣いどうにかしろ。しねえよんなこと」

 

「な、ならいいんだよ」

 

そっぽを向きながら、しかしその頰を朱色に染め美咲が携帯を返す。と同時に、先程までの行動に対する恥ずかしさが一気に押し寄せ、美咲は「そんじゃ」と一言いい早足でその場を立ち去ろうとする。連絡先は手に入れたし、これで会おうと思えばまた以前のように会える。この場に固執する意味は無くなった。故に一目散の退散を試みた美咲だったが、その背に声がかかる。

 

「おい待て」

 

「あ?」

 

振り向いた瞬間、美咲の頭に僅かな重みがかかる。

 

「遅くなったが、よく合格した。頑張ったな」

 

どんなに難しい問題を解いた時も、佐々木が作成した小テストで100点を取った時も、ここまで褒められたことはなかった。ここまで嬉しく感じたことはなかった。今、頭の上に置かれたこの手が、合格して良かったと思える1番の出来事になった。

故に美咲は最高の笑顔で応える。自分の先生に。自分の先輩に。自分の好きな人に。

 

「おう!!」

 

 

 

 

___________________________

 

「〜〜〜♪〜〜♩」

 

男鹿家のリビングにて夜、風呂上がり妙に機嫌良さげな美咲が家族により観測された。鼻歌を歌い、今にも軽く踊り出しそうな勢いである。それもそのはず、美咲の手に持つ携帯には短く一文で『ああ、近い内にな』の文字。たった今佐々木と2人っきりの食事の予定を立てたところである。と言えば聞こえはいいが、実際は祝勝会を兼ねたものであり、行き先も焼肉とロマンチックのカケラもないような所である。とはいえ、美咲からしてみれば一対一のご飯など今まで考えられもしなかったイベントである。受験勉強で一対一など頻繁にあったが、これが食事となると一気に毛色が変わる。故に美咲はご機嫌なのだ。

 

が、そんな事情などまったく知らない男鹿からすれば、この状況は天変地異の前触れかと疑うほどに異質だった。これにはヒルダも若干の戸惑いを見せる始末である。別に姉は感情を表に出さないタイプではない。むしろ逆で姉ほど分かりやすく感情を表すタイプも珍しいだろう。だからこそ、今まで見たことのない様子の美咲は異質と言えた。一体何があったら姉はこうなるのだろうと。

気にし出したらどうにも止まらない男鹿は、ついに聞いてみることにした。

 

「姉ちゃん。あのよ……。なんつーか…なんかあった?」

 

「んー?別にー」

 

「お、おうそっか」

 

"別に"な訳ないのは一目瞭然なのだが。

まあ姉が特に話す気もないなら食い下がるようなことでもない。男鹿は大人しく引き下がり、そそくさ部屋に戻ることにした。

 

「そういやさー」

 

が、そんな男鹿に美咲が何とは無しに話しかける。

 

「あんたって神龍(ナーガ)に憧れてたっけ?」

 

姉から久し振りにその名前が出たことに男鹿は目を見開く。男鹿の雰囲気がいつものふざけた様子とは一変したのをヒルダは感じ取った。

 

「わかりやすいわねあんた」

 

「なんで、今その名前が出んだよ。姉ちゃんの様子と何か関係あんのか?」

 

「いや、あたしはいつも通りだし。別に関係ないわよ。ただ」

 

美咲は冷凍庫からアイスを一本取り出し、リビングの扉に手をかけながら振り向く。

 

「もしかしたら近い内に会えるかもしれないわね」

 

「それってどういう!!」

 

そしてそれだけ言い残すと続く男鹿の言葉に耳を貸さず部屋へと戻っていった。残された男鹿は姉の様子以上に気になる爆弾を落とされ気が気でない状態であった。

 

 




補足。
前話佐々木と東条の会話
「男なら拳で語れってやつだ。それに拳でしか伝わらねえこともあんだろ」
「ねえよ。言葉っつーもんがあんだから会話すりゃいいだろ」

今話佐々木
「拳で語り合うのも悪くない手段だと、私は思います」

少なくとも教師と生徒である佐々木と東条の関係には適応されないものやで。


美咲って初期絵の方が好きなんよね。後半も可愛いけどね。

当初佐々木のセリフは「合格おめでとう。よく頑張った」だったんですがキャラ崩壊激しすぎてキモかったのでなんとか変えました。おめでとうと言うとミスマッチ感のあるキャラ、どうなんすか

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