その日見た光景を、彼等は生涯忘れないだろう。
拳1つが唸る度に砂塵のように吹っ飛ばされ、脚が曲線を描く度に一瞬で意識を刈り取られる。数多の人間が殺到しては、その圧倒的な力でねじ伏せられる。
その光景はまるで"嵐"。そう、唯の人では決して抗うことのできない、正しく"天災"。
その光景を見た人物は、あまりの猛威に言葉を失う。しかしその目だけは、しかと逸らさず。やがて彼等も、その天災の中心へと駆け出していく。
その不可解な行動は恐れからの投げやりではない。
尊敬、憧れにより、居ても立っても居られなくなったからだ。
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「葵姐さんから召集?もちろん応じるけど、こんな深夜になんでまた」
突然鳴った電話に応じてみれば、自分達の元トップからの招集があるという。といっても、葵は既に烈怒帝瑠の総長という看板を下ろしており、メンバーを集める権限は持っていない。なのでこの召集も本来「手を貸して欲しい」くらいのお願いだったのだが、烈怒帝瑠のメンバーに断ると言う考えはない。
故に涼子としても二つ返事で了承するつもりだが、それでも理由は気になる。総長を退いてからというもの、葵が烈怒帝瑠のメンバーに何かをお願いすることなどなかったからである。
『ああそれがね。男鹿と東条がとうとうぶつかるみたいなんだけど』
この時点で涼子は少しではあるが驚いた。入学してきたばかりの1年がもう石矢魔トップと対決とは、早すぎると。
しかしそれだけならば烈怒帝瑠は関係ない。問題はその後。
『なんか雲行き怪しいのよね』
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「なるほど。これは確かに大事だわ」
その後迅速に準備を済ませた涼子達烈怒帝瑠の面々は程なくして集合した。早々に石矢魔に乗り込もうと歩を進めてみれば、石矢魔に近づく程にその異常性が良く理解できた。
「なんて人数差。私はてっきり男鹿対東条と思ってたけど、これじゃまるで男鹿対石矢魔ね」
ため息混じりに寧々がそう吐く。
男鹿1人とプラスαを囲むように陣取る石矢魔生。男鹿の規格外な強さを持ってしてもその光景は多勢に無勢と言える。そしてその様子を見て、葵が口を開く。
「みんなごめんね。急なお願い事で集まらせて。今からでも無理に参加することはないわ。私は烈怒帝瑠を退いた身だし、無理してわざわざーー」
「何言ってんすか姐さん。誰も無理して来てなんていませんよ。たかだか1年に上に立たれるのが嫌なだけでこんな大勢で袋叩きにしようとしてる、その根性が気に食わないんすよ」
が、それは寧々によって遮られる。それに、と言ってさらに寧々は続ける。
「伝説の不良ドラゴンヘッドは1年生の時石矢魔生全員を相手にして打ち勝ったって言うじゃないですか。なのに奴らはそれと真反対なことをしてる。腹たつんですよね。そういうドラゴンヘッドの偉業を侮辱するような行為は」
葵が周りを見渡すと全員が寧々と同じ目をしていた。葵は彼女等も寧々と同じ気持ちなのを理解した。途端に葵はそれが可笑しくなる。
「ぷ、あはは」
「ちょ、なんで笑うんすか姐さん!」
なぜ笑われたのかわからず、不本意だとばかりに寧々がそう訴える。
「ごめんなさい。変な意味じゃないのよ。ただ、なんだかんだ言ってやっぱり貴方達ドラゴンヘッドのこと大好きよね」
「なっ」
その一言に寧々は思わず声を上げる。
「な、何言ってんすか!いや今のは好きとか嫌いとかの話ではなく!ただ奴等の伝説の存在をコケにするような所業が気にくわないだけで!ていうか私はドラゴンヘッドはただ不良として尊敬しているくらいで!いえ、もちろん葵姐さんが1番すけど!」
「はいはい」
両手を忙しなく動かしながら、いつもの二割り増しで早口でまくし立てる寧々に対し、葵は軽く笑いながら相槌を打つ。
「本当にみんな、ごめん……とはもう言わないわ。勝ちましょう。私達は私達の戦いに」
『はい!』
石矢魔の誇りだとか、譲れないものだとか、そんな崇高な理由で戦うわけではない。彼女達が掲げるのはただ1つの理念。
即ちーーただ気にくわないやつをぶっ飛ばすだけである。
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「はあ、最悪だ」
家庭訪問が一通り終わり、ようやく俺の夏休みが幕を上げる、と、そんな時だ。校長からメールが入ったのは。
内容は夏休み中に石矢魔生徒が起こした問題に対する関係各所からのクレームの処理だった。夏休みに入ってまだ1週間程しか経っていないのに、その量は膨大だった。おまけにそれらの処理をする教員が俺以外いないときたもんだ。どうやらあいつらは学校外でも人に迷惑をかけなきゃ気が済まないらしい。夏休み明けに会うのが楽しみだ。
そう言った経緯で、俺はわざわざ夏休みに学校まで出向き、深夜まで書類仕事をしている……訳だが…。
『うおあああああああ!!!』
『ぐがっ!!』
『おらあああ!』
気のせいか、先程から喧しい声が外から聞こえる。なんだ、外で抗争でも起こってるのか。夏休みに、わざわざ校庭まで来て。………いや、まさかな。どうやら連日馬鹿どもの対応をして、長時間書類仕事に打ち込んだせいで気付かないうちに大分疲れていた様だ。幻聴が聞こえやがる。
ドゴォォン!!
今度はそんな爆音と共に校庭で大きな花火が上がった。俺がこんなに書類仕事に弱いとは思わなかった。とうとう幻覚まで見えてきた訳か……。
「っち」
んな訳ねえだろ。何やってんだあの馬鹿共。夏休みにわざわざ学校に集まってやることといったら喧嘩か。他にやる事ねえのか。
本当なら文句の1つも言ってやりたいが、どうやら誰も校内には侵入してない様だ。器物破損の恐れがない状態で、喧嘩する場所として校庭を借りているだけなら止める理由はない。石矢魔の校庭は周りの住宅地からは若干離れているからな。騒音被害になることもないだろう。花火はグレーだがな。
集中の切れた俺は再度作業に戻る為にイヤホンで音楽を流すことにした。元々何日かかけてこなす書類を1日かからず終わらそうとしてるんだ。油を売っている暇はない。この調子でいけば、明け方には終わるか。
数時間後、ひたすらに作業に没頭していた佐々木は突如イヤホン越しにもわかる程の爆音を聞いた。そして直後、謎の浮遊感と衝撃がその身を襲った。
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「ついに!男鹿が東条を倒しやがったあああ!」
多くの石矢魔生徒は倒れ伏し、朦朧とする意識の中で、うっすらとそんな声を聞いた。
男鹿が東条を下した。やりきれない気持ちは大きかったが、それ以上にやはり衝撃が勝った。1年にトップに立たれる訳にはいかないと集った彼らだが、その実これはある種のデモンストレーションの様なものであった。この人数を相手に、そしてそれを超えたとしても東条を相手に勝てる筈などないと、そう高を括っていた。
しかし、結果は予想だにしないことの繰り返し。次第に圧されて行き余裕が薄れた。男鹿が東条との一騎討ちになりなけなしの余裕が消えた。そして、東条と互角の勝負を繰り広げる男鹿に焦燥感が生まれた。
結果は、先程聞いた通り。本当に勝ってしまった。烈怒帝瑠や東条以外の東邦神姫の助力があったとはいえ、男鹿は紛れもなく石矢魔の天下に立ったと言える。
動けるものは、疲労した体を動かして男鹿に視線を向けた。
そこにあったのは、伝説の不良
ーーなどではなく、
「さっきから腕がもげそうなんですけど!」
ありえないほど腕が肥大化し、情けない面を浮かべる男鹿だった。
男鹿は直後、その腕を振り上げそこらに叩きつける。
瞬間、轟音が辺りを包んだ。
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それは、校舎が激しい音とともに崩れ去り、その全てが瓦礫となった後で、静かに、本当に静かに起こった異変だった。
驚嘆で口も塞がらない男鹿達の眼前に積もる大量の瓦礫。その一角が、僅かに動いた気がした。静かなその変化は、しかし静寂が辺りを包んだこの場ではやけに視線を集めた。
グラ
激しさもなく、瓦礫がズレて何かが姿を見せる。
それは、人の手だった。
「!?」
それを目にした生徒達が息を飲む。いつのまにか烈怒帝瑠のメンバーも合流しており、その光景を見ていた。
やがて、もう一つの手が這い出てくる。この時点で、何人かの生徒は最悪の想定をしていた。
思えば、奴はいつもそうだった。少しでも備品を壊せばどこからともなくやってくる。
それが何処だろうと、いつだろうと、必ずやってくる。なんで、など考えるのはとうにやめた。学校の備品を壊せば必ず怒りの鉄槌を下しに来る。わかっているのはそれだけでいい。
それなのに、学校そのものを壊しておいて、来ないはずないのだ。奴が。
あの、化け物が。
ゆっくりと瓦礫から這い出てくるその光景は、彼等からしてみれば地獄の使者のそれだった。すっかりボロボロになったシャツを辛うじて身に纏い、背を向けて上体を起こす佐々木。瞬間、生徒達の気持ちは満場で一致した。即ち、逃げなければ死ぬと。
これまでの経験から、佐々木が何で1番怒るかは痛みと共に身体が知っている。
今回のこれは、紛れもなく過去の中でも最上位でやばいことである。
後ずさろうとする彼等を、次の瞬間強烈な重圧が襲った。これも知っている。佐々木と対面したものならば、これが佐々木の出している単なるプレッシャーだと言うことがわかる。
だが、今回のこれはあまりにも異質。
「ぐっ……」
呼吸が乱れ、立っているのもやっと。
ーーやばい、過去一で超怒ってる。
彼等が出した結論は同じだった。
そこでようやく、佐々木が口を開いた。
「てめえら全員、死ぬ覚悟しろよ」
今度こそ全員が逃げようとして、しかし、足を止めた。本能が警鐘を鳴らす中、それでも彼等は足を動かすことができなかった。その視線は、ある一点に向けられていた。
「…え……」
風が一陣。ボロボロのシャツが飛ばされる。彼等の視線を釘付けにしたのは、傷。
その背に刻まれた、勇ましいまでの3本の傷。
紛れもなく、伝承と変わり無いその姿。
そして十分に説得力のあるこの重圧。
誰かが、振り絞るように呟いた。
「ドラゴン…ヘッド」
瞬間、佐々木の周囲の瓦礫が爆ぜた。それと同時に近場にいた生徒達がことごとく吹き飛んでいく。
「あ、あぁ…」
言葉にならない声を出す石矢魔生達。腰を抜かすものも、涙を浮かべる者もいる。その心に浮かぶはなんだろうか。感激。憧れ。熱情。尊敬…。だが不思議と、先程まであんなにも場を包んでいた恐怖を抱えている者は1人もいなかった。
「う…そ…」
「マジかよ…」
遠目で見ていた烈怒帝瑠のメンバーも半ば放心状態で呟くのがやっとだった。思わず口から溢れた言葉とは裏腹に、しかしその心は佐々木があの伝説の不良、ドラゴンヘッドであるという事実を当たり前の様に受け入れていた。それは1番の関わりがあった葵だけでなく、全てのメンバーに言えたことだった。
尚も止まらぬ佐々木の猛攻は、まるで嵐。不良達にとって、この世で最も"光栄"な。
「う、うおおおおおお!!!」
人の身ではどうしようもないはずの"天災"。
しかし、彼らは飛び込まずにはいられない。立ち向かわずにはいられない。全員が全員、己の胸の内の喜びを表すように。先程まで瀕死だったことが嘘のように雄叫びを上げ、佐々木に向かっていった。
一瞬。ただの一瞬。掠るだけでもいい。伝説の拳をくらってみたいと思ったのは、彼らがどうしようもなく馬鹿で、そしてその伝説にどうしようもなく焦がれていたから。
そしてそれは、ある1人の"最強"の少年にも当てはまる物であった。
「ドラゴン…ヘッド。まさか、佐々木が…」
他の様に雄叫びはあげない。尻をつくことも、涙を浮かべることも。
ただ、その目は久しく見れなかった"それ"を見るのに必死であった。あの時、初めて芽生えた感情がまた、原点を見ることで蘇る。
「っけえ…」
「…えっ」
男鹿の微かな呟き。聞こえたのはそばに居た古市だけだった。驚いて顔を向けた古市は、初めて見る男鹿の表情に酷く動揺した。
「久しぶりだな。いや、そんなこともねえのか。なあ、ドラゴンヘッド!」
が、直後には男鹿はその場から姿を消し、佐々木に向かって突貫していた。
尊敬、と言うと少し違うかもしれない。ただ唯一の、少年の憧れ。究極にまで洗練されたその暴力は、15歳になった少年を変わらず魅了した。
別にずっと挑みたかったわけではない。何故飛び出したのか。向かっていったのか。それは少年自身にも説明のできないことだった。ただ、あの日もこうやって飛び出したかったのは、確かだった。
しかし、嬉々として向かっていったあの男鹿でさえ、大衆と同じ扱いを受け一瞬で吹っ飛ばされる。
その場にいる者がことごとく吹っ飛ばされていく音を聞きながら、男鹿は自身の意識が薄れていくのを感じた。
「………っぱり。………っけえな…」
そして満足する様に意識を手放した。
……いやの割には短えなあ!!とかはご勘弁を。しかし難産でした。もともとやる気が沸かなかったのも、この話が1番の山場だろうと色々考えすぎたのが原因なんですよね。いやー難しい。書いた今もこの話これでいいのか?と悩んでいます。
さあとうとう佐々木が身バレしました。まあ隠してたわけではないんですが。次回からやっとこさ聖石矢魔ですよ!この作品自体描き始めるときに全部のなんとなくの運びはイメージできてるので展開は思いついてるのですが…。うーん次は何年後だ!