佐々木龍一の日常は非日常   作:ピポゴン

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お久しぶりです。



男鹿vs.邦枝

最近、石矢魔では所々で奇妙な光景が見受けられる。

 

「おいこらてめえ、どこみて歩いてやがんだリーゼント」

 

「あぁ!?てめーがぶつかってきたんだろうがモヒカン野郎」

 

廊下にてぶつかる生徒2人。相手に道を譲るという思考がないからこそ起きるトラブル。

2人はメンチをきりあい、やがて。

 

「「コロス」」

 

ここまではもはや恒例行事。モヒカンはポケットからメリケンサックを。リーゼントは背中からバットを取り出す。

そしてそのまま激突するかと思われたそのとき、

 

「いくぜ」

 

「ああ」

 

2人は揃って同じ方向に歩き始めた。お互いに警戒することなく、ある特定の場所を目指して歩く2人。彼等はわかっているのだ。お互いが攻撃しないことを。ここで喧嘩を始めたら、下手をしたらただでは済まないことを。

 

やがて2人がついたのは校庭だった。

それもなるべく校舎から離れたど真ん中。

そこで2人はやっと武器を構え合う。

 

「「死ねや!」」

 

かなりの時間をかけて、2人はようやく激突した。

 

 

 

また、ある時。

 

「あーまじたりーわ。」

 

「オメーいつもそれ言ってんな。いっそのこと死ねば?」

 

「それはあるわ」

 

「あんのかよ」

 

階段の前でたむろする不良グループ。東方神起や2年連合ほどではないが、彼等もカースト制度の上位陣である。故に階段を利用しようとする生徒のほとんどは彼等を見て黙って踵を返す。

 

「次の授業なんだったけか?」

 

「何で俺がお前のクラスの授業しってんだよ。知らねーよ。俺次の授業サボるし」

 

そこで授業開始の鐘がなる。

 

「あ、鳴っちまったー。しょうがねえ俺も今日はサボるかー。次は、確か物理だったっけかー?」

 

男はそう言いながら呑気に大の字に寝そべる。しかし、周りの男達の表情はみるみるうちに青くなっていく。

 

「お、おい。お前次の授業物理なのか?」

 

「あー?そうだけど?何だよお前ら」

 

流石に男達の表情が気になったのか、寝そべっていた体勢を戻す。

その男を見て、1人が言った。

 

「お前、物理の担当って………"あいつ"じゃなかったか?」

 

「………え」

 

 

 

空気が、凍った。

厳密にいうとその男の時間だけが一瞬止まった。

しかし、それはほんの一瞬。

己の置かれている状況を瞬時に理解すると、人間の出せる最速を持って男は飛び上がった。

 

「間に合えええええええええええええ!!!!」

 

余談だが、この時の男の速さは人生で最速だったという。

 

 

ちなみに、だが。

 

「うおおおおおお遅れましたああああああ!!」

 

「おせーよボケ」

 

「ぐっはあ!!!」

 

間に合うことはなかった。

 

 

明らかに校舎での喧嘩を避けるようになったり、特定の授業だけ絶対に参加する生徒達。

これらのことは長い石矢魔の歴史をたどってみても初めての事だった。

これらの変化は、一様にある男によってもたらされたもの。

 

「あー、そろそろ家庭訪問行くやつ絞らないとな」

 

しかし、当の本人にはまったく自覚がない、それ以前にどうでもいいことであった。

 

 

_______________

 

 

「千秋、どう思う?」

 

「はい…」

 

どう思う、とは先程との男鹿の一件のこと。

先日葵が男鹿と闘って以来、葵の様子がどこかちぐはぐだ。牙を抜かれた…というよりかは、牙を使うべきかわからないと言った様子。どうしたのか、と聞いてみても返ってくるのは曖昧な返事ばかり。

葵は男鹿との衝突以来、男鹿という人間に対して改めて考えた。実際男鹿は自分に対して危害を加えたりはしなかった。チャンスはあったのに、だ。その事実が葵を惑わす。本当にこのまま頭ごなしに制裁を下していいのかと。

葵の身に何が起こったかわからない以上、確実に関与しているあの男、男鹿を排除すればいいと寧々は考えた。そこで冒頭に戻るわけだが、葵を抜きにして自分と千秋だけで男鹿と接触し、そこで排除してやろうとした。

しかし対面してみて思ったのは、存外悪い奴ではないのでは、というものだった。結局は闘うこともなかったし、終始男鹿のペースのまま何もできず終わってしまった。

そして一緒にいた千秋は男鹿に対してどう思うかと、先の質問の意図はそれであった。

 

「悪い奴では、なかったように思います」

 

やはり、同じ場にいた千秋も同じ感想のようだ。

 

「少々聞いてた情報と不一致だったのは確かだね。」

 

入学当初から暴れまわり、既に東邦神姫を2人も下した。まるで石矢魔統一を目指しているかのようなその所業。それはまるで…。

 

「石矢魔が1年生に統一されたのは過去1度きり、伝説の不良神龍(ナーガ)の手によってだけ。最初男鹿辰巳の噂を聞いた時はまた神龍(ナーガ)のリスペクト野郎かとも思ったけど、どうやらそういうわけでもなさそうよね」

 

実際寧々が石矢魔に入った当初もそういった輩はいた。それも割とかなりの数で。

止むを得ない事情で石矢魔に入った者以外は、大体は中学の頃にその学校の番を張っていた者ばかりだ。そしてそういった輩は必ずといっていいほど神龍(ナーガ)に憧れている。故に意気込んでくるのだ。伝説の不良が成し遂げた偉業を自分も成し遂げてやると。

 

しかし男鹿を見る限り、どうやらそれらと同じ系統ではないように思える。

しかし、と寧々は付け加える。

 

「まだ判断するには早いわ。もしかしたら狡いタイプで本性を隠してるって可能性も」

 

「その通り」

 

寧々が言いかけた言葉は何者かのそんな声と、同時に頭部を襲った衝撃で遮られた。

殴られた箇所に強い衝撃、次いで来る鈍い痛みに千秋と寧々は意識を手放した。

 

「男鹿は極悪人だからなぁ」

 

薄れゆく意識の中で、そんな声を聞きながら。

 

 

 

 

 

 

 

_____________

 

まず真っ先に感じたのは後悔。次いで湧き出る、溢れんばかりの怒り。きっかけは必死の形相で自分の所に駆け込んできた、1年生の女子の言葉

 

「葵姐さん!!寧々さんと千秋さんが……男鹿に!!」

 

ひたすらに甘かった。目下には保健室のベッドで力なく横たわる千秋と寧々。2人とも明らかに喧嘩の範疇を超えた傷を負っていた。まるで、いたぶられたかのような。

 

「私のせいだ…」

 

ーーー私が男鹿と戦うことを避けてさえいなければ。

なんだかんだ言ってもしかしたら男鹿は悪い奴ではないのかもしれないと思っていた先程までの自分を、葵はひどく呪った。

 

「男鹿辰巳……っ!!!!」

 

愛用の木刀を握りしめ、すべての憎悪の対象の名を呟く。そして、葵は駆け出した。2人の仇をとらんとするために。

 

_____________

 

 

あれから十数分後。暴風と共に雷鳴が轟く中、2人は屋上にて対峙していた。

保健室を出た後、葵は校内に張り巡らされた情報網を駆使し、ものの数分で男鹿へとたどり着いた。そして出会うがいなや木刀の鋒を向け決闘の申し込みをしたのである。対する男鹿も断る性分ではなく、思考せずに了承した。

そして今に至る。

 

「あなた……。あんなにボロボロになるまで、2人に何をしたの」

 

2人、とは寧々と千秋のことだ。

決して喧嘩だけではつかない傷。何故そんなことをしたのか。そこまでする必要はあったのか。葵の質問は暗にそれを意味していた。

今にも爆発しそうな怒りを抑えながら問う葵。それに対して、あっけらかんと男鹿は言い放った。

 

「別に。突っかかってきたからテキトーにぶっ飛ばしただけだ。」

 

瞬間、抑えられていた怒りが許容量を超え爆発。葵の怒り任せの一振りを合図に決闘のゴングが鳴る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

葵が恨みを晴らすかのように木刀を振るう。対する男鹿はそれらを避ける、受けきるなどはしても反撃は一向にする気配がなかった。

そうしている間にも葵には疲労が、男鹿には痛みが着実に蓄積していた。

 

もはや終幕は近い。

そう思わせるようなその様子を、少し離れた所で観察しているものがいた。顔面を喜色で染めながら。

 

「上手くいきましたね美破さん。」

 

「そうね。まさかここまで上手くいくとは思ってなかったけど、流石私。自分でも惚れ惚れするような手腕だわ〜」

 

美破。と、その部下に当たる碇。

 

この決闘が始まる原因にもなった先程の男鹿と葵の問答。実はこれには多分な語弊というか、すれ違いがあった。

葵の質問の『2人に何をした』とは言うまでもなく寧々と千秋のこと。男鹿が寧々と千秋に危害を加えたと、そう信じて疑わなかったが故の質問。

それに対して、男鹿の言った『適当にぶっ倒した』とは、以前衝突した神崎と姫川のこと。男鹿からしてみれば『2人に何をした』と言う質問に該当するのはこの2人だけである。つまりは男鹿は寧々と千秋には何も手を下していないのだ。

ならば、誰が寧々と千秋を必要以上に痛めつけたのか。それは今もなおニヤケ面で戦いを観戦している美破と、その部下のMK5が手を下した。

烈怒帝瑠(レッドテイル)総長の女王(クイーン)と大型ルーキーである男鹿を衝突させ、機を見て2人とも潰す。これが美破の作戦だった。そしてその作戦も、今まさに終わりを迎えようとしていた。

 

「破岩 菊一文字!!」

 

その声と同時に、およそ喧嘩では鳴らないような巨大な音が屋上に響く。

視線を音のした方に向ければ、そこには疲労により片膝をついた葵と、地面に倒れ伏す男鹿の姿があった。決着はついた。そして一拍遅れて屋上に駆け込んでくる姿がもう1つ。

 

「葵姐さん!!私と千秋をやったのは男鹿じゃありません!!美破です!全て美破に仕組まれたことだったんです!」

 

急な寧々の登場と、想像もしてなかった事実に葵の思考が一瞬止まる。

 

「寧々、それはいったいどういう」「その通り」

 

状況がイマイチ飲み込めずもう一度寧々に聞こうとした葵にそんな声がかかる。声のした方を見れば、そこには他でもない美破がいた。そしてその瞬間、葵は全てを理解する。自分が完璧に美破の掌の上で踊らされていたことに。

 

全く関係のない男鹿を、一方的に攻撃したことに。

 

「今のあなたなら苦労せずに倒せそうね。全く、自分が勘違いしているとも気づかずに、馬鹿な女ね」

 

美破が未だ動けない葵に迫る。咄嗟に寧々が動こうとするが、身体に走る痛みによりその行動は阻害された。寧々とて軽傷ではない。本来ならまだ安静にすべき様態である。加えて、屋上まで全力で駆けてきた寧々の身体はもはや限界であった。

 

美破が葵目掛けてゆっくりと拳を振り上げる。手には凶悪なメリケンサックが握られており、くらったら今の葵ではひとたまりもないだろう。

 

「葵姐さん!!」

 

「死んでちょーだい」

 

寧々の悲痛の叫びも虚しく、美破の拳がふりおろされる。

 

 

 

「死ぬのはてめーだ」

 

 

 

が、その攻撃が葵に当たることはなかった。

突如側頭部に走った衝撃に抗う暇もなく、美破は地面へと頭をめり込ませた。

葵は美破の頭を未だに掴んでいる手の元を辿り、驚嘆する。

そこには、先ほどまで地面に倒れ伏していたはずの男鹿が、ピンピンした顔で佇んでいた。

 

「お、男鹿!?なん」「ちょっとおおおおお!!なにすんのよ!」

 

「あ?」

 

葵が疑問を口にするより早く、埋まっていた美破が顔面を起こす。

存外元気そうなその姿に男鹿が意外そうな顔をするが、やはりノーダメージとはいかないらしい。歯は何本か折れ、目には涙が浮かんでいる。

 

「何なのよあんた!さっきまで瀕死だったじゃないのよ!!だいたい平気だったとしても普通今出てくる!?空気読みなさいよ!」

 

美破は顔面を起こした勢いそのままに、男鹿に猛抗議を開始する。

 

「あぁ?何喚いてんだ?」

 

「ゴフッ!」

 

が、再び男鹿によって地面に叩きつけられる。

 

「ゴラアアアアアアア!!まだ人が話してる途中でしょうがあ!!てか私の頭から手放しなさいよ!!髪の毛のセットがみだれちゃゴフッ!!」

 

「なんだこいつうるせえな」

 

そしてまた顔面を起こしては猛抗議。

以後これを何度か繰り返し、やっと屋上に静寂が訪れた頃には美破は上半身ごと地面に埋まっていた。

 

「さあ、続けようぜ」

 

やっと邪魔者がいなくなった屋上で、男鹿は再び葵に向かい合い再戦を突きつけた。多少の茶々入れはあったが、男鹿にしてみればこれはベル坊を押し付ける一世一代のチャンス。その程度でやめるわけにはいかない。

 

「私の負けよ…。………いえ、そうじゃないわね。ごめんなさい。」

 

が、どういうわけか相手方はもう終わる気満々のようだ。まだまだ続くだろうと意気込んでいた分少々拍子抜けしたが、それでもこの展開は男鹿の望み通りのものだった。

 

「私、貴方に一方的な暴力を…」

 

しかしそんな男鹿の胸中など知る由もない葵は激しい後悔に襲われていた。自分は今回に関して何の罪もない男鹿を責め立て、挙げ句の果てに無抵抗の男鹿を一方的に痛めつけたのだと。

事実今回の件男鹿は特に何もしていない。側からみれば勘違いした葵が無実の男鹿を一方的に攻撃した構図となる。

 

しかし、

 

「じゃあ、はい。」

 

どうやら勘違いしていたのは向こうも同じらしい。

男鹿が背負っていたベル坊を葵に差し出す。一体何が「はい」なのかわからない。

 

「えっと……。それは、どういう」

 

「???いやだって、お前の攻撃耐えきったらベル坊を引き取ってもらうっていうルールだろ?」

 

葵の質問の意味が逆にわからないといった風な男鹿。当然のことながらそんなルールを決めた覚えはない。しかし何をどう勘違いしたらそうなるのか、男鹿はそういったルールがあると認識していたらしい。

 

「い、いやいや、なんの話よ。というか、自分の子をそんな引き取らせるなんてどういう要件よ」

 

「いや、まず俺の子じゃない」

 

「!?」

 

これには葵だけでなく側にいた寧々も驚嘆した。いつも連れているあの赤子が実は男鹿の子ではないなど、何か複雑な事情があるのではないかと勘ぐってしまうレベルだ。

しかし、次いで男鹿から放たれた言葉に2人はさらに驚嘆することになる。

 

「押し付けられて嫌々育ててるだけだ。」

 

決して嘘ではないその言葉と葵の性格も相まって、葵の中のヒルダの印象は「自分の子供を無理やり押し付けて育てさせる悪女」というものになった。

 

「このドブ男が。貴様には失望したぞ」

 

「あぁ?」

 

そしてタイミング良く、捉え方によっては悪く、その場に現れるヒルダ。言うがいなや男鹿からベル坊を取りあげあやし始める。

そんなヒルダを射殺さん勢いで睨みつける葵。

実はこの2人、初対面ではない。最近、いや、本当につい先程。千秋と寧々が保健室に運ばれ、葵の下に報告がいく寸前まで葵はヒルダと試合っていた。といっても、その実葵の実力を知るためにヒルダが一方的に仕掛けたものだが。結果は着かず仕舞いであったが、それでも真正面から突き合った葵だからこそわかる。

ーー強い……

 

まだ底が見えない。自分より一歩も二歩も先を行く強さ。葵がここでヒルダに勝負を仕掛けたところで、結果は先ほどの二の舞だろう。こちらの行動を手玉に取られ、じきに、敗北する。

 

「あなた、そんなことをしてて恥ずかしくないの?」

 

故に訴える。産んだ責任はないのかと。

 

「ふん。言いたいことがあるなら実力をつけて出直してこい。」

 

しかし、ここは法も倫理も通じぬ石矢魔である。いくら葵の言ってることが常識に伴ったものだとしても、石矢魔においてはヒルダの言ったことこそ真理なのだ。

即ち、強さこそ正義。

 

葵が再び睨みつけるが、ヒルダはどこ吹く風

といった様子でベル坊を男鹿へと返した。

 

「貴様が傷つくのは構わんが、坊っちゃまにかすり傷の1つでもつけたら、、、殺す」

 

そして、それだけ言い残すとヒルダは屋上から飛び降り、次の瞬間には姿を消していた。

 

「なんだあの野郎。言いたいことだけ言って帰りやがった」

 

まるで嵐のように、訪れてその場を荒らし去っていったヒルダ。そのせいで場には再び沈黙が流れる。

 

が、それをいち早く破ったのは葵だった。

葵は男鹿を見据えると、再び頭を下げる。

 

「ごめんなさい男鹿。今回の件、全部私のせい。私の勘違いが招いた結果だわ。」

 

「いや、別にいいけど。こっちもベル坊を押し付ける気満々だったしな。」

 

全く責め立てる様子すらない男鹿に、葵は一瞬ポカンとした顔になる。それは寧々も同じだった。

 

「変わってるのねあなたって。」

 

そしてその言葉とともに薄っすらと笑みをこぼした。

 

 

主犯である美破はボロボロで倒れ伏し、男鹿と葵のわだかまりも消えた。

これにて、男鹿と葵の決闘は幕を閉じた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かに思えた。

 

 

ガン、ガン、ガン

 

一歩一歩、何かが近づいてきている。1歩きごとに、校舎を揺らしているかのような錯覚を覚える。

まるで死のカウントダウンを思わせるそれは、屋上と校舎をつなぐ階段の奥から聞こえてくる。

 

男鹿と葵、そして寧々の全身から嫌な汗が溢れ出る。ゆっくりと下に視線を向けると、そこには決闘により散々な状態になった地面があった。この時点で、3人は察した。察してしまった。

その間も鳴り続ける足音。そして、

 

「おいてめえら。随分と勝手なことしてやがるじゃねえか」

 

その音はとうとう屋上に鳴り響いた。

 

 

 

 

 

瞬間の3人の行動は全くといっていいほどシンクロしていた。グギギギと、錆びついたブリキ人形のように声のした方を見る3人。

そこには、もはや見慣れるほど見た怒り顔の佐々木がいた。

怒気がオーラとなって吹き荒れる光景を幻視する3人。もはや、逃げ道は残されていない。

佐々木がゆっくり、しかししっかりとした足取りで3人のもとへ向かう。その一歩一歩が、葵達には死の宣告のように感じられた。

 

「3秒以内に答えろ。この有様は誰が引き起こしたものだ?」

 

この有様、とはもちろん屋上の破損のこと。

それを聞いて少なからず寧々はホッとする。

屋上の傷は寧々が訪れる以前についたものが大半だ。男鹿が美破を沈めた時にできた傷もあるが、どちらにしろ寧々には関係のないものだった。

が、その安堵もつかの間、すぐに寧々は事の重大さに気づく。

 

ーーこのままでは、葵姐さんがやばい。

 

そう、寧々が関与していない言うだけで、なにも葵も関与していないと言うわけではない。これは、寧々にとってかなり深刻な問題だった。寧々にとって葵は自分かそれ以上に大切な存在。しかし現状を見る限り、その葵もただではすみそうにない。他の誰かなら歯向かってただろう。しかし、相手は"あの"佐々木………。

そう思った寧々の行動は早かった。

3人の中から震える足で一歩前に出る。

そして、佐々木の目を見据え口を開く。

 

「わ、私がや」「寧々」

 

しかし、寧々の言わんとしたことは葵によって妨げられる。ゆっくりと肩を抑えられ、寧々を下がらせるように今度は葵が前に出る。

 

「そんなことしなくていいわ寧々。それに、嘘なんてついてもどうせすぐバレるわ。」

 

そう言った葵は寧々から視線を外し、しっかりとした面持ちで佐々木を見る。

そして

 

「すいませんでした。」

 

頭を下げる。

佐々木からはつい最近注意されたばかりだ。それなのにこの体たらく。葵の謝罪の言葉は真に胸の内から湧き出るものだった。

 

「またてめーらか。何遍言ったら学習すんだ。」

 

「……すいません」

 

葵の態度に佐々木はため息をもらす。

そして、横にいた男鹿にも目を向ける。

 

「おめーも、女が正直に頭下げてんのにいつまでも黙ってんじゃねえ。さっさと名乗り出ろってんだよ。」

 

「ガッ!!」

 

そして男鹿のおでこ目掛けてデコピンを放つ。たかがデコピン。されど"佐々木の放った"デコピンだ。それをもろに受けてしまった男鹿は3メートルほど吹っ飛び、そこからズザーという音を立てながら地面を滑っていった。

その光景を間近でみていた2人の顔色が瞬く間に青くなっていく。考えたくもないが、次は自分の番なのだと。

 

「おら、お前も歯食いしばれ」

 

「っ!!!!」

 

そしてその流れで今度は葵のひたいにもデコピンを放つ。男鹿同様真正面からくらった葵は、しかし体を弾かれたように大きく仰け反らせ2、3歩後退するだけにとどまった。

葵は理解している。頭が割れるほど痛いのには変わらないが、それでもやはり男鹿や他の奴らの時よりは手加減してくれていると。死ぬほど痛いが。

 

「っ!?てめえ佐々木なにして」「先生、だ」

 

「……佐々木先生…。姐さんになにしやがる」

 

若干勢いが削がれたが、それでも寧々は佐々木に噛み付く。

 

「一応言っとくが屋上立ち入り禁止だから」

 

「っ!!〜〜〜〜っっ!」

 

が、佐々木の繰り出したチョップを脳天に受け、その場にしゃがみこむ。これも痛いのには変わりないが、男鹿や葵よりは幾分か軽い一撃だ。

 

「屋上で決闘とかに憧れる気持ちはわかるが、これっきりにしろよ。次はねえぞ」

 

それだけ言うと佐々木は未だ倒れ伏している男鹿と、地面に突き刺さっている美破と碇を回収。最初より多少軽い足取りでこの場を去っていった。

気づけば、空はいつの間にか落ち着き、雲の間からは光が射し込んでいた。それは、本当の意味で事が終了したことを葵達に感じさせた。

 

 

 

 

ちなみに、このあと目覚めた碇と美破が佐々木の重い一撃を受けたとかなんとか。

 




「なんか屋上がどんどんうるさくね?」

ズボォ!!!

『うおおおおおお!!天井から美破が生えてきたあ!!!』

「おいやべえぞ!」

「ああ、これもしかしたら美破死んでんじゃ…」

「いやそうじゃなくて。だってからおもいっきり校舎破損…」

ガン ガン ガン

「…………おい…。今廊下通った佐々木の顔見たか…」

「ああ。ありゃもうだめだな。屋上にいるやつ全員死んだな」

『だな……』





ちなみにヒルダが先に帰ったのは佐々木が来ることをいち早く察知したから。

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