◇5 とある魔術と科学にお気楽転生者が転生《完結》 作:こいし
それから、光の光線にビビって敗北を受け入れた男が、またもチート洗脳によって気絶させられた女と静かに泣きじゃくっている島風を抱えてリタイアしていった。完膚なきまでに庇護対象の島風がペイント液塗れにされたので、失格は失格だ。
そして、珱嗄達は更に先へ進む。そして、勝負は終盤に差し掛かる。続いて現れたのは、第四の障害物―――
『ダンシングペイント』
地面に見える小さな無数の穴から、不規則、ランダムに噴き出すペイント液の噴水の上を走り抜けなければならない。その距離、100m。数秒間のランダム噴水は、容赦なく参加者を追い詰める。障害物としては、おあつらえ向けの難関だろう。
だが、それは一般人にとっては、だ。相手はこの世界最強の存在。人間を外れた男、珱嗄だ。100mなど一瞬で走り抜けられる上に、飛び越えれば最早関係無い。故に、
「あらよっと」
そんな軽快な言葉と共に、珱嗄達はその100mの障害をなんなく飛び越えた。第四の障害、終了。追い掛けてくる参加者達も、残るは後一組のみ。やはり、○☓の壁は運の要素が強かったのか、残る一組を残して他の参加者は全て脱落してしまった。
恋人繋ぎ、初戦競技はクライマックスに達していた。観客の学校代表達は、珱嗄に賭けていた者達や、既に脱落した者に掛けた者達で、テンションが違う。まるで競馬のように会場のボルテージは鰻登りだった。
「お兄さん! 後ろ!」
「避けて!」
「!」
不意に、二人が注意を促してきた。珱嗄は咄嗟にその場から横に跳んで、先程まで自分がいた場所に視線を向けた。そこには大量のペイント液が滝のように降り注いでいた。それも、物凄い勢いだ。少なくとも、自然落下などではありえない勢い。明らかに、故意的な意図が秘められていた。
「水流操作……いや、これは液体操作か」
「その通り」
珱嗄の言葉に、心地良い低音の声の返答が返ってきた。声の聞こえた方向を見ると、そこには長身で細身の男が立っていた。おそらく、珱嗄よりも背が高い。もしかしたら2mはあるかもしれない。そして、その隣に佇むのは恋人であろう、対象的に背の低い小さな女生徒。彼女の隣にいる『幼き覇者』の一人であろう少女と比べても、あまり歳の差は感じられないくらいだ。
「やぁ、やっと追い付いたよ。いやはや、最初からそうだけれど君達の強さには目を向く者があるね……それに、誰にも無い華がある!」
「それはどうも……」
「そちらのレディは常盤台のレベル5……食蜂操祈嬢だろう? それに、そちらの小さいレディも……一部では有名な『幼き覇者』の先駆者にして平莱小学校最強の能力者、長峰美紀嬢ときた。そして、その二人に負けない実力を見せてくれた君……確か名前は泉ヶ仙珱嗄君……だったな?」
男は気障ったらしくも、不快な気分にはさせない妙に似合う笑みを浮かべながら、珱嗄達の情報をつらつらと述べていく。というか、長峰美紀が平莱小学校のトップとか今知った。そして幼き覇者と呼ばれる由来である、ロリコン男に襲撃された少女というのは彼女のことだったのか。
新事実に、驚く珱嗄。だが、男は気にせずに前口上を述べていく。
「だが、それでも僕らは負けない。勝算はある―――今までの戦いを見て、君達に勝つ策を練ったからこそ、こうして此処に来たのだから」
「へぇ、なるほど……面白いじゃないか」
珱嗄に対する策を練った。珱嗄達を倒す策を練った、ならばそれは間違いなく面白いものなのだろう。なにせ、この人外を追い詰めようというのだから。
「君達の能力との相性が良い面子で良かった……故に、泉ヶ仙珱嗄―――僕は君と一対一の勝負を仕掛けよう。食蜂操祈嬢と長峰美紀嬢は……僕の愛しの彼女と、今は僕の護るべき対象である『
「へぇ……一対一でいいのか?」
「いいのさ……僕達にとって一番脅威なのは―――レベル5の食蜂操祈嬢だ。洗脳とは最も強い能力の一つだ。抗う術が無い限り、覆しようのない能力の差が顕著に出る凶悪性を持っている。だから、僕達は食蜂操祈嬢を潰す。レベル5とはいえ、彼女は今までの行動で能力だよりの能力者だということを確信している。自分自身の肉体では戦うことは出来ない。そこが衝くべき弱点だ」
気障な顔して良く見ている。正直、珱嗄はそう思った。
そう、彼らが一番危険視しなければならないのは食蜂操祈だ。珱嗄ではなく、彼女なのだ。何故なら、珱嗄は無敵ではあるがその攻撃手段は『肉体による物理攻撃のみ』なのだから。その点、食蜂操祈はその能力が一歩発動すれば致命的な大打撃となる。故に、本当に危険視すべきなのは、食蜂操祈。
「上等よぉ……やってやろうじゃないの」
「でも、一つ良いですかお兄さん」
「どうした美紀ちゃん」
「汐見栞ちゃん、ですが……私は先程、平莱最強と言われましたが、それは圧倒的に強い訳ではないんです。本当に微々たる力の差で私が上回っているというだけで、他の子だってその気になれば私に勝つ可能性が無い訳じゃないんです」
「つまり……汐見栞ちゃんは美紀ちゃんに追随する実力を持ってるってことか?」
「追随する……というより、私みたいな一対多数の戦術を得意とするのとは反対で、多数を一で作りあげる実力を持ってるんです」
珱嗄は美紀の言葉に、首を傾げる。それはどういうことなのか、と問おうとしても美紀は彼女の能力を教えてはくれないだろう。何故なら、そういうルールだから。
「まぁ、やってみれば分かるか――――ああ、いや……そういうことか」
珱嗄は視線を男達に向けて、ゆらりと笑ってそう言った。先程まで無かった筈の『異常な』強者の雰囲気を、相手三人が三人とも纏っている。これではまるで珱嗄が増えた様ではないか。そう思わせるほどに、彼らの雰囲気は凄まじく強かった。
「………
汐見栞はそう呟いた。
その能力は、『指定範囲内の人間の実力を均等に調整する能力』。具体的に言えばこれは念動力の類の能力であり、彼女自身が設定した身体レベルまで身体能力を引き下げる枷を付けるわけだ。一定以上の速度を出そうとすれば、枷がその速度を抑制し、一定以上の威力を出そうとすれば、枷がその威力を一定まで分散させる。
そして逆に、一定の速度が出せる様に枷は対象の能力を補助し、一定の威力になる様に補助する補助具にもなるのだ。本当に一定、一定になり、一定になって、一定にしかならない、そんな能力。
珱嗄が増えたのではない、これは珱嗄が一定になり、相手が一定になった結果。これならば、確かに珱嗄に勝てる可能性はある。
だが、考えてみよう。現在、彼女―――危険視すべき彼女、食蜂操祈は珱嗄と同じ感覚を持っている。そして、この汐見栞の能力は『感覚にまでは影響しない』。
つまり?
今、その能力で――――全員と同等にまで身体能力が向上した彼女は、その上で珱嗄と同じ感覚を持っている彼女は、今この時をおいて、
―――『もう一人の珱嗄』といえるのではないだろうか?
彼らは、決定的な間違いを犯したのかもしれない。