リリスがアモンに指定された場所へと転送すると、そこは自分たちが拠点としているモノクロの世界と酷似した場所だった。
足元には縦に長い絨毯が敷かれており、壁には冠を被った王の壁画が飾られている。
そして絨毯の先には金属製の椅子があり、そこにはアモンと同じ黒いフードを被った男の姿があった。
「久しぶりだな、リリス。」
男に声をかけられ、リリスはその場に膝をつく。
「はい、アンドラス様。」
男の名はアンドラス。
かつてフェアリーキングダム侵攻部隊の指揮官だった男だ。
この世界が闇へと堕ちた後は、別の世界の侵略を担っていたが、プリキュアたちが再びこの世界に現れたと言う話をアモンから聞き、わざわざこの地まで出向いたそうだ。
「貴様がこの世界を離れてから半年ほど経っているか。
どうだい?久しく訪れたこの世界は?」
そしてリリスはほんの一時だけ、この男の下で戦っていたことがある。
侵略が佳境を迎えた頃に、アンドラス配下の行動隊長であるハルファスとマルファスがキュアブレイズに倒されたのだ。
だが既にフェアリーキングダムの9割ほどが闇に覆われた状況は、行動隊長を失ったところで覆せるものでもなかったので、当時まだ『創られた』ばかりで実戦経験のなかったリリスが、試験運用を兼ねてこの男の下へ送り込まれたのだ。
その後、フェアリーキングダムの制圧が完了し、リリスは本来の主であるアモンの下へ配属されることになる。
だが行動隊長であるリリスが、初陣を飾ったこの地に対して何か思い入れを抱くわけもなく、半年ぶりに訪れたと言われても、そもそも暦を数える習慣など持ち合わせていないので、アンドラスに言われるまで知らなかった。
その程度でしかないこの世界についての感想を求められても、答えなんて持ち合わせているはずがない。
「別に、何とも思いません。」
「ふっ、行動隊長らしいつまらん答えだな。」
だったら最初から聞くな、と心中で毒づく。
そもそもつまらないと言われても、自分たちをこのように『創った』のは他ならぬアンドラスたちだと言うのに。
「ならばなぜ、わざわざこの地に来た?」
「この地にプリキュアたちが来たとの報告をアモン様より受けたからです。
やつらを倒す任をあたしはアモン様より任されております。
行動隊長として、主の命に従いここに来たまでです。」
本当はキュアシャインを奪われたくないからここに来たのだが、それを言っても余計な不信感を与えるだけだろう
建前の方がよっぽど理由として納得できるものなので、リリスは敢えて自分の本心を隠す。
「妙な話だな。
やつらがこの地に来たところで自滅するのが関の山。
その程度のことも判断できない貴様ではないだろう。
なぜプリキュアを追う必要がある?」
「主の命と、言ったはずです。
どうしても知りたくば、アモン様に直接伺ってください。」
リリスはあくまでも白を切る。
行動隊長が『感情』任せの行動を取ったところでこの男に理解できるものではないし、理解されたくもない。
何よりもこの気持ちを、キュアシャイン以外の第三者に打ち明けるつもりなんてないのだ。
「まあいい、だがやつらを始末するのであれば少し様子を見させてもらうぞ。」
「なぜですか?」
「やつらの考えそうなことなど、お見通しと言うだけだ。
この地でやつらを屠るなら、それに相応しい最高の舞台を用意してやろうではないか。」
言葉だけを聞けば勝利を確信した慢心とも取れるが、アンドラスは用意周到な男だ。
やつらを倒すためにより確実な方法を取るつもりなのだろう。
だが、キュアシャインの潜在的な力を知るリリスからすれば、悠長に構えているようにしか見えなかった。
「お言葉ですがアンドラス様、あなたはやつらの力を侮っております。
そのようなお戯れをなされるよりも、今すぐにでもやつらを殲滅しに行った方が、」
「随分と生意気だなリリス。
行動隊長の身でありながら我に意見するつもりか?」
アンドラスの言葉にリリスは息を飲む。
確かに既に彼の配下ではないとはいえ、立場を鑑みればアンドラスに意見するなど、行動隊長にあるまじき行いだ。
それでも、キュアシャインを相手にこれ以上の失態を重ねるわけにもいかないリリスは、アンドラスに食らいつく。
「ですが、キュアシャインの持つ潜在的な力は計り知れないものがあります。
せめてやつだけでも今すぐに・・・」
「なるほど、それが貴様のお目当てか。」
「っ!?」
だが自分の迂闊な発言でアンドラスに真意を悟られてしまう。
「行動隊長が1人の人間に執着するか。
まあ、それも良いだろう。
だがやつらへの攻撃は我の指示を待ってもらうぞ。
案ずるな、そのキュアシャインとやらは貴様にくれてやる。」
「・・・了解しました。」
結局、行動隊長であるリリスに意見する権限はなく、アンドラスの目論見通りに事を運ぶことになった。
リリスは納得していないが、キュアシャインは譲渡してもらえることになったので、ここは堪える。
これ以上、アンドラスの反感を買ってしまっては、この世界から追い返されてしまうかもしれない。
胸に燻るキュアシャインへの憎しみを抑えながら、リリスはアンドラスからの指示を待ち続けるのだった。
…
モノクロの世界。
ダンタリアが広間を訪れると、壁にもたれかかるサブナックの姿があった。
「おや?君はかの地には出向かないのかい?
4人のプリキュアがフェアリーキングダムへ向かった今、かの地を落とす絶好のチャンスでは?」
ダンタリアとサブナックがアンドラスより受けた命は、かの地に絶望の闇を撒き散らすこと
最大の障害となるプリキュアが全員不在となっているのであれば、これを好機と侵攻するのが、本来行動隊長として取るべき行動だ。
「ふん、やつらのいない間を狙って何が面白い。」
だがサブナックはそれよりも武闘派としての拘りを優先した。
分かり切ったことであるが、そんな行動隊長らしかぬ拘りを前にダンタリアは肩をすくめる。
「やれやれ、まっ君ならそうゆうと思ったよ。」
「そうゆう貴様は出向かんのか?」
「生憎、僕は素材の経過観察中でね。行きたくとも今は動けないのさ。」
白々しい、と言わんばかりにサブナックは鼻を鳴らす。
サブナックと同じく、ダンタリアもかの地に降りるつもりは無かった。
素材の準備が万端でないのは確かだが、今は任務よりも気がかりとなることがあるからだ。
「リリスは、なぜわざわざフェアリーキングダムへ出向いたのだろうな?」
するとサブナックが、まさにダンタリアが気がかりとなっていることを口にする。
「お姫様のことが気になるかい?」
行動隊長が他人のことを気にかけるものか。と言外に含ませてサブナックに言い放つ。
「これ以上、やつが乱れるようなことがあれば、作戦の遂行に支障がでるだろ。」
サブナックは眉一つ動かさず、動じた様子もなく答えるも、その言葉が建前であることは直感的に理解できた。
一見すると行動隊長らしい何の感情もない返答のように見えるが、自覚があるのかないのか、本音を隠して建て前を述べること自体が、既にらしからぬ行動だと言うのに。
「確かに、君の言う通りだね。」
だが建前と知りながらも、ダンタリアはその意見に同意する。
するとサブナックが、建前であることくらいは気が付いているだろ?と言わんばかりの訝しげな表情を浮かべた。
それでもダンタリアはそれを敢えて本音として受け止める。
そうでなければ、それが建前だと『理解できてしまった』自分に疑問を抱いてしまうからだ。
「まあいずれにしても、あの世界へ行った以上、プリキュアが戻ってくるようなことはないだろう。
これで晴れて、僕たちの悩みの種は綺麗に消えると言うわけさ。」
ダンタリアはおどけたような口調で話を無理やり断ち切る。
絶望の闇に満ちた世界ではソルダークは無尽蔵に力を供給することができる。
そしてそれは行動隊長とて例外ではない。
万に一つも、やつらが無事にあの世界から無事に帰還できることなんてあり得ない。
まして世界を闇から救い出すなど、夢物語にもならないのだ。
「悩みの種、か。」
だがダンタリアが『無意識』に口にした言葉をサブナックが拾い上げる。
「言葉の綾と言うものだよ。」
ダンタリアは抑揚のない声で、静かにそう答えるのだった。
…
キュアブレイズたちはソルダークに見つからないよう隠れ、見つかれば力の消耗を極力抑えてあしらい、また目につかぬ場所へと逃げて気配を隠す、を繰り返していた。
「こうも連戦が続くと、さすがにしんどいな・・・。」
両膝を抱えながらキュアスパークが弱音を口にする。
最低限の力のみで戦ってはいるものの、相手にしてきたソルダークの数が多すぎる。
明確な時間はわからないが、体感ではもう半日ほど戦っては逃亡を繰り返している気がする。
最もスタミナのあるキュアスパークにすら疲労が表れているのだから、キュアプリズムとキュアシャインには一層の疲れが見て取れた。
かく言うキュアブレイズも疲れた仕草を表面には出さないものの、このままのペースでソルダークと戦い続ける自信はなかった。
「まだそう遠くないところに闇の波動を感じるわ。
この先の森の奥まで進んで、そこでしばらく休憩しましょう。」
アップルの言葉に一同は頷きながら、森の中へと入っていった。
森の中を歩いている最中、キュアシャインは周囲の景色を見渡し、時折空を見上げていた。
「キュアシャイン。
さっきから辺りを見回してばかりいるけど、なにか気づいたことでもあるの?」
隣で手を繋ぎ歩いていたキュアプリズムが怪訝そうに声をかける。
「え?えと・・・そうゆうわけじゃないけど。
・・・ほんとうにまっくらで、なにもみえないなって・・・。」
こちらの方を向き、やや遠慮がちに呟くキュアシャイン。
だが彼女たちのいる世界だって、闇の牢獄が展開され絶望の闇に包まれた空間は、この世界と同じく空は黒に染まり辺りは色を失っていた。
今更になってなぜそんなことを思うのか、そしてなぜそんなことを申し訳なさそうに自分に言うのかと、キュアブレイズは彼女に静かな怒りを抱く。
「せめて、おひさまのひかりがあればな・・・。」
そしてキュアシャインが続いて放った一言がキュアブレイズをさらに刺激する。
「どうゆうこと?」
彼女に抱いた静かな怒りを抑えることさえできないまま、キュアブレイズは低く抑えた声でキュアシャインに問いかける。
こちらに恐れをなしたのか、キュアシャインが一瞬、小動物のようにピクっと両目を瞑って震えた。
そんな彼女の弱々しい仕草がますますキュアブレイズの神経を逆なでる。
これから先、この世界でも彼女たちの世界でも、希望を強く持たなければ瞬く間に絶望の闇に飲まれてしまうと言うのに、なぜ彼女はここまで弱いのだ?
「えっとね・・・病は、気からって、ことばがあるでしょ?」
するとキュアシャインが恐る恐る、自分の質問に答え始めた。
「こんなにもくらくて、なにもみえないところだと、ただいるだけでも、めいっちゃう気がするの。
だからせめて、おひさまのひかりでもあれば・・・ほんのすこしだけでも、あかるい場所があれば、このせかいのひとたちだって、きっとげんきに・・・。」
「もういいわ、そんな世迷言聞きたくない。」
だが彼女の答えは余りにも稚拙だった。
キュアブレイズは冷たい声でその答えを遮る。
キュアシャインは目線を落として落ち込み、代わりにキュアプリズムがこちらを睨み付けて来たが知ったことではない。
絶望の闇を生み出すほどの深い悩みを内に抱えている人たちが、ただ外を出歩き陽の光を浴びるだけで抱えている闇を晴らせるのであれば、この世界がこんな惨状に陥ることなんてないはずだ。
その程度のことで気力を取り戻せるほど人の心は単純でないし、そもそも闇の牢獄に囚われている人たちは五感を全て失っている。
仮にこの場に陽光が差し込んだとしても、それを認識できるわけがない。
それくらいのこと、少し考えればわかるはずなのに彼女は思慮が浅すぎる。
(・・・この子の世迷言なんて聞いている場合じゃない。
私はこの世界を必ず救いだすのよ・・・。)
だがそうは思いながらも、彼女の言葉がキュアブレイズの頭に引っかかる。
それはまるで、彼女の答えは本当に『間違っているのか?』と問い詰めるようだった。
だがキュアブレイズはそんな迷いを振り払い、妖精たちの方へ目を向ける。
妖精たちは疲れこそ見せなかったものの、その表情には陰りが見え隠れする。
ソルダークから逃亡する過程で、半年ぶりに訪れた故郷の惨状を目の当たりにしてきたのだ。
途中で訪れた村では、城下街と同じく人も妖精も一切の言葉を発さず、生気を失ったかのように村を徘徊していた。
湖は水面に波紋1つ広がらず、中を泳ぐ淡水魚の姿すら見えない。
そして今訪れている森も、虫の鳴き声も、そよぐ風が葉を揺らすさざめきも何ひとつ聞こえない。
時を止めると言う絶望の闇の特性により、全ての光景がまるでネガの写真の中であるかのように、モノクロで停止していた。
そんな光景に喪失感を抱いたのは、キュアブレイズも同様だ。
半年ぶりに訪れた故郷のはずなのに、何の感傷も抱くことができなかった。
この世界は、自分のいた世界ではない。
元のフェアリーキングダムは半年前に失われ、ここはそれを模倣しただけの世界ではないかとさえ思えてしまう。
そんな故郷を否定してしまいかねない自分に腹が立つが、自分の知る故郷の姿は、本当にどこにも存在しなかったのだ。
もしも失われた故郷を取り戻す術さえなければ。
そんな考えさえ表れ始めるが、キュアブレイズはそれらの感情は全て絶望へと引きずり込む撒き餌となってしまうことを知っていた。
弱い感情に駆られることなく、心を強く持つように自分に言い聞かせる。
それ故にいつまでも弱い姿をさらし続けるキュアシャインが許せなかった。
そしてそれだけでなく、自分から全てを奪ったダークネスへの怒りと復讐心が少しずつ湧き上がって来た。
しばらくの間森の中へと進むと、近隣周辺にソルダークの気配がしないところまで辿りついた。
「ここまで来れば、ひとまず安心かしら?
みんなの体力が回復するまで、ここで一休みしましょう。」
アップルの言葉を聞き、4人はそれぞれ近場の木にもたれて腰を下ろす。
「この分だと、城下街まで向かうのも簡単じゃなさそうだね。
城下ってなれば人や妖精の数も多くなるだろうし。」
「ええ、城下街にいるソルダークの数は、この一帯に蠢いているものの比じゃないわ。
それでも一先ず、フェアリーキングダム城にある古い書庫まで向かいましょう。
プリキュア伝説もその書庫にある本に書かれていたのだから、もしかしたら闇に覆われた世界を救う手がかりも見つかるかもしれないわ。」
キュアスパークとアップルが今後の動向について話し合う。
だがキュアブレイズは、城の書庫に世界を救う手がかりがある可能性は低いとみていた。
そもそもプリキュア伝説自体、非常に曖昧で抽象的なもので、黒き闇たるダークネスの全容も、光の戦士たるプリキュアの力についても何ひとつ具体的なことは書かれていなかった。
あの伝説に書かれていたことと言えば、4人のプリキュアが揃えば奇跡が起こる程度のもので、その奇跡自体も何であるかはわからない。
そしてアップルの言葉の端端にも自信の無さが窺い知れる。
結局のところ彼女も、藁にも縋る思いでしかないのだ。
「あっあの、」
するとキュアシャインがいつものように遠慮がちな弱々しい声でアップルに話しかけて来た。
「なに?キュアシャイン。」
「あの・・・城下街って、このせかいでいちばんひとがおおくあつまるばしょ、ですか?」
「え?ええ、この世界では一番人口の多い街よ。でもどうして?」
城下街の人口比率を今この場で聞いたところで何が分かると言うのだろう。
キュアシャインの質問はアップルだけでなく、この場にいる全員を困惑させる。
「・・・だったら、書庫をめざして本をさがすよりも、城下街にいるひとたちを、たすけにいきませんか?」
「えっ?」
続けざま放たれた言葉の意味を理解できず、キュアブレイズは疑問符を打つ。
「助けるって、絶望の闇から救い出すってこと?」
だがキュアプリズムは、キュアシャインの言葉の意を捉えたようだ。
「うん、だって、このせかいのみんなが、ぜつぼうのやみをうみだしているから、せかいはやみに覆われてるんだよね?
それなら、だれかをたすければ、そのひとの分だけ、このせかいを覆うやみは、すくなくなるんじゃないかな?」
それが嬉しかったのか、キュアシャインは少し得意げに話し出す。
「つまり、人口が最も集中している城下街の人たちを全て救い出されば、この世界を覆う絶望の闇も大きく削ぐことができるって言いたいのか?」
「うっ、うん!」
そしてベリィが彼女の真意を拾い、キュアシャインはそれに笑顔で応じた。
「それで、どうやって城下街にいる人たちを一時に助けるつもりなの?
妖精も合わせれば、城下街の総人口はかなりの数に及ぶのよ?」
だがキュアブレイズは先ほどにも増して彼女に怒りを燻らせる。
ずっと甘い世迷言を口にしてきたかと思えば、今度は飛んだ理想論を振りかざしてきた。
確かに彼女の言うことが実現できれば、闇の牢獄の強度もかなり落とすことができるだろう。
そうなれば、世界を覆う闇の勢力も弱まり人々を絶望の中から救い出しやすくなる。
それは実質、この世界を救うことができたと言ってもいい。
だがそんなものはとても現実的な方法とは思えない。
「えっと、いちどにみんなたすけなくても、だいじょうぶだとおもうんだ。」
「どうしてよ、まさか1人1人ずつ助けるとでも言いたいの?」
城下街の人口は、彼女たちのいた街の人口の比ではない。
1人ずつ救い出し始めるなんて、どれだけの時間を費やすつもりだ。
「うん。」
「え・・・?」
だが余りに迷いのない返事にキュアブレイズは声を詰まらせる。
この場にいる全員も、今度ばかりはキュアシャインの言葉の意を捉えることができず、困惑した表情を浮かべて彼女の顔を伺う。
「だって、このせかいは、ようせいさんと、にんげんが手を合わせて生きてるせかいなんだよね?」
「あなた、急に何を言い出すの?」
「だったらきっと、たすけたひとは、ほかのこまってるひとをたすけてくれるとおもうの。」
「っ!?」
そして続くキュアシャインの言葉に、キュアブレイズは今度こそ言葉を失った。
「ひとりのひとをたすければ、そのひとがまた、ほかのひとをたすけてくれる。
そしたら、こんどはふたりのひとが、ふたりのひとをたすけて、つぎはふたりが4にんを、4にんが8にんを、そうなってくれればきっと、城下街にいるひとたちみんなを、たすけることが・・・」
「ふざけたこと言わないで!!」
これ以上の世迷言は聞きたくない。
キュアブレイズはとうとう抑え続けてきた怒りを爆発させた。
「あなたのキレイごとはもうたくさんよ!
城下街の人たちを救う?
本当にそんなことが本当に上手くいくと思っているの!!?」
自分の言うことを全てキレイごとと切り捨てられたキュアシャインは、怯えた様子で表情を強張らせるが、キュアブレイズの怒りに油を注ぐことになる。
この世界の現状を知りながら、彼女は理想論を振りかざすのを止めない。
立派な言葉だけを並べたところで、それは希望的な観測でしかないことを分かっていない。
何より、この世界の人たちについて、知った風な口を聞いてきたのだ。
自分の語る理想論に、この世界の人たちを押し付けて当てはめたのだ。
そんなこと、許せるはずがない。
だが同時に、キュアブレイズの心の迷いも徐々に大きくなっていった。
なぜこうまでキュアシャインに怒る?なぜこうまで彼女の言葉を否定する?
彼女が言うことは全て・・・。
そこでキュアブレイズは思考を中断し、迷いを振り切るように声を荒げる。
「この世界のこと何も知らないくせに!簡単に言ってくれて!
今日ここに来たばかりのあなたなんかに!
この世界の何が分かるっていうのよ!!」
だがその一言を飛ばした途端、キュアシャインが少しずつ眉を尖らせてきた。
キュアスパークとキュアプリズム、そしてアップルがキュアブレイズを止めに入ろうとしたその時、
「じゃあ・・・それじゃあ、
キュアブレイズはなにをしに、このせかいにもどってきたのよ!!?」
キュアシャインがこれまで見せたことないほどの大声で、キュアブレイズに怒鳴り返して来たのだった。
…
荒げた声でキュアブレイズを糾弾した蛍は、その後も眉を顰めて彼女を睨み付ける。
初めてみせる剣幕に周囲は困惑して押し黙り、キュアブレイズさえも驚愕の表情を浮かべて黙り込んだ。
そんな中でも、キュアシャインは怒りの声を抑えずに叫び続ける。
「さっきから、できないできないってばかり言って!
あなたはこのせかいを救いたいんじゃないの!?
このせかいのひとたちを、たすけたいんじゃないの!?」
だが続く蛍の言葉、硬直していたキュアブレイズの表情が見る見る内に怒りに変わっていった。
「救いたいに・・・救いたいに決まってるじゃない!
私はずっとこの世界を救うことができるのを望んでいたのよ!!?
あなた達が協力してくれるって聞いて、本当は嬉しかったのに!!
なのにあなたが!下らない絵空事ばかりあげてくるからよ!!」
蛍はキュアブレイズの怒りを真正面から受け止める。
激しい怒りと共にぶつけてくるその言葉は紛れもなく彼女の本心だ。
彼女がこの世界をどれだけ大切に思っているかも、妖精たちから多くを聞いてきた。
そしてようやく垣間見えた、彼女がこちらに対して抱いていた感情を知り、蛍は少しだけ罪悪感を抱くが、自分だってこの世界を救いたいと思う一心でその術を考えて来たのだ。
それらに対して一切の肯定的な意見を述べないどころか、取り付く島もないと言わんばかりに切り捨てていく。
その姿勢は、この世界を救いたいと言う言葉とは裏腹にあまりにも消極的としか思えなかった。
「じゃあキュアブレイズはどうしたいっていうのよ!?」
キュアブレイズの怒気に気圧されないように声をあげて問いかける。
そんなはずはない思いながらも、蛍はまさかキュアブレイズは本心ではこの世界を救うことができないと諦めているのではないのかと言う疑問さえ抱き始めた。
「・・・この世界を巣食うダークネスを全て叩く。方法はこれしかないわ。」
だが先ほどとは一転して冷静に告げるキュアブレイズだが、その方法は、自分の言葉を甘い理想論と切り捨てることができないくらいに余りにも短絡的なものだった。
同時に蛍は彼女の言葉にこれまで感じたことのない違和感を抱いた。
「そうよ、回りくどいことなんてしないで、最初からそうすれば良かったんだわ。
この世界のダークネスを一人残らず叩く。全員倒すのよ!
そうすればきっと、闇の牢獄が解放されてこの世界を覆う絶望の闇は全て消えてくれるはずよ。」
そして力強く発された彼女の『全員倒す』と言う言葉に、蛍は違和感の正体を悟る。
それは恐らく、ダークネスに対する怒りだ。
彼女から故郷を奪ったダークネスへの怒りが、この世界に帰還したことで表に出て来たのだろう。
「ちがう!そんな方法じゃ、このせかいのひとたちはすくえないよ!!
ソルダークをたおしたって、このせかいのひとたちはきっと、ぜつぼうのやみから解放されないよ!」
蛍はすぐに彼女の言葉を否定する。
ソルダークを倒して闇の牢獄から解放しても、人の悩みや不安がなくなるわけではない。
これまでのダークネスとの戦いは、絶望の闇に飲まれて間もない内に、ソルダークを浄化し闇の牢獄から解放してきたが、この世界の人たちは半年にも及ぶ長い間、闇の牢獄に囚われ続けている。
それはつまり、自分の声で、心の内に閉じ込め続けて来た言葉をずっと聞かされ続けているのだ。
蛍自身もほんの僅かな時間、闇の牢獄に囚われたことがあったが、それだけでも心が壊れる思いだった。
そんな人たちの心が、ただソルダークを倒すだけで救えるとは思えない。
「それくらいのこと!キュアブレイズにだってわかってるはずだよ!!」
たったの一日、この世界に来ただけの蛍でさえそれがわかったのだ。
ずっとこの世界を守るために戦い続けて来たキュアブレイズにそれがわからないはずがない。
ダークネスへの憎しみから、彼女は本当にすべきことを見失っているとしか思えなかった。
先ほど彼女が述べた言葉も、あたかもこの世界を救うための方法であるかのように語っていたが、蛍にはそれが、ダークネスへの復讐を正当化させるための大儀のように聞こえたのだ。
復讐を果たした時、全てが戻ってくるという彼女個人の、それこそ希望的観測の何物でもない願望を内に秘めて。
だけどそれは間違いだ。
ダークネスを倒したところで取り戻せるものなんて何もない。
蛍はキュアブレイズに自分を見失って欲しくない一心で叫び続ける。
「じゃあ・・・じゃああなたはどうすればいいって言うのよ!
街の人たちを助けるってどうやって助けると言うの!?
助けるための具体的な手段も言ってこないくせに偉そうなこと言わないでよ!!」
だが続くキュアブレイズの言葉に、今度は蛍が押し黙ってしまった。
彼女の言う通り、街の人たちを助けたいと言う思いばかりが先行し、どうやって助けるかと言う具体的なことまでは考えられていなかった。
この世界に来る前と同じミスを再びしてしまったことを蛍は悔やむが、だからと言って、このままキュアブレイズを許容するわけにはいかない。
「それでもあなたの方法はまちがってるよ!!
あなたはダークネスのことが憎いだけでしょう!!
ダークネスをたおしたいだけでしょう!!」
蛍はついに、キュアブレイズに対して核心を突く言葉をぶつけてしまった。
「っ!?違う・・・違うわ!私は!・・・私は・・・。」
だがその言葉を聞いたキュアブレイズは語気を徐々に弱めていく。
「私は・・・この世界を救いたいだけ・・・。」
声も擦れていき、拳が悲しく震えている。
彼女の様子に、蛍も吊り上がった眉を下げ心配そうな表情を浮かべていった。
「そこまでよ。2人とも、ソルダークの気配が遠いからって声が大きすぎるわ。
やつらにも音もちゃんと聞こえているのだから、これ以上声を荒げたらやつらに気づかれるわよ。」
今置かれている状況を踏まえた上で、アップルが止めに入って来た。
少しずつ冷静さを取り戻した蛍がキュアブレイズの方を向くと、彼女は悔し気に唇を噛みしめ、瞳を潤ませていた。
「キュア・・・ブレイズ?」
恐る恐る名前を呼ぶと、彼女は背を向け、森の奥へと1人歩き始める。
「あっ・・・。」
だが暗い森の中を1人で彷徨うとするキュアブレイズに伸ばした手を、キュアスパークが止めに割り込んだ。
「キュアスパーク?」
「キュアブレイズのことは、ウチに任せとき。
キュアプリズム、キュアシャインをお願い。」
「ええ、そっちもお願いね。
私じゃきっと、気の利いたことは言えないと思うから・・・。」
キュアプリズムと短いやり取りを終えた後、キュアスパークとベリィはキュアブレイズを追って森の奥へと入っていく。
そしてキュアブレイズとの口論の中で彼女にぶつけた言葉の数々を思い出した蛍は、途端に深い自責の念に駆られるのだった。
…
要はベリィと共にキュアブレイズの後を追う。
と言っても、彼女との距離はほとんど離れておらず、足音や気配を消すつもりもない。
要はただ、キュアブレイズと話したいことがあるだけだ。
コソコソと隠れて彼女の動向を探るつもりは無い。
キュアブレイズも当然こちらに気づいているはずだが、何も言わず細々と森の中を進んでいく。
ここまで来たらどちらが先に根を上げるかの根競べだが、彼女には悪いが今の要は根を上げるつもりなんて毛頭なかった。
「どこまでついてくるつもり?」
すると思いの外早くキュアブレイズが足を止め、こちらへと振り向いた。
「どこまでも、あんたと落ち着いて話ができる場所まで。」
その言葉を聞いたキュアブレイズは、わざとらしくため息を吐きながら近くにある木に背をもたれた。
どうやら話を聞いてくれるようなので、要も彼女に倣って近くの木にもたれる。
「それで、あなたも私に言いたいことがあるの?」
まだ何も言っていないと言うのに妙に攻撃的な口調で問いかけてくる。
こちらをキュアシャインの味方だと決め込んでいるような物言いの彼女に対して、一瞬どのように話を切り出そうかと思ったが、いつも通りこちらの思った通りのことを伝えるだけにした。
「別に、ただウチはあんたの言う通りだと思ってるよ。」
「なんですって?」
信じられないと言わんばかりの表情を浮かべるキュアブレイズに、要は言葉を重ねる。
「あの子の言うことは理想論過ぎて何1つ現実味を帯びていない。
それにこの世界にいるダークネスが、みすみすウチらのことを見逃してくれるとは思えない。
この世界を救おうとする限り、遅かれ早かれダークネスとの戦いは避けられない。
そうやろ?」
キュアブレイズの言葉に同意するも、彼女は表情を曇らせた。
要にはその理由が何となく分かった。
きっと彼女は、そこまで考えていなかったのだ。
ただ、憎いダークネスを倒して故郷の仇を討ちたかっただけ。
それでも要は、彼女の心を否定しない。
故郷を奪ったダークネスを憎むのは当然だし、どのみちやつらとの戦いは避けて通れないのなら、事のついでに恨みを晴らしたところで状況が悪くなるわけでもないのだ。
だが彼女の思いを否定するつもりは無いが、要はキュアシャインの思いだって否定するつもりもなかった。
ここまでついてきたのは、それを彼女に伝えるためだ。
「でも、キュアシャインの言うことだって、間違ってなんかいない。」
「え?」
続く自分の言葉にキュアブレイズは驚き顔を上げる。
「あなた・・・どっちの味方なのよ?」
「どっちもだよ。あんたの言うことは間違ってないけど、キュアシャインの言うことだって間違ってなんかいない。
ウチはあんたの味方だし、キュアシャインの味方だよ。」
キュアブレイズの味方だからと言って、キュアシャインの敵と言うわけではない。
大体同じプリキュア同士で、同じ目的を持ってこの世界に来たのだから敵のはずがないのだ。
キュアシャインとキュアブレイズだってそうだ。
考え方の違いからすれ違ってしまったが、敵ではない、仲間なのだ。
それに要は思う。彼女だって本当は、自分と同じ思いではないかと。
「この世界を救おうとする限り、ダークネスとの戦いは避けられない。
でもキュアシャインの言う通り、ダークネスを倒しただけじゃ、きっとダメなんだ。
ダークネスを倒しても、あんたの知る世界が戻ってくるわけじゃない。
この世界を取り戻すには、キュアシャインの言うように、人々を絶望から助ける必要がある。
違う?」
要の言葉にキュアブレイズは再び俯き黙り込む。
そんなキュアブレイズを前に、自分の肩に乗るベリィが静かに言葉を繋げた。
「キュアブレイズ。
君の思いだけでも、キュアシャインの思いだけでも、きっと足りないんだ。
でも君たち2人が協力すれば、互いに足りていないところ埋めることが出来るんじゃないのか?」
「私が・・・あの子と・・・?でも・・・。」
悲しそうに目を伏せるキュアブレイズに、要は言葉を重ねる。
「あんたの言う通り、あの子は具体的なことは考えてなかった。
でもさ、そもそもこの世界を救うのに具体的な方法何てあるのかな?」
「え・・・?」
「絶望の闇に飲まれた人たちは五感を失う。
普通に助けようとしても、声の1つも届かない。
でもウチらの力は、希望の光は理屈で測れる力じゃないやろ?
だったらウチらは、自分たちの思いのままに、希望を抱いて行動するしかないんやないかな?」
「思いのまま・・・。私の思い・・・私の希望・・・。」
『希望』と言う言葉は大それたイメージを与えるが、普段過ごしている何気のない、平凡な生活の中に幸せがあって、それが希望になるのだ。
要もそうだ。
今まで世界を救いたい何て大きな願いで戦ってきたつもりはない。
小さい頃から生まれ育った夢ノ宮市を守りたい。
ただそれだけの思いを胸にこれまで戦ってきた。
それが自分にとっての希望の光なのだ。
だからこの世界の人たちにとっての幸せ、希望の光を見つけることができれば、きっとこの世界を救うことができると要は思うのだ。
そしてそれを見つけることができるのは、きっとキュアブレイズだけだ。
「だからキュアブレイズ、お願い。
この世界の人々から希望を取り戻すために、あの子に力を貸してあげて。」
要の言葉を受けたキュアブレイズは、複雑な表情を浮かべて逡巡するのだった。
…
雛子はキュアシャインと手を繋ぎながら、もう片方の手で落ち込む彼女の頭を撫でていた。
「ほら、キュアシャイン、元気を出して。」
俯き黙り込むキュアシャインからは時折すすり泣く音が聞こえる。
先ほどまで今まで見せたことのない剣幕でキュアブレイズと口論していたと思えば、すっかり落ち込んでしまったようだ。
「・・・わたし、キュアブレイズの気持ちもかんがえないで、ひどいこと言っちゃって・・・。」
「そんなに気にしなくても、あなたの言葉は、自分を見失いかけていたあの子にとってはいい薬になったわ。
むしろお礼が言いたいくらいよ。」
アップルはそう言い、落ち込むキュアシャインを励ます。
キュアシャインは自分の心無い言葉が彼女を傷つけてしまったのだと思っており、それはその通りかもしれないが、アップルの言うようにキュアブレイズがダークネスを恨むあまり目的を見失っていたのも事実だ。
それに雛子も、キュアシャインの言うことが間違いとは思っていない。
ただキュアシャイン、蛍と言う少女は、理屈ではなく感性で物事の真意を見抜いてしまう子だ。
論理的な考えを持って過程を経て答えに辿りつくのではなく、直感的に答えが分かってしまう。
それ故に言葉には具体性がないが、彼女の言葉は物事の本質を突くあまり、どんなに抽象的なものであっても不思議と確信することができる説得力があるのだ。
それが明確な手段を見つけられず焦っていたキュアブレイズの反感を買ってしまったのだろう。
もしかしたらキュアブレイズは、キュアシャインの言葉を信じたくても理屈で納得することができないことに苛立ちを覚えてしまったのかもしれない。
だけどそれは仕方のないことだと思う。
それほどまでキュアブレイズは、この世界のことを大切に思っていたのだろうから。
「本当に、昔から変わっていない。
真っ直ぐで直情的で、そのせいで周りが見えなくなる。
でもそれだけにあの子の思いはとても強い。」
アップルの語る、キュアブレイズの思いの強さ。
彼女の力の源である、この世界を守りたいと言う思いの強さは、半年もの間1人でダークネスと戦い、行動隊長を2人も撃破したことが何よりの証だ。
彼女のこの世界を救いたいと言う思いは確かめるまでもなく本物だ。
だけどそれはキュアシャインだって同じなのだ。
キュアブレイズとキュアシャインの思いは同じの元にここにいる。
それなのに、立場と性質の違いからズレが生じてしまっただけなのだ。
だから雛子は思うのだ。
この2人が心から協力することができれば、この世界を救うと言う奇跡を体現できるのではないかと。
…
キュアブレイズはベリィとキュアスパークと一緒にみんなの元まで戻っていった。
「あっ、キュアブレイズ。」
こちらに気づいたレモンが笑顔を見せて声をかける。
そしてこちらの姿を確認したキュアシャインは飛び跳ねるように顔を上げた。
恐る恐るこちらの顔色を窺い、やがて両手を胸に当てるとこちらへ駆け寄って来た。
隣にはキュアプリズムが彼女の肩に手を添えている。
「あの・・・キュアブレイズ・・・。
・・・さっきは・・・ごめんなさい・・・。
あなたの気持ちもかんがえないで・・・わたし・・・。」
たっぷり間を置いてから、ぼそぼそとだがしっかりこちらの目を見てキュアシャインは謝罪する。
先ほどまでの噛みつくような威勢は微塵もなく、いつも通りの弱々しい姿になっていた。
(どうして・・・この子が?)
ずっと疑問に思っていた。
いつも気弱で、怯えてばかりで、希望の光も扱えず、今だってキュアプリズムの協力がなければ自分の力をコントロールすることさえできない。
およそ伝説の戦士、プリキュアとして戦うには彼女の性格は余りに似つかわしくない。
それなのに、戦う覚悟を決めたらどんな危険な戦いにも身を投じ、率先して囮となって敵を引きつけていく。
そして強大な威力を誇る浄化技。
誰よりも弱いはずの彼女が、誰よりも強い希望の光を内に秘めているのだ。
(どうして・・・あなたの力はそこまで強いのよ・・・?)
そしてキュアブレイズは、この世界の人たちについて核心を突いたキュアシャインの言葉を思い出す。
(どうして・・・あなたにわかるのよ・・・?)
彼女は今日初めて、この世界に来たはずだ。
街に住む人にも妖精にもあったことがないはずだ。
それなのに、この世界では人と妖精が手を取り合って生きているからと、ただそれだけで、何の迷いもなくみんなが助け合うのだと言い切った。
理屈で考えてのこととは思えない。
彼女はその無垢な感性だけで、この世界の人々の本質も、この世界を救うために必要なことも全て感じ取ったのだ。
だがそれは、キュアブレイズにとってとても妬ましいものだった。
この世界を救うことができず、今尚世界を救うために何をすべきかを見つけ出すことすらできない自分を酷く惨めな気分にさせるものだった。
だからあの時、彼女の言葉を甘い理想論と否定してしまった。
それは引いては、自分はこの世界の人たちを信じていなかったとも取られかねないのに。
だけどもう、そんなことで自分の気持ちを誤魔化すのは止めよう。
「キュア・・・ブレイズ?」
何も言わないこちらの顔を恐る恐る見つめるキュアシャイン。
今にも泣き出しそうな、こんなにも弱々しい子なのに、誰よりも早く世界の本質へと辿りついた。
「こちらこそごめんなさい、冷たく当たってしまって。」
それならば、そんな彼女の感性に賭けてみよう。
この世界を救う。その願いをかなえるために。
それにきっと、彼女の思いも自分と同じなのだから。
「キュアシャイン、あなたの言う通り、城下街にいる人たちを助けに行きましょう。」
「え・・・?」
自分の言葉が信じられないと言わんばかりに、唖然とするキュアシャイン。
当然だろう、先ほどの言葉とは正反対なのだから。
だがつまらないプライドや妬みで彼女を責めるのはもう止めだ。
彼女が本質に近づいているのなら、彼女の言葉を信じてみたい。
「でもきっと、ダークネスは妨害に来るわ。
戦うことが目的でなくとも、戦いは避けられないと見ていいと思うの。」
「うん、わかった。
このせかいのダークネスともたたかって、それから、城下街のひとたちをたすけよう!」
キュアスパークの言葉をそのまま借りているだけなのに、さも自分の言葉のように述べるのは我ながら滑稽だが、キュアシャインはどこか嬉しそうに承諾してくれた。
「それじゃあ、まずどうやってこの世界の人たちを助けるのかを考えましょう。」
するとキュアプリズムが話に入って来た。
「闇の牢獄に囚われた人を助ける。
言うは簡単だけど、一筋縄じゃいかないわよ。
この世界から脱出する前に、闇の牢獄に囚われた人に話しかけたことがあるの。
でも、うわ言のように絶望の言葉を繰り返すだけで、何も話を聞いてくれなかったわ。」
アップルが闇の牢獄の特性を踏まえた上で簡単ではないと説く。
当時の時点でそれなのだ。
半年もの間絶望の声を聞かされ続けた今の人たちが、簡単に声を届けられるとは思わないし、届ける方法何てないのかもしれない。
それでも何とかして彼らに声を届けなければならない。
話して悩みを聞く以外に、彼らを絶望から救う手段はないのだから。
「せめて何か、絶望の闇の影響を弱めるようなきっかけがあればなあ・・・。」
キュアスパークが首を傾げながら考える。
「絶望の闇を弱める・・・例えばこの世界の人たちにとって、なにか希望を象徴するようなものってないかしら?」
するとキュアプリズムがそんな提案をあげてきた。
「きぼうのしょうちょう?」
「うん、厳密には少し違うけど、私たちの世界でいうところの自由の女神象みたいに、自由や希望、幸せのシンボルにみたいなものがあれば、希望を思い出すきっかけになれないかしらって。」
その言葉に思い当たるものが1つだけ思い浮かんだ。
「希望の鐘。」
「希望の鐘?」
キュアブレイズが発した単語にキュアプリズムが首を傾げ、チェリーが説明してくれた。
「城下街の中央に立つ大きな鐘よ。
年に一度、この国の生誕祭の日にだけ、王族の方がその鐘を鳴らすのよ。
その鐘の音は、聞く人々に希望をもたらし幸せを届けるとされているわ。」
「希望をもたらす鐘を音か・・・。」
「それ、賭けてみる価値あるんやないの?」
キュアプリズムとキュアスパークがその案に賛同する。
「希望の鐘を鳴らして、みんなに希望を思い出してもらってから、1人ずつ話を聞く・・・か。」
何とも抽象的な作戦だ。事実上のノープランだ。
鐘を鳴らしたところで人々が希望を思い出す保証なんてないし、まして五感を失っている人たちには鐘の音すら聞こえるのかも怪しい。
それでも、
「キュアブレイズ、思いをこめて鐘を鳴らせば、きっと、そのおとはせかいのひとたちにとどくよ。」
キュアシャインの言う、思いの強さに賭けてみたい。
それに希望の光を込めた鐘の音が、人々を覆う闇を祓ってその音を届けてくれると説明づけることも、一応できる。
だが今はそんな無理やりな理屈をこねてまで自分を納得させるのは止めよう。
キュアスパークにも言われた通り、心に思うままに動くと決めたのだから。
「それじゃあみんな、今のうちに出来る限り休んで体力を回復しましょう。
城下街は言わばソルダークの巣窟。
これまで以上の激戦は避けて通れないでしょうから、疲れを残すわけにはいかないわ。」
「見張りは俺たちで交代でやる。」
「レモンも頑張って起きるからね~。」
「だからみんな、ゆっくりと体を休めて。」
「ええ、ありがとう。」
妖精たちの厚意に感謝し、キュアブレイズは近場の木に寄りかかるように座り込む。
久しく訪れ改めて目に留まった故郷の惨状、湧き上がったソルダークへの憎しみ。
そしてキュアシャインと思いをぶつけ合いながらも、最後にはこうして協力することになった。
今日一日の出来事は、知らず内に心身ともにキュアブレイズを疲弊させた。
キュアブレイズは徒労感に見舞われ、深い眠りへと誘われていくのだった。
…
キュアブレイズが目を覚ますと、周囲の景色は眠りにつく前と何も変わっていなかった。
今が朝か夜かもわからない景色にキュアブレイズが目を伏せると、
「おはよ、キュアブレイズ。」
この場に置いて似つかわしくない、明るく幼い声で名前を呼ばれた。
顔を上げるとそこにはキュアシャインの姿があった。
隣にはキュアスパークとキュアプリズムの姿もあり、どうやら自分が一番最後に起きたようだ。
「ごめんなさい、熟睡していたみたいで。」
「いいって、あんたにとっちゃ、昨日は色々あったもんな。」
「それに言うほど私たちも早く起きていたわけではないから。」
キュアスパークとキュアプリズムは寝坊した自分を特に咎めようとしなかった。
熟睡できたおかげで余計な感情をリセットできたキュアブレイズは、改めて3人の顔を見る。
3人とも故郷を取り戻したいと願う自分に対してとても協力的だ。
まるで自分の故郷であるかのように、この世界を救うことに親身になってくれている。
初めてあったときから、3人に対しておよそ友好的とは言えない態度を取り続けていたのに、特にキュアシャインにはこれまで散々酷いことを言ってきたのに、もうそんなことは気にも留めていないようだ。
3人とも、底抜けのお人好しとしか思えない。
だけど今は、そんな好意が純粋に嬉しかった。
「3人とも、ちょっといいかしら?」
「なに?キュアブレイズ?」
だから今、この言葉を言わなければならないと思った。
「今までごめんなさい、酷いことばかりを言って。
でも、身勝手かもしれないけど、私、どうしてもこの世界を救いたいの。
私の故郷を、あるべき姿に戻したい。
だから・・・キュアシャイン、キュアスパーク、キュアプリズム。
お願い、私に力を貸して。」
謝罪と、真意と、そして懇願。
どれもこれまで3人にかけたことのない言葉だったから。
「何を今更?言われるまでもないよ。」
「勿論、協力するわよ。
あなたのためにも、レモンちゃんたちのためにも。」
「キュアブレイズ!がんばろうね!」
3人の言葉がキュアブレイズの背中を強く押してくれる。
「みんな、ありがとう。」
この時キュアブレイズは初めて、3人の前で笑顔を見せた。
「それじゃあ、さっそく城下街へ向かいましょう。
大広間も鐘の場所を目指して、思いを込めて鐘を鳴らす。」
「鐘を鳴らすのは?」
「勿論、キュアブレイズに決まってるじゃない。」
まるで最初から決まっていたかのようにキュアプリズムが口にするが、キュアブレイズ自身もそのつもりだった。
この世界を救いたいと言うのは自分自身の意思なのだから。
「だから私たちは、城下街中のソルダークを引きつけるわよ。」
「わかった!わたし、がんばるね!」
キュアシャインたちは城下街に蠢く無数のソルダークを相手にする決心をする。
キュアブレイズもまた、必ず希望の鐘を鳴らして見せると心に誓った。
だが同時に不安も押し寄せて来た。
もしも鐘の音を鳴らせても何も起きなかったらどうするのだろうか?
敵陣のど真ん中まで飛んでいった末に何も得られず、ソルダークに包囲されるという最悪な状況も考えられる。
そしてこんなにも不安を抱えている自分に、思いを込めて鐘を鳴らすなんてある種の大役が務まるのだろうか?
「キュアブレイズ。」
そんな自分に対して、キュアシャインが心配そうな表情で顔を覗きこんできた。
少しの間表情をちらせて何を言うべきかを悩んでいたようだが、やがて真っ直ぐこちらを見て微笑んだ。
「むずかしくなんかないからね。」
「え?」
「むずかしくなんてないから、だいじょうぶだよ。
キュアブレイズなら、キュアブレイズだからできることなんだから。
だから、いっしょにがんばろ?」
まるでこちらの悩みを見抜いているかのような言葉だった。
そしていつにも増して抽象的な彼女の言葉だが、今回ばかりはその言葉はキュアブレイズの支えとなった。
「ええ、ありがとう。」
そう、何も難しく考える必要なんてない。
この世界を救いたい。その思いだけは誰にも負けない自信があるのだから。
しばらくして、キュアブレイズたちは城下街へと辿りついた。
「ここが城下街・・・。」
「ソルダークの数が圧倒的に多いわね。」
周囲から感じ取れる闇の波動はこれまでの比ではなかった。
それも城下街にある中央広間はいわば街の中心。
そこへ近づくほどに人口が密集していくので、必然的にソルダークの数も多くなっていく。
「でも、やるしかないんだよね。」
いつになく表情を強張らせているキュアシャインが、固い決意を口にする。
彼女の言う通り、希望の鐘を鳴らすにはどんな無茶をしてでも突破するしかないのだ。
それに元々の計画では、今回は偵察程度にとどめておき、今後も長い時間を使ってこの世界を救う方法を探していくつもりだった。
だがもしこの作戦が上手くいけば、今日にでもこの世界を救うことができるかもしれない。
キュアブレイズは僅かに焦る気持ちを呼吸を落ち着かせ、みんなに強行突破を持ちかけようとしたその時、
「久しいな、キュアブレイズ。」
自分の名を呼ぶ男の声が聞こえた。
声の方を向くと、そこには黒いローブを着た男の姿があった。
フードで表情が隠れているので顔を窺い知ることはできないが、その外見と声にキュアブレイズは覚えがある。
「あなたは、アンドラス!」
「キュアブレイズ、あいつは?」
「アンドラス。
かつて行動隊長のハルファスとマルファスを従え、この世界を侵攻したダークネスの司令官よ!」
「ダークネスの司令官ですって!?」
突然の敵将の登場に、キュアシャインたちは驚愕の表情を浮かべるが、
「でも、敵将が自らが私たちの妨害に来たってこことは、アタリってことやない?」
「・・・確かに、そうとも言えるわね。」
キュアスパークがそんな前向きな言葉を口にしてきたのだ。
キュアプリズムもすぐにそれに同調する。
こんな状況においても不敵な笑みを崩さない2人だが、それはキュアブレイズにはとても心強かった。
キュアシャインも一瞬怯えた後、すぐに真っ直ぐアンドラスを見据えた。
行動隊長までしか遭遇したことがない彼女たちだが、その上に立つ司令官を前にも怖気づいてる様子はなかった。
「ふっ、いつまでもその減らず口が叩けるかな。ソルダーク。」
アンドラスの一声とともに、街中に蠢くソルダークがこの場に集ってきた。
だが見渡す限りをソルダークの巨体が覆い尽くす中でも、キュアシャインたちは表情一つを変えていない。
「今日この地で貴様らは敗北する。このアンドラスの名の下にな。」
「キュアブレイズ!作戦通りあんたは大広間まで向かって!
キュアシャイン!キュアブレイズの援護をお願い!」
「わかったわ!」
キュアスパークの呼びかけにキュアシャインが答える。
「ウチらはソルダークの相手をするよ。」
「もう、勝手に私を巻き込まないでよ。」
微笑みながら軽口を返すキュアプリズムは、すっかりいつも通りにリラックスしているようだ。
無数のソルダークとアンドラスを前にしても、彼女たちの戦意と希望は鈍っていない。
「ええ、わかったわ。必ず、何があっても!この世界を救ってみせる!」
だからキュアブレイズも、希望を捨てずに立ち上がる。
目指すは城下街の大広間、この世界の人たちにとって希望の象徴たる鐘の音。
それをこの世界に響かせるために、キュアブレイズは力強く大地を蹴るのだった。
…
次回予告
「アンドラス!あなたを倒して、必ず!この世界を闇から救ってみせる!
だからお願い!キュアシャイン!キュアスパーク!キュアプリズム!
私に力を貸して!」
「ああっ!」
「ええっ!」
「うん!」
次回!ホープライトプリキュア第13話!
フェアリーキングダム大決戦!世界に響け!希望の鐘!
希望を胸に、がんばれ!わたし!