ホープライトプリキュア   作:SnowWind

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第17話・Bパート

 夢ノ宮中学校は全ての学年が4クラスなので、運動会におけるチームもクラスごとに分かれることになっている。

 要たちが所属する1組は赤、2組は白、千歳たちのいる3組は青、残る4組が緑組だ。

 そしてついに戦いの火蓋が切って落とされた。

 

「赤組~!がんばれ~!」

 

「白組ファイト~!」

 

「青組負けるな~!」

 

「緑組押せ押せ~!」

 

 応援席にいる生徒たちから一斉に応援が響き渡る中、選手たちは各々の種目で鎬を削り合う。

 

「蛍ちゃん、作戦通りお願いね。」

 

「はっ、はい!」

 

 そんな中、赤組のテントではかな子が蛍に『作戦開始』の指示を送っていた。

 

「すぅ~、ふれ~!ふれ~!あかぐみ!!」

 

 そして蛍は恥ずかしい思いを堪えて、大声で赤組を応援する。

 これがかな子が蛍に伝えた『作戦』だが、この効果が発揮されるのはしばらく後のことになるだろう。

 要も自分の出番が来るまで、クラス一丸となって応援に専念する。

 グラウンド内の熱気は夏の暑さにも負けずにどんどんヒートアップしていく。

 そして4組のチームは次々と得点を重ねていく中、ついに要たちの最初の出番がやってきた。

 

「よ~し!2年1組ファイト!」

 

「おおーっ!!」

 

 要と健太郎がそれぞれ声を出しクラスメートの士気を高める。

 最初の競技は全員参加型の種目であり、運動会でも特にポピュラーな球入れだ。

 当然、蛍も参加するので要は少しだけ不安を覚えたが、

 

「よ~し!がんばるぞ~!」

 

 そんな心配など無用と言わんばかりに、蛍はやる気に満ちていた。

 

「蛍、随分とやる気満々やな。」

 

「うん!わたし、たまいれだけは唯一できた競技なの!」

 

 数少ない自力でもこなせる種目だから気合十分なのだろうが、それだけではないことは要は知っている。

 以前リリンと久しぶりにお話ししたと聞いた時から、彼女は元気を取り戻していたのだ。

 何にしても、クラス全員が一致団結して運動会に臨む楽しみを知ってほしいと願う要にとって、彼女が前向きに取り組んでくれることは喜ばしいものだ。

 

「・・・カメラ持ってきた方が良かったかしら?」

 

「アホか。」

 

 そんな蛍の姿を見た雛子の言葉に、要は冷たいツッコミを入れる。

 当たり前だが、カメラなんか持参してグラウンドに出たら間違いなく失格だ。

 せっかく士気高揚している1組に冷水を浴びさせるような真似は控えて欲しいものである。

 

「それでは、よーいドン!!」

 

 そんなことを考えてる内に、実行委員の合図と同時に一斉に球入れが開始された。

 

「えーい!」

 

 蛍も近くに転がる赤い球を拾い、自軍の籠にめがけて力いっぱい投げ飛ばす。

 

「・・・あれ?」

 

 が、蛍の投げた球は籠へと到達する前に虚しく落下していった。

 

「えい!やー!たー!えーい!!」

 

 蛍は球を拾っては投げ続けるが、その全てが籠へと到達する前に落ちていく。

 最後には下から掬うように勢いをつけて投げたが、それさえも籠へ掠りもしなかった。

 そして蛍は口元を震わせ、世紀の大発見をしたと言わんばかりの表情で要の方を振り向く。

 

「小学校のころよりもカゴがたかくなってる~!!」

 

「ここは中学校やで・・・。」

 

 昨年の運動会には参加していなかった蛍にとって、今年が初めて中学校で行われる運動会。

 中学生の背丈に合わせて僅かにレベルアップされているのだが、それは蛍に精神的ダメージを与えるには十分すぎる威力があったようだ。

 

「ううぅ・・・やっぱり、わたしにできるきょーぎなんてないんだ・・・。」

 

『唯一』できた競技と自信を持って参加しただけに、無情にもそれを打ち砕かれた蛍は膝を抱えて落ち込んでしまう。

 

「わー蛍!今試合中!落ち込むなら後にして!!」

 

 だが気の毒とは思いながらも要は蛍に厳しい言葉を投げる。

 勝負の世界は非情だ。

 こうしている合間にも刻一刻と時間は過ぎていき、他の3チームはどんどん球を籠に入れて得点を積み重ねていく。

 こんなところで落ち込んでいる場合ではないのだが、蛍は一向に顔を上げようとはしなかった。

 

「・・・くっ、やっぱりカメラを持参してくるべきだったわ。」

 

「雛子~!!」

 

 オマケにそんな切羽詰まった状況の中でも一切自重する様子を見せない雛子などもはやアテにできない。

 こうなればイチかバチかだ。

 蛍がこれで納得できるかは知らないが、今から蛍が競技に参加出来て、かつ勝利を掴むためにはこれしか方法がない。

 

「蛍!零れた球を片っ端からかき集めて!

 そしてウチのとこへ持ってきて!!」

 

「え・・・?かなめちゃ・・・。」

 

「はやく!!」

 

「はっ、はい!!」

 

 有無も言わさず命令に近い形で蛍に指示を出し、要は目の前に転がる赤い球をガムシャラに拾っては投げを繰り返す。

 そして零れ落ちた球を蛍がかき集め、再び要の元へと運んでいく。

 

「初戦から負けてたまるかああああ!!!」

 

 そんな要の情熱が実り、なんとか2年1組は1位で初陣を飾ることに成功したのだった。

 試合終了の笛と同時に、要はその場にへたり込む。

 

「はあ~・・・疲れた・・・。」

 

 遅れた分を取り返そうと必死で動き回っただけに疲労も倍増だ。

 体力には自信があるから全てを使い果たしたなんてことはないが、明らかなオーバーワークである。

 

「かっ、かなめちゃん!」

 

 するとそんな要の元へ蛍が駆け寄って来た。

 勝つためとはいえ、半ば雑用も同然な役割を押し付けてしまったので、要は今になって彼女に悪いことをしたと思ったが、

 

「わっ、わたし!がんばったよ!

 がんばって、たまいっぱいあつめたよ!!」

 

 当の本人はそんなことを気にしないばかりか、達成感に溢れる笑顔で嬉しそうに語ってきた。

 

「ははっ、ありがと、ほたる。」

 

 手に付いた砂を払い蛍の頭を撫でると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。

 少なくとも自分の望んだとおり、蛍にも団結して勝利をつかみ取る楽しみを共有できたようだ。

 それならばこの程度の疲労、安いものだと思う要であった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 

 その後もいくつかの種目をこなしていき、ついに午前最後の種目が来た。

 雛子は応援席から、競技に参加する要の姿を一瞥する。

 そう、午前最後の種目は女子400mリレーである。

 空砲の合図とともに一斉にスタートを切り、午前最後の部ということもあってか応援の声にも気合が入っている。

 

「「フレー!フレー!赤組!ファイトー!」」

 

「ふれ~!ふれ~!あかぐみふぁいとお~!」

 

「あはは、蛍ちゃん・・・。」

 

 舌足らずな蛍だけが、周りから一拍遅れたテンポで応援していた。可愛い。

 そんな蛍に愛子が苦笑する様子を見せるが咎めはせず、周りの生徒も注意しない。

 それがリーダーであるかな子の『指示』だからだ。

 そして迎えた試合終盤、ついにアンカーたちによる一騎打ちが始まった。

 現在先頭を走るのは4組のアンカー、竹田 理沙だ。

 要と並び、学年内でもトップクラスの瞬発力を誇る彼女が先頭に立ったことで、4組の応援席からは大歓声が上がっている。

 だがその期待には応えられないと雛子は確信を持つ。

 そして我ら1組のアンカー、要の姿がついに応援席を過った。

 

「あっ、かなめちゃ~ん!がんばって~!」

 

 要の姿を見かけた蛍が声援を送った次の瞬間、要がこれまで見せたことがないほどの速力で一気に理沙との距離を縮めていった。

 蛍の声援を受けたことで要が自身の潜在能力を100%にまで引き上げたのだ。

 余りにも突然の覚醒に会場はどよめき、1組からも困惑の声が上がっていく。

 だが雛子には要の考えていることが手に取るようにわかっていた。

 

 

 蛍の前でカッコ悪いところは見せられない!

 

 

 瞬く前に理沙を追い抜き一気に先頭に躍り出る。そのあまりにも一瞬の出来事にさすがの理沙も困惑の色を見せた。

 誰もが要の勝利を確信した。が、その時

 

「あっ、ちとせちゃん!がんばって~!」

 

 何と遅れてきた3組のアンカー、千歳に対してまで蛍がエールを送ってしまったのだ。

 

「ちょっと蛍ちゃん!」

 

 慌てて愛子が止めに入るが時すでに遅し。

 その声援は千歳の耳にバッチリと届き、次の瞬間、

 

 

 ビュオオオッ!!

 

 

 風を切る音とともに、千歳が要に輪をかけてとてつもないスピードで一気に距離を詰めていく。

 蛍の声援を受けた千歳が潜在能力の限界を超えて200%の力を引き出したのだ。

 まるで鎌鼬を纏っているのではないかと錯覚させるほどのスピードに、会場は驚きを通り越して言葉を失い、あっという間に抜かれた理沙を含む他の走者はみんな呆気に取られて足を止めてしまった。

 そしてゴールの手前、要がテープを切ろうとした瞬間、後方から千歳が追いついていく。

 

「え?ちょっ、ウソやろ!?」

 

 走ることに集中していた要もつい千歳に気を取られてしまい、その一瞬が勝敗を決してしまった。

 だが要を含む誰もが呆気に取られる中、雛子だけは千歳の考えていることが手に取るようにわかっていた。

 

 

 蛍の前でカッコ良いところを見せたい!

 

 

 小さなお姫様(リトル・プリンセス)の前ではカッコつけたい。

 そんな男子的思考を持った守護騎士(ガーディアン・ナイト)2人による熾烈な争いは、要自身が『究極の蛍バカ』と認める千歳に軍配が上がるのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 午前の部が終わり、雛子たちは昼食を取るためにブルーシートの上に腰掛けていた。

 雛子は、蛍がみんなと一緒に食べるためにとわざわざ作って来てくれたお弁当を受け取り、シートの上に広げていく。

 

「ほ~た~る~?」

 

 その傍らで、女子400mリレーで見事千歳に負かされた要は、不機嫌な表情で蛍の両頬をつねっていた。

 

「な~んで千歳のことまで応援しちゃうかな~?この子は~?」

 

「だっ、だっれ、だっれひとれひゃんがんらっれるんらもん・・・。」

 

「頑張っているからと言って敵を応援していい理由にはなりませ~ん。」

 

「い~、いらい、いらいをかなえひゃん、いらいを・・・。」

 

 頬をつねられているせいで、蛍は上手く言葉が話せないでいた。可愛い。

 そして要の八つ当たりに雛子はため息を1つ吐く。

 蛍にとっては、要も千歳も等しく大切な友達。

 だから蛍が要を応援するように、千歳のことを応援する権利はある。

 それを今は敵チームだから応援するなと言うのも酷な話だろう。

 とは言え、要の気持ちも、まあわかる。

 何せ蛍の応援を受けて張り切ってゴールしようと思った矢先に、同じく蛍の応援を受けた千歳に敗れたのだから、半ば裏切られた気分になるのも仕方ないことだ。

 

「要、その辺にしなさい。」

 

 すると3組の応援席から千歳が姿を見せた。

 千歳に咎められた要は、口を尖らせながらも蛍を解放し、蛍は両頬を撫でながら涙目で千歳の後ろに隠れた。可愛い。

 

「蛍、ありがとう。

 あなたの応援のおかげで私は勝てたのよ。」

 

 が、蛍が解放されるところを確認するや否や、千歳が彼女の元まで行き、優しく頭を撫でた。

 

「ちとせちゃん・・・。えへへ。」

 

「和むな!!」

 

 そんな微笑ましい2人の様子を見かねた要が声を荒げてツッコミを入れる。

 

「千歳ちゃん、お疲れ様。どの競技でも大活躍だったわね。」

 

 雛子自身は例え敵だとしても、どの競技でもチームを勝利に導くほどの活躍を見せた千歳のことは純粋に凄いと思っている。

 改めて彼女のオールラウンダーな能力に少し戦慄を覚えたほどである。

 

「ありがとう雛子。あっ、私も手伝うわ。」

 

「わたしも。」

 

「ほら要、いつまでも不貞腐れてないでお昼にするわよ。」

 

「ぐぬぬ・・・。」

 

 未だ納得する様子を見せないでいながらも、一先ず4人で昼食の準備をしているその時、

 

「蛍。」

 

 どこからか蛍を呼ぶ声が聞こえた。

 声の方に顔を向けると、そこには一組の男女の姿があった。

 女性の方は、蛍と同じピンクの髪をしており、一見して雛子は女性の正体を悟る。

 

「あっ、おかーさん!おとーさん!」

 

 蛍が嬉しそうな声をあげ、2人の元へと駆け寄る。可愛い。

 雛子の予想通り、2人は蛍の両親のようだ。

 

「蛍、とても頑張っているじゃない。偉いわよ。」

 

「えへへ。」

 

「運動が嫌いだからあれほど参加したくないって言ってたのにな。」

 

「も~おとーさん、それはいわないでよ~。」

 

 ひとしきりの会話を終えた後、蛍の両親は改まって雛子たちに挨拶をしてきた。

 

「初めまして、蛍の母の一之瀬 陽子です。」

 

「初めまして、蛍の父の一之瀬 健治です。

 いつも娘がお世話になっている。」

 

「いっ、いえ、それほどでも。」

 

 雛子たち3人は、慌てて頭を下げる。

 

「初めまして、ウチは・・・。」

 

「スポーツ万能でバスケットが大好きな森久保 要ちゃんね。」

 

「え?」

 

 すると要が挨拶をするよりも先に、陽子が要の名前を当ててきた。

 それも簡単なプロフィールも含めてだ。

 

「それで、あなたが読書家で可愛いものが大好きな藤田 雛子ちゃん。」

 

「はっ、はい。」

 

 自分の事も言い当てられ、雛子は少し強張って挨拶をする。

 

「そしてあなたが、運動も勉強もトップで孤高のクィーンと呼ばれている姫野 千歳ちゃんね。」

 

「はい。」

 

 最後に千歳のプロフィールも言い当てた陽子は、少し満足げに微笑んだ。

 自己紹介もしない内にここまで言い当てられたと言うことは、蛍は普段から自分たちのことを、性格だけでなく容姿も含めて両親に多く話しているのだろう。

 ついでに雛子には、とても嬉しそうにそれを語る蛍の姿がすぐに目に浮かんだ。可愛い。

 

「みんなありがとう、蛍と仲良くしてくれて。

 蛍、この学校に転校してきてから、毎日とても楽しそうにしているのよ?」

 

「学校へ行って友達に会えるのが楽しみで仕方ないって。

 君たちのような素敵な友人に巡り合えて、親としてとても良かったと思っている。

 ありがとう。」

 

「おっおかーさん、おとーさん・・・。」

 

 両親から改めて胸中を暴露された蛍は、少し恥ずかし気に微笑む。

 ついでに言えば雛子たちも蛍の両親からお褒めの言葉を預かり、少しこそばゆい感じがした。

 

「うーす、要。」

 

「げっ、お兄!」

 

 すると要の兄である瞬も姿を見せた。

 

「ちゃんとこの目に見届けたで~。お前の盛大な逆転劇をな。」

 

「それウチが逆転される立場やったろが!!」

 

 そして蛍の両親が見ている目の前にも関わらず、いつも通りの兄妹喧嘩と言う名の漫才が勃発する。

 

「千歳。」

 

 今度はリン子がベルたちを連れて姿を見せた。

 

「みんな、来ていたのね。」

 

「千歳~、見てたよ~。

 要をビュン!って追い抜くのカッコよかった~。」

 

「ぐっ・・・。」

 

「ちっ、千歳!リレー1位おめでとう。」

 

「ぐぐ・・・。」

 

 すっかり呼び捨てになれたレミンと、未だに自国の姫君である千歳に軽口を叩くことに抵抗のあるサクラが、揃って千歳を褒めたたえると同時に要に追い打ちをかけていく。

 そんな様子をベルが苦笑しながら見守っていた。

 

「あら?そちらの方々は?」

 

 するとリン子が陽子の方を向きながら千歳に問いかけてきた。

 

「蛍の母の陽子さんと、父の健治さんよ。」

 

「あら、そうでしたの?

 初めまして、千歳の母の姫野 リン子です。」

 

「っと、要の兄の森久保 瞬です。いや~美人なお母さんやな。」

 

「こらっ、お兄。」

 

 リン子と瞬が陽子たちへ挨拶し、要が瞬の軽口を注意する。

 だが雛子の目から見ても、蛍の母はとても綺麗な人だ。

 サラリとしたピンクのストレートヘアーに端正な顔たち。

 蛍の母なのだから30代は過ぎているとは思われるが、外見は20代に見間違えるほど若々しい。

 蛍と並ぶ姿なんて親子と言うより姉妹である。

 ちなみに夫の健治の方も、メガネをかけたとても整った容姿の持ち主だ。

 自分たちの担任、長谷川 勇人と並べばインテリ系イケメンに弱い女子などその場で卒倒するだろう。

 さらに言えば、2人の血を引く蛍の容姿が人形のように可愛らしいことにも頷ける話である。可愛い。

 

「そいや、お袋とオヤジも見に来とるで。

 今あっちで菊子ばあちゃんたちと挨拶しとる。」

 

「げっ、見にくんなって言っといたのに・・・。」

 

 心底嫌そうな声をあげる要を一瞥しながら、雛子が瞬の指さす方を向くと、自分の両親と祖母が、要の両親と談笑している姿が目に映った。

 

「それじゃあ、私も挨拶してこようかしら?」

 

 2人の会話を聞いたリン子が、千歳の『母』として挨拶に向かう。

 

「俺も一応挨拶しておくか。

 サクラとレミンは先に食べてていいぞ。」

 

「やった~。」

 

「失礼の無いようにね。」

 

 そして戸籍上、3兄妹の長男となっているベルも、3人を代表してリン子についていった。

 

「じゃあ私たちも、要ちゃんたちのご家族に挨拶に行きましょう?

 蛍、午後も頑張ってね。お母さんたちも、向こうで応援しているから。」

 

「うん!ありがとうおかーさん!おとーさん!」

 

 そんなリン子たちに続き、陽子と健治も挨拶に行くためにこの場を離れていった。

 

「・・・優しそうなお母さんやなあ。

 ウチのオカンと交換したいわ。」

 

「何バカなこと言ってるのよ。」

 

 一之瀬親子のやり取りを見て、ぼそりと呟く要の言葉を雛子は一蹴する。

 確かに一見すれば、陽子は子どもを相手に一切叱らない、とても優しくそして甘やかしてくれる、要にとっての理想の母親像に見えるだろう。

 だがそれは、一重に蛍が娘だから許されるのである。

 親孝行のために毎日家事をこなし、宿題を忘れてきたこともない。

 本人の話によれば日々の予習と復習も欠かしたことはなく、試験の成績からもそれが真実であると伺える。

 何より両親に対して一切反抗的な態度を見せていないのだ。

 対して要は家事は親に任せきり、宿題は忘れる、予習と復習はしない、体育以外の授業は居眠りな上に両親に対して常に反抗的な態度しか取ったことがない。

 仮に要が娘だとしても、今とそう変わることはないだろう。

 そんな考えが伝わったのか、要は渋い表情を浮かべて黙り込んでしまった。

 

「ほら、いつまでもお喋りしてないで、お昼にするわよ?」

 

 そんな雛子たちにサクラが声をかける。

 ちなみにレミンは待ちきれなかったのか既に何口か先に食べていた。

 

「おっ、じゃあゴチになります。」

 

「お兄は帰れ!!」

 

 最後に要が強引に瞬を追い返し、サクラとレミンを交えてようやく昼食にありつくのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 賑やかな食事の中で先ほどまでの不満はすっかり消え、お弁当とシートを片づけていた要の元に2人の女子がやってきた。

 

「おーっす要。」

 

「凄いわね1組。今のところ3組と並んでトップじゃない。」

 

 要が所属する女子バスケ部の3年、キャプテンの水瀬 薫と副キャプテンの加々山 菜々子だ。

 

「キャプテンに副キャプテンやないですか。」

 

「こ~ら、部活以外はその呼び方止めろって言ってるだろ?」

 

「あっすんません、水瀬先輩に加々山先輩。」

 

「私は別にどちらでも構わないけど?」

 

「公私分けないと私の肩が凝るっての・・・ん?」

 

 すると千歳に気付いた薫が彼女の方へ視線を向ける

 

「君は確か孤高のクイーンの。」

 

「姫野 千歳ちゃんだったかしら?」

 

「はい、初めまして、姫野 千歳です。」

 

 友達になってからすっかり忘れていたが、元々千歳は孤高のクイーンと呼ばれるこの学校一の有名人。

 学年の異なる2人にまで顔と名が知られているところを見ると、改めて彼女の人気が伺える。

 最も、さすがに目の前にいる先輩2人はその有名人を前に黄色い声をあげるほどのミーハーではなかったようだが。

 

「こいつの所属している女子バスケ部のキャプテン、水瀬 薫だ。」

 

「女子バスケ部副キャプテンの加々山 菜々子です。よろしくね。」

 

 千歳への挨拶を終えた2人は、今度は雛子と蛍に目を配る。

 

「それからっと、君たちは確かよく部活の見学に来てる子だよな?」

 

「はい、クラスメートの藤田 雛子です。」

 

「えと・・・。」

 

 雛子は礼儀正しく会釈するが、蛍の方は言いよどんで俯いてしまう。

 

「ん?どうしたんだよ?私の顔に何かついてるのか?」

 

 そんな蛍に詰め寄りながら薫が首を傾げるが、それを見た蛍は小さな体をピクリと震わせた。

 その一瞬で何が起きたのかを悟った要は思わず口元に手を当てる。

 

「ひぃっ・・・。」

 

 そして思った通り、蛍は小さな声で悲鳴を上げながら、雛子の背後に隠れてしまった。

 

「・・・はい?」

 

 一方で薫は困惑した様子で首を傾げる。

 だが彼女からすれば普通に挨拶しただけのつもりなのだろうが、薫は千歳に並ぶほど背が高い。

 本人にその気はなくてもただ目線を下げるだけで、背の小さい蛍からすれば自分を見下ろしているように映ってしまうのだ。

 オマケに蛍は、部活動での薫しか見たことがない。

 つまり蛍は薫に対してスパルタ全開の『鬼キャプテン』と言うイメージが強く定着している上に年上の『上級生』。

 人見知りが強くて臆病な蛍が、声を震わせて怖がってしまうのも無理もない話である。

 

「こんにちは。」

 

 すると困惑する薫を差し置いて菜々子が蛍へと歩み寄っていく。

 菜々子は蛍と目線を合わせるために少しだけ屈み、温和な笑みを浮かべて挨拶する。

 

「・・・こっ、こんにちは・・・。」

 

 すると蛍の方も雛子の背からひょっこりと顔を出して小声で挨拶を返した。

 

「君、要のお友達よね?お名前は何て言うの?」

 

「いちのせ・・・ほたるです・・・。」

 

「蛍ちゃんか。よろしくね。」

 

 優しく差し出された菜々子の手を一瞥した蛍は、恐る恐る自分の手を伸ばして握手する。

 これも最近わかってきたことだが、蛍は母親っ子な故か、どうも包容力を感じさせる大人な雰囲気の女性に弱い傾向があるようだ。

 同世代でも大人びた容姿を持つ雛子や千歳に対してもそうだし、・・・悲しいことに自分は対象外のようだがそれは一先ず置いておいて、とにかく温和でいい意味で老成した雰囲気を持つ菜々子が相手であれば怖がることがないのである。

 ついでに言えば、菜々子の方も小さな子どもの扱いをだいぶ心得ているようだ。

 怖がらせないためにわざわざ膝を屈めて目線を合わせに来たところなんて顕著である。

 

「ちぇっ、なんだよいつも菜々子ばかり。」

 

 そんな菜々子と蛍の様子に薫は不満そうに舌打ちした。

 心なしか少し傷ついているようにも見える。

 

「ダメじゃない薫。

 あなた背が高いんだし、子ども相手にはちゃんと目線を下げてあげないと、怖がらせちゃうわよ?」

 

「はあ・・・これだから子供は苦手なんだよ・・・。」

 

 薫と菜々子の会話にあからさまに子ども扱いされた蛍は少し複雑そうな表情を浮かべたが、さすがに今回ばかりはいつものように反論しなかった。

 相手が歳上と言うこともあるのだろうが、あれだけ怯えた反応を見せてしまっては仕方ないと思ったのだろう。

 

「いや~さっすが先輩、眼力だけで相手を凄ませるなんて鬼キャプテンの鏡ですな~。」

 

 そしてこの状況が正直『面白かった』要は、薫を相手にニヤりと笑う。

 

「・・・要、お前だけ次の部活で2倍しごいてやろうか?」

 

「2倍何かじゃ物足りないです、通常の3倍でお願いしま~す。」

 

 自分に対してはバスケットの練習量を増やすなんて罰どころかご褒美である。

 

「言ったな?望み通り3倍にしてやるから覚悟しろよ?」

 

「こ~ら、そんな部活中の顔なんかしたら蛍ちゃんがまた怯えちゃうわよ。」

 

 要が先輩であるはずの薫をからかい、眉間にしわを寄せる薫を菜々子が宥める。

 それがおかしかったのか雛子と千歳が口元に手を当てて笑うが、そんな状況の中、蛍も自然と緊張が解れてクスクスと笑うのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 午後の部が始まり、運動会も後半戦に突入。

 現在の種目は全体競技だが、競技を終えた人から順に応援席へと戻っていく。

 2年1組の応援席からは気合の籠った声援が響き渡る中、真も周囲に負けないよう声を張り上げていた。

 

「フレー!フレー!赤組!」

 

 個人種目と団体種目が混合している運動会では、個々の能力とチームワーク、その両方とも重要な要素となっている。

 そして我ら2年1組は、団体競技での団結力ならば全学年でトップと言い切れるだけの自負があるのだ。

 健太郎と要の2人がそれぞれ男子と女子を牽引し、かな子がその脇をしっかりと固めている。

 リーダーとしての素質に優れた3人が上手くクラスをまとめてくれているおかげで、団体競技における団結力と結束力は非常に強固なものとなっているのだ。

 それに加えて今回はかな子が立てた『作戦』の効果もバッチリと効いており、2年1組は例年以上の活躍ぶりを見せ、現在、2年1組を有する赤組がトップ。

 2位の青組が僅差で詰め寄ってきているが、今の勢いを維持できれば振り切れる点差である。

 1位をキープしていると言うことから自然と士気も高まってきている。

 

「いい感じにリードを取れているわね。」

 

 隣にいる愛子が嬉しそうに声をかけてくる。

 

「ああ、これもかな子の『作戦』のおかげだな。」

 

 そう言いながら真と愛子は視線を少し離れた席に移す。

 

「ふれ~!ふれ~!あかぐみ~!!」

 

 そこには精いっぱい声をあげて応援する蛍の姿があった。

 

「ね?私の作戦、上手く言ったでしょ?」

 

 かな子が少し得意げにメガネを上げながらこちらにきた。

 蛍は無理して周りと合わせなくていいから、マイペースに、だが全力で応援するように。

 それが今回、かな子が要と雛子を通じて蛍に伝えた『作戦』だ。

 蛍の応援はみんなの士気を高めてくれる。そう睨んでのものらしい。

 そしてその効果を、真は身を以って実感したのだ。

 蛍の応援は、行事として決められたことだからと言う義務的なものでもなく、かと言って周りに合わせるだけの日和見なところも感じさせない。

 心の底からみんなに頑張ってほしいと、応援したいという気持ちが自然と伝わってくるものだった。

 こればかりは理屈では説明が出来ない。

 強いて言うならば、彼女は思っていることが非常に表に出やすいから、言葉にも感情が大きく乗るのだろう。

 だからこそ、蛍の声援は、一切邪念のない純な思いが、応援される人の心に素直に届く、とても不思議なものだった。

 そして人間の心と言うものは存外単純な構造をしており、上辺でなく心から自分を応援してくれる声援があれば、出来る限りの力を尽くして頑張ってみようと思うものなのだ。

 結果、蛍の声援を受けた2年1組の生徒たちはみんな、自分の持ちうる限りの力を尽くして競技に取り組んでいる。

 最たる例はやはり要と雛子だろう。

 要は元より、雛子はあそこまで運動が得意だったかと思ってしまうほどの能力を発揮しているのだ。

 

「さすが、かな子。」

 

 真は素直にかな子を称賛する。

 正直なところ、かな子と蛍にはほとんど接点がない。

 生徒会のプリントを配るときに少し声をかける程度である。

 それなのに蛍の個性を見抜き、それを士気高揚のための作戦に活用している。

 さすが我らがリーダーである。

 

「蛍ちゃんみたいな小さい子があそこまで応援してくれているんじゃ、男としてカッコのつかねえ真似はできねえよな。」

 

 すると少し離れた応援席から健太郎の声が聞こえ、男子たちがうんうんと頷いていた。

 

「あんたたち絶対にそれ蛍ちゃんの前で言っちゃダメだからね?」

 

 そんな男子たちをかな子が釘刺す。

 子ども扱いされることを気にしている蛍が聞けば間違いなく気落ちするだろう。

 それは彼女の声援にもダイレクトに影響を及ぼすはず。

 今の好調な流れを断ちかねないので、絶対に言ってはならない言葉である。

 

「おっ、おう、わりい。」

 

 そんな男子との会話もほどほどに、真は競技の方へと視線を戻す。

 赤組の快進撃はまだ勢いを衰えてはいない。

 このままいけば今年は優勝を狙える。

 だが一方で、この作戦はただ1つだけ不安要素を抱えていたのだ。

 

「まあこの作戦、1つ問題があるとすれば・・・。」

 

 と、思っている内にその不安要素である人物が蛍の目の前を過る。

 

「あっ!ちとせちゃん!がんばって~!!」

 

 その人物に対して蛍がまた声援を送ってしまう。

 直後声援を受けた千歳は再びつむじ風を纏うが如く速度でグラウンドを駆け回っていった。

 その様はさながら人の姿を借りた台風である。

 

「・・・孤高のクイーンの本気を出させてしまうところね・・・。」

 

 真の言葉に続き、かな子がやや呆れた様子で頷く。

 女子400mリレーに始まり、蛍の声援を受けた千歳は超常的な能力を発揮し幾つもの競技を蹂躙していった。

 その結果、千歳を有する青組だけがトップを独走する自分たち赤組に迫る活躍を見せているのだ。

 とは言え今のところ僅差でこちらが勝てているし、仮に追い抜かれたとしても蛍に責任を負わせるのは理不尽な話だ。

 敵チームとは言え、友達を応援するのは彼女の自由だし、それを禁じなければならない理由もない。

 そもそも、如何に蛍の応援が士気を高めるものであるとしても、あそこまでドーピングを疑うレベルの極端な影響を受けるのは千歳だけであり、応援するのが蛍で、応援されているのが千歳でなければこのような珍事は起きなかったのである。

 

「千歳ちゃん、蛍ちゃんの事大好きだもんね~。」

 

 愛子が呑気な口調で語る。

 

「てゆうか・・・『バカ』だよね。あそこまで行くと。」

 

 真はストレートに本音をぶつける。

 

「『バカ』よね~。」

 

 そんな真の言葉を拾った愛子がニコニコ笑いながら、珍しく毒を含んだ言葉を投げるのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 これまで応援に全力を注ぎこんでいた蛍だったが、ついに個人競技の出番が来てしまった。

 いつも以上に緊張した面立ちで蛍は雛子と一緒に列に並ぶ。

 要と雛子が協力してくれたおかげで、何とかゴールまでの距離を走れるようにはなったが、本番を迎えたことによる緊張から、得も言われぬ不安に駆られていた。

 

(だいじょうぶかな・・・ちゃんと、ゴールまではしれるかな・・・?)

 

 もしも失敗してしまったら、クラスのみんなに迷惑がかかるだけではない。

 練習に付き合ってくれた要と雛子に申し訳ないし、応援してくれている両親たちを落胆させてしまうかもしれない。

 失敗することの恐れから、蛍が今にも泣きそうな表情を浮かべたその時、

 

「蛍ちゃん、何も心配しなくていいわよ?」

 

 隣に並ぶ雛子が優しく声をかけてくれた。

 

「今日までの練習を思い出して、その通りにすればきっとゴールできるよ。

 それに、私がついてるんだから大丈夫。

 もし倒れそうになっても、ちゃんと支えてあげるから。」

 

「ひなこちゃん・・・。うん、ありがとう。」

 

 雛子の優しい言葉が胸に届く。

 失敗を怖がる必要はない、いつも通りにやれれば大丈夫。

 蛍はそう自分に言い聞かせて、勇気のおまじないをする。

 そして、

 

「位置について、よーい!」

 

 

 パアーン!

 

 

 スタートの空砲が鳴り響き、みんなが一斉に駆けだした。

 先頭を行くチームとはどんどん距離を離されていくが、蛍は焦らず雛子と歩を並べる。

 

「「1、2!1、2!1、2!」」

 

 走っている最中に少しよろめきかけたが、雛子がすぐに支えてくれたおかげで持ち直す。

 歩のペースが掴めず、度々歩幅を乱してしまうが、雛子がすぐに合わせてくれた。

 自分の不規則なペースに合わせてもらえるほど、自分の事を理解してくれている雛子のことを蛍は嬉しく思いながらも、懸命にゴールを目掛けて走る。

 そしていよいよゴールが目前まで迫ってきた。

 だがその時、蛍たちの前を走るチームが、ゴール目前で転倒したのだ。

 

「あっ。」

 

 転倒した瞬間をみて蛍は驚き、倒れた生徒を案ずるが、同時にこのままいけば最下位は免れると言う打算的な思考もよぎり、その一瞬の試行錯誤が焦りを生んでしまう。

 

「蛍ちゃん。」

 

 だが雛子の呼びかけに蛍は我に返った。

 そうだ。

 2年1組のみんなには申し訳ないけど、今は勝ち負けに拘るのを止めよう。

 自分のペースでいいから、ゴールできることを目指すのだ。

 一瞬生まれた焦りを打ち消し、蛍は再びゴールへと視線を戻す。

 

「「1、2!1、2!1、2!」」

 

 そしてついに、ゴールまで辿りついたのだった。

 

「赤組!3位!」

 

 転倒した組が持ち直すよりも早くにゴールでき、蛍たちは最下位を免れる。

 だが蛍にはその言葉が耳に入っていなかった。

 胸の内が高揚する。

 ずっと運動が苦手だった自分が、2人3脚で一度も転倒せずにゴールまで辿りつけたのだ。

 先ほどまでの不安が全て消え去り、代わりに競技を成し遂げられた達成感が生まれてくる。

 

「ひなこちゃん・・・わたし・・・ゴールできたんだ・・・。」

 

「うん、お疲れ様、蛍ちゃん。」

 

 雛子が足に結ばれた紐を解きながら、笑顔でそう称賛してくれた。

 

「やったあ!!」

 

「きゃっ、蛍ちゃん。」

 

 嬉しさで感極まった蛍が、雛子に飛びつく。

 驚きながらも優しく頭を撫でてくれる雛子に抱きつきながら、蛍は競技を達成できた喜びを噛みしめるのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 夢ノ宮中学校の方面を見ながら、リリンは商店街を歩いていた。

 

(もし本当なら・・・やつらは今頃あの場に・・・。)

 

 蛍の話によれば、今日は運動会と言う催し物が中学校で開催されているはずだ。

 さらに生徒以外の一般客による観戦も可能なため、今日は学校が出入り自由となっている。

 

(今・・・あそこにいけば・・・。)

 

 きっと、全てがわかるはずだ。

 自分の胸中に引っかかっている全てが。それなのに・・・。

 

(どうして・・・行こうとしないの・・・?)

 

 リリンの歩く速度が徐々に遅くなっていき、ついには立ち止まってしまう。

 わかるはずなのに、わかりたくない。

 わかってしまうと、きっと今までのようにいられなくなる。

 

(あたしは・・・。)

 

 もうあの子の側にいられなくなる。

 あの子とあの場所でお喋りできなくなる。

 

(こわいの・・・?)

 

 あの子との関係が壊れてしまうことが。でもなにを恐怖する必要がある?

 あの子は任務を遂行するための道具、ただそのためだけの存在のはずだ。

 ・・・いや、違う。

 自分はもう、あの子のことを道具とだけに見ることが出来なくなっている。

 だから迷っているのか・・・?

 違う、なぜならこの迷いは、もしもあの子が・・・。

 

「・・・ターンオーバー、希望から絶望へ。」

 

 いくつもの自問自答を無理やり断ち切るように、リリンはリリスへと変わり闇の牢獄を展開する。

 だがそれから間を置かず、夢ノ宮中学校の方面から4つの気配が確認され、リリスの心は尚も乱されるのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 競技が全て終わり、これから結果発表と閉会式を迎えようとした矢先、蛍たちは闇の牢獄が展開されたのを感じ取った。

 すぐさまプリキュアに変身し、闇の波動を探知する。

 

「商店街の方角ね。」

 

「くそっ、こんな時に。」

 

 キュアブレイズが位置を特定し、キュアスパークが毒づく。

 蛍としても苦手な運動会をようやく終えられたことで体力も気力も疲弊していた時に限って来られたのだ。

 正直弱音を吐きたいところだがそうも言っていられない。

 すぐにでもダークネスを退けて闇の牢獄を解除しなければ。

 だがその時、遠くから感知した力の反応が近づいてきた。

 

「こっちに向かっている?」

 

 キュアプリズムが驚くも、蛍は動じない。

 行動隊長の中でただ1人、こちらに向かってくる相手に心当たりがあるからだ。

 やがて目の前には、案の定思い描いた人物が辿りついた。

 

「キュアシャイン。」

 

 左手に黒い球体を浮遊させ、宙を浮いているリリスの姿があった。

 

「リリス。」

 

 彼女ならば間違いなく自分だけを狙ってくるだろう。

 先ほどまでの疲れを無理やり押し込め、蛍はリリスを見据える。

 

「・・・っ、ダークネスが行動隊長、リリスの名に置いて命ずる。

 ソルダークよ、世界を闇に染め上げろ!」

 

 だがリリスはなぜかこちらに一度視線を外した後、舌打ちをしてソルダークを召喚した。

 その姿に蛍は違和感を覚えるが、ソルダークが現れたことで戦いに意識を集中させる。

 

「ちゃっちゃと終わらせるよ!」

 

 運動会を邪魔され気が立っているのか、キュアスパークが雷を手に纏い一歩踏み出す。

 

「ガアアアアアアアアッ!!!」

 

 だが直後、ソルダークが雄叫びと共に全身から突風を引き起こした。

 

「きゃああっ!」

 

 目も開けられないほどの激しい暴風に飲まれ、キュアプリズムが叫びをあげる。

 蛍も両手で顔を覆い風を遮るが、直後、腕の隙間からこちらに迫るリリスの姿を捉える。

 

「させない!」

 

 だが寸でのところでキュアブレイズが火球を投げ飛ばし、迫る気配を追い払った。

 蛍たちは跳躍して一度距離を置き、ソルダークの生み出した暴風から逃れる。

 そこへ上空からリリスが飛来するが、蛍は地を蹴り自らリリスを迎え撃った。

 

「キュアシャイン!」

 

 キュアブレイズがこちらに向かって叫ぶ中、蛍は空中でリリスと組み合う。

 だが正直なところ、リリスが相手であれば好都合だ。

 真っ先にこちらに向かってきてくれるだろうから、キュアスパークたちがソルダークの浄化に専念できる。

 だがリリスは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら、どこか憂いのある目で睨み付けてくるのだ。

 先ほど感じた違和感が徐々に大きくなっていく。

 

「リリス・・・?」

 

 リリスが困惑しているようにしか見えない。

 そうでなくても、これまで自分に対して必ず見せてきた気性の荒さも悦びも見せない。

 一体彼女の身に何が・・・。

 

「キュアシャイン!!」

 

 だが直後、リリスがいつものような形相を浮かべてこちらに爪を薙いできた。

 不意を突かれた蛍は防御しようとするも反応が遅れてしまう。

 だが次の瞬間、リリスに向かって炎を纏ったヴェールが真っ直ぐに飛んできた。

 リリスは一旦こちらと距離を取り、その一撃を回避する。

 そしてキュアブレイズがこちらの手を引き、一度地上へと降り立った。

 

「キュアシャイン、大丈夫?」

 

「うん、ありがとうキュアブレイズ。」

 

 キュアブレイズにお礼を言いながらも、蛍は再びリリスの方へ視線を戻す。

 視線の先にあるリリスの表情には、いつもの様に敵意に満ちていた。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 キュアシャインのことはキュアブレイズに任せ、要はソルダークと対峙する。

 

「ガアアアアアッ!!」

 

 ソルダークが先ほど同じ暴風を放つ。

 さすがにあの暴風を前に正面から立ち向かうことは出来ないだろう。

 

「それなら!」

 

 要は得意のスピードを武器に横へ避け、そのまま回り込み視覚外から攻めこもうとする。

 だが暴風の範囲は広く、ソルダークが僅かに体を傾けるだけで射程に入ってしまった。

 

「キュアスパーク!」

 

 暴風を受ける寸でのところで、キュアプリズムの展開したバリアが身を包む。

 この暴風の中では正面に盾を展開しても、側面から流れ込む風までは防げないと判断したからだろう。

 だがバリアの中にいたままでは、こちらが身動きを取れない。

 するとキュアプリズムが両手に光を纏い、上空からソルダークに目掛けて飛来した。

 

「はあああっ!」

 

 バリアを纏い強度を高めたキュアプリズムの拳がソルダークの脳天を直撃する。

 次の瞬間、ソルダークがよろめくとともに暴風が収まった。

 この好機を逃すまいと、要は雷を纏って一気にソルダークまで接近する。

 

「ガアアアアアアアアアッ!!」

 

 だがあと一歩及ばず、ソルダークが態勢を立て直し再び暴風を放った。

 かわすことも出来ず、要は吹き飛ばされてしまうが、そのままの流れに身を委ねて着地し、一旦後退する。

 ソルダークは今度はキュアプリズムを睨んできたが、彼女も1人じゃ対処できないと判断したのか一旦、こちらへと合流した。

 

「結構手強いソルダークやな。」

 

「ええ、私たち2人じゃ少し厳しいかも。」

 

 せめてあと1人、ソルダークの気を引くために欲しいところだが、キュアシャインとキュアブレイズはリリスと交戦中だ。

 だがこれまでキュアシャインもキュアブレイズも、自分たちがダークネスと戦う意味を見失ったことはない。

 ソルダークの浄化を最優先すること。挟撃できるチャンスは必ず来るはずだ。

 要はその瞬間を伺うべく、なるべく力を温存して立ち回るのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 キュアブレイズの援護を受けながら、蛍はリリスと対峙する。

 正面から向けられた爪を受け止めるも、こちらの拳を振るえば距離を開けてかわされる。

 だがその一瞬を逃さずにキュアブレイズが火球を撃ちこみ、怯んだリリスの隙を縫うように再び蛍は彼女に接触する。

 キュアブレイズの力を借りることで、蛍は初めてリリスと渡り合えていた。

 

(だいじょうぶ・・・たたかえる!)

 

 今までずっと、リリスの怒りに満ちた言葉に、憎しみに満ちた攻撃に、その恐ろしい執念に怯えてきた。

 だけど今日は違う。彼女のことなんて怖くはない。

 

「キュアシャイン!」

 

 いつもの様に怒りに震える声を聞いても怯えない。

 鋭利な爪を正面に向けられても怖気づいたりはしない。

 

(きょうのわたしは・・・だいじょうぶ!)

 

「なぜ・・・?なぜいつものように怯えないの?」

 

 こちらの様子を不審に思ったリリスの方が困惑する有様だ。

 だが蛍はそれを好機と捉えた。

 

「いまのわたしなら・・・きっとだいじょうぶ!」

 

 キュアブレイズが、千歳が背中を守ってくれるから。

 そして何よりも、今日が運動会だったから。

 要と雛子にたくさん支えてもらえた。

 クラスメートのみんなからも応援してもらえた。

 そのおかげで2人3脚を完走することができた。

 今まで苦手と思っていたこと。

 自分の力だけでは絶対に成し得なかったことを、みんなから支えてもらえたおかげで成し遂げることが出来たのだ。

 それは確かに、蛍に自分を信じる自信を与えたのだ。

 

「きょうのわたしは、ほんのちょっぴりだけつよいんだから!」

 

 蛍が叫んだ次の瞬間、右手に僅かな光が灯るのだった。

 

「え・・・?」

 

 それを見たリリスが驚愕する。

 隣に立つキュアブレイズも不思議そうな目でこちらを見る。

 右手に宿る希望の光の力を、蛍も確かに感じられた。

 手に宿る希望の光はうっすらとボヤけて、今にも消え入りそうなほど儚いが、それでも蛍の意思で手のひらを踊る。

 今まで無心に引き出していた力を、蛍は微量ながらも初めて自分の意思で操ったのだ。

 

「・・・よし。」

 

 それもまた、蛍の自信へと繋がる。

 

「ついにやったわね。キュアシャイン。」

 

 戦闘中にも関わらずキュアブレイズが優しく褒めてくれた。

 その言葉に蛍もはにかみ、再びリリスを見据えてから右手を差し出す。

 例えどんなに微弱だとしても、これまでのように何も持たないよりは遥かにマシだ。

 

「っ!?ソルダーク!」

 

 そんな小さな力にもリリスは驚いて飛び退き、ソルダークを呼び寄せた。

 ソルダークがキュアスパークたちを無視してこちらに向かって暴風を放つ。

 

「はあああっ!!」

 

 だがそれに対して蛍は、正面から爪を薙ぐように手のひらを振り降ろした。

 次の瞬間、蛍の正面から来る暴風のみ、まるで抉り取られたかのように薙ぎ払われる。

 

「えっ!?」

 

 横で見ていたキュアブレイズが回避することも忘れて驚愕する。

 キュアスパークたちも一瞬、何が起こったのか分からないと言った表情を浮かべたが、すぐに我に返ったキュアスパークがソルダークに重い打撃を撃ちこんだ。

 

「ガアアアアアアアッ!!」

 

 雄叫びとともに後退するソルダークは、再びキュアスパークに狙いを定める。

 それを確認した蛍はすぐさまキュアスパークの元へと飛び、合流する。

 

「キュアスパーク!

 わたしがみちをひらくから、そのうちにソルダークにこうげきして!」

 

「わっ、わかった!」

 

 再び正面からソルダークの暴風が飛んでくる。

 だけど蛍は怯まない。

 今の自分は絶対に負けない。

 今日一日を乗り越えた蛍には、そう思える自信が沸いてきたのだ。

 

「はあああっ!!」

 

 蛍は再び光を纏った拳を地面に向かって振り降ろす。

 次の瞬間、拳が振り降ろされた直線上の暴風だけが跡形もなく消し飛ぶだけでなく、側面から流れ込む風もまるで壁に遮られたかのように遮られた。

 まるでその空間だけ、全ての力が消失したかのような不思議な現象が起きたが、キュアスパークはその機を逃さず、正面からソルダークに殴りこむ。

 腹部にキュアスパークの一撃を受けたソルダークは前のめりに倒れ込み、続いてキュアブレイズとキュアプリズムが側面から追い討ちを仕掛け、最後に蛍が跳躍し、頭上からソルダークを踏みつけた。

 完全に地面に倒れ込んだソルダークを正面から捉えたキュアスパークが、右手を横にかざす。

 

「光よ、走れ!スパークバトン!」

 

 キュアスパークがスパークバトンを構えた姿を確認した蛍は、ソルダークから距離を置く。

 

「プリキュア!スパークリング・ブラスター!」

 

 キュアスパークの浄化技を受けたソルダークは、断末魔とともに消滅する。

 

「・・・キュア・・・シャイン・・・。」

 

 そしてリリスは、自分の名前をか細い声で呟き姿を消すのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 リリスを退けた蛍たちは無事に閉会式を迎えることができた。

 生徒たちはみんな列に並びながら、自分たちのチームがいつ名前を呼ばれるかを待ちわびる。

 

「第4位!白組!続いて第3位!緑組!」

 

 2組と4組からは落胆の声が、1組と3組からは安堵の声が聞こえる。

 残るは自分たち1組の赤組と、千歳のいる3組の青組だ。

 途中経過を覆すことなく、1組と3組による一騎打ちとなった。

 

「そして第1位は!」

 

 1位が決まれば2位も自動的に決まる。

 だから夢ノ宮中学校での運動会は、先に1位を発表するのが定番となっていると要から聞いたことがある。

 1組と3組の間に緊張が走り、生徒の中には両手を握って祈る人たちも見られた。

 そして・・・

 

「赤組!優勝おめでとうございます!」

 

 結果発表の後、周囲にいる生徒たちが一斉に喜びで湧き上がる。

 だが賑やかな周囲に対して蛍は、言葉の実感が持てず放心状態でその場に佇んでいた。

 

「やったな蛍!」

 

「私たちの優勝よ!」

 

 だがそれも、要と雛子に抱きつかれてようやく実感が伴ってきた。

 直後蛍の心から、喜びと達成感が爆発した。

 

「やったあ~!」

 

 要と雛子に挟まれながら、蛍は嬉し涙を流す。

 

「ありがとう、蛍ちゃんの応援のおかげだよ。」

 

 そんな自分の元に、学級委員のかな子が声をかけてきた。

 だがその言葉の意味が分かりかねず、蛍は首を傾げる。

 

「え?」

 

「あなたの精いっぱいの応援が、私たちに力をくれたの。」

 

 かな子の言葉に、クラスメートたちは全員笑顔で頷いてくれた。

 要と雛子も優しく背中を押してくれた。

 本音を言えば、自分の応援なんかがそこまで力になれたのだろうか?と思ってしまったが、彼女たちの表情からは遠慮が感じられなかった。

 

「・・・うん、ありがとう!」

 

「もう、なんで蛍ちゃんがお礼を言うのよ?」

 

 クスクスと笑うかな子に蛍も恥ずかしそうに微笑む。

 でも本当に、お礼を言いたいのはこちらの方なのだ。

 運動が苦手だったから、運動会でみんなと力を合わせることなんて出来ないと思っていたから。

 でも自分はきっと、みんなを応援することでその輪の中に入ることが出来たのだから。

 

「蛍。」

 

 名前を呼ばれた蛍は要の方を振り向く。

 

「運動会、楽しかったやろ?」

 

「うん!」

 

 蛍はそれに迷いなく答えることが出来た。

 みんなで力を合わせて協力し、1つの学校行事に取り組む。

 また1つ、夢を叶えることが出来た蛍は、クラスの輪の中で喜びを分かち合うのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 次回予告

 

「アップルさんが出張!?」

 

「帰ってくるまで千歳ちゃん1人暮らしってことよね?大丈夫?」

 

「平気よ。出張と行ってもほんの3日だし、何も問題はないわ。」

 

「でっでもちとせちゃん、家事とかしたことあるの?」

 

「ないけどアップルが横でやっているのいつも見ていたもの。何も心配はいらないわ。

 アップルがいなくても、3日くらい私1人で大丈夫なんだから!」

 

「「「不安だ・・・。」」」

 

 次回!ホープライトプリキュア第18話!

 

「リン子が出張!?千歳の一人暮らし初体験!」

 

 希望を胸に、がんばれ!わたし!

 

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