第25話・プロローグ
蛍とリリンが眠りに着いた後、健治はリビングで陽子と話をしていた。
「しかし驚いたよ。
俺のいない間に女の子を1人引き取ることになってるなんてな。」
仕事を終えて家に帰って来てみれば、見知らぬ女の子が娘と夕食の支度をしており、話を聞けば夏休みが終わるまでの一か月、この家に住ませることになったと言うではないか。
本来ならば、自分を含めた家族全員の意見を聞いて話し合うべき重大な内容である。
「ふふっ、ごめんなさい。なんだか断り切れなくて。」
だが陽子は謝罪こそすれど、口元に手を当てて微笑むその様子はとても反省しているようには見えなかった。
健治はわかりやすいため息を吐き、言葉を続ける。
「全く、俺を差し置いてそんな大事な話を決めるなんて、一応俺がこの家の大黒柱だぞ?」
「あら?どうせ断らなかったくせに。」
陽子が身も蓋もない言葉で返してくる。
確かにこの場にいたとしても、リリンの事情を聞く限りではこちらも賛成していただろう。
つまり妻の独断は、裏を返せば自分への信頼の表れと言える。
だからと言って、大黒柱たる自分を除け者にして話を進めていい理由にはならない。
要するに、知らぬところで話を決められたことが、少しだけ不満だったのだ。
「それに可愛い女の子が増える分には、健治さんだって困らないでしょ?」
しかしこちらの心境を余所に陽子は悪戯っぽくニヤリと笑いながら、極めて遺憾なことを言ってのける。
「お前な、誤解を招くような言葉は控えなさい。」
「学生時代、何度も私にアプローチをかけ続けたのはどこの誰だったかしら?」
「いつの話だよ。いい加減それを蒸し返すのは止めろよな・・・。」
陽子とは高校時代からの同級生だ。
当時から陽子は、学校一の美少女だのマドンナだのと呼ばれるほどの美貌を持ち、それはそれは大変モテたものだ。
学校内の男子全員のアイドルであり、かく言う健治も彼女の魅力に一目ぼれした男子の1人だった。
だが周囲からは美男美女のお似合いカップルだと冷やかされたものの、肝心の陽子はこちらには目もくれず、何度もお近づきになろうと声をかけ続けている内に高校の卒業式を迎えてしまった。
だが偶然にも同じ大学に進学することになり、その縁が陽子を諦めさせたのか、交際を始めるきっかけとなったのだ。
確かに今にして思えば、節度を弁えていたとはいえストーカー一歩手前の行動だったと言えるだろう。
だが結婚してからと言うもの、陽子は事あるごとにその話題をダシに主導権をもぎ取ろうとするものだから、我が妻ながら強かな性格である。
「こういうところ、蛍には本当に似ないで欲しいよ。」
「何か言った?」
「いや、何も。」
そんな陽子も、娘である蛍には健治以上に弱い。
案の定、蛍の名前を出した途端に笑顔のまま背後から黒いオーラが見えるような無言のプレッシャーを与えて来た。
健治はやれやれと、首を振りながら再びため息を吐くが、そこで一転、真剣な眼差しで陽子を見据える。
「あの子を引き取ることには反対しないが、君ならわかっているよな?」
その言葉を聞いた陽子も、急に真面目な面立ちで耳を傾けるのだった。