ホープライトプリキュア   作:SnowWind

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第26話・Bパート

 リン子の一喝で落ち着きを取り戻した雛子たちは、ようやく海へと足を運び入れた。

 

「わっ、つめたい・・・。」

 

 初めての海の冷たさに身体を強張らせたリリンは、その場でピタリと足を止めてしまう。

 

「リリンちゃん、急に入らないで、落ち着いて身体を慣らしていくのよ。」

 

「リリン、こうやって少しずつ身体に海水をかけてから入るといいわよ。」

 

 雛子と千歳のアドバイスを聞いたリリンは、言われるがままに海水を身体にかける。

 そのまま蛍の動きを真似て膝を屈ませ、身体を海へとつけていく。

 

「・・・ホントだ。さっきよりも冷たくない。」

 

「冷たく感じないって言うのが正しいわね。

 体温が下がったから相対的に海の中を冷たく感じなくなってるのよ。」

 

 付け足すと、前もって準備運動をしっかりとやっておくと体温が上昇するので、海水を身体に浴びても体内温度を維持しやすく、身体が緊張しにくくなる。と千歳は説明する。

 先ほどの要からの説明も合わせて、準備運動の大切さを今一度理解したリリンは興味深そうに頷きながら千歳の話を聞いていた。

 

「・・・それで、これからどうすればいいの?」

 

 海どころかレジャーそのものが初体験なリリンにとっては何もかもがわからないことだらけなのだろう。

『遊ぶ』と言うこと自体がぎこちないリリンの姿は初々しく、雛子は口に手を当てて微笑む。

 

「リリンちゃん、いっしょにあっちの方までいってみよ!」

 

 蛍がリリンの手を取り、浅瀬から少し離れたところを指さした。

 慣れないリリンを先導する蛍の姿が普段よりもどこか頼もしく映るのが何だか可笑しく、雛子は再び微笑むが、ふと、蛍たちが向かおうとする方面を思い出し千歳の手を引っ張る。

 

「千歳ちゃん、ちょっとついてきて。」

 

「え?ええっ。」

 

 駆け足で蛍たちよりも早く移動すると、不意に雛子の身体が胸元まで海に浸かった。

 不意に水深が増したことに千歳は驚きながらも、こちらの意図を悟ってくれたように頷く。

 以前、要たちとここへ来たとき、急に水深が深くなったことを思い出した雛子は、先回りして蛍たちを注意しようとおもったのだ。

 自分たちの身長でさえ胸元まで浸かってしまうのだから、蛍は勿論、リリンも全身が海に沈んでしまうだろう。

 無論、こうして自分たちが監視しているのだから蛍とリリンの身に大事があるなんてことはないが、それでも怖がりの蛍に海に慣れていないリリンのことだ。

 まだ海に来て間もないのに、驚きの余り必要以上に警戒心を抱いてしまってはこの先存分に楽しむことが出来なくなるかもしれない。

 

「蛍ちゃん、ここから先は急に深くなるから気を付けて・・・。」

 

「ふわっ!」

 

「ひゃあっ」

 

 だが雛子の警告も虚しく、蛍とリリンはさながらバラエティのお約束が如く頭まですっぽりと沈んでしまった。

 念願叶って友達と一緒に海に来られたことに舞い上がっていたのか、はたまたリリンに夢中で周りが見えなくなっていたのか、蛍はこちらが先回りしたことにも気づかない様子だった。

 とは言えこれくらいは予想していた範囲内。

 さほど慌てた様子を見せずに、雛子はクスクスと笑いながら蛍を引き上げる。

 

「ぷはっ!」

 

「蛍ちゃん、大丈夫?」

 

「うん・・・ありがとうひなこちゃん。」

 

 少ししょんぼりとした様子で蛍がお礼を言う。可愛い。

 隣では、千歳がこちらに倣ってリリンを引き上げていた。

 

「ふわあ・・・びっくりした。」

 

「リリン、海水飲んでない?」

 

「大丈夫。ありがと、ちとせ。」

 

 先週以来、すっかり打ち解けた様子の2人に和みながら、雛子は改めて2人に注意する。

 

「ここから先、急に深くなってるのよ。

 私たちくらいなら大丈夫だけど、蛍ちゃんたちにとってはちょっと深いみたいね。」

 

 この海水浴場では此処の深度が大人と子供を別つ境界線となっており、蛍たちと同じくらいの背丈の子ども・・・要するに小学生くらいの子たちは此処よりも浅瀬で遊んでいる子が多く、それ以外は浮き輪か、保護者と一緒だ。

 普段ならこの海水浴場に来ると、雛子は要につられて此処よりも奥の方へと行っていたが、蛍たちがいる以上、今回は浅瀬で留まった方がいいだろう。

 

「蛍ちゃん、泳ぐことって出来る?」

 

 念のため、泳げるかどうか聞いてみるが、運動が苦手を語る彼女のことだから答えは分かり切ったものである。

 

「えと・・・いぬかきくらいなら・・・。」

 

 予想通りの答えだったが、恥ずかし気に手をモジモジさせながら言うものだから思わずぎゅっと抱きしめたくなる衝動に駆られる。

 ついでに言えば彼女が必死で犬かきをしながら泳ぐ姿を想像してしまい、海の上だと言うのにこの場で卒倒しそうになるが、そこはぐっと堪える。

 リリンは聞かずとも泳ぎを習ったことはないだろうし、2人を連れてこの場から離れた方がいいだろうと思ったその時、

 

「いたいた、おーい蛍!リリン!」

 

 1人やることがあると浜に残った要がようやくこちらへと駆けつけてきた。

 

「はいこれ。」

 

 そしてこちらに向かって2つの浮き輪を投げつけてきたのだ。

 

「あっ!浮き輪だ!」

 

「うきわ?」

 

 浮き輪を前にした蛍は、はしゃぎながらそれを取りに行く。可愛い。

 浮き輪までたどり着いた蛍は、一呼吸置いて潜り浮き輪の中心から顔を出す。

 

「リリンちゃん、こうやって、浮き輪のまんなかにはいって手をおいてみて?」

 

 蛍が説明する傍らで雛子は浮き輪を拾い上げ、千歳が抱えるリリンに頭から浮き輪を被せる。

 そして蛍に倣ってリリンが両手を浮き輪の縁に置いた後、千歳が手を離すと・・・。

 

「!?ほたる!あたし、水の上で浮いてるよ!」

 

 初めての浮き輪を体験したリリンがはしゃぎながら喜びを露わにした。

 

「でもどうして浮かべるの?」

 

「この浮き輪はね、ビニールって言って水を弾く素材でできていて、中に空気が入ってるのよ。」

 

 だから水よりも比重が軽いから浮くことが出来る・・・等々リリンに分かりやすく説明する。

 

「そっか、面白いんだね。浮き輪って。」

 

 彼女は満足げにそう頷き、蛍に倣ってバタ足で泳ぎ始める。

 

「へえ、面白い遊具があるのね。」

 

 そんな光景を感心した様子で眺めているのは千歳だった。

 

「まあ本来は泳げない子どもの補助に使うためのもので、足のつかないところまで遊びに行くためのものやないんだけどね。

 だから蛍、リリン。そっち足届かんならこっちに来てな。」

 

「「はーい。」」

 

 子供の面倒を見慣れている、と言うだけあって要が蛍とリリンを引率し、そんな光景を千歳がどこか悔し気に見ていた。

 保護者代理と息巻く要と千歳に見守られながら、無邪気に遊ぶ蛍とリリン。可愛い。

 

「蛍もリリンも、楽しそうに遊んどるね。」

 

「本当、よっぽど楽しみだったのと、よっぽど楽しいのね。」

 

 そんな2人の姿を見ている内に、雛子の内でこれまで秘めていた想いがふつふつと浮上していく。

 

「・・・可愛い。」

 

「ん?」

 

「私さ、実は前々からずっと思ってたんだけど。」

 

「何を?」

 

「リリンちゃんって・・・蛍ちゃんに負けないくらい可愛いわよね!」

 

「「は?」」

 

 困惑する要と千歳を余所に、雛子は普段蛍に向ける恍惚とした表情をリリンにも向けて熱弁する。

 

「蛍ちゃんよりも少し背が高いけどリリンちゃんも十分に小っちゃくって可愛い子よね!?

 それにあの長い黒髪に宝石のような赤い瞳!

 まるで日本人形と西洋人形の良いところを総取りにしたかのような幼いながらもどこか神秘的な雰囲気!

 はあっ!蛍ちゃんのことをずっと天使だと思っていたけどリリンちゃんも負けずに天使よね!

 いいえ、イメージカラーが蛍ちゃんと対になるから堕天使?

 堕天使ってことは悪魔いいえ小悪魔!そう、愛くるしい笑顔と仕草で人を魅了していくまさにリリンちゃんはまさに小悪魔よ!!

 蛍ちゃんが天より降り立った天使だとすれば、リリンちゃんは地よりい出し小悪魔ね!

 はあ・・・天使と悪魔が手を取り踊り笑いあうなんてここは天国それとも地獄?」

 

「知らんわ。」

 

 雛子の熱いパトスと共に迸る独白を鼻で失笑しながら要が覚めた目つきでこちらを見る。

 普段ならその反応に気持ちの1つでも冷めるところだったが、天使と小悪魔に魅了された雛子はそれどころではなかった。

 

「こうしてはいられないわ!

 今すぐにでもリン子さんから取り上げられたカメラを取り戻しにいかないと!!」

 

「あっ、ちょっと雛子!」

 

 要の方など見向きもせずに、雛子は浜へと戻っていく。

 

「放っておきなさいよ。」

 

「でも千歳。」

 

「さすがの雛子も蛍とリリンが本気で嫌がれば止めるわよ。

 本人だって楽しみにしていたのだから、少しくらいは好きにさせてあげなさい。」

 

 そんな千歳の温情も耳に届かず、雛子は深々と頭を下げながらリン子から蛍とリリンが嫌がらない範疇で、と言う条件でカメラを返してもらう。

 返し際、リン子はひと際呆れた表情を見せていたが、そんな反応でさえ今の雛子の思いを冷めされるには至らなかったのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

「情報通り薄着の連中が多いな。ここは暑いのか?」

 

「さあ?僕たちには知り様がないからね。」

 

 モノクロの世界よりかの地に降り立ったダンタリアとサブナックは、グリモアとサブローに姿を変えてプリキュアを追って夢ノ宮海水浴場を訪れていた。

 この地では今は夏と言う、1年を通じで最も暑い季節を迎えている。

 かの地の7割以上を占めている海に入るのも、今の季節だからこそ成せる娯楽なのだろう。

 最も、五感を持たない自分たちにはまるで縁のない話だが。

 

「それよりも、本当にプリキュアたちまでこの土地にいるのだろうね?」

 

 プリキュアの排除を最優先とすること。

 モノクロの世界を離れ本国へと向かったアモンが残した命令に従い、グリモアたちはこの地の侵攻よりもまず、プリキュアを討つべくここまで来たのだ。

 これまではプリキュアが変身していなければ気配を探ることが出来なかったので、こちらから直接やつらの元へと向かうことはなかったが、今はリリスがやつらと共にいる。

 そしてリリスがダークネスから離れたとはいえ、彼女の生体モニターは今でもアモンの端末で観測することができる。

 つまりリリスの生体反応を追ってここまで来たのだが、あくまでもリリスの反応しか探知できない以上、プリキュアたちも共にいるという確証はない。

 いなければリリス1人でも倒せば良いかもしれないが、そうなった時の懸念材料が蛍の存在だ。

 かつてあの少女が生み出したダークシャインの力は、行動隊長は愚か司令官クラスさえも凌駕しており、その上で自我を持って行動していた。

 つまりあれは誰かに御できる存在ではない。

 もしもリリスを失ったことがきっかけとなり彼女が再びダークシャインを生み出すようなことがあれば、そしてそれが無差別に牙を剥くようなことがあれば・・・。

 その危険性を捨てきれない以上、せめて蛍だけでもリリスと共に倒しておきたい。

 だからリリス1人がこの地にいたところで、グリモアたちは動き様がないのだ。

 そんな疑問に対してサブローが一呼吸を置いて答える。

 

「リリスがこの地についてどれだけの知識を身に付けているかは知らんが、流石にここで生きていくことは想定していないだろう」

 

 だからこれまで任務の度にこの地に出向いており、この世界に長期滞在することはなかったと続き。

 

「あいつは必要外の知識は身に付けようとはしないやつだ。

 この世界で生きる知識に乏しいあいつが1人でこんな離れの土地に足を運べるはずがない。

 ならばやつがここへ来ているのであれば・・・。」

 

「この世界に住み慣れているもの、プリキュアたちと一緒にいる可能性が高いと。」

 

「そういうことだ。

 それにもしもやつが人目を忍んで生きていく道を選んだのだとすれば、猶更このような人が集まる場所に来ようと思わないだろうしな。」

 

 以前の戦いでリリスはプリキュアたちとショッピングモールを訪れていた。

 この世界で人として生きるために必要な品々を買っていたとすれば、やつはプリキュアたちと共に生きる道を選んだことはほぼ確定と見ていいだろう。

 つまり、リリスの反応が見慣れぬこの地にあった時点で、プリキュアとが同伴している結論が見えてくるのは必然である。

 

「流石、お姫様については詳しいね。」

 

 珍しくサブローにしては理論整然とした言葉に、グリモアは皮肉めいた笑みを浮かべて嘲笑する。

 だが本題はここからだ。

 いくらこの地にリリスがいることが分かったとしても、詳細な位置情報まではモニターからは観測できず、希望の光は使われなければ探知できない特性上、プリキュアへと覚醒したリリスの力も変身してもらわなければ探知できないのだ。

 そしてリリスにはもう絶望の闇は残されていない。

 つまりリリスの生体モニターからおおよその位置を割り出しこの地まで降り立った後は、自らの足を使って彼女の捜索に当たらなければならないのだ。

 だからこの場に置いて最も怪しまれない格好をしなければならないと思い、グリモアはハーフパンツと上半身裸に白いシャツを羽織った姿でいるのだが・・・。

 

「ところで、なぜ君はそんな格好をしているんだい?」

 

 サブローの姿は赤い褌一丁だった。

 

「この場においてはこれが最も適した格好ではないのか?」

 

 あくまでも真面目に、そしてなぜそんなことを問われているのか分からないと言った様子でサブローが真顔で聞き返してくるが、グリモアは盛大なため息を吐く。

 全く、リリスが絡めば論理的な思考が出来ると言うのに、なぜ普段はこうもかけ離れているのか理解ができない。

 現にサブローの注目度は大きく、物珍しさからか余計なギャラリーを増やしているではないか。

 これからリリスを探してくまなく歩き回らなければならないと言うのに、こうも人を集めては動きずらい。

 

「それに、注目ならば貴様も浴びているではないか。」

 

「なんだと?」

 

 だがサブローからの忠告にグリモアは珍しく驚きながら自身の周囲を見渡す。

 見るとサブローほどではないが、確かに自分も注目を集めていた。

 

「なぜだ?他と比べても特別おかしなところはないはず・・・。」

 

 さらに奇妙なことは、こちらが視線を集めているのは女性ばかりと言うことだ。

 それも目の焦点がどこか合っていないような、だがしっかりとこちらを見定めているような、妙に惚けた表情を浮かべている。

 男性からの視線を全く集めてない以上、老若男女問わず注目の的となっているサブローと違ってこの格好は常識の範疇であることは間違いないだろうが、もしかしたら女性から見ればどこか不審な点があるのかもしれない。

 だが流石のグリモアも、性差の違いに置ける価値観にまで理解は及んでおらずその原因がわからないでいた。

 

「上半身がシャツ一枚と言うのがおかしいのではないのか?」

 

 相変わらず褌一丁で仁王立ちしているサブローから聞きたくもない助言を授かる。

 だが彼の言うことは最もかもしれない。

 確かに道行く男性は上半身を晒しているものが圧倒的に多い。

 子供から大人までそうなのだから、この場所での格好としては特に不自然ではないのだろう。

 なぜ女性からのみ注目を受けているのか、と言う問いには何の解答にはなっていないかもしれないが、それこそ自分の知らぬ男女の性差による感性、が原因なのかもしれない。

 

「仕方がない。」

 

 グリモアは羽織っていたシャツを脱ぎ、肩にかける。

 だがなぜか余計に女性からの注目を集める結果に終わってしまった。

 それも惚けるだけだったのがなぜか甲高い声まで上がり始めた。

 

「・・・逆に注目度が上がったぞ。」

 

「なら知らん。」

 

 これ以上の問答は無用と判断したグリモアはシャツを肩にかけたまま、仕方なくリリスの捜索に向かうのだった。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 ひとしきり海を泳いだ千歳たちは、その後ビーチボール、西瓜割等、海での遊びを堪能し、今はビーチパラソルの影の下、シートの上で寛いでいた。

 それでもまだ遊び足りないのか、蛍とリリンはレミンと一緒に砂のお城を作って遊んでいる。

 

「レミン、バケツいっぱいに海水いれてきたよ。」

 

「ありがと~リリン。

 砂のお城はね~、水を含ませると丈夫になるんだ~。」

 

「そうなんだ。レミンちゃん、ものしりだね。」

 

「へっへ~ん。前にテレビで見たときそう言ってたからね~。」

 

 レミンが鼻を高くして得意げにごちる。

 だが砂城を作った経験のないレミンたちでは、砂の小山を作るのが精いっぱいだろう、とは言わぬが花だ。

 せっかく本人たちがこうしてやる気を見せているのだからそれを見守るのも保護者の務め。

 それにリリンはレミンにも負い目を感じていたので、こうして仲良く出来ているだけでも十分である。

 

「ふふっ、蛍もリリンも凄く楽しそうね。」

 

 リリンだけでなく、蛍にも笑顔が溢れていた。

 元々友達と一緒に何かをやることが夢であったと語る彼女だ。

 海水浴場を初めて訪れた自分でさえ心が躍るほど楽しかったのだから、彼女の喜びようとくればそれよりも大きいことは想像に難くない。

 事実、要ですら少し休憩と言ってシートの上で寛いでいると言うのに、まだ疲れを自覚する様子を見せていないのだ。

 

「あれだけ燥いでいちゃ、帰るころにはクタクタになるでしょうね。」

 

 そうは言いながらも雛子は止める様子を見せず、楽しく砂のお城を作る3人の様子をカメラに収める。

 リン子からカメラを返してもらった雛子は、蛍とリリンの写真は1つの遊びに付き、合わせて3枚までと言う条件の下で写真を取ることを許可されたのだ。

 当然、4万枚も取るつもりだった雛子からは不服の声が上がったが、要とリン子に一蹴され、約束を破ったらカメラを押収して今日のデータは全て消すと脅されたので渋々と従うことにしたのだ。

 それでも今はもう不平不満な様子を見せず、彼女もまた楽し気にみんなの様子をカメラに取っていた。

 

「カメラのデータ、後で私たちにも頂戴ね。」

 

「勿論、今度データを複製して渡すわ。

 あっ、蛍ちゃんとリリンちゃんの写真は私専用だからね?」

 

「はいはい。」

 

 雛子の冗談とも本音とも取れる言葉を軽く受け流し、内心ガッカリしながら千歳は再び蛍とリリンに目を向ける。

 レミンと一緒に無邪気に遊ぶ2人の姿はとても幸せそうで、平和な様子そのものだった。

 それだけに千歳の心の奥がチクリと痛み、無意識の内に沈んだ表情を浮かべてしまう。

 

「気にしてるの?」

 

 こちらの様子を見かねたのか、要が隣に腰掛けてきた。

 

「要。」

 

「キュアシャイン・サハクィエルとキュアシャイン・レリエルの力。

 それから、ネオ・ソルダークのこと。」

 

「・・・。」

 

 考えが見抜かれ沈黙するこちらの様子を見た要が、我が意を得たりと言わんばかりに微笑む。

 

「強かったもんな、ネオ・ソルダーク。」

 

 要の言葉に、千歳は無言で頷く。

 

「リリンちゃんが言ってたわね。

 ディスペアー・カードは、元々ソルダークをネオ・ソルダークへと進化させるために作られたものだって。」

 

 要の言葉に雛子が続く。

 本来の目的がそうなのであれば、ダークネスにとってもダークシャインの誕生は予想外だったのかもしれない。

 だが結果として、ディスペアー・カードにはダークシャインの力が残ってしまった。

 そしてその力を得て進化したネオ・ソルダークには、ダークシャインの能力が継承されており、まともに戦えば希望の光は全て打ち消されてしまうのだ。

 

「ウチらの攻撃が最初通じなかったのも、ダークシャインの力を持ってるからって見て、間違いないやろな。

 蛍とリリンがいなかったら、絶対に勝てんかった。」

 

 要の言う通りだ。

 前回の戦い、ネオ・ソルダークがキュアシャイン・サハクィエルとキュアシャイン・レリエルの力を浴びた後から、こちらの攻撃が有効となった。

 キュアシャインの力とダークシャインの力は、どちらも蛍の心から生まれたものだ。

 本質的には同じながら相反する感情から生まれた2つの力は、ぶつかれば互いの特性を打ち消し合うのかもしれない。

 つまりこれからの戦い、2人の力がなければ自分たちはまともに戦うことすら出来なくなると言うことだ。

 だけど・・・。

 

「それでも、2人にばかり負担をかけさせるわけにはいかないよね。」

 

 雛子が自分と全く同じ思いを口にする。

 

「千歳も雛子も、もうウチらの力じゃ敵わない、なんて思うなよ。」

 

 要が元気づけるように話しかける。

 

「希望の光は、ウチらの思いの力。

 ウチらが負けないって強く思い続ける限り、絶対に負けない。

 相手の力の大きさなんて関係ない。

 ウチらはウチらの力を、ウチらのことを信じるだけや。」

 

「何偉そうに当たり前なこと言ってるのよ。」

 

 そんな要に、雛子は『当たり前』だなんて言ってのける。

 要にも雛子にも、一切の迷いが感じられなかった。

 どんなことがあっても決して折れないこの子たちの心は、本当に強い。

 

(・・・全く、私も軟になったものね。)

 

 ダークシャインの一件で蛍のことを守れなかった悔しさが、自分を信じる気持ちを見失ってしまっていたのかもしれない。

 千歳はかつて1人で戦い続けて来たことを思い出す。

 あの時の戦いはとても辛くて苦しいものだったが、少なくともあの時の自分は、どんなことがあっても故郷を救うと言う意思を持ち続けていたはずだ。

 あの時の強さだけでも、今の自分には必要だ。

 

「勿論よ、私はただ帰りを待つお姫様でも、守られるお姫様でもいるつもりはないわ。」

 

 むしろ守る側でいたいのだ。

 自分にとっての大切な小さなお姫様(リトル・プリンセス)たちを。

 例え彼女たちの方が強くなったとしても、その思いに変わりはない。

 むしろこれから先、ダークネスの矛先は本格的に彼女たちに向けられるはずだ。

 それならば、彼女たちが戦うことに専念できるためにも、自分が守護騎士としてその身を守り続けるのだ。

 要も雛子も、同じ決意を秘めた眼差しをこちらに向ける。

 その時・・・。

 

「おい、なんか向こうの方が騒がしくないか?」

 

 ベルが人の騒ぎがする方へと指を差す。

 その方へと目を向けると、そこには2人組男性が大勢の人に囲まれながら移動していた。

 

「・・・。」

 

「・・・。」

 

「・・・。」

 

 千歳たち3人はその姿を見て絶句する。

 一方、招かれざる客のご登場を未だに知らない蛍たち3人は、今も無邪気に砂のお城を作っていた。

 

 

 

 

 ・・・

 

 

 

 

 要は心中で大きなため息を吐いた後、それよりもさらに大きなため息を吐く。

 目の前に映る男2人組の内、1人は2mを軽く超える筋骨隆々とした肉体と褌一丁と言う、現代では漢気溢れるを通り越してただの変質者にしかならない格好で堂々と歩いており、もう1人の男は水色の髪とで整った面立ちと持ち、細見ながらも引き締まった上半身を惜しみなく曝け出して女性客から黄色い声を浴びていた。

 2人とも目立つなんてレベルじゃないほどに他の客から注目を浴びているが、そんな面妖な光景を目の当たりにした要たちの脳裏にある人物たちの名前が過る。

 

「なあ、あれ絶対・・・。」

 

「少なくとも、片方はサブナックだ。あの姿には覚えがある。」

 

 困惑した様子の要にベルが答える。

 そう、彼ら妖精は一度サブナックと思しき人物を街中で見かけたことがある。

 その時のことを聞けば、サクラ曰く、『一目見れば分かる』とのことだったが、ここまで堂々と奇人変人注目を浴びて登場するとは連中は正体を隠すつもりがあるのだろうか?

 ・・・いや、少なくともダンタリアと思しき方は格好だけならかなりまともだ。

 本人の容姿のせいで異性からいらぬ注目を集めているだけだろう。

 それはそれで敵ながらムカつく話だが、結果としてサブナックもダンタリアも、まるで正体を隠せていない登場となった。

 

「ん?あそこにいるのは・・・。」

 

「ようやく、見つかったみたいだね。」

 

 するとこちらに気付いたサブナックとダンタリアが視線を向けてくる。

 彼らからの視線を感じ取ったのか、リリンが飛び退くようにこちらを振り返り、2人の姿を確認した。

 

「サブナック!ダンタリア!」

 

 リリンの言葉が2人の正体を確定させる。

 

「やはりここにいたかリリス、キュアシャイン。

 そしてお前たちが残りのプリキュアだな。」

 

「もうこの姿でいる必要性もないね。

 ターンオーバー、希望から絶望へ。」

 

 ダンタリアの言葉と共に闇の牢獄が展開され、2人は良く知る行動隊長の姿へと戻る。

 その瞬間、周囲に闇の牢獄が展開され、道行く人々は姿を消した。

 だが要は彼らから視線を外さないように慎重に構えると同時に、自分の浅はかさを恥じていた。

 彼らの人間態を初めて目撃したものだから対応が遅れたが、こちらが変身する前にやつらの変身を許してしまった。

 やつらは特撮ヒーローに登場するような敵たちではない。

 ヒーローの変身中は攻撃をしてはいけない、何てお約束なんて知る由もないだろうからそこを狙われる可能性がある。

 それは千歳と雛子も気づいているようで、2人はいつでもパクトを召喚できるように構えながらも、彼らの様子を伺っていた。

 どこかで一瞬のスキをついて変身するしかない。

 そう思っていたその時・・・。

 

「どうした?早くプリキュアに変身しろ。」

 

「え?」

 

 サブナックから思わぬ言葉が飛び出て来たものだから要はつい気を抜いてしまう。

 

「・・・変身する前に倒そうとは思わんの?」

 

「そんなことをして倒せても何も面白くはない。」

 

 良かったこいつが戦闘バカで。

 要は内心感謝とも嘲笑とも取れる言葉を浮かべながらスパークパクトを手に取り、

 

「そりゃどうも。武士の情けに感謝するよ。」

 

 非情に癪だが一言お礼を述べながら変身・・・。

 

「武士とは何だ?」

 

 しようと思った矢先に盛大に腰を折られてズッコケる。

 

「かつてこの国のトップに仕えていた戦士たちの総称だよ。」

 

 その質問に答えたのはまさかのダンタリアだった。

 

「いや、なんであんたが知ってんの・・・?」

 

「ここは一応、敵地だからね。

 戦士に纏わる情報は念のため集めていたのさ。

 最も、既に絶えたと聞いているから無駄足だったけどね。」

 

 妙にちゃんとした理由なのが何だか無性に癪だった。

 なぜか戦う前から激しい頭痛に苛まれた要は、気を取り直してみんなと共にパクトを構え、妖精たちは戦いの邪魔にならないように距離を置いた。

 

「「「「「プリキュア!ホープ・イン・マイハート!!!!!」」」」」

 

「「伝説を超えた、2つの光!!」」

 

「キュアシャイン・サハクィエル!」

 

「キュアシャイン・レリエル!」

 

「世界を駆ける、蒼き雷光!キュアスパーク!」

 

「世界を包む、水晶の輝き!キュアプリズム!」

 

「世界に轟く、真紅の煌めき!キュアブレイズ!」

 

「「「「「五つの光が伝説を創る!ホープライトプリキュア!!!!!」」」」」

 

 変身すると、ダンタリアがその間にソルダークを創り出していた。

 

「させない!」

 

 リリンがディスペアー・カードを持つサブナックへと向かっていく。

 

「こちらの準備は待ってくれんのか。

 貴様らには武士の情けとやらは無いようだな。」

 

 もはやどちらが悪役なのかわからないセリフをサブナックは言いながら、カードを掲げ闇の波動を放ちリリンを牽制する。

 その隙をついてダンタリアへとカードを投げ渡した。

 

「暗き闇よ。深淵に囚われし絶望の化身に、闇を撒き散らす力を与えよ!

 ダークネスが行動隊長、ダンタリアの名の下に、その姿を顕現せよ!

 ネオ・ソルダーク!」

 

 ダンタリアが詠唱とともにカードをソルダークへと投げつける。

 カードをその身に取り込んだソルダークは身体を膨張させ、巨大な怪物へと姿を変える。

 山のように盛り上がったその身体は重力に引かれて地に落ち、その巨躯を支えるように四点から丸みを帯びた4つの手足が生えてくる。

 頭部と胴体が繋がっているのではないかと思えるほどに首は短く、鯨のような顔に牛を思わせる2本角がある。

 そして尻には魚類を彷彿させる鰭のついた尾が現れる。

 新たに誕生したネオ・ソルダークは、中東の伝承に伝わる巨大魚『バハムート』を思わせる姿を現した。

 

「行け!ネオ・ソルダーク!」

 

「ガアアアアアアアアアッ!!!」

 

 ダンタリアの命令とともに、ネオ・ソルダークは獣の雄叫びをあげながら、巨大な顎を開ける。

 そして短い4つ足で地を這い、砂浜を飲みこみながらこちらに迫り来た。

 

「みんな!逃げて!」

 

 キュアブレイズの号令とともに要たちは散らばる。

 ネオ・ソルダークの通過した先の砂浜は抉られ、海水が流れ込み海を拡大させる。

 

「なんて無茶苦茶な・・・。」

 

 余りにも強引な攻撃にキュアプリズムが呆れたような声をあげるが、ただの行進だけでとんでもない破壊力だ。

 ここが街中だったらと思うとゾッとする光景が浮かび上がる。

 

「ネオ・ソルダーク!そのままこの地を喰らい尽くせ!」

 

 サブナックの号令とともに、ネオ・ソルダークは大顎を開けたまま進撃するのだった。

 

 

 

 

 ・・・

 

 

 

 

 ネオ・ソルダークの力に圧倒される雛子たちだったが、進撃の直進上にリリンが躍り出て、ネオ・ソルダークの額を素手で受け止め進撃を食い止める。

 だがサブナックがその隙をつき、リリンの背後へと奇襲を仕掛けた。

 

「危ない!」

 

 雛子が慌てて援護に回ろうとするが間に合わない、と思われた次の瞬間、リリンは振り向きもせずに左肩の翼をサブナックへと叩き付けた。

 

「なにっ?」

 

 リリンから不意打ちを受けたサブナックは一度後退しようとするが、そこへ蛍が追撃する。

 

「たあっ!」

 

 蛍が右手を振るい攻撃し、サブナックはそれを回避するも、蛍は右手を振るった勢いのまま身体を捻り、そのままサブナックへ回し蹴りを炸裂させた。

 

「この動きは!?」

 

 サブナックは驚きながらも、蹴りをガードし後退する。

 先ほどの蛍の動きに衝撃を受けているようだが、それは雛子も同様だった。

 戦いどころか日常のスポーツさえも苦手とする蛍が、急に戦士の動きを見せ始めた。

 そして驚いたのはそれだけじゃない。

 

(今の動き・・・どこかで・・・?)

 

 あの右手の振るい方、もしも爪を立てていたなら引っ掻くような動作ではないか?

 回転を加えた蹴りの動き、もしも尾があれば叩き付けていないか?

 そう、あの動きはまるで『リリス』が見せたような・・・。

 その時、雛子は先ほどリリンが振り向きもせずにサブナックを迎撃したことを思い出す。

 気配を察して迎撃した、なんてレベルではない。

 あれはあらかじめ来るのを知っていた動きだ。

 まるで他の方向からサブナックの動きを監視していたようだ。

 そして直後に蛍がサブナックへ追撃を加えている。

 そこまで思い当たり、雛子は1つの結論に至る。

 

「やはり貴様ら、思考を共有しているな。」

 

 測らずとも、サブナックから同じ結論が口にされた。

 

「えっ?」

 

「うそっ?」

 

 要と千歳が驚きながら蛍とリリンの方を見るが、当人は真っ直ぐに視線をサブナックへと向けていた。

 その眼からは肯定の意が見て取れる。

 彼女たちは今、一心二体のプリキュア。

 心を1つにしたことで、互いの思考を共有しているのだ。

 だから蛍はリリンから、戦いの知識を共有した。

 だからリリンは、蛍から得た視覚情報を共有した。

 

「今のあたしは、ほたるの見たこと、聞いたことが分かる。」

 

「いまのわたしは、リリンちゃんの戦い方、考えがわかる。」

 

「そう、あたしたちは一心ニ体のプリキュア。」

 

「「ふたりでひとり!!」」

 

 蛍とリリンが声を合わせてネオ・ソルダークへと立ち向かう。

 思考を共有する能力も恐らくプリキュアの力の一環なのだろうから、日常的に互いの考えていることが分かるわけではないだろう。

 だけどいくら戦闘中に限定されるとはいえ、互いの考えていることが全て分かると言うのは普通ならば恐ろしいと思うだろう。

 何せ隠し事が一切できないのだから。

 例え友人だろうと家族だろうと、どんなに親しい間柄でも隠したいことの1つや2つはあるのが普通だ。

 それに相手の好意だけでなく、悪意だってわかってしまう。

 もしも親しいと思っていた相手が自分のことを内心悪く言っていたらと思うと・・・思考を共有すると言うのはそんな不安が付きまとうものだ。

 それなのに2人にはまるで不安が見られない。

 

「蛍ちゃんとリリンちゃんだからこそ、成せる力・・・。」

 

 互いの希望も絶望も、好意も悪意も、愛も憎しみも、その全てを曝け出して受け入れた蛍とリリンだからこそ、何の不安を抱くこともなく思考を共有できるのだ。

 

「小賢しい。ネオ・ソルダーク。やつらをねじ伏せろ。」

 

「ガアアアアアアアアッ!!!」

 

 ネオ・ソルダークが雄叫びとともに、身体を捻りその巨体を風車のように回転させる。

 次の瞬間、周囲の砂浜が抉れ巨大な渦巻きが発生し、膨大な海水が一気に引き込まれていく。

 辺り一面の砂浜が、瞬く間に海に侵食されていった。

 

「足場が!」

 

「要!こっち!」

 

 雛子が空に盾を作り、要とともにそこへと飛び移る。

 蛍とリリンは翼で、千歳は両足から炎を噴射して飛翔し、妖精たちも浮遊することで何とかの撃ることが出来た。

 だが先ほどまで海水浴場だった場所は、一瞬のうちに海の一部へと成り果てた。

 天変地異すら引き起こすほどの強大な力を持つネオ・ソルダークを前に、雛子は改めて戦慄すると同時に、この状況をどう切り抜けるかを考える。

 

「不味いな。

 足場は何とか確保できるし、蛍たちにも影響はないとは言え。」

 

「下一面が海になってしまうだなんて・・・。

 水中戦に持ち込むのは、流石に相手のホームグラウンドで戦うようなものよね。」

 

 先ほどのネオ・ソルダークには魚のような尾があり、あの姿は伝説上の生き物であるバハムートを思わせるものだ。

 外見からの推測だが、恐らくは水中戦を最も得意としているのだろう。

 現に今、ネオ・ソルダークは海に潜り姿を眩ませている。

 そしてサブナックとダンタリアは宙に浮きながらこちらの状況を伺っている。

 恐らく機を見てネオ・ソルダークと挟撃を仕掛けるつもりなのだろう。

 何か仕掛けられる前にネオ・ソルダークの居場所を探りたいところだが、やつの姿は海深くに潜っているせいで確認できない。

 そして闇の波動を探知しようにも、海一面から力の波動が感じられる。

 拡大された海はネオ・ソルダークの力によって引き起こされた現象だから、一面に闇の波動が満ちているのだ。

 つまり姿も力も、下の海に紛れてまるで探ることが出来ない。

 指をくわえて見ている暇なんてないのに、見えない敵の姿に警戒して動けない。

 それは蛍とリリンも同じだった。

 

「あたしたちの浄化技なら、この辺の海全部巻き込むことも・・・。」

 

「それは無理よ。海はあなたの思う以上に広いし底も深い。

 あなたたちの浄化技でも、やつを捉えることはできないわ。

 そして連中はその隙を突いてくる。だから焦ってはダメ。」

 

 今の状況に焦ったリリンが力任せな提案をするが、千歳がそれを拒否する。

 2人の浄化技がどれだけ広範囲に及ぼうとも、海はもっと広大だ。

 闇雲に攻撃を放っても相手には掠りもしないだろう。

 もしかしたらこれも、やつらの作戦の一環なのかもしれない。

 蛍とリリンがどれだけ強大な力を持とうとも、敵の姿が見えなければ意味がない。

 つまり間接的にこちらの切り札を封じられてしまっているのだ。

 

「そうだ、下一面が海なら。」

 

 すると要が何か思いついたかのような言葉を口にする。

 

「どうするつもりなの?」

 

「ウチの力で釣り上げる!

 光よ、走れ!スパークバトン!」

 

 そう言いながら要はスパークバトンを手に取り、空へと飛ぶ。

 

「まさか。」

 

 そこで雛子は要の思いついた作戦を悟る。

 

「ちっ、させるか!」

 

 ダンタリアもその考えがわかったのか、要の元へと飛んでいく。

 

「邪魔はさせない!」

 

 だがその進路を千歳の炎が遮った。

 

「バカなウチにだってわかること。水は電気を良く通すってね!

 プリキュア!スパークリング・ブラスター!!」

 

 そして要は雷を纏い、そのまま海へと飛び込んだ。

 次の瞬間、海一面に膨大の電撃が迸り、周囲一帯にスパークが発生する。

 

「なるほど、考えたなキュアスパーク。」

 

 どこか感心した様子を見せたサブナックは、蛍とリリンの妨害へと向かう。

 ネオ・ソルダークほどの巨大な絶望の化身は、2人の力でなければ浄化できない。

 それを知っているからこそ先回りしたのだろうが、そうはさせない。

 雛子はサブナックの進路に盾を展開して妨害する。

 

「蛍ちゃん!リリンちゃん!構えて!」

 

「わかった!」

 

「「光よ、集まれ!シャインロッド・エクステンション!!」」」

 

 そのまま2人に呼びかけ、浄化技の態勢を整える。

 次の瞬間、海一面に広がった電流に耐え切れなくなったネオ・ソルダークが勢いよく宙へと躍り出た。

 

「ガアアアアアッ!!!」

 

 その巨体に迸る電流にもがきながら、ネオ・ソルダークは苦悶の雄叫びをあげる。

 その直後、要もまた海から飛び出しサブナックと交戦する。

 

「プリキュア!プリズミック・リフレクション!」

 

 宙へと舞い上がるネオ・ソルダークを、雛子が浄化技で閉じ込める。

 

「今よ!2人とも!」

 

「せいなる光よ。」

 

「闇夜を照らし」

 

「「暗き想いを光に導け!」」

 

「「プリキュア!ホーリーナイト・サンクチュアリ!!」」

 

 そして2人のキュアシャインの浄化技が決まり、ネオ・ソルダークは消滅する。

 

「ふっ、流石はキュアスパーク。

 オレが認めた強者だけのことはあるぞ。」

 

「1人だけキュアスパークの思惑に気付かなかったくせに良くも言う。」

 

「貴様も防げなかったではないか。結果が変わらなければ同じことだ。」

 

 最後に憎まれ口を叩きあいながら、サブナックとダンタリアはディスペアー・カードを回収して姿を消すのだった。

 

 

 

 

 ・・・

 

 

 

 

 戦いが終わった後、リリンたちは海の家で昼食を取ることにした。

 先ほど要が食べていた『焼きそば』の味がどうしても気になっていたリリンは一先ずそれを注文しようと思ったが、他のメニューを見て目移りする。

 

「カレーうどん?カレーとうどんが一緒に食べられるの?

 フランクフルトってなに?

 あっ、カレーライスもある!ほたる!あれ全部注文してもいい?」

 

 見れば見るほど食べてみたいメニューがたくさんあり、リリンはここにあるもの全てを食してみたいと思ったが、蛍が苦笑しながらやんわりと否定する。

 

「おちついてリリンちゃん。

 そんなにたくさんたべられないから、今回は焼きそばだけにしとこ?」

 

「え~。」

 

 不服な声をあげるも、蛍は動じない。

 

「今日のばんごはん、カレーにしてあげるし、ここにかいてあるものもいつか全部つくってあげるから。」

 

「ホント!?

 あたし、名前ぜんぶ覚えたから、いつか絶対につくってね!!」

 

「はーい。」

 

 蛍とそんな約束を交わしたリリンは焼きそばを注文し、席に着いてからも今や今やと待ち構える。

 やがて美味しそうなソースの香りとともに焼きそばが運ばれてきた。

 

「いただきます!」

 

 さっそく箸を手に取り、一口食す。

 出来立ての熱さが舌を刺激した直後、麺に良く絡んだソースの美味さが伝わる。

 

「美味しい!ほたる!これ、とっても美味しいよ!」

 

 初めて口にする味に興奮しながら、リリンは満足げな笑みを浮かべる。

 そんなリリンの反応を、蛍は嬉しそうに見守っていた。

 

「ほたる、こんど焼きそばも作ってよ!」

 

「わかった。

 あっ、でも今日の夜はカレーだし、明日また焼きそばだと、さすがに栄養がかたよるから・・・。」

 

 隣で今後のメニューを考える蛍に感謝しながら、リリンは焼きそばを食べ続ける。

 そして各々食事を終えた後、今度はガラスの器いっぱいに氷の欠片を盛った、不思議なデザートが運ばれてきた。

 

「ほたる、これはなに?」

 

「かき氷って言って、なつを代表するデザートだよ。」

 

「かき氷?これ、ホントに氷なの?」

 

 リリンが怪訝そうな表情でかき氷を観察する。

 

「そっ、細かく砕いた氷の上にシロップをかけたものよ。」

 

 蛍の説明に雛子が続き、一緒に聞いていた千歳が感嘆とした声をあげる。

 

「面白い氷菓子があるのね。」

 

 千歳に続いて妖精たちもかき氷を興味深そうに見ている。

 千歳たちにとっても、かき氷と言うのは珍しいもののようだ。

 リリンは試しにスプーンでつついてみると、氷とは思えないほど柔らかな感触とともに、スプーンが差し込まれる。

 掬ってみると氷の欠片同士が摩擦する小気味よい音が立ち、シロップのかかった氷がスプーンへと渡る。

 隣の蛍に一度目配せし、彼女から食べて見てと目で合図を受けてから、リリンはスプーンを口へと運ぶ。

 

「冷た・・・甘い!美味しい!」

 

 細かく砕かれた氷は口の中ですぐに溶け、ひんやりとした冷気とシロップの甘さが口いっぱいに広がる。

 あまりの美味しさに、リリンはかき氷を次々と口へと運んでいき。

 

「あっ、リリンちゃん。そんなに急いで食べると・・・。」

 

「っ!いたた・・・。」

 

 雛子の注意も虚しく、突然の頭痛に見舞われてスプーンを止めた。

 

「ぷっ、あははははは!」

 

 要が吹き出した後に大きな声で笑い、つられて雛子も蛍も可笑しそうに笑い出した。

 そしてリリンも、笑われているにも関わらず、そんな空気につられてつい笑みを零してしまう。

 先ほど雛子が注意してきたと言うことは、かき氷を急いで食べると頭痛がすると言うのは、ごくありふれたものか、あるいは容易に予想できたものなのだろう。

 

(当たり前・・・か。)

 

 まだ自分には知らないことが多い。

 みんなと同じ当たり前を共有することが出来ない。

 それでもこうして少しずつみんなから教わり、みんなから学んでいけばいい。

 いつかみんなと一緒に、当たり前を笑いあえる日が来るように。

 そんなことを考えながら、リリンは再びかき氷を食べるのだった。

 

 

 

 

 ・・・

 

 

 

 

 その日の帰り道、雛子がふと後部座席に目をやると、蛍とリリンが肩を寄せ合って静かに眠っていた。

 

「やっぱり、こうなっちゃったか。」

 

 隣に座る要が同じように蛍たちを見ながら微笑む。

 

「2人ともすっごく燥いでいたものね。」

 

 要ですら一息を入れていたのに、蛍もリリンも休みなしに終始遊び続けていたのだ。

 帰りの車の中で疲れて寝てしまうことは容易に想像出来ていた。

 ちなみに同じく一緒になって遊んでいたレミンことレモンも、今は自分の膝の上で寝息を立てている。

 幼い子供たちが目いっぱい遊び疲れて居眠りしてしまうのは、ある種の幸せの象徴とも言える。

 リリンと過ごす時間を失うことを恐れていた蛍も、ダークネスを離反してから罪の意識に苛まれていたリリンも、きっと今日の幸せを心行くまで満喫できたのだろう。

 雛子にはそれがとても嬉しかった。

 そして雛子は、この幸せの光景をどうしても写真に収めたくなり、黒のポーチからカメラを取り出す。

 

「後でちゃんと、蛍から許可を取りなさいよ?」

 

 助手席に座っている千歳がこちらを見てそう微笑む。

 

「ええ、分かっているわ。」

 

 車が赤信号で止まり振動がなくなったタイミングを見計らって、雛子はカメラを取ってシャッターを切る。

 寄り添い眠る天使と小悪魔は、ただ静かに眠り続けるのだった。

 

 

 

 

 ・・・

 

 

 

 

 

 この地に降り立つのは、いつ以来だろうか。

 錆びれた記憶の中を辿りながら、アモンは黙々と歩いていた。

 空高くまでそびえる高層ビルが周りに溢れ、迷路のように入り組んだ道路は、大地に収まらず宙にまでアーチを描くかのように広がっている。

 そんな中を、アモンは迷うことなく突き進む。

 かつての繁栄の絶頂を物語るこの鋼鉄のジャングルは、『あの時』から変わらぬままこの世界に佇んでいた。

 変わったところがあるとすれば、道行く人々に生気がないこと。

 そして空も大地も見渡す限り、一面の闇に覆われていることだ。

 音も光も無くしたこの世界の惨状をこうして認識できるのは、ダークネスに身を堕としたアモンだからこそ成しえること。

 そして複雑に入り組んだこの世界を迷わず進めるのは、この世界がアモンにとって勝手知ったる場所だからに過ぎない。

 やがてアモンは入り組む道路を抜け、ひと際広大な空間へと出た。

 道行く広間の先には四角の倉庫があり、そこは地下シェルターの入り口となっている。

 そこにアモンの尋ね人がいる。

 そしてアモンは倉庫の入り口まで辿りついたその時。

 

「お待ちしておりました。アモン様。」

 

 アモンの名を呼ぶ女性の声が聞こえてきた。

 倉庫を封鎖していたシャッターが開き、中から2組の男女が姿を見せる。

 1人は執事服姿で髭を蓄え、片眼鏡を身に付けた白髪の老人。

 1人はメイド服姿で黒の傘を手にした、妙齢な白髪の女性。

 闇の力を失い、悪魔から人の身に姿を堕とした2人は、アモンの出現を予期したかのように迎えに上がったのだ。

 

「久しぶりだな。ハルファス、マルファス。」

 

 

 

 

 ・・・

 

 

 

 

 

 次回予告

 

「ほたる、夏休みって1か月もあるんだよね?」

 

「そうだよ?」

 

「1か月、何して過ごすの?」

 

「んっと、宿題やったり、あたらしいお菓子をつくってみたり・・・。」

 

「みんなは?」

 

「かなめちゃんは、ぶかつの試合があって、ひなこちゃんとちとせちゃんは、図書館でお勉強して・・・あっ、わたしたちもね、お盆にはおばーちゃんにあいにいくんだよ。」

 

「ほたるの、おばーちゃん?」

 

 次回!ホープライトプリキュア第27話!

 

 それぞれの時間!それぞれの夏休み!

 

 希望を胸に、がんばれ!わたし!

 


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