「閣下。入ります」
部屋の扉をノックし、許可を経て扉を開ける。外が見渡せる大きなガラス張りの部屋、その中央の机に、多くの書類と向き合う軍服を着た男がいた。部屋に入った女性は、そこに新たな書類を追加する。受け取った男は、顔をしかめた。
「ローヴィ。いつから我が軍はこのような子供を預かるようになったのだ」
「はい、ハイリヒベルク王子の命です。彼女らを使うようにと」
書類を投げるようにして、ため息をつく男。彼の部下と思われるローヴィと呼ばれた女性は、淡々と事実だけを述べていく。
「外交上価値があると。彼女自体の実力もなかなかのものだと聞いています」
「そうか。まあいい。使えるものは使うだけだ」
「は、もう一つ報告が」
「なんだ」
「先ほど、国境付近にて怪しげな男を捕えました。身元不明、記憶喪失のようです」
「そうか。魔法使いのようなものか?」
「まだわかりません。現在は牢にて監禁している状態です」
「ふむ」
男は少し考える。そして、おもむろに立ち上がった。
「その男に会わせろ。使えるかもしれん」
薄暗い牢獄。ここに捕えれられているのは主に身分の高い政治犯や他国の有力者たちで、他の者はすぐに処刑されるか、男により前線に駆り出されていた。そのため牢はほとんど空いている。出口に近い牢、その中に捕えられた男はいた。牢の外に、ローヴィを連れた軍人が立つ。
「貴君は何者だ?何しにここへ来た」
捕えられた男が顔を上げる。短い銀髪で、眼帯で左目を覆っていた。貧しいこの国では見たことがない、それどころか周辺の国でもみたことがないような服を着ている。
「……すまないな。思い出せないんだ」
男が小さな声を上げる。まるで生きることに疲れたような、そんな重みを感じさせる声だ。
「……ただ、自分が何か役目を持っていたことは覚えている。誰かを、止めるために……」
「そうか」
しばし考える軍人。そして、
「貴君は剣を抱いて倒れていたそうだな」
「ああ。剣を扱うのには慣れている。体が覚えている、とでも言うべきか」
「わかった」
軍人が、牢の鍵を開ける。ローヴィは突然のことに驚き、軍人を止める。
「閣下!?何を!?」
「この男は使えるかもしれん。使えるモノは有効活用するべきだろう?」
扉を開け、男の前に立つ軍人。捕らわれた男は、軍人の目をまっすぐに見つめた。それは、何処までも飲み込まれそうな、深い闇に似ている。
「貴君のは他に思い出せることは無いのか?自分のこと以外でもいい」
「悪いな。何も思い出せない」
立ち上がる男、その声は、未だに重い
「ならば呼び名を与えよう。貴君を見つけた地の名前からオメガ、だ」
実際、これはローヴィから渡された資料に書いてあったこの男につけられた仮称のようなものだった。オメガと呼ばれた男は「悪くない」と答える。
「そういやあんたの名前を聞いてなかったな。あんたは何者だ?」
「ああ、まだ名乗ってなかったな。私の名はディートリヒ。ディートリヒ・ベルクだ。ようこそオメガ。戦争へ」
ディートリヒの机に乗せられた書類。そこにはディートリヒの属するドルキマス軍に志願した兵の履歴書のようなものが乗せられていた。
その一番上、ディートリヒが投げた書類には女性の写真と《クロムマグナ魔導学園》という文字が書かれていた。