「引くのか」
「ああ」
オメガがディートリヒに問う。短く答えると、オメガはなにやら訝しんだ。
「あんたは魔法とか信じないって話に聞いてたが、ずいぶんと冷静に対処できるんだな」
「それは誰に聞いた?」
「ちっこい子供だよ。自分は中将だとか言ってたが」
「……ふむ。そうか。部屋に戻って休みたまえ」
ああ、とオメガが部屋を出る。ディートリヒは疑問に思っていた。そもそもこの世界では魔法が失われて久しい。だというのに、魔導部隊の設立を疑問なく許したうえ、今日だけで多くの魔法を目にしていた。また黒猫の魔法使いが来たのかとも思ったが、それにしては敵の数が多い。
「それとも、私が異界に迷い込んだか?……ファーブラの連中がいればわかったかもしれんのだが」
そもそも遠くの国へようと船団を出したのは覚えている。しかし、途中で暗雲に巻き込まれ、そこからあの街を見つけた。オメガを見つけたという報告を聞いたのもそれからだ。
「ローヴィ。あの男……オメガを捕らえたのはいつだ」
「は、……」
「覚えていないのだな」
ローヴィが黙る。おそらく異界へ飛んだのはそのあたりだろう。オメガが黒幕の可能性もあるが、近くで監視していれば問題ない。
元の世界に戻るためには、原因を見つけねばなるまい。おそらく異界に巻き込まれた時記憶に何らかの影響を受けている。ローヴィやオメガの話を聞くまでにこの考えに至らなかったことからその可能性はある。まずは、多くの魔法使いがいたあの街が手がかりとなるだろう。攻め落としてからじっくりと話を聞けばいい。
――――そういえば、あの街を攻めようとした理由もおぼろげだ。明らかに進行予定の国とは違ったのだが。
オメガの言葉から糸がほぐれるように考えがまとまっていく。それをまとめようとしたところで、ローヴィから追加の連絡が来た。
「閣下。あの街を攻めた者がもう一組いるそうです」
「ほう。……一度会ってみるか。船を出せ」
敵の敵は味方か、と考えたディートリヒは、同じように街を攻めた者へ接触を図ることにした。
「おう新入り!さっきはなかなかよかったぞ!」
声をかけられたのは先ほどの女性兵士だった。振り向くと、小さな子供がずんずんと足音を鳴らしながら歩いてきている。
「ベルク閣下はそう簡単にほめないだろうが、私が特別にほめてやろう。多少のアクシデントがあったもののよくやった!」
「えっ……と」
兵士は少し戸惑い、答えた。
「誰かのお子さんかな?危ないから部屋にいないと」
「なっ……!」
子供が怒りに震えているのがわかる。子ども扱いされるのが嫌なのだろうか、と思っていると後ろから整備士らしき男がやってきた。
「あー……すんませんね新人さん。この人……シャルルリエ中将はこう見えて船団を率いる側なんですわ」
「こう見えてとはなんだオルゲン大尉!」
シャルルリエ――クラリア・シャルルリエがヴィラム・オルゲンの脛を蹴る。痛がるヴィラムをよそに、兵士は慌てて頭を下げる。
「し、失礼しました!シャルルリエ中将!」
「あー、まあいい。で、貴様の名は何だったか?」
「はい!二コラ・モーガンです!」
「リヴェータ。空がおかしい」
「様をつけなさいっつってるでしょ!……なによ。あれ」
街を襲った野盗……と誤解された軍団、ハーツ・オブ・クイーン。リヴェータと呼ばれた先頭を馬で走る女性は、空に浮く巨大な戦艦を見て言葉を失っていた。リヴェータたちを追い越したかと思うと急に止まり、船が地面に着く。側面の扉が開き、現れたのは軍服を着た男、ディートリヒ、そして側近のローヴィだった。
「何よ、あんたたち。そこをどきなさい」
臆せず食い掛るリヴェータ。ローヴィが銃を構えようとするものの、ディートリヒが止める。
「貴君らはどの異界から来たのかね?」
「!……へぇ」
ディートリヒの読みは当たっていたようだ。女は驚いたあとすぐに冷静になり、剣を構える。
「あんたが私たちをこっちに連れてきた黒幕かしら?」
「いや。私ではない。私も巻き込まれたものだ」
「そういって襲うつもり?油断はしないわよ」
「貴君らを攻撃するならわざわざ地面に降りたりはすまい」
少しの問答を終え、剣をしまうリヴェータ。ハーツ・オブ・クイーンのメンバーは、それを見て少し安堵する。
「情報を整理したいわ。こっちの情報をやるからあんたの持つ情報をよこしなさい」
「横暴な女だ」
「ああ、あとあんたの船には乗らない。このまま話し合いとしましょう」
「いいだろう。だが、貴君らから先に情報を話せ。後ろの殺気だった連中に動かれるわけにはいかんからな」
リヴェータの後ろには、武器を構える兵士がいる。そのどれもが今すぐにでも襲い掛からんとしていた。
「いいわよ。どうやら本当に敵じゃないみたいだし。あんたの船にいる連中にも装備を下させてもらっていいかしら?」
構わん、とディートリヒ。ディートリヒの船の甲板、その上に銃を構えた大量の兵士がいたことを見過ごさなかった。二人は、一時の共闘を結ぶことにした。